世にはびこり続けているブラック企業。
そこで働く社員のみならず、その企業と契約を結び派遣スタッフにまでブラック体質の余波が襲いかかることも少なくない。
大学卒業後にとある人材派遣会社・A社に入社した佐藤広樹さん(25歳・仮名)。彼はA社で営業職として働いていたが、日雇い労働者への劣悪すぎる待遇に絶句していた。
自責の念に苛まれ、次第に労働者への同情の気持ちが強くなっていったという佐藤さん。しかし、会社側はそんな感情を殺すように告げていたという。
今回も【前編】『営業成績が悪いと上司に刃物を突き付けられる…25歳会社員が絶句した、「ブラック人材派遣会社」のヤバい実態』に引き続き、佐藤さんが遭遇したブラック派遣会社の実態を見ていきたい。
また、ブラック企業問題に長年取り組んできた神奈川総合法律事務所所属の弁護士・嶋崎量氏に、A社のようなケースの違法性についても解説していただく。
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高圧的な上司にドン引き【前編】でも少し触れたが、A社は成果主義の風潮が強い会社であり、好成績をあげている社員のほうが社内での序列は高い。特に佐藤さん直属の上司B氏は、成績優秀で社内でも一目置かれる存在だったという。ヤバすぎるその人間性について、佐藤さんはこう振り返る。「Bさんはザ・体育会系気質で、かなり高圧的な人物。罪悪感を抱くことなく、日雇い労働者にキツい仕事を紹介したり、脅したりしていた姿が印象的でした。あるとき私が電話で労働者と話していたとき、いたたまれなくなって『お疲れ様です…』と労いの言葉をかけたんです。が、突然Bさんが無理やり受話器を奪い、一方的に会話を終わらせていました。どうやら、社員が少しでも労働者と仲良くするのを許さない方針だったみたいです。『人の心がないのかよ……』と心の中で怒りに震えましたね」結局、佐藤さんはA社で働き続けるビジョンが見えず、入社してから3ヶ月ほどで退職したという。「Bさんに退職する旨を伝えたときに、なぜか本気で引き止められて驚きました。特に人手不足な様子はないですし不思議に思っていたら、Bさんからは衝撃的な言葉が飛び出したんです。『ここは労働者を使ってめちゃくちゃ稼げるところだ! 辞めるのはもったいないぞ!』と……。正直言うと給料や福利厚生はよかったので、Bさんに話すまでは良心の呵責にさいなまれながらもこのままA社で働くという選択肢が、頭のなかに少しだけ残っていたんです。でも彼の言葉を聞いてハッと気づいたんです。こんな人間と同類になってはいけない、そう思ってきっぱり辞めました」佐藤さんは「最後の最後まで派遣スタッフへの情など皆無で、売上にしか目がない会社と上司だった」と回想していた。 違法性を問えるのか?以上がA社の信じがたい実態だが、法的にはどのような問題があるのか、弁護士の嶋崎氏に解説してもらおう。まずは派遣先の労働環境についてだ。「休憩時間なし、水分補給なしという工場の労働環境は、確かに劣悪で違法と言えるものでしょう。ただ派遣先で倒れたとしても、休憩なし、水分補給なしの労働環境が原因であるという因果関係が認められるかどうかはケースバイケースで、それが認められなければ損害賠償の支払いは認められません。ですから、そういった環境だったとして、現場の企業や派遣会社を相手に裁判を起こしても、責任が認められて賠償金の支払いが命じられる判決がでるかどうかはわからないでしょう。真夏日にクーラーがない工場でも、『安全基準に沿って、室内温度が何度以上であったか』など細かい部分がわからないと、仮に倒れても違法行為かどうかは判断しづらいんです。そのためもし裁判を起こすのであれば、例えば実際の作業現場を背景にして、温度計が何度を示しているのかわかる写真などを撮っておけば、証拠のひとつにはなるかもしれません。こういったケースでは、どうやって賠償金をとるのかというより、現場を改善できるのかという視点での対応の方が重要でしょう」Photo by iStock 次に借金を肩代わりしていることを理由に、仕事を断らせないA社の姿勢には問題はないのだろうか。「会社が借金を肩代わりして、その代わりに労働者側は少しずつ働いて会社に返済していくという契約内容になっている場合、基本的にそれ自体で両者の関係に法的な問題はありません。