【池畑 修平】オーストラリア人が「日本のシングルマザー」困窮に漏らした、衝撃の感想…養育費はもらえず、「女手一つ」の“美談”が追い詰める

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映画を通じて流れるBGMの旋律は穏やかだが、一人で子どもを育てている母親・シングルマザーたちがカメラの前で紡ぐ言葉は、観る者を落ち着かない気持ちにさせる。結婚していたころに夫から受けた暴力や暴言。そして、作品の主題である、一人で育児をする状況になってからの、困窮と孤立。
オーストラリア出身のライオーン・マカヴォイ監督が制作したドキュメンタリー映画『The Ones Left Behind: The Plight of Single Mothers in Japan(取り残された人々:日本におけるシングルマザーの苦境)』は、題名の通り、日本で「取り残された」状態の母親たちの素顔を映し出す。
『The Ones Left Behind: The Plight of Single Mothers in Japan』のwebサイト
20年近くも日本で暮らし、プロレスラー(リング名は「藤原ライオン」)としても活躍するマカヴォイ監督は、日本におけるひとり親世帯の苦境を知って愕然としたという。
「自分も含めた大勢の外国人が魅了される先進国の日本において、シングルマザーたちが厳しい貧困に直面していると聞いても、俄かには信じられませんでした。ショックでした」(マカヴォイ監督)
世界に発信される「豊かな国」というイメージと、シングルマザーたちの実態との大きなギャップ。ただ、それは、数字の上では以前から明らかになってはいる。
例えば、厚生労働省が昨年7月に発表した国民生活基礎調査によれば、2021年時点で18歳以下の子どもの相対的貧困率は、11.5%で、前回2018年より2.5ポイント改善はしたが、それでも依然として10人に1人の子どもは貧困状態にある。
なかでも特記すべきは、ひとり親世帯の苦しさだ。44.5%が相対的貧困に該当している。これも3年前より3.8ポイント改善はしたが、OECD(経済協力開発機構)平均の31.9%を大幅に上回っている。OECD加盟38か国中、8番目に高いのだ。しかも、等価可処分所得が100万円以下の層は、3年前より増えてしまっているのだ。
映画の中でも、「保育園での1日分のコメ代50円は払えても、3000円のコメ袋を買う余裕がない」といった切実な声が紹介される。
ひとり親世帯の大半は、母子家庭だ。「豊かな国」のイメージの裏で、明らかに「取り残されている」。
しかし、データはあっても、母子家庭が日々をどう乗り切っているのか、その生身の姿はなかなか見えにくい。それは、マカヴォイ監督のように外国から来た人たちに限らず、一般の日本人であっても大差はない。
『The Ones Left Behind』でそうした母親たちの生の声を拾うと決めた監督ではあったが、いざ始めると難航した。
「日本各地のシングルマザーを支援する団体や子ども食堂、合わせて100以上に撮影への協力を求めましたが、殆ど拒否されました。メールを送っても返信がないことも珍しくありませんでした」(マカヴォイ監督)
ライオーン・マカヴォイ監督
そうした中でも、ひとり親世帯の支援団体「ハートフルファミリー」と「世田谷こども食堂・上馬」は、「単に『可哀そうなシングルマザー』を撮るだけでなく、前向きに生きる姿も伝えたい」という監督の意図を理解し、撮影開始となった。
マカヴォイ監督は、このロケ開始に至るまでの難しさも含めて、撮影を通じて、日本の母子家庭が半分近くも貧困に直面している、大きな理由が理解できたという。シングルマザーたちが外に向けて助けを求めないのだ。
「日本では、苦しいと人に言うこと、支援を求めることを、恥だと考える傾向がとても強いのだと分かりました。とりわけ、一人で子どもを育てることになったのは自分の責任だとして、困窮は『しかたのないこと』と諦めるシングルマザーが多いのです」(マカヴォイ監督)
