【久坂部 羊】突然、看護師が「遺体の肛門」に指を突っ込んで…人が「死んだあと」に起こる「意外なやりとり」

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だれしも死ぬときはあまり苦しまず、人生に満足を感じながら、安らかな心持ちで最期を迎えたいと思っているのではないでしょうか。私は医師として、多くの患者さんの最期に接する中で、人工呼吸器や透析器で無理やり生かされ、チューブだらけになって、あちこちから出血しながら、悲惨な最期を迎えた人を、少なからず見ました。望ましい最期を迎える人と、好ましくない亡くなり方をする人のちがいは、どこにあるのでしょう。

*本記事は、久坂部羊『人はどう死ぬのか』(講談社現代新書)を抜粋、編集したものです。“エンゼルケア”という欺瞞患者さんが亡くなると、いわゆる“エンゼルケア”という死後処置が行われます。入院患者さんが亡くなったときは、看護師がすべてやってくれるので、病院勤務のときは手を出すことはありませんでした。医者は医局にもどって、カルテや死亡診断書を書いていればいいのです。しかし、在宅での看取りでは、目の前で看護師がするのを手伝わないわけにはいきません。ご遺族に洗面器に湯と、捨ててもいいタオル類、ゴミ袋、そしてご遺体に着せる死に装束を用意してもらい、患者さんが男性のときは髭剃りとセッケン、女性なら生前に使っていた化粧品となども持ってきてもらいます。ご遺族のなかには、死後処置を手伝わせてほしいとおっしゃる方もいますが、Wさんの場合は、集まっていた親類一同が別室に引き揚げました。PHOTO by iStock このときいっしょだった看護師は、中堅どころの熱心な女性で、不慣れな私にテキパキと指示を出してくれました。まずゴム手袋をはめて、点滴のルートと導尿のカテーテルを抜き、おしめをはずし、寝間着を脱がせて湯をします。女性なので下半身は看護師がやり、私は上半身を担当しました。やせ細った身体には感慨がありますが、それを抑えて作業に集中します。看護師はそれこそ介護と同じ熱心さでていねいに拭き上げます。前面が終わると、うつぶせにして背面を拭き、終わるともとにもどします。湯のあとは、口や鼻に生綿という水分を吸わない綿を詰めるのですが、口は口腔だけでなく、割りを使って咽頭から食道の入り口あたりまで詰めるように言われます。そうしないと、胃液が逆流して口から洩れる危険があるからです。口腔に詰める綿は量を加減して、左右対称に、が自然な形でふっくらするように詰めます。逆に、鼻孔に詰める綿は、量が多いと豚のようになるので、横に広げないように注意しなければなりません。死後硬直は顎からはじまるので、口を開いたままにしておくと、あとで閉じられなくなるので、綿を詰めたらしっかり閉じさせます。どうしても開く場合は、包帯で顎紐のように縛ります。きちんと形を整えたら、看護師がWさんの髪を梳かし、時間をかけてファンデーションを塗り、口紅を塗って、にうっすら紅をさしました。眉とアイラインを引くと、やつれていた顔がくっきりとし、生気を帯びた寝顔のようになります。肛門に指を入れて…これで終わりかと思うと、看護師が下半身にまわり、腰を持ち上げて、私に新しいおしめを敷くように指示しました。Wさんの両脚を割るように開かせ、看護師が肛門に指を入れて、便をかき出しはじめたのです。PHOTO by iStock 言葉を失っていると、看護師が私に指示しました。「先生。下腹部をぐっと押してください。残っている便をき出しますから」えーっと思いながらも、信頼できる看護師の言うことですから、素直に従います。ご遺体の腹部は柔らかく、薄い皮膚を通して腸の感触がわかります。「まだ残ってます。もっと強く」「こう?」「右から左へ、直腸から押し出す感じで」「これでいい?」聞きながら必死に押すと、額から汗が滴り落ちました。全部出し終えてから、陰部をていねいに洗い清め、新しいおしめをつけて、最後は用意された白い死に装束を着せました。汚れ物を片付けている看護師に、私は少々戸惑いながらねました。