A社が労働者に貸付をしていることそれ自体は、違法ではありませんので。とはいえ、『仕事を断わらせない』というのが、貸付をする契約上も労働者が拒否できないような内容になっていたら、強制労働の禁止(労働基準法5条)の関係で違法性が生じるかもしれません。また、A社の担当者の労働者に対する脅迫じみた発言はボイスレコーダーなどに録音しておけば、ハラスメントなどの証拠となる可能性があるので、問題があると感じたら会話を録音しておくことをおすすめします」最後に人材派遣業界の今後と、ブラック企業に遭遇してしまった場合の留意点などを伺おう。「人材派遣業界は、基本的に労働者の労働によって得られる派遣料金を搾取して利益を得ている業界だと私は考えています。個人的には雇用関係、給与体系の適正化に向けて、業界だけではなく国がより厳しく法規制をしていくべきだと思いますが、人間の尊厳を奪う、軽んじるようなA社のようなケースは、法的規制とは別次元で問題です。もし相手の行動や発言がおかしいと思うことがあれば、まずは事実関係を整理し、証拠を確保しましょう。法的に違法かどうかはそういった事実関係を前提にしなければ判断できませんので、『○○はよくない』といった一般論や感情論の前に、もしもの場合に備えて客観的に事実を伝えられるように準備しておくべきでしょう」 ――A社のようにブラック企業と思われる労働環境を強いられていたとしても、残念ながら法的問題を立証できるかどうかはケースバイケースということのようだ。嶋崎氏の言うように違法行為の疑いがあるのであれば、まずは事実関係を整理し、証拠となるような音声や写真を用意しておくのがいいのかもしれない。(取材・文=文月/A4studio)※登場された方のプライバシーに配慮し、実際の事例を一部変更、再構成しています。
【前編】でも少し触れたが、A社は成果主義の風潮が強い会社であり、好成績をあげている社員のほうが社内での序列は高い。特に佐藤さん直属の上司B氏は、成績優秀で社内でも一目置かれる存在だったという。ヤバすぎるその人間性について、佐藤さんはこう振り返る。
「Bさんはザ・体育会系気質で、かなり高圧的な人物。罪悪感を抱くことなく、日雇い労働者にキツい仕事を紹介したり、脅したりしていた姿が印象的でした。あるとき私が電話で労働者と話していたとき、いたたまれなくなって『お疲れ様です…』と労いの言葉をかけたんです。
が、突然Bさんが無理やり受話器を奪い、一方的に会話を終わらせていました。どうやら、社員が少しでも労働者と仲良くするのを許さない方針だったみたいです。『人の心がないのかよ……』と心の中で怒りに震えましたね」
結局、佐藤さんはA社で働き続けるビジョンが見えず、入社してから3ヶ月ほどで退職したという。
「Bさんに退職する旨を伝えたときに、なぜか本気で引き止められて驚きました。特に人手不足な様子はないですし不思議に思っていたら、Bさんからは衝撃的な言葉が飛び出したんです。『ここは労働者を使ってめちゃくちゃ稼げるところだ! 辞めるのはもったいないぞ!』と……。
正直言うと給料や福利厚生はよかったので、Bさんに話すまでは良心の呵責にさいなまれながらもこのままA社で働くという選択肢が、頭のなかに少しだけ残っていたんです。でも彼の言葉を聞いてハッと気づいたんです。こんな人間と同類になってはいけない、そう思ってきっぱり辞めました」
佐藤さんは「最後の最後まで派遣スタッフへの情など皆無で、売上にしか目がない会社と上司だった」と回想していた。
違法性を問えるのか?以上がA社の信じがたい実態だが、法的にはどのような問題があるのか、弁護士の嶋崎氏に解説してもらおう。まずは派遣先の労働環境についてだ。「休憩時間なし、水分補給なしという工場の労働環境は、確かに劣悪で違法と言えるものでしょう。ただ派遣先で倒れたとしても、休憩なし、水分補給なしの労働環境が原因であるという因果関係が認められるかどうかはケースバイケースで、それが認められなければ損害賠償の支払いは認められません。ですから、そういった環境だったとして、現場の企業や派遣会社を相手に裁判を起こしても、責任が認められて賠償金の支払いが命じられる判決がでるかどうかはわからないでしょう。真夏日にクーラーがない工場でも、『安全基準に沿って、室内温度が何度以上であったか』など細かい部分がわからないと、仮に倒れても違法行為かどうかは判断しづらいんです。