岸田文雄首相が4日に就任1年を迎えるにあたり、ジャーナリストの田原総一朗さん(88)に評価を聞いた。すると、えらくご立腹の様子で「冗談じゃない」と語気を強める場面もあった。ただ、自民党ハト派の「宏池会」(現岸田派)を率いた宮沢喜一元首相のシンパだったというだけに、期待の裏返しと見えた。宮沢氏以来30年ぶりの宏池会政権、歴代首相に直言してきた田原さんの目にはどう映るのか――。【聞き手・田中裕之】
昭恵さんの涙でこみ上げる感情 旧統一教会元信者が見た国葬期待外れ、通常なら政権交代 僕は当初、岸田内閣に相当期待していました。なぜなら、岸田さんは宏池会のリーダーだからです。宏池会は宮沢さんが率いて以降、自民党の派閥の中では最もハト派で清潔で、(何か問題が起きれば)けじめをきちんとつけてきた。 岸田さんも今の旧統一教会(世界平和統一家庭連合)のような問題にきちんとけじめをつけるだろうと思っていました。 ところが、岸田さんは7月の参院選で安倍晋三さんが銃撃されると、6日後に国葬を決めてしまった。僕は国葬には反対ではなかったけど、1日でも2日でも国会を開いて与野党で論議すべきだったと思います。 国会を開いていたら問題はなかった。安倍派に対する気づかいで決めたとしたら、これは大間違いだと思います。大変残念ですね。僕にも国葬の招待状が届きましたが、行きませんでした。 その後、旧統一教会と自民党の関係が大問題になってきた。8月の内閣改造では、多くの新しい大臣や副大臣、党の役員まで旧統一教会と関係があり、まったくけじめがついていなかった。これで岸田内閣に対する国民の期待がガーンと落ちた。 しかも、自民党は当初、対応を議員個人に任せた。あまりにも国民の不満があったので、党が調査することになったが、その結果(9月8日に)179人の議員が旧統一教会と関係があることが明らかになった。さらに名前が発表されていない議員にも次々に関係があることが分かり、発表されていない深刻な事実も出てきている。 このために、毎日新聞の9月の世論調査では内閣支持率が29%に下がった。時事通信の世論調査でも32%だった。これはもうピンチというより、通常なら政権交代ですね。安倍政権下、政治に緊張感がなくなった しかし、これも大問題なのですが、日本は野党が弱すぎて政権交代が起きない。立憲民主党も国民民主党も、幹部たちが政権奪取を考えていない。野党(の立場)で自民党を批判していれば当選するし、政党助成金があるので生活も安定する。 言ってみれば、それが一番気楽でいいんですね。 かつては自民党の中で派閥がしっかりしていて、総理大臣に何か問題があれば、派閥の力で(首相が)更迭された。 例えば、田中角栄さんは絶大な力を持っていたが、金権批判が高まると辞任に追い込まれ、三木内閣、その次に福田内閣になった。元々、日本では野党は弱かったけど、自民党内で総理を交代できた。 今は小選挙区制で派閥の力が弱まり、安倍内閣の時には皆が安倍さんのイエスマンになってしまった。森友学園、加計学園、「桜を見る会」のスキャンダルが連発したのに選挙で勝つから、自民党の中で安倍さんに対する批判が出なくなり、日本の政治に緊張感がなくなった。 僕は安倍さんが自民党総裁に3選した後、本人に「国民の70%以上が森友、加計は問題あると思っている。自民党の国会議員もバカじゃないから問題だと思っているはずだ。自民党の国会議員であなたのところに問題あると言ってくる人はいるのか」と言った。 そうしたら、安倍さんは「いない」と答えた。「一人もいないのか」と聞いたら「一人もいない」と言った。 僕は「ということは、自民党の国会議員たちは皆、あなたに対するゴマすりだけを考えていて、この国をどうすべきか全く考えていない。こんな無責任な内閣だったらこの国は危なくなる。心配にならないのか」と言ったら、安倍さんは「田原さんよりは(日本のことを)心配している」と言っていました。旧統一教会問題、第三者委員会で調査を こうなると、岸田さんが何とかして国民の信頼を復活させるべく改革しないといけない。