「ここまでしなければいけないのかな」ご遺体の腹を押して便をき出す行為が、あまりに凄惨に思えたからです。青い顔の私を見て、看護師は思いを察し、諭すように答えました。「ご遺体は、ご家族が見る最後の姿なんです。だから、お化粧もできるだけきれいにします。便が残っていると、あとで出てくることもあるんです。別れを惜しんでいるときに、不快な臭いがしたらだめでしょう。わたしは先輩のナースから、ご遺体に馬乗りになって腹を押せって教わりましたよ」病院勤務のときには知りませんでしたが、看護師は常にこういうことをしているのです。すべてを終えて、ご遺族を呼び入れたときには、整然と片付けられた座敷の布団で、Wさんは安らかな死に顔で横たわっていました。ご主人をはじめ、ご家族や親戚も化粧を施されたWさんを見て、満足そうでした。きっと十分な最後のお別れができるでしょう。看護師がする“エンゼルケア”。遺族も世間も、それをする看護師を“天使”のようだとでも思っているのでしょうか。実際は、ご遺体の腹を押して残った便をき出しているのに―。さらに続きとなる<「上手に楽に老いている人」と「下手に苦しく老いている人」の意外な違い>では、症状が軽いのに「老いの症状に苦しみ続ける」人と、症状が重いのに「気楽に幸せに生きられる人」の実例を紹介しています。
だれしも死ぬときはあまり苦しまず、人生に満足を感じながら、安らかな心持ちで最期を迎えたいと思っているのではないでしょうか。
私は医師として、多くの患者さんの最期に接する中で、人工呼吸器や透析器で無理やり生かされ、チューブだらけになって、あちこちから出血しながら、悲惨な最期を迎えた人を、少なからず見ました。
望ましい最期を迎える人と、好ましくない亡くなり方をする人のちがいは、どこにあるのでしょう。
患者さんが亡くなると、いわゆる“エンゼルケア”という死後処置が行われます。入院患者さんが亡くなったときは、看護師がすべてやってくれるので、病院勤務のときは手を出すことはありませんでした。医者は医局にもどって、カルテや死亡診断書を書いていればいいのです。
しかし、在宅での看取りでは、目の前で看護師がするのを手伝わないわけにはいきません。ご遺族に洗面器に湯と、捨ててもいいタオル類、ゴミ袋、そしてご遺体に着せる死に装束を用意してもらい、患者さんが男性のときは髭剃りとセッケン、女性なら生前に使っていた化粧品となども持ってきてもらいます。
ご遺族のなかには、死後処置を手伝わせてほしいとおっしゃる方もいますが、Wさんの場合は、集まっていた親類一同が別室に引き揚げました。
PHOTO by iStock
このときいっしょだった看護師は、中堅どころの熱心な女性で、不慣れな私にテキパキと指示を出してくれました。まずゴム手袋をはめて、点滴のルートと導尿のカテーテルを抜き、おしめをはずし、寝間着を脱がせて湯をします。女性なので下半身は看護師がやり、私は上半身を担当しました。やせ細った身体には感慨がありますが、それを抑えて作業に集中します。看護師はそれこそ介護と同じ熱心さでていねいに拭き上げます。前面が終わると、うつぶせにして背面を拭き、終わるともとにもどします。湯のあとは、口や鼻に生綿という水分を吸わない綿を詰めるのですが、口は口腔だけでなく、割りを使って咽頭から食道の入り口あたりまで詰めるように言われます。そうしないと、胃液が逆流して口から洩れる危険があるからです。口腔に詰める綿は量を加減して、左右対称に、が自然な形でふっくらするように詰めます。逆に、鼻孔に詰める綿は、量が多いと豚のようになるので、横に広げないように注意しなければなりません。死後硬直は顎からはじまるので、口を開いたままにしておくと、あとで閉じられなくなるので、綿を詰めたらしっかり閉じさせます。どうしても開く場合は、包帯で顎紐のように縛ります。きちんと形を整えたら、看護師がWさんの髪を梳かし、時間をかけてファンデーションを塗り、口紅を塗って、にうっすら紅をさしました。眉とアイラインを引くと、やつれていた顔がくっきりとし、生気を帯びた寝顔のようになります。