そのためもし裁判を起こすのであれば、例えば実際の作業現場を背景にして、温度計が何度を示しているのかわかる写真などを撮っておけば、証拠のひとつにはなるかもしれません。こういったケースでは、どうやって賠償金をとるのかというより、現場を改善できるのかという視点での対応の方が重要でしょう」Photo by iStock 次に借金を肩代わりしていることを理由に、仕事を断らせないA社の姿勢には問題はないのだろうか。「会社が借金を肩代わりして、その代わりに労働者側は少しずつ働いて会社に返済していくという契約内容になっている場合、基本的にそれ自体で両者の関係に法的な問題はありません。A社が労働者に貸付をしていることそれ自体は、違法ではありませんので。とはいえ、『仕事を断わらせない』というのが、貸付をする契約上も労働者が拒否できないような内容になっていたら、強制労働の禁止(労働基準法5条)の関係で違法性が生じるかもしれません。また、A社の担当者の労働者に対する脅迫じみた発言はボイスレコーダーなどに録音しておけば、ハラスメントなどの証拠となる可能性があるので、問題があると感じたら会話を録音しておくことをおすすめします」最後に人材派遣業界の今後と、ブラック企業に遭遇してしまった場合の留意点などを伺おう。「人材派遣業界は、基本的に労働者の労働によって得られる派遣料金を搾取して利益を得ている業界だと私は考えています。個人的には雇用関係、給与体系の適正化に向けて、業界だけではなく国がより厳しく法規制をしていくべきだと思いますが、人間の尊厳を奪う、軽んじるようなA社のようなケースは、法的規制とは別次元で問題です。もし相手の行動や発言がおかしいと思うことがあれば、まずは事実関係を整理し、証拠を確保しましょう。法的に違法かどうかはそういった事実関係を前提にしなければ判断できませんので、『○○はよくない』といった一般論や感情論の前に、もしもの場合に備えて客観的に事実を伝えられるように準備しておくべきでしょう」 ――A社のようにブラック企業と思われる労働環境を強いられていたとしても、残念ながら法的問題を立証できるかどうかはケースバイケースということのようだ。嶋崎氏の言うように違法行為の疑いがあるのであれば、まずは事実関係を整理し、証拠となるような音声や写真を用意しておくのがいいのかもしれない。(取材・文=文月/A4studio)※登場された方のプライバシーに配慮し、実際の事例を一部変更、再構成しています。
以上がA社の信じがたい実態だが、法的にはどのような問題があるのか、弁護士の嶋崎氏に解説してもらおう。まずは派遣先の労働環境についてだ。
「休憩時間なし、水分補給なしという工場の労働環境は、確かに劣悪で違法と言えるものでしょう。ただ派遣先で倒れたとしても、休憩なし、水分補給なしの労働環境が原因であるという因果関係が認められるかどうかはケースバイケースで、それが認められなければ損害賠償の支払いは認められません。
ですから、そういった環境だったとして、現場の企業や派遣会社を相手に裁判を起こしても、責任が認められて賠償金の支払いが命じられる判決がでるかどうかはわからないでしょう。
真夏日にクーラーがない工場でも、『安全基準に沿って、室内温度が何度以上であったか』など細かい部分がわからないと、仮に倒れても違法行為かどうかは判断しづらいんです。そのためもし裁判を起こすのであれば、例えば実際の作業現場を背景にして、温度計が何度を示しているのかわかる写真などを撮っておけば、証拠のひとつにはなるかもしれません。
こういったケースでは、どうやって賠償金をとるのかというより、現場を改善できるのかという視点での対応の方が重要でしょう」
