コロナ禍で患者の暴言・暴力増加 医療機関の「ペイハラ」被害深刻

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

医療現場で医師や看護師ら医療従事者が、患者やその家族から暴言や暴力などの迷惑行為を受ける「ペイシェントハラスメント」(ペイハラ)被害が後を絶たない。重大事件に発展したり、医療従事者が精神被害を訴え離職に追い込まれたりするなど深刻なケースも出ている。被害の増加の背景に、新型コロナウイルス対応による医療現場の変化などが指摘される。
【図解】「ペイハラ」で最も被害が多い事例は
「これは報復だ」。コロナ下の2021年10月、福岡市の病院で作業療法士として働いていた女性(36)は来院した80代の男性に呼び出され、こう書かれた手紙を見せられた。「どういうことですか」と尋ねると、突然顔を2度殴りつけられ、倒れた後もつえで尻を繰り返したたかれた。
その場にいた患者の家族らが男性を取り押さえたものの、女性は精神的ショックで出勤できなくなり、うつ状態になった。抗うつ剤を服用しながら職場復帰を目指したが、患者と関わることが怖くなり退職した。
女性は「患者さんのためと思い働いてきたが、いわれのないことで暴力を振るわれ、今も思い出して怖くなる」と声を震わせる。
病院によると、男性は暴行があった2年前に循環器などの検査で入院し、リハビリの指導を受けた。だが、退院後もたびたび病院を訪れ「職員から暴行を受けた」などと事実ではないことを口にし不満を訴えた。毎回責任者が対応すると落ち着いて帰っていたが、暴行につながったことに、病院幹部は「職員を守れず心苦しい」と肩を落とす。
ペイハラは増加傾向にある。労働安全衛生総合研究所の22年度の調査では、医療・福祉分野の従事者で、過去1年に顧客から迷惑行為を受けた人の割合は、全就業者平均(1・8%)より高い2・6%に上る。
重大事件も相次ぎ、大阪・北新地で21年12月、元患者がクリニック内で放火し医師を含む26人が犠牲になった。22年1月には、埼玉県ふじみ野市で患者の家族が自宅に立てこもって医師を銃殺する事件も起きた。
福岡市医師会ではコロナ禍以降、医療機関からペイハラ被害を訴える声が増えたことを受け、23年9月に実態調査を実施。379医療機関のうち、約5割の190医療機関が迷惑行為があったと回答した。
行為の内容として、回答した医療機関の約5割超が「暴言」を経験。診察や会計で待たされたことに腹を立てた患者に責め立てられたり、「ばか」「殺す」などとののしられたりした。居座りや電話による「長時間の拘束」や「威嚇・脅迫」を経験したのは約4割。治療方針の不満を延々と言われたり、特定の薬の処方を強要されたりするケースがあった。「セクハラ」(約3割)や「暴行」(約1割)も確認された。
市医師会の平田泰彦会長は「コロナ禍で新規の患者が増えるなか、来院の事前予約や待ち時間の増加などお願いしないといけないことも増え、不満を口にする人は増加した。実務が煩雑になって医療従事者の負担も増えているのだが……。医療を単なるサービス業の一つと捉える人も少なくない」とこぼす。
専門家「病院挙げての対策づくりを」
医師法では「医師は診療を求められた場合には正当な理由なく拒んではならない」との「応召義務」が定められ、ハラスメント被害を訴えづらい環境がある。
しかし、ペイハラに詳しい福崎博孝弁護士(長崎県弁護士会)は、「患者の命に関わる場合を除き、暴言、暴力などは診療拒否の理由になる。違法行為があれば警察に相談すべきだ。ペイハラで辞める医療従事者が増えれば病院経営に影響し、地域医療への影響も出かねない」と指摘する。
20年には改正労働施策総合推進法(パワハラ防止法)が施行され、顧客の迷惑行為(カスタマーハラスメント)対応が事業主に求められるようになった。ペイハラで精神疾患になり労災認定される事例もあり、厚生労働省の担当者は「見過ごせない」と警戒する。
病院側も対策を進め、歓楽街に近い福岡市の原三信病院では夜間に救急外来の処置室や診察室近くなどより職員に近い場所に警備員を配置する。加藤宗一郎・医療連携課長は「警備員が視界に入ることで抑止力になる」と効果を語る。
関西医科大の三木明子教授(精神看護学)らが19~20年に100床以上の全国5341医療機関を対象にした調査では、対応マニュアルを備えた施設が8割以上を占めた。一方、対応訓練など実践的な対策を取る施設は4割にとどまった。
三木教授は「医療現場は痛みや精神的な問題を抱えた患者と関わるためハラスメントが起きやすい。医療従事者は患者の気持ちにできるだけ寄り添おうとするが、どこからがハラスメントに当たるかを理解して対応することが重要だ。病院全体での取り組みが求められる」と強調する。【田崎春菜】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

SNSでもご購読できます。