「1200袋の大量ゴミ」母の遺品整理する息子の心境

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大量の衣服で埋め尽くされた部屋(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)
モノ屋敷に一人で住む母と、遠方で暮らす息子は、「あえて生前整理をしない」という選択をした。母を亡くした息子は大量のモノであふれかえった実家の部屋に一人佇み、こう思った。
「母の好きなように生きてもらえてよかった」
本連載では、さまざまな事情を抱え「ゴミ屋敷」となってしまった家に暮らす人たちの“孤独”と、片付けの先に見いだした“希望”に焦点をあてる。
YouTube「イーブイ片付けチャンネル」で多くの事例を配信するゴミ屋敷・不用品回収の専門業者「イーブイ」(大阪府)が、遺品整理の依頼をした息子とともに実家を片付ける。
動画:『母の遺品整理「物を減らすよう説得するが逆に増える結果に…」』
生前整理とは、生きているうちに財産を整理したり、自分のモノを減らしたりすることだ。主に親が子に向けて、遺族の負担を軽減するために行う。イーブイも動画の中で、「生前整理の重要性」をたびたび訴えているが、悩んだ末に依頼者である男性は「しない」選択を取った。
現場は関西にある集合住宅の一室。かつては家族4人(父、母、姉、弟)で暮らしていたが、姉弟はそれぞれ独立し実家を出た。その後、父は亡くなり、母がひとりで住むことになった。母の趣味は歌だったという。コンサートにも出演し、衣装を大量に買い込んでいた。小物や雑貨も多く、3LDKと広い間取りだが、部屋はモノで埋まり、生活は主にキッチンで送っていたそうだ。
ダイニングキッチンの様子(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)
高齢者のひとり暮らしにしては広すぎる家だ。3つある部屋はモノが詰め込まれているだけで生活の場としては機能していない。ただ、母は長年住んできたこの家に愛着を持っていたようで、安くない家賃を払っていても、小さい家に引っ越すことは考えられなかった。そして、荷物が減ることはなく、どんどんと増えていってしまった。
男性もはじめのうちは「少しは片付けたほうがいいんじゃないか」と実家に帰るたびに母を説得していたという。
「ちょっとずつ私が片付けてもいたんですけど、それが母のストレスになっていたみたいです。“捨てたらええやん”って言うのは簡単ですけど、本人からしたらそれがプレッシャーになっていたようで。歳をとって動きにくくなってきていたし、膝に水が溜まったりもしていて、ストレスで別の病気になるよりも好きなように暮らしてもらったほうがいいんじゃないかと考えるようになったんです」(男性)
かつては家族4人で暮らしていた(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)
それからは実家に帰るたびに増えていく荷物には触れることなく、楽しく会話だけをして帰るようにした。男性が昔使っていた子ども部屋にも入ることができない状況になっていたというが、母のことを第一に考えると、そうするのが自然な選択だった。
「母にはストレスを与えないような形で、過ごしてもらえたかなとは思っています。僕よりも先に逝ってしまうのだから、その短い人生を、もう好きに生きてほしかった。それは多少なりともできたのかな」(男性)
イーブイの社長である二見文直氏も、「息子さんの選択は決して間違っていないと思います。すごく大切なこと。人に迷惑をかけていなければ、好きに生きればいいんじゃないかな」と話す。生前整理は「子のために親がしておく“べき”こと」とされているが、何事においても絶対はないのだ。
あえて生前整理はしなかった(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)
ただ、親が亡くなる直前まで、生前整理が原因で揉めてしまう親子も少なくない。残された負担をすべて抱えることになるので、子どもとしては生きているうちに片付けてほしい。一方の親は、何十年とその生活を続けている身だ。急にそのスタイルを変えることは、やはり大きなストレスになる。男性と一緒に遺品の仕分けをするスタッフの二見信定さんがこう話す。
「本当にご家族の片付けって難しいなと毎回思います。正解がないんです。一概にこれが打開策だと言えないので、いろいろ試すしかないんです」
(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)
