鹿の特別柵収容「虐待当たらず」、奈良市が見解 環境改善を指導

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鹿の保護施設「鹿苑(ろくえん)」(奈良市)で特別柵に収容された鹿の飼育環境について、市は24日、動物虐待には当たらないとの見解を示した。鹿苑を管理・運営する「奈良の鹿愛護会」の獣医師が虐待の可能性を指摘していた。ただ、市は餌やりや給水の環境は十分でないとして、愛護会を行政指導して改善を求めた。
虐待通報の奈良の鹿 県が「飼育環境不適切」 特別柵ができた背景には奈良公園(同市)周辺の農家が獣害に悩まされてきた歴史があり、鹿の保護と獣害防止のバランスを巡り、関係者は頭を悩ませている。

奈良公園の近くには春日大社が建ち、その祭神は神鹿に乗ってやってきたとの伝説がある。このため、奈良で鹿は神の使いとされている。1957年には国が「奈良のシカ」として天然記念物に指定。駆除は原則禁じられ、捕獲にも文化庁の許可が必要になった。 一方、公園周辺では鹿による農業被害が深刻化した。79年と81年には農作物を鹿に荒らされたとして、農家らが春日大社や愛護会に賠償を求める訴訟が起きた。訴訟は和解で終結したが、この時の和解条項がきっかけとなり、奈良県は奈良公園付近から円を描くように四つのゾーンを設定。それぞれの区域に応じ、鹿への対応を分ける手立てを取っている。 ゾーンは奈良公園を重点保護地区、公園周辺を保護地区に設定し、鹿の駆除を厳しく禁じている。公園から最も離れたゾーンは管理地区と呼ばれ、獣害対策として一定の条件下なら駆除が許される。特別柵に入れられるのは、保護地区(重点地区含む)と管理地区の境界に当たる「緩衝地区」で農作物を荒らした鹿。農家に被害をもたらす一方、保護地区から餌を求めて出てきた可能性もあり、駆除はできない。こうした事情から、柵内で一生を過ごさせる措置がとられるようになった。 しかし、柵内での飼育状況について9月、愛護会の獣医師が「虐待に当たる」と県や奈良市に通報した。雄を中心に飢餓状態で死ぬケースが目立つとの内容だった。 柵内では雄と雌がほぼ半分ずつの計約270頭が収容されている。市に先行する形で実施された県の調査によると、2022年度は雄46頭、雌19頭が死んでいたことが判明。生きている鹿も栄養不良が原因とみられる脱毛などが目立った。餌として与えていた乾燥牧草は栄養が足りず、柵内が過密で餌や水を与える場所が不足し、不衛生な状況になっている点も問題視した。 この飼育状況が動物愛護法上の虐待に当たるかを調べていた奈良市は、今後の改善が見込まれることなどを踏まえ、虐待には該当しないと結論づけた。ただ、県と同様に飼育環境の不適切さは認め、行政指導を出して今後の改善状況を注視していくとした。 愛護会は24日、同様の県の調査に対し、会の意見を十分に聞いていないとする文書を公表した。会側は、特別柵内の鹿は奈良公園で生息する鹿よりも死ぬ割合が低いと主張。脱毛も季節が変わり換毛期に入ったことが原因としている。会はこれまで一貫して虐待を否定しており、獣害対策として鹿の捕獲に取り組んできた会の活動にも理解を求めている。特別柵、将来的に見直し必要 一方、市の調査結果は緩衝地区の鹿を収容する特別柵という仕組みを、中長期的には見直す必要があると指摘した。市の記者会見に出席した日本法獣医学会の田中亜紀会長(日本獣医生命科学大学特任教授)は「(特別柵の中の鹿を)減らす戦略がなく、その状態で野生動物を収容するという方法は動物福祉の面でも見直す必要がある」と語り、仲川げん市長も「野生動物を人間の都合で閉じ込めるのは、虐待ではなくても問題がある」と述べた。 奈良の鹿の生態に詳しい北海道大学大学院の立澤史郎・特任助教(保全生態学)は「公園の緑が減った影響で、緩衝地区の鹿が増えているのではないか」と指摘する。観光客に踏み荒らされるなどして公園の芝生が減ったり、周辺に駐車場が増えたりした結果、餌を求めて緩衝地区に足を伸ばす鹿が増えている可能性があるという。 こうした状況を踏まえ、立澤助教は複数の対策案を挙げる。一つは公園周辺の植生復元に力を入れて自然の食物を増やし、鹿が外に出なくても済むようにすること。もう一つは緩衝地区の農家の田畑に設置する獣害防止柵について、国や県、奈良市が連携を密にして支援し、農作物被害が起きにくい環境を作ることだ。 そして、緩衝地区での鹿の扱いを臨機応変に変えることも策の一つだとした。鹿が増え過ぎた場合などには、緩衝地区でも部分的に駆除を認める運用などが考えられるとしている。立澤助教は「いずれにしても、特別柵内の環境を改善するだけでは問題の根本的解決にはつながらない」と強調する。 山下真知事も今後の検討課題の一つにゾーン設定の見直しを挙げる。県は奈良市にも参加を呼び掛け、鹿の管理や飼育のあり方を協議する検討部会を年内にも設置する方針だ。 立澤助教は「奈良の鹿は人間が食べる食料を観光客らから与えられる機会が増え、『ペット化』するか郊外に出て『害獣化』するかという2択の中で生存を迫られている」とし、特異な生息環境を考慮した対応策を国や県、市に求めている。【稲生陽、吉川雄飛】
