年越しそば、なぜ食べる?「食べ残すと新しい年には金に苦労する」という言い伝えも2022/12/31 11:17 ウェザーニュース大晦日といえば「年越しそば」を食べる方も多いのではないでしょうか。日本では地域を問わず“風物詩”ともいえる存在です。なぜ日本人は大晦日にそばを食べるのか、年越しそばにはどんな歴史が潜んでいるのか、さらに地域によって具材や食べ方などに違いがあるのかについて、歳時記×食文化研究所の北野智子さんに伺いました。
江戸時代に始まった年越しそばの風習年越しそばはいつ頃から始まった風習なのでしょうか。「いくつかの説がありますが、おおむね江戸時代の前~中期からとみられています。商家が盛した元禄年間(1688~1703年)、当時の大店(おおだな)だった江戸日本橋の越後屋呉服店(いまの三越日本橋本店)を詠んだ『百人のそば食う音や大晦日』の句があります。1750年の俳諧師・服部嵐雪の句にも『蕎麦うちて鬢髭白し年の暮』とあり、その頃が大晦日にそばを食べる風習の始まりとみられます」(北野さん)細く長いそばは寿命を伸ばす!?年越しそばを食べる理由にはいくつもの説が伝えられているといいます。「そばの形質に由来するものとしては、細く長くのびるそばは寿命を延ばして家運を伸ばす縁起物だから、畑のソバは風雨に当たっても起き直ることから、捲土重来(けんどじゅうらい=物事に一度失敗した者が非常な勢いで盛り返すこと)を期すためと、ほかの麺類に比べて切れやすいことから、一年間の苦労や借金を年内に切り捨てて翌年に持ち越さないようにとする説などがあります。そばの効能からは、五臓六腑の滓(かす)を取り去り、健康効果を期待してともいわれます。江戸時代の1697年に著された『本朝食鑑』に、『蕎麦(そば)は気を降ろし腸を寛(ゆる)し、能く腸胃の滓穢積滞(しぎせきたい)を練る』と記されています。年越しそばを食することで身体の新陳代謝を高めて体内をきれいにし、新しい年を迎えたいとするものです。金銀細工に携わった職人に由来する説もあります。細工師は金粉を集めるのに練ったソバ粉を使ったため、そばは“金を集める”縁起物とされたからとか、金箔師は金箔をつくる時、金を延ばす台をソバ粉で拭うとよく延びたことから、そばは“金を延ばす(蓄財する)”ために縁起のいい食べ物とされたともいいます。ほかに鎌倉時代、貧しさのために年の瀬をしのげない人々に博多の商人・謝国明(しゃこくめい)が承天寺で、『世直しそば』と称してソバ餅をふるまったところ、翌年からみんなに運が向いてきたので、大晦日にそばを食べる風習が生まれたという説も伝わっています。『蕎麦辞典〈新装版〉』(1996年刊)という書籍では『正月蕎麦』の項目で、『清めの食べ物として、正月元日、二日、十五日、晦日(みそか)にそばを打つ地方が、甲信越、東北の一部に残っている』とあります。その注釈で『そばは清い食べ物として、祝儀に用いられるのは当然である』と考察されています」(北野さん)各地のそばに込められた意味とは年越しそばに地域的な特徴はみられますか。「全国的には、大ぶりの海老(エビ)天をのせる天ぷらそばが最も一般的ではないかと思われます。海老は長寿を願う縁起物で、ゆでた後の赤は高貴な色でおめでたい食べ物とされているからです。 北関東ではけんちん汁をつゆにした『けんちんそば』を年越しに食べる地域があるようです。けんちん汁が関東地方で広く食べられている縁起食だからとされています。京都・大阪などでは『にしんそば』が多いようです。身欠きニシンを甘辛く柔らかく炊いた棒煮をのせた温かいそばです。