「私はワクチン未接種のまま派遣されます」…大規模接種センターに召集された自衛官から届いた悲痛な告発

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

※本稿は、照井資規『「自衛隊医療」現場の真実』(ワニブックス)の一部を再編集したものです。
2021年5月から自衛隊は東京と大阪に「自衛隊大規模接種センター」と「自衛隊大規模接種会場」を開設して大規模接種を行った。名称が異なるのは目的、会場によって編成などが異なるためだ。
「自衛隊大規模接種センター」は2021年5月から190日間、東京を自衛隊中央病院が、大阪を自衛隊阪神病院が担任し「新型コロナウイルス感染症対策の決め手となるワクチンの接種を促進し、感染拡大防止に寄与すること」を目的に運営した。
自衛隊病院は陸自、海自、空自の共同機関であるから、まさに自衛隊あげての大事業だったことになる。
「自衛隊大規模接種会場」は2022年1月から約400日間、陸上自衛隊が東京を東部方面隊、大阪を西部方面隊が担任し「オミクロン株の感染が急速に拡大する中、地方自治体のワクチン接種に係る取り組みを後押しすること」を目的に運営されることとなった。
感染症は動向を予測し難い。今でこそ新型コロナウイルスの特徴は広く知られるようになり、インフルエンザのような季節性がない、変異を予測しがたい等、感染抑制が困難であると判明している。だが、自衛隊が大規模接種を計画する頃は、感染症の動向がわからなかったため、運営は相当な困難であったことだろう。
兵器として感染症を用いる「生物兵器」の対処は、感染症の蔓延よりも困難で専門性を必要とする。自衛隊は防衛組織であり、悪意を以て感染症を流行させる「生物兵器」に対抗できる専門組織としての機能を備えているはずだ。そのため、未曽有の感染症大流行にも応じられるであろうと期待され、自衛隊の中でも「衛生科」が中心となって大規模接種を行うこととなった。
だが、何事も始めてみると、想定と大きく異なる事態に直面することがあるものだ。防衛組織とは本来、戦術的思考力を用いて判明している事項から起こりうる事態を予測し、緻密な見積もりと幾通りもの計画を立てることで、発生した事態に柔軟に応じる実力組織である。
その中でも衛生科は医師と看護師等による組織的な医療活動が可能な日本唯一の専門組織であると期待されたが、自衛隊の有事対応能力、人員不足、計画のずさんさなどが浮き彫りになる結果となったのだ。
これは自衛隊の医療体制、有事医療の現状、問題を示す重要な事例なので、詳しく説明したい。
図表1は「自衛隊大規模接種センター」で得た経験を最大限に活かした「自衛隊大規模接種会場」のものだ。人員と組織の構成は「自衛隊大規模接種センター」と大差はない。
自衛隊では一般的に幹部を「官」と呼ぶ、医官とは「主に防衛医大出身で医師免許を有して治療を行える幹部」であり、看護官とは「自衛隊の養成機関出身者で正看護師免許を有し、診療の介助と療養の世話を行う幹部自衛官」のことだ。
当初の計画に比して人員不足が深刻だったのが看護官であり、200名必要なところ動員可能な人数が決定的に不足していた。陸上自衛隊には約2000名の准看護師もいる。准看護師とは自衛隊札幌病院、仙台病院、阪神病院、福岡病院にある養成機関出身者で、「准看護師免許を有する技術陸曹の陸上自衛官」だ。さらに准看護師免許取得の後、選抜されて1年間、陸上自衛隊衛生学校にて教育を受け、救急救命士の資格をも取得した隊員が、約600名いる。
しかし、接種会場で動員できたのは、准看護師と救急救命士を集めた看護官等の80名だった。看護師の不足分は140名を民間から動員することになり、ワクチン接種に係る各種業務(会場設置・受付・誘導・案内等)を民間業者に委託し協力しながら、官民一体で運営を実施する体制となった。
「自衛隊大規模接種センター」は東京オリンピックを控え、デルタ株の蔓延が危惧されていた時期であり、当初3カ月の運営の予定であったが190日間まで延長された。
接種センターの運営に携わる隊員は感染予防のため、医官や看護官のような自衛隊の駐屯地や基地外に居住する幹部でも、駐屯地内での居住が求められ、居住する駐屯地と接種会場とを専用車で往復する毎日であった。こうした行動制限や運営が延期となったことが、後に幾人もの医官が離職することを招いてしまう。大規模接種は自衛官の生活面でも厳しいものだったのだ。
「自衛隊大規模接種会場」では、若年層は重症化するおそれが少ないオミクロン株の時期であり、国民のコロナ疲れも併せてか、1日あたりの接種回数は平均して20%未満となった。
東京の会場は先回と共通だったが、大阪会場は2カ所に分かれることとなり、その分、運営に必要な業務が増えたことだろう。
実際の活動はどうだったのか、防衛省が延べ人数で公表している資料から計算すると、図表2のようになる。
「自衛隊大規模接種センター」のほうは人員不足で、感染拡大を予防しながらの大規模接種を行うには、予想の2~3倍にもなる支援人員が必要となった。接種業務では看護師も2倍以上が必要となったことがわかる。
「自衛隊大規模接種会場」は接種回数こそ少ないが、支援要員は多く必要とした。感染拡大を予防するには予想以上に人の手を必要とするものだ。さらに現場には、人員が感染してしまうという人手不足を深刻化させる魔物もおり、自衛隊はこの面で大きな問題を抱えていた。
「私はワクチン未接種のまま大規模接種センターに派遣されます。ワクチンは会場で余ったものを接種する予定です」
2021年5月24日に支援要員となる陸上自衛官からの声が、筆者へと寄せられた。