特別柵ができた背景には奈良公園(同市)周辺の農家が獣害に悩まされてきた歴史があり、鹿の保護と獣害防止のバランスを巡り、関係者は頭を悩ませている。
奈良公園の近くには春日大社が建ち、その祭神は神鹿に乗ってやってきたとの伝説がある。このため、奈良で鹿は神の使いとされている。1957年には国が「奈良のシカ」として天然記念物に指定。駆除は原則禁じられ、捕獲にも文化庁の許可が必要になった。
一方、公園周辺では鹿による農業被害が深刻化した。79年と81年には農作物を鹿に荒らされたとして、農家らが春日大社や愛護会に賠償を求める訴訟が起きた。訴訟は和解で終結したが、この時の和解条項がきっかけとなり、奈良県は奈良公園付近から円を描くように四つのゾーンを設定。それぞれの区域に応じ、鹿への対応を分ける手立てを取っている。
ゾーンは奈良公園を重点保護地区、公園周辺を保護地区に設定し、鹿の駆除を厳しく禁じている。公園から最も離れたゾーンは管理地区と呼ばれ、獣害対策として一定の条件下なら駆除が許される。特別柵に入れられるのは、保護地区(重点地区含む)と管理地区の境界に当たる「緩衝地区」で農作物を荒らした鹿。農家に被害をもたらす一方、保護地区から餌を求めて出てきた可能性もあり、駆除はできない。こうした事情から、柵内で一生を過ごさせる措置がとられるようになった。
しかし、柵内での飼育状況について9月、愛護会の獣医師が「虐待に当たる」と県や奈良市に通報した。雄を中心に飢餓状態で死ぬケースが目立つとの内容だった。
柵内では雄と雌がほぼ半分ずつの計約270頭が収容されている。市に先行する形で実施された県の調査によると、2022年度は雄46頭、雌19頭が死んでいたことが判明。生きている鹿も栄養不良が原因とみられる脱毛などが目立った。餌として与えていた乾燥牧草は栄養が足りず、柵内が過密で餌や水を与える場所が不足し、不衛生な状況になっている点も問題視した。
この飼育状況が動物愛護法上の虐待に当たるかを調べていた奈良市は、今後の改善が見込まれることなどを踏まえ、虐待には該当しないと結論づけた。ただ、県と同様に飼育環境の不適切さは認め、行政指導を出して今後の改善状況を注視していくとした。
愛護会は24日、同様の県の調査に対し、会の意見を十分に聞いていないとする文書を公表した。会側は、特別柵内の鹿は奈良公園で生息する鹿よりも死ぬ割合が低いと主張。脱毛も季節が変わり換毛期に入ったことが原因としている。会はこれまで一貫して虐待を否定しており、獣害対策として鹿の捕獲に取り組んできた会の活動にも理解を求めている。
特別柵、将来的に見直し必要
一方、市の調査結果は緩衝地区の鹿を収容する特別柵という仕組みを、中長期的には見直す必要があると指摘した。市の記者会見に出席した日本法獣医学会の田中亜紀会長(日本獣医生命科学大学特任教授)は「(特別柵の中の鹿を)減らす戦略がなく、その状態で野生動物を収容するという方法は動物福祉の面でも見直す必要がある」と語り、仲川げん市長も「野生動物を人間の都合で閉じ込めるのは、虐待ではなくても問題がある」と述べた。
奈良の鹿の生態に詳しい北海道大学大学院の立澤史郎・特任助教(保全生態学)は「公園の緑が減った影響で、緩衝地区の鹿が増えているのではないか」と指摘する。観光客に踏み荒らされるなどして公園の芝生が減ったり、周辺に駐車場が増えたりした結果、餌を求めて緩衝地区に足を伸ばす鹿が増えている可能性があるという。
こうした状況を踏まえ、立澤助教は複数の対策案を挙げる。一つは公園周辺の植生復元に力を入れて自然の食物を増やし、鹿が外に出なくても済むようにすること。もう一つは緩衝地区の農家の田畑に設置する獣害防止柵について、国や県、奈良市が連携を密にして支援し、農作物被害が起きにくい環境を作ることだ。
そして、緩衝地区での鹿の扱いを臨機応変に変えることも策の一つだとした。鹿が増え過ぎた場合などには、緩衝地区でも部分的に駆除を認める運用などが考えられるとしている。立澤助教は「いずれにしても、特別柵内の環境を改善するだけでは問題の根本的解決にはつながらない」と強調する。
山下真知事も今後の検討課題の一つにゾーン設定の見直しを挙げる。県は奈良市にも参加を呼び掛け、鹿の管理や飼育のあり方を協議する検討部会を年内にも設置する方針だ。
立澤助教は「奈良の鹿は人間が食べる食料を観光客らから与えられる機会が増え、『ペット化』するか郊外に出て『害獣化』するかという2択の中で生存を迫られている」とし、特異な生息環境を考慮した対応策を国や県、市に求めている。【稲生陽、吉川雄飛】

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