豪雨、火事で逃げ遅れる人の特徴 「みんなと同じなら安全」の考えで見えなくなる危険

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この時期は台風が増える一方、空気が乾燥して火事が多くなる。そんな災害のニュースが増えてくるなか、気になるのは逃げ遅れる人たちが多くいるということ。いったい、彼らはなぜ逃げなかったのか──。
【写真】火事!炎を上げて燃え上がる建物 スマホが聞き慣れない不気味な音を鳴らし、防災無線からもサイレンが響く。10月4日早朝、北朝鮮が発射した弾道ミサイルが日本上空を通過し、北海道・青森・東京の島しょ部でJアラートが鳴り響いた。しかし、東京都に属する島しょ部・大島町では、指定された避難施設に逃げ込んだ人は誰もいなかった。後にこの地域に危険はなく、誤って発令されたことがわかったが、避難のあり方において課題が浮き彫りになった。

2017年にもJアラートが発令されたが、当時政府が行ったインターネット調査では「実際に避難した」と答えた人はわずか5%台。一方、「不要と考え避難しなかった」と答えた人は約半数もいた。なぜ人は逃げないのか ──。西日本豪雨では死者の8割が屋内で発見 日本各地で紅葉が見頃を迎える秋本番は美しい自然が楽しめる一方、さまざまな災害に対して警戒を強めねばならない時期でもある。秋は台風による洪水、乾燥による火事などが起きやすい。災害はいつどこで誰に起きてもおかしくなく、避難できるかどうかが、生死を分けることになる。栃木県の丸山貴美子さん(46才・仮名)は、台風で堤防が決壊した3年前のことを振り返る。「行政からの避難勧告がまだないから大丈夫だろうと思っていたら、高校生の息子がスマホで“車が水没した”とか“浸水している”など危険な情報を集めていました。行政の情報が遅れているとわかり、私たちはすぐに避難所に向かったので、難を逃れることができました。 避難所へ向かうとき、近所の人に声をかけましたが“避難勧告も出ていないのに気が早い”“2階にいれば安全”と相手にされませんでした。結局、そのお宅は避難が間に合わず、ご主人は流されてきた看板に当たり、肩の骨を折る大けがをしました。奥さんと子供たちは必死に立木につかまり、命からがら救助されたそうです」 行政から避難勧告が出ても、逃げ遅れる人は多い。2018年7月、「平成最悪の水害」といわれた西日本豪雨の際、行政は避難を呼びかけたが、行動しない、できない人が多数いた。甚大な被害が出た岡山県倉敷市真備町では、亡くなった人のうち約8割が屋内で発見されており、逃げ遅れて溺死した人が多かったとみられている。 火事でも逃げ遅れる人が出る。消防庁によると、住宅火災の発生件数は総出火件数の約30%だが、死者は7割を占める。さらに、65才以上の高齢者が犠牲となる割合が年々上昇しており、2007年までは50%台だったが、2017年以降はなんと70%を超えている。 電気器具での死亡例も高齢者が多く、「電気こたつをつけたまま外出、ショートにより発火。帰宅してから火災に気づいて消火しようとしたが、手間どっている間に逃げ遅れて死亡」などといったケースも報告されている。新潟県の上岡美子さん(65才・仮名)が声を潜めて言う。「近所に同世代の女性が住んでいました。毎朝、マラソンをするなど活発だったのが印象的で。5年前、そのお宅が火事になったんです。奥さんや旦那さん、2人の子供たちが家から出てきて、家族全員無事でほっとしたのも束の間。消防車を呼んで安心したのか、あろうことか、奥さんが通帳や印鑑を取りに自宅に戻ってしまったんです。 そうしたら、くすぶっていた煙が、みるみる炎に変わってしまって……。奥さんは消防隊員に助けられましたが、大やけどを負ってしまいました」 ほかにも消火活動をして逃げ遅れる、逃げ遅れた人を助けて命を落とすという事例も報告されている。「正常性バイアス」と「同調性バイアス」 ある地下鉄のホームで車両が燃えている。すると、対向ホームに列車が入線してきた。その列車の乗客は目の前で車両が燃えているにもかかわらず、なぜか座ったまま。2003年、韓国で起きた「大邱地下鉄放火事件」での出来事だ。 死者192人、148人が負傷するという大惨事だが、災害に遭った人の心理状態を鮮明にした。地下鉄指令センター側の不手際も大きかったとはいえ、車内の防犯カメラには危険を過小評価する乗客の様子が記録されていた。どうして逃げないのか──東京女子大学名誉教授(災害・リスク心理学)の広瀬弘忠さんが解説する。「人間は、急激な変化に対しては驚いたり危険だと感じたりするが、じわじわと迫る危険に対しては適応機能が働いて、気づかなかったり“なんともない”と過小評価してしまう。これを『正常性バイアス』と呼びます」 広瀬さんは、被験者が1人でいる部屋に軽い刺激臭のある白煙をゆっくりと吹き込む実験を行った。すると、7割の人は煙が充満しても室内にとどまった。中には「体にいい煙だと思った」などとポジティブな解釈をした人もいた。 