「ブレーキが効かない!?」 静岡の大型観光バス横転事故 考えられるふたつの原因とは

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静岡県小山町の県道「ふじあざみライン」で2022年10月13日の昼前に発生した、大型観光バス横転事故のニュースがテレビのワイドショーなどで大きく取り上げられています。事故はどうして起きたのでしょうか。
横転した大型観光バスには乗員乗客あわせて36人が乗っており、そのうちひとりが死亡し、多数の負傷者が出た惨事になってしまいました。
【画像】大型バス・トラックにも標準採用化が進む「先進運転支援機能」を写真で見る(17枚) 事故が発生したのは、富士山の五合目から須走に抜けるワインディング路の途中の下り右コーナー。

バスは法面(のりめん)に乗り上げて姿勢を崩し右側に大きく倒れたようです。 同日夕方に記者会見した、今回の観光ツアー主催会社の社長は「バスの運転手は事故の直前に、搭乗員に対してブレーキが効かない」と話したと説明しています。 この「ブレーキが効かない」という点に対して、テレビの各種ワイドショーでは事故分析専門家の多くが「フェード現象の可能性」を指摘しています。 フェード現象とは、いわゆる”ブレーキが焼ける”こと。 つまり、ブレーキ装置が過熱してしまいブレーキバッドが適切に作動できる温度域を超えてしまうと、ブレーキバッドの表面が化学的な変化を起こし、ブレーキ装置として必要な摩擦力による制動力が十分に得られなくことを指します。 ただし、近年はディスクブレーキでも、またドラムブレーキでも、ブレーキ装置に使われる素材やブレーキ装置に関する冷却方法などの開発が進んだことなどで、観光バスやトラックなどの大型車両だけではなく、乗用車でも一般道や高速道路での通常走行をしている限り、フェード現象に見舞われる可能性はかなり低いはずです。 また、テレビのニュース番組で事故分析専門家のひとりは、事故の少し前にこのバスは十分な時間停車しており、それから5分から10分程度の走行でフェード現象が起こったとは考えにくいという見解を示しています。 今回の事故の原因は本当に、ブレーキのフェード現象なのでしょうか? 本稿執筆時点(2022年10月14日)では、地元警察や国土交通省が事故原因調査を進めている段階ですが、これまでの各種報道での内容を踏まえて、事故原因について考えてみたいと思います。ドライバーの「体調不良」は考えにくい? まずは、大きくふたつの可能性が考えられます。 ひとつは、運転ミス。もうひとつは、車両の故障です。日野自動車が実用化させたドライバー異常時対応システム「EDSS」[写真は路線バスの乗客が使用できる非常ブレーキスイッチを作動した際の「赤色フラッシャー」点灯イメージ] 運転ミスについては、運行会社によればツアー実施当日朝の時点でバスドライバーに体調に問題ないといいます。 バスドライバーは26歳とのことなので、運転経験の面ではベテランとはいえませんが、これまで事故を起こした経験はないようです。 ただし、今回のルートを走行するのは初めてだと説明しています。 こうした情報から、本来はエンジンブレーキを主体として使い、十分に速度が落ちた状態でフットブレーキを併用するべきであるも関わらず、そうした「基本的な運転操作ができていなかったのではないか?」と推測する事故分析専門家が多いのです。 現地でテレビの取材を受けた地元のバスドライバーは、事故があった路線は十分にエンジンブレーキを使わないと「ブレーキが焼けるから注意が必要だ」という認識を示しています。 また事故当時の気象状況では、路面は滑りやすかったというほどでもないようです。 では、事故の直前にバスドライバーが急に体調不良になり、適格な運転操作ができなかった可能性についてはどうでしょうか? このことについて、事故分析専門家の多くが、事故後のバスのフロントタイヤが大きく右に切られた状態なので、「少なくともハンドル操作は行っていたはず」と指摘しています。 また、前述のようにバスドライバーは事故直前に、搭乗員に対して「ブレーキが効かない」とバスの異常を口頭で伝えているのですから、少なくともバスドライバーの意識はあり、運転操作をなんとか続行しようとしていた可能性があります。 