【池田 訓之】なぜ「成人式」で女性は振り袖なのに、男性はスーツばかりなのか?意外と知らない「着物」の常識

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20歳の門出を祝う「成人式」。毎年、荒れた成人によるトラブルばかりがニュースになっているが、そもそも成人式とは、いつどのように始まったのだろうか? また、男性は洋装(スーツ)ばかりなのに、なぜ女性はみな和装(振袖)なのか? 意外と知らない成人式について、呉服店「和想館」の経営者で、著書『君よ知るや着物の国』がある池田訓之氏に解説していただいた。(注:2022年から18歳成人となり、従来成人式と呼ばれていた式典は「二十歳の集い」等々、いろんな呼び名に変わっていますが、ここでは総称して「成人式」と称します)
全国の市区町村のほとんどが1月初頭には、対象者を招いて成人式を開催していますが、始まりは埼玉県北足立郡蕨町(現・蕨市/わらびし)からでした。
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1945年8月に敗戦、日本は焼け野原にされました。そこから一年あまりがたった1946年11月に、埼玉県の蕨町の青年団が、日本の復興は若者にかかっている、がんばってくれ! との激励の気持ちを込めて「青年祭」を開催しました。
これが瞬く間に日本中に広がり、1948年に公布・施行された祝日法により、「おとなになったことを自覚し、みずから生きぬこうとする青年を祝いはげます」との趣旨で成人の日が制定され、翌1949年から、1月15日は成人の日として祝日になり、多くの市区町村がこの日に成人式を開催するようになったのです(2000年より成人の日は1月第2月曜日へ移動、さらに2022年からは18歳成人となり式典は18歳と20歳で行う市区町村に分かれているのが現状)。
では、それまで、日本には成人になる若者を激励する儀式はなかったのでしょうか? いいえ、元服(げんぷく)という儀式が奈良時代から、江戸時代までずっと行われていました。
一生のうちで最も大事な4つの儀式を「冠婚葬祭」との言葉で表しますが、この「冠」は元服のことをさします。神社の氏神様の前で男は前髪をあげて髻(もとどり)を結う。名前も幼少名から大人の名にかわります。そして、一人の大人として、戦にでる、嫁をもらい家庭を構える。
女性はたらしていた髪を頭頂で結い上げ後ろにたらす、まゆをそり歯をおはぐろに染める、そして大人としての責任を負う。つまり結婚して家を支えるということです。
その儀式は親族が集まるなかで厳かに行われ、公家の男性は冠を授かりかぶるので「冠」と称されたのです。武士は烏帽子をかぶる、庶民でも最低限、月代(さかやき)をそり心を固めました。
明治になり封建時代が終わると、この儀式は庶民の間ではだんだん開催されなくなっていきます。しかし先述の通り、蕨町の「青年祭」がきっかけとなり、1946年11月に「冠」は成人式という名で復活したのでした。
人生の重要な式典に参加するのですから、装いは礼装となります。日本の礼装は着物です。礼装着は一番格の高い第一礼装、次が準礼装となります。
そして、男性の着物の格を決めるポイントは以下の通りです。
(1)家紋は家を背負いますので格が高くなり、五つ紋が一番格上。
(2)色は白に始まり、いろんな色を混ぜていくと最後は黒くなることから、白と黒が一番格上です。
(3)ドラマなどで、侍がお城の中で上着として裃(かみしも)を身につけ、後ろに長く袴を引きずる長袴(ながばかま)スタイルで歩いている姿をご覧になったことがあると思います。あのスタイルが明治以後は簡略化され、着物の上に羽織と袴をはいたスタイルが、男性の格の高い着物スタイルとなっています。
以上のポイントを合わせると、黒地に五つ紋の入った着物に羽織、そして白黒を合わせた色であるグレー地の袴の、いわゆる黒紋付に袴スタイルが男性の第一礼装になります。
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家紋は、家のルーツを表します。また五つ紋は、背中の紋が先祖、両胸が父母、外袖が兄弟姉妹を表し、着る人を見守ってくれているのです。ご先祖様まで呼び込んで祝う、弔うという意味が五つ紋の着物には込められているのです。
残念ながら、成人式で、女性はほとんどが振袖姿なのに対して、男性の黒紋付に袴スタイルはほぼ皆無です。