ニシンは『二親』の漢字があてられ、卵の数の子(カズノコ)のように“二親からたくさんの子どもが生まれる”ように『子孫繁栄』の願いが込められています。大阪の私の実家でも、年越しそばはにしんそばです。ニシンの棒煮、ネギ、そして“喜ぶ”にかけて、おぼろ昆布をのせます。ほかにも岩手県のわんこそば、新潟県のへぎそば、福井県の越前おろしそば、出雲(島根県東部)の割子そばなど、『ご当地そば』が年越しそばとして食べられていることが多いようです。いずれの地域でも、薬味に添えられるネギには、“(一年の労を)ねぎらう”の意味が込められています。讃岐うどんの地・香川県では年越しにもうどんを食べる家が多いのは、さすがです」(北野さん)食べ残すと新しい年に苦労する!?年越しそばは大晦日のどの時間帯に食べるものなのでしょう。「昔からそばはその年最後の食の風物詩で、一年の最後に願かけの意味合いを含んだ食べ物ですから、新年を迎える前に食べることが前提でした。ただし、おのおのの家庭の習慣として夕食時に食べる、除夜の鐘を聴きながら食べるなどさまざまで、“正解”はないのではと思われます。私の場合は幼い頃から、夕ご飯(大人になってからは酒と肴の膳)を済ませて、NHK紅白歌合戦の後半から終わり頃にかけて食べるのを習慣としています。また、『年越しそばは食べ残すと、新しい年には金に苦労する』という言い伝えも広く伝わっていて、残さずきれいに食べるのが望ましいとされています」(北野さん)大晦日につい習慣的に口にしてしまう年越しそばですが、いにしえから人々のさまざまな思いが込められた縁起食であったようです。一年を振り返り、新年がいい年であるよう祈りつつ、年越しそばを食してはいかがでしょうか。参考資料など『たべもの起源事典』(岡田哲編/東京堂出版)、『蕎麦辞典<新装版>』(植原路郎/東京堂出版)、『日本の味 探求事典』岡田哲編/東京堂出版、『日本の「行事」と「食」のしきたり』(新谷尚紀/青春出版社)、『野洋光の縁起食』(野洋光/中日映画社)、『常識として知っておきたい 日本のしきたり』(丹野顯/PHP文庫)
2022/12/31 11:17 ウェザーニュース
大晦日といえば「年越しそば」を食べる方も多いのではないでしょうか。日本では地域を問わず“風物詩”ともいえる存在です。
なぜ日本人は大晦日にそばを食べるのか、年越しそばにはどんな歴史が潜んでいるのか、さらに地域によって具材や食べ方などに違いがあるのかについて、歳時記×食文化研究所の北野智子さんに伺いました。
年越しそばはいつ頃から始まった風習なのでしょうか。
「いくつかの説がありますが、おおむね江戸時代の前~中期からとみられています。商家が盛した元禄年間(1688~1703年)、当時の大店(おおだな)だった江戸日本橋の越後屋呉服店(いまの三越日本橋本店)を詠んだ『百人のそば食う音や大晦日』の句があります。
1750年の俳諧師・服部嵐雪の句にも『蕎麦うちて鬢髭白し年の暮』とあり、その頃が大晦日にそばを食べる風習の始まりとみられます」(北野さん)
年越しそばを食べる理由にはいくつもの説が伝えられているといいます。
「そばの形質に由来するものとしては、細く長くのびるそばは寿命を延ばして家運を伸ばす縁起物だから、畑のソバは風雨に当たっても起き直ることから、捲土重来(けんどじゅうらい=物事に一度失敗した者が非常な勢いで盛り返すこと)を期すためと、ほかの麺類に比べて切れやすいことから、一年間の苦労や借金を年内に切り捨てて翌年に持ち越さないようにとする説などがあります。