別の実験だとこうだ。部屋にいる10人のうち1人だけに実験だとは知らせず、非常ベルや消防車のサイレン音を鳴らしつつ室内に煙を入れた。こちらも、ほかの9人が動かなければ、実験だと知らない1人は逃げようとしなかった。「集団の中では、つい他人と同じ行動を取ろうとする心理『同調性バイアス』が働く。“みんなでいれば怖くない”と考えがちです。大邱の地下鉄での行動は、これによるものだと考えられる。周囲の様子をうかがっていると避難が遅れる原因になるが、率先して避難する人がいれば、より多くの人の避難につながるのも同調性バイアスです」(広瀬さん・以下同) では、どんな人が逃げ遅れやすいのだろうか。「遊園地でジェットコースターが好きな人とそうでない人がいるように、リスクを取ることを好む人が一定数いる。ただし、“ジェットコースター好きだから逃げ遅れやすい”とはなりません。ただ、自分に及ぶ危険を、ある意味で“許容範囲”と捉える人がいる。高難度の山に挑戦する登山家などもそれにあたる」 また、報道などで「台風のとき、田んぼの様子を見に行って川に流された」などというニュースをよく耳にするが、これはどういう心理なのか。「もちろん、生活の糧である農家の田んぼや漁師の船などを確認したいという気持ちの人が多いと思うのですが、それとは別に、災害を見に行くのを内心、好む人もいる。怖いもの見たさ、というもので、わざわざ自然災害が多発する地域に住みたがる人もいます」 さらに加齢の影響も。「高齢者や、認知の機能に問題が出てくると、危険を感じないだけでなく“感じたくない”と無意識下で判断し、安全であると思い込もうとする働きをしてしまうこともあります」 なんとも不思議な働きだが、正常性バイアスも同調性バイアスも、社会生活を平穏に過ごすために必要なもの。私たちの社会が平和であることの裏返しでもある。ちなみに、危険な災害から生き抜くための能力には男女差がある。「男性の方が正常性、同調性どちらのバイアスにも陥りやすい。女性の方がより敏感に危険を察知します。夫婦でいたら、まず奥さんの方が“何かおかしい”“逃げましょう”となることが多い」 火事や洪水などの天災から逃げ遅れないためには、どうすればいいのか。「みんなと同じことをしていれば安全、と考えるのはやめましょう。人と違うことをするのは恥ずかしいと考えていると、助かるものも助からなくなる。また『正常性バイアス』というものが存在し、迫りくる危険が見えなくなっているだけかもしれない、と常に胸に留めておくことも重要です」 誰しもが陥りがちな「リスクの過小評価」というわながある。それを知っておくだけで結果は違ってくるのだ。※女性セブン2022年11月3日号
スマホが聞き慣れない不気味な音を鳴らし、防災無線からもサイレンが響く。10月4日早朝、北朝鮮が発射した弾道ミサイルが日本上空を通過し、北海道・青森・東京の島しょ部でJアラートが鳴り響いた。しかし、東京都に属する島しょ部・大島町では、指定された避難施設に逃げ込んだ人は誰もいなかった。後にこの地域に危険はなく、誤って発令されたことがわかったが、避難のあり方において課題が浮き彫りになった。
2017年にもJアラートが発令されたが、当時政府が行ったインターネット調査では「実際に避難した」と答えた人はわずか5%台。一方、「不要と考え避難しなかった」と答えた人は約半数もいた。なぜ人は逃げないのか ──。
日本各地で紅葉が見頃を迎える秋本番は美しい自然が楽しめる一方、さまざまな災害に対して警戒を強めねばならない時期でもある。秋は台風による洪水、乾燥による火事などが起きやすい。災害はいつどこで誰に起きてもおかしくなく、避難できるかどうかが、生死を分けることになる。栃木県の丸山貴美子さん(46才・仮名)は、台風で堤防が決壊した3年前のことを振り返る。
「行政からの避難勧告がまだないから大丈夫だろうと思っていたら、高校生の息子がスマホで“車が水没した”とか“浸水している”など危険な情報を集めていました。行政の情報が遅れているとわかり、私たちはすぐに避難所に向かったので、難を逃れることができました。
避難所へ向かうとき、近所の人に声をかけましたが“避難勧告も出ていないのに気が早い”“2階にいれば安全”と相手にされませんでした。結局、そのお宅は避難が間に合わず、ご主人は流されてきた看板に当たり、肩の骨を折る大けがをしました。奥さんと子供たちは必死に立木につかまり、命からがら救助されたそうです」
行政から避難勧告が出ても、逃げ遅れる人は多い。2018年7月、「平成最悪の水害」といわれた西日本豪雨の際、行政は避難を呼びかけたが、行動しない、できない人が多数いた。甚大な被害が出た岡山県倉敷市真備町では、亡くなった人のうち約8割が屋内で発見されており、逃げ遅れて溺死した人が多かったとみられている。
火事でも逃げ遅れる人が出る。消防庁によると、住宅火災の発生件数は総出火件数の約30%だが、死者は7割を占める。さらに、65才以上の高齢者が犠牲となる割合が年々上昇しており、2007年までは50%台だったが、2017年以降はなんと70%を超えている。
