タイ国政府観光庁のTwitter「タイBLに恋したい!」も人気を盛り上げている
コロナ禍の中、韓国ドラマをはじめとした海外の映像作品を見る機会が増えた。そうした中、人気沸騰中なのが「タイBL」というジャンルだ。タイではBL(ボーイズラブ)を題材にしたドラマが数多く制作されており、このコロナ禍の中で日本でもファンが増加。日本にタイBLブームがやってきたといって過言でない。
実際、タイの旅行情報を発信するタイ国政府観光庁には、かつてないほど問い合わせが殺到。ドラマに登場するタイ語や文化についての質問などが一気に増えたという。
いったい何が起きているのか。タイ国政府観光庁で「タイ観光案内サイト」の運営を行うほか、TwitterなどでタイBLの情報発信も行う村井茉耶さんを訪ね、人気の背景に迫った。
タイBLとは文字通りタイで作られたボーイズラブドラマのこと。これは日本で発展したBL文化の影響を受けて誕生したジャンルのドラマで、現地では日本語の“やおい”からとって「Yシリーズ」と呼ばれている。
タイでは性的志向を18種類に細分化して認識したり、同性カップルの結婚を事実上認める「市民パートナーシップ制度」を施行するなど、性的マイノリティへの認知が比較的進んでいる国だ。日本のBLは漫画や小説が多いが、タイではドラマが積極的に作られているという違いがある。
タイBLブームの火付け役となったドラマは『SOTUS』と言われる。大学を舞台に、ツンデレの先輩と相手に一途な後輩が繰り広げる恋愛ものだ。最近人気なのは『2gether』。可愛い女の子が大好きな大学生の青年が、軽音部に所属する美形の青年と偽装恋愛を始めたものの次第に惹かれ合っていくという内容だ。いずれも大学を舞台にした青春ドラマという特徴がある。
日本では現在『SOTUS』の続編も放送中だ(BS朝日HPより)
複数の関係者が口をそろえる、日本でタイBLが人気である理由のひとつは、主要な登場人物が日本人の目から見ても“圧倒的に美形”であることだ。
そのため、ストーリーだけでなく俳優同士のカップリング(恋愛関係)を楽しんだり、アイドルのように俳優を応援するファンも多い。そしてツンデレやライバル関係といった、互いに正直になれないイケメン同士が次第に惹かれ合っていく熱いラブストーリーが展開するのも、BLファンの心を掴んだ理由のひとつといえる。
ここまで人気化したのには、きっかけもあった。世界的ヒット作となった先述のドラマ『2gether』が2020年2月にタイで放映された少し後、ある日本人BLファンがこの作品をTwitterで「面白い」とBLコミュニティに向けて発信したのが始まりだ。ドラマでの見どころや魅力を紹介したツイートは、瞬く間に日本のBL好きに認知された。
ちょうどこの頃は、コロナ禍による緊急事態宣言で全国的にステイホームが推奨されていた時期。外に出られず時間を持て余したBLファンの目に留まったこと、そして当時タイの制作会社GMMTVが『2gether』をYouTubeで無料で公開していたこともあり一気に人気が加速。ファンによって日本語字幕が付けられてさらに拡散されていき、総再生回数はなんと8億回を超えたという。
こうした動きには、タイ国政府観光庁でも驚きが広がったという。
「『2gether』以前にももちろんタイBLのドラマ自体はありましたが、タイ本国でも一部の限られたファンのなかで人気というだけで特に目立つものではありませんでした」と村井さんは振り返る。
村井さんによれば、タイBLが人気になったことで、タイの文化や言語に興味を持つ日本人が急増したという。オンラインのタイ語教室には希望者が押し寄せ、タイ国政府観光庁にもタイBLファンからの問い合わせが一気に増えた。
「ドラマを見て『タイに行ってみたい』『俳優さんの言葉を理解したい』『手紙をタイ語で書きたい』といった問い合わせが増えました。ドラマのタイ語は現地の人たちの言葉と比べて優しい印象で、トーンが耳に心地よいのが特徴です。俳優たちと同じようにタイ語を話せるようになりたいという声も多くなりましたね」
タイ国政府観光庁はタイBLファンの急増を受けて、2020年10月に公式Twitterアカウント「タイBLに恋したい!」を開設。「いつか憧れのタイに行きたい」というファンに向けてドラマの情報やタイの文化などを発信し、タイの魅力を伝える取り組みを開始した。
タイ国政府観光庁Twitterては人気トラマのロケ地巡りツアーも発信している
実は、村井さん自身もタイBLにどっぷりハマってしまった当事者の一人だ。