岸田さんに会ったら、思い切ったラジカルな改革が必要だということを伝えようと思います。 具体的には、まずは第三者委員会によって自民党と旧統一教会の問題を調査することです。 「旧統一教会との関係の深さが指摘されている安倍さんは亡くなったから」「衆院議長の細田博之さんは党籍を離れているから」。それで調査の対象としないというのは冗談じゃない。 調査すべきですよ。この前の調査では、国民は極めて不十分だと思っていますから。国民の信頼を勝ち取るには、これをやらないといけない。 その上で、与野党が協力して、二度とカルト宗教の問題が起きないような法律を作ることを岸田さんに強く求めるつもりです。 僕はこれを立憲や国民民主の幹部にも言っていますが、皆「賛成だ」と言っています。旧統一教会の一番大きな問題は、信者がどれほど生活を犠牲にして献金しているか、その度合いが信仰の深さを示していることです。 だから、安倍さんを銃撃した青年の母親は、財産を全部献金してしまった。しかも、日本の信者から得たお金は韓国に送られているという指摘もあります。宮沢さんの意見に感動、シンパに 僕は7月25日に岸田さんに会った時は「旧統一教会の問題は改めて考えて提言する」と言って、安全保障について話しました。 僕は佐藤内閣で沖縄返還が決まった1971年、当時自民党きっての頭脳派でハト派の代表的政治家だった宮沢さんの意見にすっかり感動して、宮沢シンパになったんです。 宮沢さんは「日本が安全保障を主体的に考えるのは危険で、軍事大国になる。だから、安全保障は全面的に米国に委ねた方が安全だ」と考えていました。 かつて欧州の先進国や米国は世界中を植民地にしようとしました。日本は昭和の初めに植民地にされないために、欧米並みの軍事力を持たなければいけないと考え、5・15事件や2・26事件で反対する政治家が殺され、軍隊を大きくして戦争をやってしまった。 宮沢さんは(戦力不保持を定めた)憲法を「服」に例えて、「日本人は自分の体に合った服を作るのは極めて下手だ。押しつけられた服に体を合わせた方が安全だ」と言っていました。 ところが、日本は安全保障を米国に委ねてきたのに、オバマ大統領(当時)が「アメリカは世界の警察官をやめる」と言った。それまでは世界の秩序を維持するのが米国の使命だった。 その後のトランプ大統領(当時)は、米国さえよければいいという考えで、パクス・アメリカーナ(米国による平和)を放棄した。日本は安全保障を米国に委ねるわけにはいかなくなった。台湾有事の回避、岸田さんに期待 安倍さんは日本の主体的な安全保障を構築したくて仕方なかった。2020年8月に電話したら、今井尚哉秘書官(当時)が出てきて「総理は体調が悪い」と言い、そのまま総理を辞めてしまった。 安倍さんの後に総理になった菅義偉さんには、21年6月に「主体的な安全保障を構築するのはとても危険なことだが、やらないといけない」と伝えた。菅さんは「おっしゃるとおりだ。だけど、自分は新型コロナウイルス対策に精いっぱいだから、コロナが一段落したらやる」と言っていたが、辞めてしまった。 ここで岸田さんがどうするかが大問題です。旧統一教会の問題にけじめをつけて国民の信頼を得て、安全保障を主体的に考えるという危険なことに手をつけなければならない。 この先、中国が台湾に武力侵攻するかもしれない。台湾有事が起きたら、米国のバイデン大統領は「軍事介入する」と言っています。米国は本音では中国と戦争したくないと思いますが、その時は日本にも戦うように言ってくるでしょう。 日本としては台湾有事が起きないように懸命な努力をすべきです。このことを岸田さんには伝え、岸田さんは「田原さんの意見はよく分かる」と言っていました。 僕は戦争を知っている最後の世代なんですよ。何とか台湾有事の戦争を起こさせないように、やるべきことをやってほしいと思っています。田原総一朗(たはら・そういちろう)さん 1934年生まれ。テレビ東京ディレクターとして多数のドキュメント番組を制作し、77年からフリー。司会を務める討論番組「朝まで生テレビ!」(テレビ朝日系列)は今年で放送開始から35年を迎えた。著書に「堂々と老いる」(毎日新聞出版)、「創価学会」(毎日新聞出版)、「日本の戦争」(小学館)ほか多数。
