大分、宮崎両県にまたがり、希少な動植物が生息・自生する祖母(そぼ)・傾(かたむき)・大崩(おおくえ)山系の登山道周辺で、何者かが岩や樹木に塗料を塗った「マーキング」が昨年11月以降、相次いで見つかっている。
新型コロナウイルス禍で登山が手軽な趣味として注目を集める中、経験が少ない登山者が遭難を防ぐために塗った可能性もあるが、関係者は「自然環境を損ない、かえって遭難にもつながりかねない」と自粛を呼びかけている。(江口武志)
16日午前、佐伯市と宮崎県延岡市の間にある木山内岳(1401メートル)。佐伯市エコパーク推進室総括主幹の後藤弘喜さん(54)は、マーキングの状況を確かめるために山道を進んだ。
登山口周辺から標高1000メートル辺りまでは、石に塗られた油性塗料がボランティアの手で消された跡が見られた。さらに標高が高くなると、黄色の矢印のようなものや丸があちらこちらで確認された。矢印は長さ20~30センチ、丸は直径20センチ程度。尾根伝いに登った夏木山(1386メートル)も同様だった。後藤さんは「環境へのダメージは大きい。自然への影響を考えてやめてほしい」と訴える。
祖母・傾・大崩山系は、国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)の生物圏保存地域(エコパーク)に登録されている。ユネスコエコパークは自然の保護と地域の人々の暮らしとの共生を図るモデル地域で、国内に10か所ある。同山系は2017年に登録され、地元自治体や登山愛好家らで組織する「祖母・傾・大崩ユネスコエコパーク推進協議会」が生態系の保全活動に取り組んでいる。
同協議会によると、昨年11月中旬、佐伯市の藤河内渓谷にある観音滝につながる登山道の約50か所で、黄色の油性塗料で描かれた矢印や丸が見つかったと登山者から連絡があった。樹木や大小の岩に印がつけられ、岩に生えたコケの上から塗られていたケースもあった。
協議会は公式サイトなどで注意喚起したが、同12月12日には、複数の登山者から同渓谷や近くの夏木山の標高1000メートル以上、豊後大野市の傾山(1605メートル)付近でも同様のマーキングがあるとの情報が寄せられた。佐伯市の調査などによると、同山系で数百か所に上るとみられる。
こうした矢印や丸は、何らかの意図があってつけられたのか、いたずらなのかは分かっていない。同エコパーク内では昨年2月にも、登山道で蛍光スプレーによる被害があったという。
同山系の登山道を整備するボランティア団体「高千穂山の会」の木下和幸会長(53)は、新型コロナ禍の影響を指摘する。「以前からの愛好家にはマーキングをする人は少ない。コロナ禍で登山を趣味に選ぶ人が増え、経験が少ない個人や団体が遭難防止のために塗料をつけた可能性が高い」と推測する。
協議会では登山者にルートを示すため、分岐点などの樹木にピンク色のテープを巻き付けており、これを参考にするよう促している。担当者は「何かの拍子にマーキングした石が動けば、登山者が順路の判別に迷うかもしれない。塗料が塗られた樹木の成長が阻害されることにもなり、自然環境を守る観点からも控えてほしい」としている。
■屋久島でも被害
同様の事例は、世界自然遺産に登録されている鹿児島県・屋久島などでも確認されている。
屋久島では昨年10月までに、原生的な森林を観賞できる観光スポット「白谷雲水峡」への登山道の19か所に、黄色の蛍光塗料が塗られていた。いずれも直径10~15センチの丸で、管理団体の職員が消したという。
福岡県の朝倉、嘉麻市の市境に連なる古処連山のうち、馬見山(978メートル)、古処山(859メートル)でも昨年11月下旬から12月上旬にかけて、登山者から黄色の塗料によるマーキングを発見したとの連絡が相次いだ。
登山道の整備などを手がけるボランティア団体「嘉穂三山愛会」によると、馬見山の約30か所、古処山の約90か所で見つかった。矢印は長さ約15センチ、丸は直径約20センチ。古処山の登山口には、塗料のスプレー缶が捨てられていたという。