「そこでタイBLの良さを伝えたいと思いTwitterの開設を企画しました。当初はバンコクの本庁より『本当にこの企画で大丈夫?』と言われました(笑)。それほどまでにタイBLが日本で人気だということがタイ本国の人には予想外だったようです。BLファンはTwitterを使うことが多いのでコミュニティ作りに役立てています」
現在の公式アカウントのフォロワーは2万人以上。Twitterで主に紹介しているのはドラマに出てくるロケ地やタイ料理の紹介で、タイ国政府観光庁だからこそできるタイの魅力発信を行っている。またドラマを見て気になった疑問などを受け付けるコーナーも開設し、毎日たくさんの質問が届いている。
「ドラマを見て気になったことをはじめ、『みんな窓から部屋に入るの?』『玄関はあるの?』『靴はどこで脱ぐんですか?』などの生活習慣の違いからくる質問が多いです。また『飲酒運転しているけど大丈夫?』『ヘルメットをつけずに二人乗りしてもいいのですか?』といったタイならではのゆるさを象徴するような質問もありますね。もちろんこれらはタイでも違法です(笑)」
タイ独特の緩さ加減もドラマには反映されていて、この和やかな雰囲気、リラックス感もリピートされる理由だという。
タイ国政府観光庁はTwitterでのロケ地や文化の紹介だけでなく、2021年5月にドラマ『SOTUS』の俳優によるオンラインファンミーティングなどのイベントを積極的に行っている。このイベント中に行った約2500人へのアンケートでは、ファンの8割がタイに行ったことがなく、「ロケ地に行ってみたい」という声がたくさん上がった。
タイBLトラマのロケ地巡りの風景2
そこで2022年6月に開催したのがドラマのロケ地ツアーだった。モニター8名を募集したところ、販売開始5分で売り切れたという。参加者のほぼ全員がタイは初めてだったそうだ。7月には2度目のツアーを行ったが、こちらもすぐ売り切れになるほどの人気で、村井さんも驚いたという。
実際にツアーに参加した人には、ドラマに登場する街並みや文化に感激する人も多かったという。
タイBLトラマのロケ地巡りの風景
現在は俳優の来日イベントやコンサートツアーなども多く開催されていて、必ずしもタイに行かずとも日本で俳優と会える機会がある。しかし、村井さんは「今後はタイ本国でのドラマイベントに合わせたツアー」や「小規模で俳優と触れ合えるタイツアー」に力を入れたい考えている。タイ国政府観光庁ならではのツアーで、タイBLをきっかけにタイへの旅行者を増やしていきたいという。
盛り上がりが続くタイBL市場だが、今後日本で広まっていくうえでは障壁もある。そのひとつが、YouTubeへのジオブロックだ。
これはYouTubeに上がったコンテンツについて、特定の地域からの視聴を制限する機能のこと。タイBLの放送権を得ている各社の配信サービスは、タイからアップロードされたドラマの動画にジオブロックをかける動きが一般的となっている。
「YouTubeで無料で見られたおかげで人気化したタイBLですが、日本の放送会社が動画にジオブロックをかけていることで、新しいドラマを気軽に見ることが難しくなっています。そのため、何種類ものドラマを見るためには複数のサービスに加入する必要が出てきました。これが理由で視聴から遠ざかる人も。無料で全話は無理とはいえ、例えば1話だけでもYouTubeで見られるようにするなど、日本でドラマを配信する放送会社側も入り口を作ってもらえたら……」
大手配信サイトのNetflixやAmazon PrimeなどでもタイBLを見ることはできるが、本国の放映から早くても半年以上かかったり、ドラマの数が少なかったりと課題は山積みだ。
10月1日以降より、タイへの入国はワクチンの接種証明や陰性証明が不要となり、ビザなしでの滞在期間が30日から最大45日に延長された。そしてタイから日本への入国は、ワクチンの接種証明書(3回)を所持している人は陰性証明書が不要に、所持していない人は出国前72時間以内に受けた検査の陰性証明書があれば帰国が可能となった。一時期に比べてはるかに規制が緩和されている。
現在はLCC(格安航空会社)の運航が減便されており、コロナ禍以前ほどの航空便はまだ復活しておらず、航空券が高額という問題はあるものの、現在タイへの飛行機やパッケージツアーの予約などは希望者が増加している。
人の行き来が増える中で、タイBL人気はどうなっていくか。番組の視聴環境など、さまざまな課題への対応が、人気の今後に大きく影響することは間違いない。
(福井 求 : ライター)