“路面凍結”を指すレア方言「キンカンナマナマ」どんな状態?なぜ“キンカン”?…言語学者に聞いてみた

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言語学者の加藤和夫さんが「気になる日本語」を取り上げるこのコーナー。今回は 方言の「キンカンナマナマ」、「雪道が踏み固められてツルツルになった状態」を言う方言を考えます。
この「キンカンナマナマ」という不思議な響き。神奈川県出身の牛田さん、福井県出身の冨さんは聞いたことがありますか?
牛田和希アナウンサー「金沢に来て初めて聞きました」冨優香子パーソナリティ「私も、そうです」

私の出身地の福井県越前市では、道が「テカテカになってる」のように「テカテカ」と言っていました。テカテカはそう珍しくない言い方です。
この「キンカンナマナマ」という方言は、石川県の中でも金沢市内中心部のごく限られた範囲でのみ使われたものとして興味深いものです。ですから、石川県の方言というより、金沢の、しかも市内中心部限定の方言というのが正確な言い方になるかと思います。
この「キンカンナマナマ」は、雪道が踏み固められてツルツルになった状態を柑橘類の金柑の表面が、ツルツルしていていることに喩えたものです。今と違って、古くは金柑が風邪をひいたときによく食されていたところから生まれたものでしょう。「キンカンナマナマ」のナマナマは「生々」で、新鮮な金柑ほどツルツルしていますので、その新鮮さを表したものと考えています。
頭に毛がない状態、いわゆる「はげ頭」を「キンカン(金柑)アタマ」と呼ぶ地域は全国あちこちにありますがツルツルになった雪道の状態を金柑に喩えているのは、全国的にも珍しいのです。
今から20年余り前ですが、私がある言語専門雑誌で「キンカンナマナマ」を紹介した小論に目を留めてくれた作家がいます。芥川賞作家で文化勲章受章者の丸谷才一氏(1925-2012)です。
文藝春秋が発行する「オール讀物」2001年9月号に掲載された丸谷氏のエッセイ「八月はオノマトペの月」では…
「加藤和夫さんは金沢大学の先生ださうだが、この方のお書きになつたもので、雪道がツルツルな状態を言う金沢方言に「キンカンナマナマ」といふのがあることを知っていささか興奮した。(中略)こんなことで興奮とは大仰なと笑はれるかもしれないが、これには郷愁の思ひ、それとも幼少期を懐しむ心がひそんでゐる。わたしの生まれ育つた山形県鶴岡では、冬、雪道が凍ってテカテカになつたのを「キンカ」と呼んだ。(中略)その「キンカ」が何に由来するかなんて考へこともなかつたが、「金柑」が語原と知つて、なるほどなあ、さう言へばあのツルツルテカテカの道は禿頭に似ていないこともないなと興がつたのである。」
…と書かれています。※丸谷氏は歴史的仮名遣いで文章を書いています。
丸谷氏の出身地、山形県鶴岡市では、雪道が踏み固められてツルツルになった状態を「キンカ」と呼んでいたのです。今のところ、雪道のツルツル状態を柑橘類の金柑に喩えた方言は、金沢と鶴岡でしか確認できていません。
さて、そんなキンカンナマナマも、使われた範囲が狭かったことと、近年の温暖化による少雪傾向、消雪装置の普及などで体験することが少なくなったこともあり、次第に使われなくなっています。それとともに意味も少しずつ広がってきているようです。
北陸では東北のように気温が低いわけではないので、雪道がキンカンナマナマ状態になりやすいのは新雪が降った後で、当初はそういう新雪のイメージとナマナマが結びついたと考えていますが、今では、普通に雪道が凍った状態を指しても使う人がいますし、若い人の中には、雪と関係なく、道路の水が寒さで凍った状態までキンカンナマナマという人もいるようです。
使われる機会が減ったことで意味にゆれが生まれてきていると考えられます。
加藤和夫:福井県生まれの言語学者。金沢大学名誉教授。北陸の方言について長年研究。MROラジオで、方言や日本語に関する様々な話題を発信している。

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