「隠語には動物の絵文字を使う」若者に大流行中の薬の過剰摂取…元バイヤーが明かす”危険すぎる実態“

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「薬を売っていた当時は1日中、携帯が鳴っている状態でした。私にとってはそれが『チャリン、チャリン』というお金の音に聞こえていた。どのメッセージも『売ってください』というお願いばかり。罪悪感は微塵もなかったです。むしろさばけばさばくほどに感謝されるので『自分は人助けをしている』とさえ思っていました」
そう語るのは、かつて処方薬を違法に売買していたA氏だ。現在、若い世代で爆発的に広がりを見せているのが医薬品の過剰摂取、通称「オーバードーズ(OD)」と呼ばれる危険行為。
実際、トー横では咳止め市販薬であるブロンとストロング系のアルコールを飲み合わせ、路上で酩酊状態に陥っている若者の姿が時折SNS上でもアップされ、話題を集めている。だが、それ以上に蔓延しているのがサイレースなど処方薬を用いたODである。OD経験者はその作用についてこう話す。
「サイレースを過剰に摂取すると酩酊状態に入り、とにかく記憶を失くす。私が使った際は言葉にもなっていない文字のラインを知り合いに送りつけたり、呂律が回らないまま友人に電話をかけたりしていたと聞いた。もちろんその時、自分が何をしたのかはまったく覚えていない。
サイレースは睡眠薬の中でも成分上、ハイ(アッパー)になる効果が最も高いといわれているモノ。一方でこの薬は飲み物などに混入させるデートドラッグとして悪用されてきた薬でもある。本来、混入を判別できるように青く着色されていますが、皮肉にも若い子たちの間ではこの着色が流行。摂取した勲章として青く染まった舌を仲間に見せ、連帯感を強める遊びに利用されてしまった」
医療界でも効果が強烈なサイレースの扱いは慎重で、初診では処方しないと明言しているクリニックも多く、過剰摂取できる量を入手するのは容易ではない。そこで暗躍するのがA氏ら処方薬の違法バイヤーである。
「OD目的の処方薬愛好者たちは、ネットスラングから取って“お薬もぐもぐ界隈瓩噺討个譴討い泙后また売り手は『押し』『押し手』『押しさん』、購入側は『引き』『引き手』と総称します。
私が界隈のバイヤーを始めたのは数年前からです。当時は自分も処方薬によるODにハマっていて、楽して稼ぎたいと目をつけたのが処方薬の違法ビジネス。薬の知識は人並み以上にありましたし、ビジネスとして儲かると踏んでいました」(前出・A氏)
その販売手口についてA氏は「SNS上で横行している違法薬物の売買と変わりはない」と話す。
「まずはXで売買用のアカウントを開設し、処方薬のリストと『#お薬もぐもぐ』などスラングをつけた内容をポストします。ユーザーから問い合わせのDMが来ればテレグラムに誘導し、そこで具体的な注文を受けるだけ。Xのプロフィール欄にもテレグラムのアカウントは貼り付けていました。支払いはペイペイか口座振り込み。入金を確認すると薬をレターパックに入れて指定された住所に送り、取引終了です」
当然ながら、無許可の処方薬の売買は違法行為である。それゆえSNS上では、さまざまな隠語を使って取引が行われている。A氏はその実態をこう語る。
「薬は専門の絵文字や特定の言葉を使って表記されます。例えばマークでは(キツネ)はコンサータで(サイ)はサイレース。(トラ)はフルニトラゼパムです。文字では舞はマイスリー、ハルシオンは春。リリカは梨々花など。言葉遊びや簡単な変換がほとんどです」
そんな隠語を駆使したA氏のアカウントは瞬く間に顧客数を増やし、最盛期では900人以上から発注を受けるほどになり、収益はひと月に500万円にも及んだという。
「客が一番嫌がるのは詐欺です。お金だけ振り込んで商品が届かないのを極端に嫌いますから、手元に来た際には『無事に購入できました』といった言葉とともに写真を送ってもらい、他の人たちとも共有して信頼を得ていました。あとは毎朝、薬の在庫状況を欠かさず発信していました。多い時で1日100通以上のレターパックを発送していました」
