―[経済オンチの治し方]―
私は経済学者として国内外の大学で教鞭をとったりした後、’13~’18年には日本銀行副総裁として金融政策の立案にも携わりました。そこで、感じたのは「経済を知れば、生活はもっと豊かになる」ということ。そのお手伝いができればと思い、『週刊SPA!』で経済のカラクリをわかりやすく発信していきたいと考えました。◆経済オンチの疑問/インフレよりも、デフレのほうがよくないですか?
第一回目はデフレについてです。政府と日銀は、’13年に、「デフレ脱却と持続的な経済成長の実現のため、2%のインフレ目標を導入する」と発表し、今現在もその目標の達成に努めています。
「2%のインフレ目標」と聞いて、「変じゃないか」と思われる方も多いのではないでしょうか。日本に暮らしていると安くて良いモノが買え、美味しいモノも食べられます。スーパーのマグロは高くて買えないけれど、「スシロー」に行けばお財布を気にせず、お腹いっぱいになるまでお寿司を楽しめる。
だから、「物価なんて上がらないほうがいいんじゃない?」と思う人も現れるのでしょう。しかし、それはまったくの見当違いです!
◆「デフレ」になると賃金の低下が進みやすい
消費者の多くは労働を通じて対価(賃金)を得ています。物価が下がり続ける「デフレ」になると、物価の低下以上に、賃金の低下が進みやすいのです。
例えば、お米の価格が半分になっても、倍の量のご飯を食べる人はまれでしょう。ですから、価格が下がると、全体の売上高は減少してしまいます。
デフレで売上高が減ると、企業の利益も減り、悪くすると、倒産してしまいます。赤字にならないようにするための有力な方法は、費用を引き下げることになります。そのなかで大きな部分を占めるのは人件費です。
デフレ下で日本企業が採用した人件費の引き下げ方法は、正規社員の採用を減らし、正規よりも賃金の低い非正規社員の雇用を増やすことでした。
◆安くモノが買えると喜んではいられない
’81年度~’91年度(’86年頃から’92年2月頃までは「バブル期」に相当)のインフレ率(消費者物価上昇率)の年平均は1.8%でしたが、名目賃金(給与明細に書かれている給与)は、平均3.4%で伸びていました。皆さんがもらうお給料は物価以上に上がっていたのです。
そのため、人々は毎年より多くのモノを消費できるようになり、その暮らしぶりは毎年豊かになっていきました。このように、名目賃金上昇率からインフレ率を引いた値(実質賃金上昇率といいます)がプラスのとき、人々の生活は豊かになっていきます。
それに対して実質賃金上昇率がマイナスのときは、消費を減らさざるを得ず、暮らしは悪化します。
’98~’12年度の日本はデフレになりました。この期間のインフレ率と名目賃金上昇率の年平均は、それぞれマイナス0.2%とマイナス0.5%へと低下しました。物価よりも名目賃金の下げがキツかったため、人々の暮らしは悪化したのです。
デフレのおかげで、安くモノが買えると喜んではいられません。安く買える理由は、低賃金をもたらすデフレにあるのです。
◆今はコスト増による「悪いインフレ」期
ただし、物価が上がることのほうが、常にいいというわけでもありません。望ましいのは、モノやサービスに対する需要が増加することによるインフレ(需要牽引型インフレとかディマンド・プル型インフレといいます)であることです。
それに対して、ロシアのウクライナ侵略後に起きたインフレは、エネルギーや食料価格の高騰という費用要因による「コスト・プッシュ型」になります。実質賃金の低下をもたらすため、「悪いインフレ」といわれるのです。
だからこそ、一時的にデフレ時代を懐かしんでしまうのでしょう。良いインフレに転換すれば、あなたの考えも変わるはずです。
◆岩田の“異次元”処方せん
デフレ下では物価よりも、賃金の下げがキツくなります!
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