日本は明治の開国から西欧の圧力を受け、西欧化を進めました。その中でテレビドラマを見てもわかるように、西欧人と直接対峙する立場にある働く年齢層の男性を中心に、男性の衣服の洋装化は早くから進みました。
だから、戦後豊かになっても親が息子の成人式に黒紋付を着せてやろうという、男児の着物ブームが起こらなかったのだと思います。
昨今、着物姿の男性成人者をたまに見かけることがありますが、派手な色の羽織に袴スタイル、家紋は一般紋と明らかにレンタル品で、礼装着とはいえないスタイルです。
男性の場合は、黒紋付の羽織袴スタイルが未婚・既婚問わず、慶弔両方の場面の第一礼装着なので、一枚作っておけば成人式以外にも結婚式、お葬式と一生ずっと使えます。
ぜひ成人式を機会に、家の家紋を入れた黒紋付に袴を仕立てて、第一礼装で参加してほしいものです。
一方で、今日の成人式に参加される女性の多くは振袖姿です。振袖は未婚女性の慶事の第一礼装ですから、これでいいと思います。
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戦後すぐは、とてもこのような晴れ着を着る精神的、金銭的余裕はありませんでした。それが昭和40年代の高度経済成長期になると、心にもお財布にも余裕ができたことによって、親が娘に晴れ着を競って着せ出したのでした。
着物の袖はどれも長いですが、振袖の袖は特に長いですね。なぜでしょうか? そもそも着物の袖が長いのは、「袖振り合うも多生(たしょう)の縁」ということわざに表れています。この「多生」とは前世、つまり長い袖には、前世からのご縁を今世でもつなぎ、仲良くしていこうという願いが込められているのです。
振袖の袖が特に長いのは、袖が長いほうが良い方と出会う(袖がふれ合う)確率が高まるから。良い方と出会うようにとの祈りが込められているわけです。良い人と出会う、つまり結婚すると、その縁を留めるために、「留袖(とめそで)」に着替えるのです。
本来は、振袖は一番格の高い着物なので、家を背負う意味の家紋を入れるべきです。実際、平成の初めごろまでは、振袖に家紋を入れる方もいらっしゃいましたが、華やかさばかりが強調されて、今はなくなりました。
ご自分の家の家紋をご存じない方がどんどん増えています。国民がそれぞれに家のシンボルである家紋を備えるのは、世界で日本くらいです。家紋の継承は日本が世界に誇れる文化なのですが、残念ながらどんどん薄まっています。
昨今は、成人となる参加者が会場で騒いで会の進行を妨げるなど、成人式の後には、後味の悪いニュースが毎年のように聞こえてきます。それは、成人式の意味が語り継がれていないからだと思います。
成人式は先ほどお伝えしたように、冠婚葬祭という人生における最も大事な儀式の中の「冠」にあたります。
大人になるということは、大きな権利と義務を伴います。選挙権を与えられ国や地方の政治に参加できる権利と義務を負い、自分の行動に刑事的・民事的に全責任を負うことになります。封建時代の元服と変わらないくらい、今でも成人になるということは人生の大きな節目です。
だから、全国の地方公共団体は、税金を使って対象者を集め激励してくれているのです。主催する側は、大人になるみなさんに、ためになる言葉やセレモニーを用意してくださっているのです。
私ももちろん成人式に参加しました。来賓の方が「これからは、常に自分に責任がかかってくるんだ、人生の目の前の問題から逃げてはいけない、人のせいにしてはいけない、常に自分自身に矢印を向け続ける勇気を持ち続けろ」と激励してくださり、涙を流して聞いていたのを覚えています。
着物を着ると、太い帯で腹を締めるので、へそ下にある丹田というツボに氣がこもります。また、草履は足の指に力を入れるのでこれも氣を下半身にさげてくれます。だから着物を着ると、気持ちが落ち着きイライラしないのです。
震災が起こっても略奪が起こらない、常に穏やかで親切で、犯罪が少なく、街がきれい。世界中からこの日本人の精神を学びたがって、どんどん外国人が日本に集まってきています。この日本人の気質は、着物が培ってきたのです。
成人式には、着物を着て丹田に氣を落ち着けて、人生の先輩方からのお話に耳を傾け、成人として、自己責任で行動できる喜びと責任を、静かにかみしめるひと時を送ってください。

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