期待外れ、通常なら政権交代
僕は当初、岸田内閣に相当期待していました。なぜなら、岸田さんは宏池会のリーダーだからです。宏池会は宮沢さんが率いて以降、自民党の派閥の中では最もハト派で清潔で、(何か問題が起きれば)けじめをきちんとつけてきた。
岸田さんも今の旧統一教会(世界平和統一家庭連合)のような問題にきちんとけじめをつけるだろうと思っていました。
ところが、岸田さんは7月の参院選で安倍晋三さんが銃撃されると、6日後に国葬を決めてしまった。僕は国葬には反対ではなかったけど、1日でも2日でも国会を開いて与野党で論議すべきだったと思います。
国会を開いていたら問題はなかった。安倍派に対する気づかいで決めたとしたら、これは大間違いだと思います。大変残念ですね。僕にも国葬の招待状が届きましたが、行きませんでした。
その後、旧統一教会と自民党の関係が大問題になってきた。8月の内閣改造では、多くの新しい大臣や副大臣、党の役員まで旧統一教会と関係があり、まったくけじめがついていなかった。これで岸田内閣に対する国民の期待がガーンと落ちた。
しかも、自民党は当初、対応を議員個人に任せた。あまりにも国民の不満があったので、党が調査することになったが、その結果(9月8日に)179人の議員が旧統一教会と関係があることが明らかになった。さらに名前が発表されていない議員にも次々に関係があることが分かり、発表されていない深刻な事実も出てきている。
このために、毎日新聞の9月の世論調査では内閣支持率が29%に下がった。時事通信の世論調査でも32%だった。これはもうピンチというより、通常なら政権交代ですね。
安倍政権下、政治に緊張感がなくなった
しかし、これも大問題なのですが、日本は野党が弱すぎて政権交代が起きない。立憲民主党も国民民主党も、幹部たちが政権奪取を考えていない。野党(の立場)で自民党を批判していれば当選するし、政党助成金があるので生活も安定する。
言ってみれば、それが一番気楽でいいんですね。
かつては自民党の中で派閥がしっかりしていて、総理大臣に何か問題があれば、派閥の力で(首相が)更迭された。
例えば、田中角栄さんは絶大な力を持っていたが、金権批判が高まると辞任に追い込まれ、三木内閣、その次に福田内閣になった。元々、日本では野党は弱かったけど、自民党内で総理を交代できた。
今は小選挙区制で派閥の力が弱まり、安倍内閣の時には皆が安倍さんのイエスマンになってしまった。森友学園、加計学園、「桜を見る会」のスキャンダルが連発したのに選挙で勝つから、自民党の中で安倍さんに対する批判が出なくなり、日本の政治に緊張感がなくなった。
僕は安倍さんが自民党総裁に3選した後、本人に「国民の70%以上が森友、加計は問題あると思っている。自民党の国会議員もバカじゃないから問題だと思っているはずだ。自民党の国会議員であなたのところに問題あると言ってくる人はいるのか」と言った。
そうしたら、安倍さんは「いない」と答えた。「一人もいないのか」と聞いたら「一人もいない」と言った。
僕は「ということは、自民党の国会議員たちは皆、あなたに対するゴマすりだけを考えていて、この国をどうすべきか全く考えていない。こんな無責任な内閣だったらこの国は危なくなる。心配にならないのか」と言ったら、安倍さんは「田原さんよりは(日本のことを)心配している」と言っていました。
旧統一教会問題、第三者委員会で調査を
こうなると、岸田さんが何とかして国民の信頼を復活させるべく改革しないといけない。岸田さんに会ったら、思い切ったラジカルな改革が必要だということを伝えようと思います。
具体的には、まずは第三者委員会によって自民党と旧統一教会の問題を調査することです。