本来であれば、派遣される前にワクチン接種を2回とも完了しておくべきである。ワクチンの効果は1回目、2回目で2倍になるのではない。1回目は、身体の免疫系に新型コロナウイルスを攻撃すべき「異物」として認識させる程度で、特に発症抑制効果がある抗体が作られた2週間後に2回目の接種を行って初めて、効果が数十倍から100倍まで高まることで予防効果を発揮するようになる。
インド型変異株に対してはファイザー製、アストラゼネカ製のワクチン1回目接種の効果は33%であるが、2回目では、それぞれ88%と60%である。60%は季節性インフルエンザワクチンの効果の高いほうと同程度だ。
当然ながら報道されるとおり、副反応は2回目のほうが強く出る。これは未知のウイルスに対して、免疫系統が正しく機能している証左そのものである。
ファイザー製ワクチンであれば、37.5度以上の発熱が起きる割合は、1回目は3.3%であるのに対し、2回目が38.4%との報告がなされている。発熱した隊員は大規模接種センターの戦力外となる。派遣中に3人に1人以上の確率で発熱するワクチンを、余剰分で接種する無計画さは、防衛組織の部隊運用とはとても言えたものではない。
2021年5月23日、モデルナ製ワクチンが大規模接種センターに勤務する自衛隊員と民間看護師200名に接種されたが、これは4週間後の2回目接種時に約60名が発熱し、人手不足になるということだ。当然、予測して備えておくべき事態のはずだが、戦力管理はできていなかったと言わざるを得ない。
センターに派遣される前に1回目さえ接種できていない自衛隊員は、大規模接種センターの勤務期間中に1回も接種できないおそれがあり、実際、未接種のまま感染の脅威を身近に感じながら市民を迎え、ワクチン接種を促していたことになる。
現場で余ったワクチンを当てにするなど、牛に補給品を運ばせて、現地で食料にしようとして大失敗をしたインパール作戦並みに無謀である。
筆者が所属した陸上自衛隊では、健康管理の責任は個人及び部隊などの長、つまり本人とその指揮官にあると考えられている。陸上自衛隊服務細則156条にも「中隊長等は、直接部下の健康管理の責に任ずるものであるから、常に部下の健康状態を把握し、健康管理の施策を適切かつ具体的に実施し、これを監督しなければならない」とある。
だが、不特定多数の人間が出入りするワクチン接種の現場で隊員の接種が後回しにされたとなれば、「適切な施策」が行われたとは言い難い。自衛隊員の健康管理の責任が「個人及び各指揮官」にある以上、大規模接種センター運営開始前日のワクチン接種、ワクチン未接種のまま派遣することは職務放棄でもあった。
図表3「大規模接種センターを運営する自衛隊員の新型コロナウイルスワクチン接種状況」にあるように、ほとんどが5月23日までワクチン未接種だ。
自衛隊では医療従事者1万4000人にはファイザー製ワクチンを接種しており、医官、看護官、陸上自衛隊衛生学校職員などは2回目の接種まで完了していた。問題となったのは大多数を占める、地方から派遣されてきたワクチン未接種の隊員である。
現場で余ったワクチンをその都度接種していたのでは、副反応や宿泊している駐屯地でのクラスター発生などで「戦力外」になってしまうおそれがあるにもかかわらず、正規のワクチン接種の予定すら立っていなかったことは看過できない。
厚労省はモデルナ製のワクチンについて、全国の自衛隊員およそ1万人に5月24日から接種を始め、健康調査を行うことを明らかにしたが、これは「自衛官がワクチン未接種」であることを内外に周知させたようなものだ。
国家安全保障の常識では防衛組織から優先してワクチンを接種する。副反応と戦力の調和を保ちながら迅速に行い、防衛上の隙を作らないようにする。不幸は決して単独ではやってこないものである。コロナ禍に大規模自然災害が重なることにも備えなければならないし、複合災害に見舞われた時にこそ敵は攻めてくるものだ。
海外でも軍隊が大規模接種の支援を行っているが、当然、全員がワクチン接種を完了しており安定した人的資源として派遣されている。在日米軍は軍関係者の接種をさっさと済ませ、基地内で勤務する軍属にまで広めた。仮にクラスターが発生し、米軍将兵が動けないとなれば、それはすなわち安全保障上の脅威にもなるからだ。
疫病の大流行の後に混乱と戦争勃発があることは、歴史の恐るべき証明でもある。実際に、コロナ禍中の2022年2月末にロシアによるウクライナ侵攻が勃発した。その東側の最前線は他でもない日本である。
「もしも」の時に隊内にクラスターが発生し、多くの隊員がコロナによる“戦線離脱”を余儀なくされていたら、と考えると、危機感を覚えざるを得ない。
———-照井 資規(てるい・もとき)軍事・有事医療ジャーナリスト1973年愛知県出身。元陸上自衛隊幹部(衛生官)。報道番組制作を経て自衛隊に入隊。陸曹までは普通科対戦車戦闘が専門。幹部になる際衛生科に職種変換。戦闘と衛生支援の両方の視点から機関紙「FUJI」に記事を多数執筆。2015年退官後は愛知医科大学、琉球大学医学部非常勤講師。発破技士を取得し医療従事者には銃創・爆傷などの事態対処医療・CBRNeなどの特殊災害医療について教育。自衛官の就職支援教育にも力を入れている。著書に『弾丸が変える現代の戦い方』(二見龍氏と共著・誠文堂新光社)、『イラストでまなぶ!戦闘外傷救護』(ホビージャパン)がある。———-
(軍事・有事医療ジャーナリスト 照井 資規)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

SNSでもご購読できます。