そばの効能からは、五臓六腑の滓(かす)を取り去り、健康効果を期待してともいわれます。江戸時代の1697年に著された『本朝食鑑』に、『蕎麦(そば)は気を降ろし腸を寛(ゆる)し、能く腸胃の滓穢積滞(しぎせきたい)を練る』と記されています。年越しそばを食することで身体の新陳代謝を高めて体内をきれいにし、新しい年を迎えたいとするものです。
金銀細工に携わった職人に由来する説もあります。細工師は金粉を集めるのに練ったソバ粉を使ったため、そばは“金を集める”縁起物とされたからとか、金箔師は金箔をつくる時、金を延ばす台をソバ粉で拭うとよく延びたことから、そばは“金を延ばす(蓄財する)”ために縁起のいい食べ物とされたともいいます。
ほかに鎌倉時代、貧しさのために年の瀬をしのげない人々に博多の商人・謝国明(しゃこくめい)が承天寺で、『世直しそば』と称してソバ餅をふるまったところ、翌年からみんなに運が向いてきたので、大晦日にそばを食べる風習が生まれたという説も伝わっています。
『蕎麦辞典〈新装版〉』(1996年刊)という書籍では『正月蕎麦』の項目で、『清めの食べ物として、正月元日、二日、十五日、晦日(みそか)にそばを打つ地方が、甲信越、東北の一部に残っている』とあります。その注釈で『そばは清い食べ物として、祝儀に用いられるのは当然である』と考察されています」(北野さん)
年越しそばに地域的な特徴はみられますか。
「全国的には、大ぶりの海老(エビ)天をのせる天ぷらそばが最も一般的ではないかと思われます。海老は長寿を願う縁起物で、ゆでた後の赤は高貴な色でおめでたい食べ物とされているからです。 北関東ではけんちん汁をつゆにした『けんちんそば』を年越しに食べる地域があるようです。けんちん汁が関東地方で広く食べられている縁起食だからとされています。
京都・大阪などでは『にしんそば』が多いようです。身欠きニシンを甘辛く柔らかく炊いた棒煮をのせた温かいそばです。ニシンは『二親』の漢字があてられ、卵の数の子(カズノコ)のように“二親からたくさんの子どもが生まれる”ように『子孫繁栄』の願いが込められています。大阪の私の実家でも、年越しそばはにしんそばです。ニシンの棒煮、ネギ、そして“喜ぶ”にかけて、おぼろ昆布をのせます。
ほかにも岩手県のわんこそば、新潟県のへぎそば、福井県の越前おろしそば、出雲(島根県東部)の割子そばなど、『ご当地そば』が年越しそばとして食べられていることが多いようです。いずれの地域でも、薬味に添えられるネギには、“(一年の労を)ねぎらう”の意味が込められています。
讃岐うどんの地・香川県では年越しにもうどんを食べる家が多いのは、さすがです」(北野さん)
年越しそばは大晦日のどの時間帯に食べるものなのでしょう。
「昔からそばはその年最後の食の風物詩で、一年の最後に願かけの意味合いを含んだ食べ物ですから、新年を迎える前に食べることが前提でした。ただし、おのおのの家庭の習慣として夕食時に食べる、除夜の鐘を聴きながら食べるなどさまざまで、“正解”はないのではと思われます。
私の場合は幼い頃から、夕ご飯(大人になってからは酒と肴の膳)を済ませて、NHK紅白歌合戦の後半から終わり頃にかけて食べるのを習慣としています。
また、『年越しそばは食べ残すと、新しい年には金に苦労する』という言い伝えも広く伝わっていて、残さずきれいに食べるのが望ましいとされています」(北野さん)
『たべもの起源事典』(岡田哲編/東京堂出版)、『蕎麦辞典<新装版>』(植原路郎/東京堂出版)、『日本の味 探求事典』岡田哲編/東京堂出版、『日本の「行事」と「食」のしきたり』(新谷尚紀/青春出版社)、『野洋光の縁起食』(野洋光/中日映画社)、『常識として知っておきたい 日本のしきたり』(丹野顯/PHP文庫)