(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)
ときにはイーブイのスタッフが依頼人の代わりに片付けの説得をすることもあるという。文直氏がその際、心がけていることがある。
「スタッフがお客さまに同調しすぎてしまって作業がなかなか進まない場合、私がフォローに入るんです。ここでそのスタッフが簡単に意見を変えてしまうと、かえってお客さまは不安になってしまうからです。意見をすぐに変えるのではなく、別の人が別の角度から説得を試みることが大切かもしれません」
子どもが2人いるならば、それぞれのアプローチで親を説得してあげるといい。だが、ここで気を付けたいのは2人揃って説得をしないことだ。
「2対1の構図になってしまうと、それだけで親にプレッシャーがかかってしまいます。ましてや、違う意見を同時に言われたら責められているような気持ちになってしまうでしょう。“それぞれ”別の角度から説得を試みることが重要です」(文直氏)
揉めてしまう親子でよくあるのが、「片付けられない親を持ってしまった」と子どもが被害者意識を持っているパターンだ。説得をする側の考えや感性は、ここまできたらどうでもいいのだ。いかに時間をかけて当事者に寄り添ってあげるか、その点に尽きる。
母が亡くなり、いざ遺品整理を一人で始めると、男性はすぐにその大変さに気が付いた。自分が住んでいる関東から関西の実家まで通い、とっておく遺品と捨てるモノを仕分けするも、母との思い出が詰まったモノを見ると手が止まってしまった。
「集合住宅なのでゴミは24時間捨てられるんですが、量が半端じゃないので、1回の片付けで20袋にもなる。1年ちょっとは頑張って片付けていたんですが、やっぱりしんどくなってきました。それに賃貸なのでお金の問題もあります。ぼちぼち区切りをつけようと思って業者にお願いすることにしました」
現場で作業をしていた文直氏も、「一人ですべて片付けるのは無理だったと思います」と言う。
「その家に住みながら散らかった部屋だけをちょっとずつ片付けるのなら話は別ですが、この依頼者さんの場合は家の中すべてを片付けなくてはならないうえ、わざわざ遠方から通っていました。おそらく、今回の作業はゴミ袋で言ったら1200袋くらいは捨てることになると思うんですよ」
(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)
業者に頼まず一人で1200袋を外に運び出すとなった場合、体力的な問題のほかにもゴミ捨て場がキャパオーバーになってしまう問題もある。一人の住人が1日に100袋もゴミを出してしまったら、ほかの住人や管理人と何かしらのトラブルが起きることは容易に想像できる。
「昔は遺品整理の業者も少なかったんですが、今は選べるくらいには充実しています。その中から3~4社に見積もりをしてもらうのがいいんじゃないかと思います。料金は平均的だけど手厚い対応をしてくれるとか、とにかく予算を削れるとか、遺品整理にもそれぞれのスタイルがあるので、とりあえず呼んでみたらいいんです。だって、どこの業者もだいたい見積もりは無料でやってくれますから」(文直氏)
亡くなってからバタバタするのではなく、生きているうちに生前整理をしておいたほうがいい理由もわかる。それができなかったゆえに、男性は1年間の家賃を払い続けた揚げ句、最終的には業者にお金を払って片付けをすることになった。「お金と時間の無駄」という声もあるかもしれないが、男性に後悔はなかった。
「母の死亡届を出したとき、お役所仕事なので仕方のないことなんですが、紙に“×”をつけて終わりだったんですね。そのときに無情を感じたというか、人が亡くなるってこういうものなんだって。もし、母が亡くなった翌月に業者を呼んでいたとしたら、心にポカンと穴が空いたような気持ちになっていたかもしれません」
片付け後のダイニングキッチン(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)
(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)
作業は9人のスタッフで行われ、ものの4~5時間で母が住んだ家は空っぽになった。しかし、男性の表情は晴れやかだった。それは、「生前整理をしない」という選択と、1年という「片付けない」期間があったからこそである。
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(國友 公司 : ルポライター)

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