だが、顧客が増え続けることで悩みの種となっていったのが処方薬の入手だった。
「注文が増えれば増えるほど在庫の確保が難しくなってくる。それまでは患者としてクリニックを1日に何軒もハシゴして用立てていましたが、どうしても追いつかない。そこで始めたのが買い取りでした。SNSで『薬を買い取ります』と告知し、余っていたり、飲まなくなった薬を売値の半値ほどで購入していました。依存症に陥っている人ほど薬を溜め込んでいるので、『買ってほしい』という人はたくさんいましたね。
中には医療関係者から『箱ごと買ってほしい』という売り込みもありました。ケースは通常、私たち患者側はもちろん看護師でも持ち出せない代物ですから医師か、あるいは看護婦長クラスの人物だと思います。その人物からは毎月200万円以上も処方薬を買い取っていました」(前出)
買い取り業務で在庫も豊富となったA氏の元にはそれまで以上に多くの客が集まってきたという。
「ユーザーの男女比は女性が6割、男性が4割程度。年齢は半数程度が20代以下で、残りが30代以上です。毎月30万円以上購入するリピーターもいました。発送先として地方が目立っていました。クリニックが少ない田舎は都市部のように安易に処方箋を出してくれる不良医者も限られているので、そういう人こそネットで入手するんです。
購入目的で一番多いのはODですが、きちんと処方薬として使いたい人も少なからずいました。恐ろしいことに客の中には『ベゲタミンがなければ眠れない』と説明する人もいた。ベゲタミンは“飲む拘束具”といわれるほど強烈な睡眠薬(現在は販売中止)で、身体が慣れるのには年数が必要な処方薬です。あとは自殺するために薬を大量に買いたいという人ももちろんいましたが、販売する薬の数は自分なりにセーブしていました」
そんな状況から一転、A氏に突如としてバイヤーから足を洗う出来事が起きる。自身の自殺未遂だ。
「私生活で不幸が続き、自殺するために在庫にあった睡眠薬のラボナを飲みました。途中で知り合いに見つかり止められたので摂取したのは30錠ほど。それでも死ぬには十分な量で、すでに意識は失っていました。そのまま救急搬送され、目が覚めると病院のベッドの上にいました」
A氏は間一髪、一命を取り留めたものの、入院先で目の当たりにしたのはSNS上では決して見えてこない“お薬もぐもぐ界隈”の現実だった。
「偶然、同じ病院に処方薬でODをした女性が入院していたんです。過剰摂取の副作用なのか、ある時、その子がベッドで胸を抑えて苦しみ始めて、そのまま心臓が止まったことがありました。すぐに駆けつけた先生が心臓マッサージをしたおかげで事なきを得ましたが、息を吹き返した瞬間、彼女は『気持ちイイ~』と口にした。本当に言葉を失いました。同時に、自分がバイヤーとしてやっていることはこういうことなんだと思い知りましたよね」
このことがきっかけとなり、A氏は処方薬のバイヤーからの卒業を決意。退院後はすべてのアカウントを削除し、ビジネスからも足を洗ったという。
「病院での出来事もそうですが、自殺未遂をしたことでようやく自分がとんでもない薬を売っていたということを理解しました。死にかけるまで気付けなかったのは情けない限りですが、SNS上で違法に売り買いされているモノは処方薬という名の毒薬そのものです。今回、取材を受けたのもこの状況が少しでも変わるならと思ったからです」
最後にA氏は改めて“お薬もぐもぐ界隈”の実情についてこう警鐘を鳴らす。
「今後、処方薬のODは違法薬物と並ぶほどの急速な広がりを見せるでしょう。だからこそ今、その流れを止めなければいけない。現状、日本では人が簡単に死ぬ薬がSNS上で簡単に売り買いされています。そしてこの毒薬はスマホさえあれば誰でも手に入れられる。この現実があることを少しでも多くの人に知ってほしいです」
若者を中心に流行の兆しを見せる処方薬によるOD。その危険性を今一度、認識しなければならない。
取材・文:土岡章

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