肛門に指を入れて…これで終わりかと思うと、看護師が下半身にまわり、腰を持ち上げて、私に新しいおしめを敷くように指示しました。Wさんの両脚を割るように開かせ、看護師が肛門に指を入れて、便をかき出しはじめたのです。PHOTO by iStock 言葉を失っていると、看護師が私に指示しました。「先生。下腹部をぐっと押してください。残っている便をき出しますから」えーっと思いながらも、信頼できる看護師の言うことですから、素直に従います。ご遺体の腹部は柔らかく、薄い皮膚を通して腸の感触がわかります。「まだ残ってます。もっと強く」「こう?」「右から左へ、直腸から押し出す感じで」「これでいい?」聞きながら必死に押すと、額から汗が滴り落ちました。全部出し終えてから、陰部をていねいに洗い清め、新しいおしめをつけて、最後は用意された白い死に装束を着せました。汚れ物を片付けている看護師に、私は少々戸惑いながらねました。「ここまでしなければいけないのかな」ご遺体の腹を押して便をき出す行為が、あまりに凄惨に思えたからです。青い顔の私を見て、看護師は思いを察し、諭すように答えました。「ご遺体は、ご家族が見る最後の姿なんです。だから、お化粧もできるだけきれいにします。便が残っていると、あとで出てくることもあるんです。別れを惜しんでいるときに、不快な臭いがしたらだめでしょう。わたしは先輩のナースから、ご遺体に馬乗りになって腹を押せって教わりましたよ」病院勤務のときには知りませんでしたが、看護師は常にこういうことをしているのです。すべてを終えて、ご遺族を呼び入れたときには、整然と片付けられた座敷の布団で、Wさんは安らかな死に顔で横たわっていました。ご主人をはじめ、ご家族や親戚も化粧を施されたWさんを見て、満足そうでした。きっと十分な最後のお別れができるでしょう。看護師がする“エンゼルケア”。遺族も世間も、それをする看護師を“天使”のようだとでも思っているのでしょうか。実際は、ご遺体の腹を押して残った便をき出しているのに―。さらに続きとなる<「上手に楽に老いている人」と「下手に苦しく老いている人」の意外な違い>では、症状が軽いのに「老いの症状に苦しみ続ける」人と、症状が重いのに「気楽に幸せに生きられる人」の実例を紹介しています。
このときいっしょだった看護師は、中堅どころの熱心な女性で、不慣れな私にテキパキと指示を出してくれました。
まずゴム手袋をはめて、点滴のルートと導尿のカテーテルを抜き、おしめをはずし、寝間着を脱がせて湯をします。女性なので下半身は看護師がやり、私は上半身を担当しました。やせ細った身体には感慨がありますが、それを抑えて作業に集中します。看護師はそれこそ介護と同じ熱心さでていねいに拭き上げます。前面が終わると、うつぶせにして背面を拭き、終わるともとにもどします。
湯のあとは、口や鼻に生綿という水分を吸わない綿を詰めるのですが、口は口腔だけでなく、割りを使って咽頭から食道の入り口あたりまで詰めるように言われます。そうしないと、胃液が逆流して口から洩れる危険があるからです。口腔に詰める綿は量を加減して、左右対称に、が自然な形でふっくらするように詰めます。逆に、鼻孔に詰める綿は、量が多いと豚のようになるので、横に広げないように注意しなければなりません。
死後硬直は顎からはじまるので、口を開いたままにしておくと、あとで閉じられなくなるので、綿を詰めたらしっかり閉じさせます。どうしても開く場合は、包帯で顎紐のように縛ります。
きちんと形を整えたら、看護師がWさんの髪を梳かし、時間をかけてファンデーションを塗り、口紅を塗って、にうっすら紅をさしました。眉とアイラインを引くと、やつれていた顔がくっきりとし、生気を帯びた寝顔のようになります。
これで終わりかと思うと、看護師が下半身にまわり、腰を持ち上げて、私に新しいおしめを敷くように指示しました。Wさんの両脚を割るように開かせ、看護師が肛門に指を入れて、便をかき出しはじめたのです。
PHOTO by iStock