実は、この映画のプロデューサーを務めた、監督の妻のあゆ里さんも、かつてはシングルマザーだった。彼女の母もまた、そうであった。あゆ里さんは、当初、この映画の構想に真っ向から反対したという。
「私も母から『努力すれば何とかなる』と教えられて育った。なので、シングルマザーたちがカメラの前で苦労を話すことに拒否感を覚えたのです。でも、それは差別感だったのだと気づくことになりました」(マカヴォイあゆ里さん)
映画では、OECD加盟国の中で日本はひとり親世帯の就業率が最も高い(85%)のに、そのうちの56%が貧困状態だと指摘される。つまり、シングルマザーたちは懸命に働いている。働いているのに、困窮している。これが日本の最大の特徴だという。
つらいこともグッと我慢して、努力して、何とかする。それは美徳とみなされてきた。「女手一つで子どもを育てて…」という文章の切り出し方から私たちが無意識に期待するのも、おそらく美談だ。そうした伝統が、母親たちを追い込んでいる。
そんな「日本の常識は世界の非常識」は、やはり外国人の方が気づきやすい。
伝統的な考え方だけでなく、公的制度の不備も日本のシングルマザーたちを苦境に追いやっていると映画は指摘する。多くのポイントがあるのだが、ここでは一つに絞りたい。離婚後、子どもの養育費を払おうとしない父親の多さだ。
映画によれば、妥当な水準の養育費を払っている父親は「全体の10%から20%」だという。実は、世界では行政主導で養育費の不払いがまかり通らないようにしている国や地域が少なくない。
例えば、ドイツ、フランス、スウェーデン、フィンランド、韓国は行政が未払いの養育費分を立て替えて支給する。そして、そのうちのフランスと韓国は、払おうとしない親(大半は父親であろう)から取り立てもする。フランスは税の徴収官が動き、韓国では給与からの天引きがある。
立て替え制度はないものの、イギリスやアメリカのニューヨーク州やカリフォルニア州では、やはり給与からの天引きなどで強制的に徴収する。ドイツやフランスは刑事責任を課すことも可能となっている。
懲罰的な措置もみられ、意外と多いのが「運転免許の没収や一時停止」だ。イギリス、アメリカの上記2州、韓国で実施されている。アメリカはとりわけ車社会なだけに、免許を取り上げるのは効果がありそうだ。
ちなみに、アメリカのその2州では「宝くじの賞金没収」というのもある。かの国の人たちの宝くじ好きが、こんなところに顔を出していて興味深い。
日本の場合、養育費に関してこうした行政の立て替えや強制徴収、懲罰は、存在しない。その理由は、親権の問題だ。日本の民法には離婚後に父母の双方が親権を持つ「共同親権」が存在しない。父母のどちらにしか親権を認めてなく、殆どの場合、それは母親になる。これもまた、シングルマザーに過度な責任感を押しつける。そして、元夫の責任感を希薄にさせる結果になると指摘される。
ただ、映画に登場する弁護士は、「少なくないシングルマザーが元夫から養育費を受け取ろうとしない」とも明かす。「離婚できれば、もうそれでいい」「子供に父親を会わせたくない」といった気持ちからだが、これも変えねばならないと強調される。
養育費が着実に支払われるよう、法整備を期待するシングルマザーの声が映画で紹介されている。これに関しては、最近、前進がみられた。1月30日、法務省の法制審議会家族法制部会が、夫婦の合意を前提に「共同親権」を認めるという民法改正の要綱案を決定したのだ。
法務省は3月に改正法案を国会に提出する方針だという。映画では、この動きが実現すれば養育費不払いの問題が改善へと向かうのではないかという専門家の見方が示される。
『The Ones Left Behind』は複数の海外映画祭で賞を得たほか、昨年、宮古島国際映画祭のドキュメンタリー部門で最優秀作品に選ばれた。マカヴォイ監督は続編の制作に意欲を示している。取り残されるシングルマザーを一人でも減らすには、その実像を観ることが第一歩となる。

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