「葬式をあげる金がない」と糖尿病で失明した息子の遺体を放置した容疑で90歳父親を逮捕…事件が発覚しパトカーが集まると「俺んとこだ、ちょっくら行ってくるわ」

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「亡くなった息子の葬式代がない」と遺体を放置していた90歳の老人を逮捕–。神奈川県警相模原署は4月3日、相模原市中央区の市営団地の自宅に58歳の長男とみられる遺体を放置したとして、男性A(無職・90)を死体遺棄容疑で逮捕した。
遺体は台所に毛布をかけられた状態で同署員が2日に発見。外傷などはなく、死後数カ月経過していたとみられる。Aは調べに対し「2人暮らししていた長男が昨年末ごろに亡くなったが、葬式をあげる金がなかった」と容疑を認めており、同署は遺体が長男とみて調べを進めている。
現場はJR上溝駅から徒歩15分程度の、老朽化が目立つ市営団地だ。3棟からなる団地にはどんよりとした空気が漂い、記者が訪れた夕方前の時刻でも人の出入りはほとんどなかった。隣接している公園も、営業回りでくたびれたのか若いサラリーマン風の男性が休憩しているくらいで閑散としていた。高度成長期、バブル景気とその崩壊を経て、極端に進行した高齢化と少子化社会の成れの果てを思わせる、日本中のどこにもありそうな団地に、Aと58歳の長男は20年以上前から暮らしていた。近くに住む70代女性が語る。「奥さんをずいぶん前に亡くされたようで、私がここに越したきたときには、娘さんと息子さんと3人暮らしでした。もう15年以上前の話ですよ。そのうちに娘さんは姿を見なくなり、息子さんとAさんだけになりました。息子さんは去年の夏ごろはよく見かけました。団地の階段で昇り降りを繰り返したり、敷地内を歩き回って行ったりきたりしていましたね」
長男は糖尿をわずらい、目が見えなかったという。「糖尿で目が見えないから、歩く練習をしてたんだと思います。手を伸ばして壁をつたったり、生け垣を触りながらね。会うと少し話したりもするのですが、『俺ぁ目が見えないんだよ』と言っていました。『夏は暑いし気を付けなさいね』って声をかけたら、きちんと返事はしてくれました。たまにお父さんと一緒のこともありましたが、2人でいるところはほとんど見かけませんでしたね。だからってケンカをしているとかそういうことではないんですけど」
ボロボロのTシャツ姿の長男が団地の広場を歩く姿は、この界隈では有名だったようだ。伸び放題でボサボサだった髪が坊主頭になっていると「Aがバリカンで刈ってやったんだな」とみんなが思っていた。Aは現役時代は銀行員だったようだ。同じ号棟に住む女性がこう振り返る。「あんな事件になるとはねえ。Aさんはよく『俺はもともと銀行員だったから年金も高いんだ。だからお金は持ってる』なんて言っていましね。見た目は90歳には見えないくらい元気で、シャツとか着て小ぎれいでしたけど、息子は本当にボロボロの格好でしたね。遺体が発見されたのは、お巡りさんが家族構成とか聞きに来る定期巡回の際、Aさんの家のドアが開けっ放しになっていて気付いたようです。本人がいないときに救急車やらパトカーが何台もやってきて騒然となっているところ、帰ってきたみたいですよ」家の中はふだんから「ゴミ屋敷」だったようだ。弁当の空き箱や食べかすがあふれ返り、生ゴミが腐ったような異臭が常にしていたという。記者が3階にあるAの部屋を確認しようと階段を上がっていくと、ツーンとした何かが腐ったような匂いで吐き気をもよおしそうになった。
遺体発見当時、家を空けていたというAは団地内の別の棟に住む、同年代の知人男性宅に遊びに行っていたという。2人は20年以上の付き合いで、この男性に当日のことをたずねてみた。「Aは毎日ウチに来てたんだよ。俺は肺を悪くして、動くと呼吸するのが苦しくなる。だから金を渡してあいつに買い物を頼むんだが、しょっちゅう間違える。2つ買ってこいって頼んだパンを1つしか買ってこねえから『なんでだ』って聞くと『忘れちまった』って言うんだ。あいつも90歳だから頭が弱ってたのもあるんだろうが」男性によれば、Aは関西の出身だったという。「たしか兵庫県とかその辺だったな。妹がいるらしいけどここを訪ねてきたことなんてねえ。奥さんはだいぶ昔に亡くしているって聞いてて、団地に来たときは娘と息子とAの3人だったと思う。もともとあいつは婿さんでな、奥さんの親族のコネで銀行に勤めていたらしいよ。昔から娘と息子の面倒を見てきたんだ。そういう意味では苦労もしてるし可哀そうなやつだよ」
さらにこの男性は、Aさんの息子についてこう話す。「糖尿病かどうかは知らねえけど、太ってはいたな。何の病気かなんてのは知らねえけど、介護に近いことはしてた。その息子のメシを作って風呂も入れてんだから、大変は大変だったろうな」遺体を放置したのは本当に葬式代に困っていたからだろうか。「金はなかったな。俺も7万円か8万円貸してて、年金が出る15日に返してもらう予定だったんだけどな。20年来の付き合いだから、いちいち何に使うんだなんて聞かねえ。金が欲しいなら貸してやるから持ってけって言うだけだ。そもそも7~8年前に娘が病気して病院で亡くなったときもな、金がねえからって葬儀屋を断っていたんだ。けど、最終的には俺が出してやった。金額はそんなかかってねえよ。あいつ、部屋も暑いのに扇風機しかなかったから、俺が金を出してやってエアコンもつけたんだ。テレビを買う金も俺が出してやった」

遺体発見当日も、「ふだん通り」の様子だったという。「あの日、息子のことが気になって『やつは最近ちゃんとメシ食ってんのか?』って尋ねると、『一杯だけだけどちゃんと食べてる』なんていつもの様子で言ってたんだぞ。まさか亡くなってるなんて思うわけねえだろ。そのうちに団地内にパトカーやら救急車やら警察やら来て騒ぎになってるのがウチの窓から見えたんだよ。それを見てもAは慌てる様子なんて一切見せず、『なんだか賑やかになってきたな。ありゃ俺んとこだわ』って、じゃあちょっくら行ってくるわみたいな感じで帰っていった。ほとんど毎日ウチに来ていたからウチの鍵も持たしておいたんだけど、それ持ったまま逮捕されちまってな。普通は捕まるかもとか思うだろ。やっぱりおかしなやつだよ」男性は口調は荒いものの、Aと本当に仲がいい様子が伝わってきた。市営団地の他の60代女性住民はこう語った。「事件のことは知っています。Aさんとはお付き合いがなかったんで、どんな方かもよくは知りませんが、お金がなかったというのは本当なんだろうなって思います。家賃は広さや人によって違うでしょうけど、ウチは20600円です。安いでしょう? お金がある人はここには住まないでしょう。だから葬式代がなかったという可能性は全然あると思いますよ」令和の日本の縮図を見るような事件。言いようのない後味の悪さを感じ、団地を引き上げる足が鉛のように重かった。
取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班

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