「旧統一教会との関係の深さが指摘されている安倍さんは亡くなったから」「衆院議長の細田博之さんは党籍を離れているから」。それで調査の対象としないというのは冗談じゃない。
調査すべきですよ。この前の調査では、国民は極めて不十分だと思っていますから。国民の信頼を勝ち取るには、これをやらないといけない。
その上で、与野党が協力して、二度とカルト宗教の問題が起きないような法律を作ることを岸田さんに強く求めるつもりです。
僕はこれを立憲や国民民主の幹部にも言っていますが、皆「賛成だ」と言っています。旧統一教会の一番大きな問題は、信者がどれほど生活を犠牲にして献金しているか、その度合いが信仰の深さを示していることです。
だから、安倍さんを銃撃した青年の母親は、財産を全部献金してしまった。しかも、日本の信者から得たお金は韓国に送られているという指摘もあります。
宮沢さんの意見に感動、シンパに
僕は7月25日に岸田さんに会った時は「旧統一教会の問題は改めて考えて提言する」と言って、安全保障について話しました。
僕は佐藤内閣で沖縄返還が決まった1971年、当時自民党きっての頭脳派でハト派の代表的政治家だった宮沢さんの意見にすっかり感動して、宮沢シンパになったんです。
宮沢さんは「日本が安全保障を主体的に考えるのは危険で、軍事大国になる。だから、安全保障は全面的に米国に委ねた方が安全だ」と考えていました。
かつて欧州の先進国や米国は世界中を植民地にしようとしました。日本は昭和の初めに植民地にされないために、欧米並みの軍事力を持たなければいけないと考え、5・15事件や2・26事件で反対する政治家が殺され、軍隊を大きくして戦争をやってしまった。
宮沢さんは(戦力不保持を定めた)憲法を「服」に例えて、「日本人は自分の体に合った服を作るのは極めて下手だ。押しつけられた服に体を合わせた方が安全だ」と言っていました。
ところが、日本は安全保障を米国に委ねてきたのに、オバマ大統領(当時)が「アメリカは世界の警察官をやめる」と言った。それまでは世界の秩序を維持するのが米国の使命だった。
その後のトランプ大統領(当時)は、米国さえよければいいという考えで、パクス・アメリカーナ(米国による平和)を放棄した。日本は安全保障を米国に委ねるわけにはいかなくなった。
台湾有事の回避、岸田さんに期待
安倍さんは日本の主体的な安全保障を構築したくて仕方なかった。2020年8月に電話したら、今井尚哉秘書官(当時)が出てきて「総理は体調が悪い」と言い、そのまま総理を辞めてしまった。
安倍さんの後に総理になった菅義偉さんには、21年6月に「主体的な安全保障を構築するのはとても危険なことだが、やらないといけない」と伝えた。菅さんは「おっしゃるとおりだ。だけど、自分は新型コロナウイルス対策に精いっぱいだから、コロナが一段落したらやる」と言っていたが、辞めてしまった。
ここで岸田さんがどうするかが大問題です。旧統一教会の問題にけじめをつけて国民の信頼を得て、安全保障を主体的に考えるという危険なことに手をつけなければならない。
この先、中国が台湾に武力侵攻するかもしれない。台湾有事が起きたら、米国のバイデン大統領は「軍事介入する」と言っています。米国は本音では中国と戦争したくないと思いますが、その時は日本にも戦うように言ってくるでしょう。
日本としては台湾有事が起きないように懸命な努力をすべきです。このことを岸田さんには伝え、岸田さんは「田原さんの意見はよく分かる」と言っていました。
僕は戦争を知っている最後の世代なんですよ。何とか台湾有事の戦争を起こさせないように、やるべきことをやってほしいと思っています。
田原総一朗(たはら・そういちろう)さん
1934年生まれ。テレビ東京ディレクターとして多数のドキュメント番組を制作し、77年からフリー。司会を務める討論番組「朝まで生テレビ!」(テレビ朝日系列)は今年で放送開始から35年を迎えた。著書に「堂々と老いる」(毎日新聞出版)、「創価学会」(毎日新聞出版)、「日本の戦争」(小学館)ほか多数。