この30年で日本経済は“ジリ貧”に…その背景にあった「これ以上何も失いたくない」という切実な心理

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

「なぜ日本経済は衰退を続けているのか?」…これを考えると、行動経済学の「損失回避の法則」に行き着くといいます。本記事では、山田順氏の書籍『日本経済の壁』(エムディエヌコーポレーション)より、日本経済衰退の理由を行動経済学と不安心理からの側面から紐解きます。
なぜ日本経済が衰退を続けているのか? それを考えると、行動経済学に行き着く。
行動経済学によれば、人は必ずしも合理的な判断をしない。人の経済行動を決めているのは、「損得勘定」より「損出回避」である。これをこの「失われた30年」でずっと続けてきたのが、日本人であり、日本企業であり、すなわち日本国ではないだろうか。
行動経済学では、これまでにさまざまな法則や理論が提唱されてきたが、そのなかで、もっとも「なるほど」と納得できるのが、「損失回避の法則」だ。これは、1979年に公表された「プロスペクト理論」(prospect theory)のなかで、ダニエル・カーネマン(現・プリストン大学名誉教授)らが提唱した行動経済学の基本的理論である。
この理論を説明するためによく引き合いに出されるのが、次のようなゲームだ。
《100万円を払ってコインを投げ、表が出たら150万円差し上げます。しかし、裏が出たら100万円は没収です。このゲームを10回やりますが、参加なさいますか?》
こう言われた場合、多くの人間はまずこう答える。「手持ち資金に余裕があればやってみたい。でもそんな余裕はないので止めときます」
しかし、この答えは完全に間違っている。なぜなのだろうか?
このゲームは、手持ち資金とはまったく関係なく、絶対に勝てるゲームだからだ。投資がなにかわかっている人間なら、間違いなく借金をしてでもこのゲームをやるだろう。
その答えは、確率論に基づく。確率論で言うと、コインを投げたとき表が出るか裏が出るかの確率は2分の1である。そして、表が出れば150万円もらえるから、100万円払って50万円儲かる。ただし裏が出れば100万円失う。
ここで問題になるのは、「期待値」である。勝った場合はトータルで250万円が戻ってくるので、それを2分の1で割れば125万円となる。つまり、期待値は125%、100%を大きく超えている。100万円を払えば平均125万円のリターンが得られるのだから、10回もやればよほどの「揺らぎ」がないかぎり、確実に儲かる。
単純に「揺らぎ」がないとして、10回のうち5回が表、5回が裏としてみよう。この場合、得られるのは750万円で失うのは500万円。つまり、250万円儲かることになる。
もしこれがギャンブルなら、100%を超える期待値などありえないので、誰でも賭ける。投資においても元本割れなどザラだから、期待値が100%を超えているなら、誰でも絶対に投資する。
しかし、このことを一瞬でわかる人間はほとんどいない。

日本人、日本企業、そして日本国は、バブル崩壊以降、ほとんど国内投資をしなくなった。個人は貯蓄に励み、企業は内部留保を溜め込み、国は借金による公共投資(バラマキ)というケインズ政策で経済を支え続けることに専念してきた。
なにもかも、これ以上失いたくないという「損出恐怖症」にかかり、極力リスクを取らないという道を選んできた。
人には恐怖心がある。合理的に考えれば儲かるとわかっていても、恐怖心が判断を狂わす。これが、「損失回避の法則」で、日本は30年以上、これでやってきたから、経済成長できなかった。
イノベーションは起こらず、株価は上がらず、給料も上がらず、デフレがずっと続いてきた。高度成長で得た富を守りに守って、“ジリ貧”になったのである。
経済成長が止まったのは、人口ボーナスがなくなり、社会が高齢化して活力が失われたことが最大の原因である。しかし、その背景には、「もうこれ以上なにかを失いたくない」という国民の不安心理があったのではないか。とくに、高齢者はこの気持ちが強かった。
こうした見方に納得がいかない方は、2002年にノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンの『ダニエル・カーネマン心理と経済を語る』(楽工社、2011)という本を読むことをお薦めする。
山田 順
ジャーナリスト・作家
※本記事は『日本経済の壁』(エムディエヌコーポレーション)の一部を抜粋し、THE GOLD ONLINE編集部が本文を一部改変しております。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

SNSでもご購読できます。