電気器具での死亡例も高齢者が多く、「電気こたつをつけたまま外出、ショートにより発火。帰宅してから火災に気づいて消火しようとしたが、手間どっている間に逃げ遅れて死亡」などといったケースも報告されている。新潟県の上岡美子さん(65才・仮名)が声を潜めて言う。
「近所に同世代の女性が住んでいました。毎朝、マラソンをするなど活発だったのが印象的で。5年前、そのお宅が火事になったんです。奥さんや旦那さん、2人の子供たちが家から出てきて、家族全員無事でほっとしたのも束の間。消防車を呼んで安心したのか、あろうことか、奥さんが通帳や印鑑を取りに自宅に戻ってしまったんです。
そうしたら、くすぶっていた煙が、みるみる炎に変わってしまって……。奥さんは消防隊員に助けられましたが、大やけどを負ってしまいました」
ほかにも消火活動をして逃げ遅れる、逃げ遅れた人を助けて命を落とすという事例も報告されている。
ある地下鉄のホームで車両が燃えている。すると、対向ホームに列車が入線してきた。その列車の乗客は目の前で車両が燃えているにもかかわらず、なぜか座ったまま。2003年、韓国で起きた「大邱地下鉄放火事件」での出来事だ。
死者192人、148人が負傷するという大惨事だが、災害に遭った人の心理状態を鮮明にした。地下鉄指令センター側の不手際も大きかったとはいえ、車内の防犯カメラには危険を過小評価する乗客の様子が記録されていた。どうして逃げないのか──東京女子大学名誉教授(災害・リスク心理学)の広瀬弘忠さんが解説する。
「人間は、急激な変化に対しては驚いたり危険だと感じたりするが、じわじわと迫る危険に対しては適応機能が働いて、気づかなかったり“なんともない”と過小評価してしまう。これを『正常性バイアス』と呼びます」
広瀬さんは、被験者が1人でいる部屋に軽い刺激臭のある白煙をゆっくりと吹き込む実験を行った。すると、7割の人は煙が充満しても室内にとどまった。中には「体にいい煙だと思った」などとポジティブな解釈をした人もいた。
別の実験だとこうだ。部屋にいる10人のうち1人だけに実験だとは知らせず、非常ベルや消防車のサイレン音を鳴らしつつ室内に煙を入れた。こちらも、ほかの9人が動かなければ、実験だと知らない1人は逃げようとしなかった。
「集団の中では、つい他人と同じ行動を取ろうとする心理『同調性バイアス』が働く。“みんなでいれば怖くない”と考えがちです。大邱の地下鉄での行動は、これによるものだと考えられる。周囲の様子をうかがっていると避難が遅れる原因になるが、率先して避難する人がいれば、より多くの人の避難につながるのも同調性バイアスです」(広瀬さん・以下同)
では、どんな人が逃げ遅れやすいのだろうか。
「遊園地でジェットコースターが好きな人とそうでない人がいるように、リスクを取ることを好む人が一定数いる。ただし、“ジェットコースター好きだから逃げ遅れやすい”とはなりません。ただ、自分に及ぶ危険を、ある意味で“許容範囲”と捉える人がいる。高難度の山に挑戦する登山家などもそれにあたる」
また、報道などで「台風のとき、田んぼの様子を見に行って川に流された」などというニュースをよく耳にするが、これはどういう心理なのか。
「もちろん、生活の糧である農家の田んぼや漁師の船などを確認したいという気持ちの人が多いと思うのですが、それとは別に、災害を見に行くのを内心、好む人もいる。怖いもの見たさ、というもので、わざわざ自然災害が多発する地域に住みたがる人もいます」
さらに加齢の影響も。
「高齢者や、認知の機能に問題が出てくると、危険を感じないだけでなく“感じたくない”と無意識下で判断し、安全であると思い込もうとする働きをしてしまうこともあります」
なんとも不思議な働きだが、正常性バイアスも同調性バイアスも、社会生活を平穏に過ごすために必要なもの。私たちの社会が平和であることの裏返しでもある。ちなみに、危険な災害から生き抜くための能力には男女差がある。
「男性の方が正常性、同調性どちらのバイアスにも陥りやすい。女性の方がより敏感に危険を察知します。夫婦でいたら、まず奥さんの方が“何かおかしい”“逃げましょう”となることが多い」
火事や洪水などの天災から逃げ遅れないためには、どうすればいいのか。
「みんなと同じことをしていれば安全、と考えるのはやめましょう。人と違うことをするのは恥ずかしいと考えていると、助かるものも助からなくなる。また『正常性バイアス』というものが存在し、迫りくる危険が見えなくなっているだけかもしれない、と常に胸に留めておくことも重要です」
誰しもが陥りがちな「リスクの過小評価」というわながある。それを知っておくだけで結果は違ってくるのだ。
※女性セブン2022年11月3日号

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