言葉を失っていると、看護師が私に指示しました。「先生。下腹部をぐっと押してください。残っている便をき出しますから」えーっと思いながらも、信頼できる看護師の言うことですから、素直に従います。ご遺体の腹部は柔らかく、薄い皮膚を通して腸の感触がわかります。「まだ残ってます。もっと強く」「こう?」「右から左へ、直腸から押し出す感じで」「これでいい?」聞きながら必死に押すと、額から汗が滴り落ちました。全部出し終えてから、陰部をていねいに洗い清め、新しいおしめをつけて、最後は用意された白い死に装束を着せました。汚れ物を片付けている看護師に、私は少々戸惑いながらねました。「ここまでしなければいけないのかな」ご遺体の腹を押して便をき出す行為が、あまりに凄惨に思えたからです。青い顔の私を見て、看護師は思いを察し、諭すように答えました。「ご遺体は、ご家族が見る最後の姿なんです。だから、お化粧もできるだけきれいにします。便が残っていると、あとで出てくることもあるんです。別れを惜しんでいるときに、不快な臭いがしたらだめでしょう。わたしは先輩のナースから、ご遺体に馬乗りになって腹を押せって教わりましたよ」病院勤務のときには知りませんでしたが、看護師は常にこういうことをしているのです。すべてを終えて、ご遺族を呼び入れたときには、整然と片付けられた座敷の布団で、Wさんは安らかな死に顔で横たわっていました。ご主人をはじめ、ご家族や親戚も化粧を施されたWさんを見て、満足そうでした。きっと十分な最後のお別れができるでしょう。看護師がする“エンゼルケア”。遺族も世間も、それをする看護師を“天使”のようだとでも思っているのでしょうか。実際は、ご遺体の腹を押して残った便をき出しているのに―。さらに続きとなる<「上手に楽に老いている人」と「下手に苦しく老いている人」の意外な違い>では、症状が軽いのに「老いの症状に苦しみ続ける」人と、症状が重いのに「気楽に幸せに生きられる人」の実例を紹介しています。
言葉を失っていると、看護師が私に指示しました。
「先生。下腹部をぐっと押してください。残っている便をき出しますから」
えーっと思いながらも、信頼できる看護師の言うことですから、素直に従います。ご遺体の腹部は柔らかく、薄い皮膚を通して腸の感触がわかります。
「まだ残ってます。もっと強く」
「こう?」
「右から左へ、直腸から押し出す感じで」
「これでいい?」
聞きながら必死に押すと、額から汗が滴り落ちました。
全部出し終えてから、陰部をていねいに洗い清め、新しいおしめをつけて、最後は用意された白い死に装束を着せました。
汚れ物を片付けている看護師に、私は少々戸惑いながらねました。
「ここまでしなければいけないのかな」
ご遺体の腹を押して便をき出す行為が、あまりに凄惨に思えたからです。
青い顔の私を見て、看護師は思いを察し、諭すように答えました。
「ご遺体は、ご家族が見る最後の姿なんです。だから、お化粧もできるだけきれいにします。便が残っていると、あとで出てくることもあるんです。別れを惜しんでいるときに、不快な臭いがしたらだめでしょう。わたしは先輩のナースから、ご遺体に馬乗りになって腹を押せって教わりましたよ」
病院勤務のときには知りませんでしたが、看護師は常にこういうことをしているのです。
すべてを終えて、ご遺族を呼び入れたときには、整然と片付けられた座敷の布団で、Wさんは安らかな死に顔で横たわっていました。ご主人をはじめ、ご家族や親戚も化粧を施されたWさんを見て、満足そうでした。きっと十分な最後のお別れができるでしょう。
看護師がする“エンゼルケア”。遺族も世間も、それをする看護師を“天使”のようだとでも思っているのでしょうか。実際は、ご遺体の腹を押して残った便をき出しているのに―。
さらに続きとなる<「上手に楽に老いている人」と「下手に苦しく老いている人」の意外な違い>では、症状が軽いのに「老いの症状に苦しみ続ける」人と、症状が重いのに「気楽に幸せに生きられる人」の実例を紹介しています。

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