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次に借金を肩代わりしていることを理由に、仕事を断らせないA社の姿勢には問題はないのだろうか。「会社が借金を肩代わりして、その代わりに労働者側は少しずつ働いて会社に返済していくという契約内容になっている場合、基本的にそれ自体で両者の関係に法的な問題はありません。A社が労働者に貸付をしていることそれ自体は、違法ではありませんので。とはいえ、『仕事を断わらせない』というのが、貸付をする契約上も労働者が拒否できないような内容になっていたら、強制労働の禁止(労働基準法5条)の関係で違法性が生じるかもしれません。また、A社の担当者の労働者に対する脅迫じみた発言はボイスレコーダーなどに録音しておけば、ハラスメントなどの証拠となる可能性があるので、問題があると感じたら会話を録音しておくことをおすすめします」最後に人材派遣業界の今後と、ブラック企業に遭遇してしまった場合の留意点などを伺おう。「人材派遣業界は、基本的に労働者の労働によって得られる派遣料金を搾取して利益を得ている業界だと私は考えています。個人的には雇用関係、給与体系の適正化に向けて、業界だけではなく国がより厳しく法規制をしていくべきだと思いますが、人間の尊厳を奪う、軽んじるようなA社のようなケースは、法的規制とは別次元で問題です。もし相手の行動や発言がおかしいと思うことがあれば、まずは事実関係を整理し、証拠を確保しましょう。法的に違法かどうかはそういった事実関係を前提にしなければ判断できませんので、『○○はよくない』といった一般論や感情論の前に、もしもの場合に備えて客観的に事実を伝えられるように準備しておくべきでしょう」 ――A社のようにブラック企業と思われる労働環境を強いられていたとしても、残念ながら法的問題を立証できるかどうかはケースバイケースということのようだ。嶋崎氏の言うように違法行為の疑いがあるのであれば、まずは事実関係を整理し、証拠となるような音声や写真を用意しておくのがいいのかもしれない。(取材・文=文月/A4studio)※登場された方のプライバシーに配慮し、実際の事例を一部変更、再構成しています。
次に借金を肩代わりしていることを理由に、仕事を断らせないA社の姿勢には問題はないのだろうか。
「会社が借金を肩代わりして、その代わりに労働者側は少しずつ働いて会社に返済していくという契約内容になっている場合、基本的にそれ自体で両者の関係に法的な問題はありません。A社が労働者に貸付をしていることそれ自体は、違法ではありませんので。
とはいえ、『仕事を断わらせない』というのが、貸付をする契約上も労働者が拒否できないような内容になっていたら、強制労働の禁止(労働基準法5条)の関係で違法性が生じるかもしれません。
また、A社の担当者の労働者に対する脅迫じみた発言はボイスレコーダーなどに録音しておけば、ハラスメントなどの証拠となる可能性があるので、問題があると感じたら会話を録音しておくことをおすすめします」
最後に人材派遣業界の今後と、ブラック企業に遭遇してしまった場合の留意点などを伺おう。
「人材派遣業界は、基本的に労働者の労働によって得られる派遣料金を搾取して利益を得ている業界だと私は考えています。個人的には雇用関係、給与体系の適正化に向けて、業界だけではなく国がより厳しく法規制をしていくべきだと思いますが、人間の尊厳を奪う、軽んじるようなA社のようなケースは、法的規制とは別次元で問題です。
もし相手の行動や発言がおかしいと思うことがあれば、まずは事実関係を整理し、証拠を確保しましょう。法的に違法かどうかはそういった事実関係を前提にしなければ判断できませんので、『○○はよくない』といった一般論や感情論の前に、もしもの場合に備えて客観的に事実を伝えられるように準備しておくべきでしょう」
――A社のようにブラック企業と思われる労働環境を強いられていたとしても、残念ながら法的問題を立証できるかどうかはケースバイケースということのようだ。嶋崎氏の言うように違法行為の疑いがあるのであれば、まずは事実関係を整理し、証拠となるような音声や写真を用意しておくのがいいのかもしれない。(取材・文=文月/A4studio)※登場された方のプライバシーに配慮し、実際の事例を一部変更、再構成しています。
――A社のようにブラック企業と思われる労働環境を強いられていたとしても、残念ながら法的問題を立証できるかどうかはケースバイケースということのようだ。嶋崎氏の言うように違法行為の疑いがあるのであれば、まずは事実関係を整理し、証拠となるような音声や写真を用意しておくのがいいのかもしれない。
(取材・文=文月/A4studio)
※登場された方のプライバシーに配慮し、実際の事例を一部変更、再構成しています。