こうした各種情報から、バスドライバーがフットブレーキを多用するというこの道路ではおこなうべきではない操作によってフェード現象が起こり、事故が起こった右カーブの手前でブレーキが効かず、法面(のりめん)に乗り上げた、という推測に結びつくのです。 なお一部報道では、コーナーの旋回中にコーナーを「曲がり切れず」といった説明をしていましたが、現場に残されたタイヤ痕(こん)を見る限り、バスは法面に対して斜め方向からまっすぐ突っ込んだ可能性が考えられます。 そのためフロントガラスが大きく破損しているのではないでしょうか。 通常、コーナーを曲がり切れず横転した場合、フロントガラスの損傷はそれほど大きくないはずです。 タイヤ痕は当初、ブレーキ痕ではなく、右にハンドルを切った状態でコーナーに突っ込んだ際にできた可能性が報道されていましたが、14日午後の一部報道では、警察関係者の声としてブレーキ痕があり、ブレーキはかかっていた可能性を指摘しているようです。エアブレーキ故障の可能性はあるのか 事故に関する、もうひとつの観点は、車両の故障です。 大型観光バスは一般的に、エアブレーキを装着しています。仮に、エアブレーキに必要なコンプレッサーや、それに関わるパイプやバルブに不具合が生じていれば、フェード現象が起こっていなくても「ブレーキが効かない」という状況に陥る可能性があるはずです。 また不具合がなくても、エアブレーキの作動に必要なエア圧を十分にあることを確認しながら運転する必要があります。須走口から臨む富士山[画像はイメージです] 以上のように、バスドライバーの運転ミス、または車両の故障、それぞれの可能性を考えてきましたが、バスやトラックのメーカーに近年、各種取材をした経験の中で、フェード現象への対応策が急務であるといった考えを示すメーカー関係者はいなかったと感じます。 それよりも、予防安全技術として衝突被害軽減ブレーキなどの高度運転支援システム、ドライバー異常時の緊急停止システム、そしてコーナーでバスやトラックの姿勢を安定させる制御システム、さらには乗り心地の向上などの技術開発が重要視されてきています。 メーカーは、フェード現象やエアブレーキの故障などについては、車両設計と量産開発のなかで保安基準を十分に満たし、さらに万が一の場合でも冗長性(バックアップ)があるシステムにより、安全第一を徹底しています。 一方で、観光バスの購入者である運行事業は中小企業も多く、経営状況によってバスの車齢や保守状態にもかなりの差があることが考えられます。 当然のことながら、そうした状況を観光バス運行事業者は十分に認識したうえで、バスドライバーの教育活動や車両整備に務めていただきたいと切に願います。
事故が発生したのは、富士山の五合目から須走に抜けるワインディング路の途中の下り右コーナー。
バスは法面(のりめん)に乗り上げて姿勢を崩し右側に大きく倒れたようです。
同日夕方に記者会見した、今回の観光ツアー主催会社の社長は「バスの運転手は事故の直前に、搭乗員に対してブレーキが効かない」と話したと説明しています。
この「ブレーキが効かない」という点に対して、テレビの各種ワイドショーでは事故分析専門家の多くが「フェード現象の可能性」を指摘しています。
フェード現象とは、いわゆる”ブレーキが焼ける”こと。
つまり、ブレーキ装置が過熱してしまいブレーキバッドが適切に作動できる温度域を超えてしまうと、ブレーキバッドの表面が化学的な変化を起こし、ブレーキ装置として必要な摩擦力による制動力が十分に得られなくことを指します。
ただし、近年はディスクブレーキでも、またドラムブレーキでも、ブレーキ装置に使われる素材やブレーキ装置に関する冷却方法などの開発が進んだことなどで、観光バスやトラックなどの大型車両だけではなく、乗用車でも一般道や高速道路での通常走行をしている限り、フェード現象に見舞われる可能性はかなり低いはずです。
また、テレビのニュース番組で事故分析専門家のひとりは、事故の少し前にこのバスは十分な時間停車しており、それから5分から10分程度の走行でフェード現象が起こったとは考えにくいという見解を示しています。
今回の事故の原因は本当に、ブレーキのフェード現象なのでしょうか?
本稿執筆時点(2022年10月14日)では、地元警察や国土交通省が事故原因調査を進めている段階ですが、これまでの各種報道での内容を踏まえて、事故原因について考えてみたいと思います。
まずは、大きくふたつの可能性が考えられます。
ひとつは、運転ミス。もうひとつは、車両の故障です。
運転ミスについては、運行会社によればツアー実施当日朝の時点でバスドライバーに体調に問題ないといいます。
バスドライバーは26歳とのことなので、運転経験の面ではベテランとはいえませんが、これまで事故を起こした経験はないようです。
ただし、今回のルートを走行するのは初めてだと説明しています。
こうした情報から、本来はエンジンブレーキを主体として使い、十分に速度が落ちた状態でフットブレーキを併用するべきであるも関わらず、そうした「基本的な運転操作ができていなかったのではないか?」と推測する事故分析専門家が多いのです。
現地でテレビの取材を受けた地元のバスドライバーは、事故があった路線は十分にエンジンブレーキを使わないと「ブレーキが焼けるから注意が必要だ」という認識を示しています。
また事故当時の気象状況では、路面は滑りやすかったというほどでもないようです。
では、事故の直前にバスドライバーが急に体調不良になり、適格な運転操作ができなかった可能性についてはどうでしょうか?
このことについて、事故分析専門家の多くが、事故後のバスのフロントタイヤが大きく右に切られた状態なので、「少なくともハンドル操作は行っていたはず」と指摘しています。
また、前述のようにバスドライバーは事故直前に、搭乗員に対して「ブレーキが効かない」とバスの異常を口頭で伝えているのですから、少なくともバスドライバーの意識はあり、運転操作をなんとか続行しようとしていた可能性があります。
こうした各種情報から、バスドライバーがフットブレーキを多用するというこの道路ではおこなうべきではない操作によってフェード現象が起こり、事故が起こった右カーブの手前でブレーキが効かず、法面(のりめん)に乗り上げた、という推測に結びつくのです。
なお一部報道では、コーナーの旋回中にコーナーを「曲がり切れず」といった説明をしていましたが、現場に残されたタイヤ痕(こん)を見る限り、バスは法面に対して斜め方向からまっすぐ突っ込んだ可能性が考えられます。
そのためフロントガラスが大きく破損しているのではないでしょうか。
通常、コーナーを曲がり切れず横転した場合、フロントガラスの損傷はそれほど大きくないはずです。
タイヤ痕は当初、ブレーキ痕ではなく、右にハンドルを切った状態でコーナーに突っ込んだ際にできた可能性が報道されていましたが、14日午後の一部報道では、警察関係者の声としてブレーキ痕があり、ブレーキはかかっていた可能性を指摘しているようです。
事故に関する、もうひとつの観点は、車両の故障です。
大型観光バスは一般的に、エアブレーキを装着しています。仮に、エアブレーキに必要なコンプレッサーや、それに関わるパイプやバルブに不具合が生じていれば、フェード現象が起こっていなくても「ブレーキが効かない」という状況に陥る可能性があるはずです。
また不具合がなくても、エアブレーキの作動に必要なエア圧を十分にあることを確認しながら運転する必要があります。
以上のように、バスドライバーの運転ミス、または車両の故障、それぞれの可能性を考えてきましたが、バスやトラックのメーカーに近年、各種取材をした経験の中で、フェード現象への対応策が急務であるといった考えを示すメーカー関係者はいなかったと感じます。
それよりも、予防安全技術として衝突被害軽減ブレーキなどの高度運転支援システム、ドライバー異常時の緊急停止システム、そしてコーナーでバスやトラックの姿勢を安定させる制御システム、さらには乗り心地の向上などの技術開発が重要視されてきています。
メーカーは、フェード現象やエアブレーキの故障などについては、車両設計と量産開発のなかで保安基準を十分に満たし、さらに万が一の場合でも冗長性(バックアップ)があるシステムにより、安全第一を徹底しています。
一方で、観光バスの購入者である運行事業は中小企業も多く、経営状況によってバスの車齢や保守状態にもかなりの差があることが考えられます。
当然のことながら、そうした状況を観光バス運行事業者は十分に認識したうえで、バスドライバーの教育活動や車両整備に務めていただきたいと切に願います。

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