絶対にだまされない「老人ホームの選び方」 見学するべき時間帯は? 何を基準にすればいい? プロが徹底解説

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認知症を受け入れて生きる。その上で忘れてはならないのが「老人ホーム」選びである。とはいえ何を基準に選べばよいのか、途方に暮れる読者も多いのではないか。老人ホームコンサルタントの小嶋勝利氏に聞いた“老人ホームをうば捨て山にしないための極意”とは。
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【写真を見る】食事の時間は「戦場」だという 認知症と老人ホームは、切っても切れない関係にあります。 そんなことは当たり前だろうと思われるかもしれませんが、老人ホームには、明らかに一般社会における割合以上の認知症患者が入居しているんです。

日本では65歳以上の高齢者のうち、認知症患者は全体の2割弱といわれます。しかし、ある調査によれば、介護付き有料老人ホームや特別養護老人ホームなどのいわゆる「老人ホーム」に入居するお年寄りのうち、認知症患者が占める割合は実に8割を超えているというのです。だまされない「老人ホームの選び方」とは この数字だけを見て、「ボケて家族に見捨てられたのね」「自由を奪われてかわいそうに」 などと悲観的に考える人もいるかもしれません。でもこのような見方は、半分当たっていますが、半分は外れています。 もう少し丁寧に言えば、認知症になって右も左も分からなくなり、家族から「うば捨て山」同然に施設に入れられた高齢者は、確かに悲劇的です。ですが、認知症を発症する前やまだ軽度のうちに、きちっと準備をして、しかるべきタイミングで施設に入居した人は、必ずしも「かわいそうな存在」とは限りません。在宅はアクティブ、施設は自由がない? かつて私の知り合いの介護職員が、こんな例え話をしていたことがありました。在宅と施設の認知症患者を比べて、それぞれの置かれた状況が「野生」と「動物園」くらい違って見えると言うのです。 彼の意見はこうです。 老人ホームでは24時間365日、万全の体制で入居者を管理しています。規則正しい生活のために朝になれば起床を促し、排泄、食事、お風呂、掃除はもちろん、適度な運動、場合によっては日光浴まで職員のコントロールのもと完璧に行われる。 在宅の認知症患者は、こうはいきません。時間感覚がずれたり、食事を何度も取ってしまったり、さらに事故やトラブルに遭遇する可能性も低くはない。ただ、この職員いわく、在宅の認知症患者は自由でアクティブに見えるというのです。一方、施設に入居した認知症患者はまるで動物園の展示動物だと。けがをする可能性も外敵に狙われる恐れも少ない代わりに、自由がないと言うのです。施設の評価は個人の好み、置かれた状況に左右される 彼は明らかに施設の認知症患者の方がかわいそうだという文脈で、この例え話をしていました。ですが、本当にそうでしょうか。 確かにこれが40代、50代の脂が乗りきった壮年期であれば「かわいそう」という指摘も当たっているかもしれません。しかし、80代や90代の認知症患者なら事情は違います。人生のゴール目前まで走り切った彼らにとって、イレギュラーのない管理された生活の方が快適だったとしても驚く人は少ないと思います。「何歳になろうと、どんな状態になっていようと、他人に干渉されず自由に生きていきたい」。そう考えている人にとっては、老人ホームの個室は動物園の「檻」にしか見えないでしょう。しかし「全てやり切った。ボケた後くらい安寧な時間を過ごしたい」と考えている人にとって、老人ホームは極上のホテル生活のようになる可能性を秘めているのです。 実は、老人ホームというのは一事が万事この調子。つまり、施設の評価は、個人の好みや置かれた状況に大きく左右されるのです。親と子どもの利害は対立 施設に入居する必要が生じたときに深く考えることなく施設を選んではいけないのは、そのためです。家を買うときも、借りるときにも、普通は事前に条件をしっかり調べ、入念な準備をしてから契約書にサインするはずです。その家に実際に住みもしない、離れて暮らす家族に丸投げすることなど、まずあり得ないのではないでしょうか。ところが、人生最後の数年を過ごす介護施設となった途端、みんなその“当たり前”を忘れてしまうのです。 例えば、認知症になった親や配偶者を施設に入れる決断をするきっかけでよくあるのは、一人でトイレができなくなるなどの排泄障害です。このような場合、認知症はすでに中等度程度に進行していることが多いですから、コミュニケーションもスムーズにはいきません。私が見てきた限り、意思疎通ができるお年寄りを施設に入れる場合、家族は自分の生活圏の近くの施設を探すことが多い。今後の方針など、本人と相談すべきことがまだまだ残っているからでしょう。しかし、認知症でコミュニケーションが取れなくなったケースでは、自分の家の近くという条件すら外してしまうことが多々あります。これには、会話もできなくなった以上、頻繁に会いに行く必要もないという深層心理が働いているように思えてなりません。このような場合、施設のランクも、必要最低限の経費で済むところを探すことが多いようです。こうなれば、実態はいよいよ「うば捨て山」に近づきます。 持ち家もある。預金口座にはそれなりの資産も残してある。ボケた後は子どもがよろしくやってくれるだろう――。そう思っている人もいるかもしれませんが、残念ながら老人ホームを巡る親と子どもの利害は往々にして対立します。お金をかければかけるほど親は快適になりますが、それに反比例して子どもは将来の相続分が減っていく。ましてや親が右も左も分からない認知症であれば、子どもが極力費用を抑えようとするのは当然です。体験入居のワナ 施設をうば捨て山にしないためにも、必要なのは頭と体がしっかりしているうちに時間をかけて施設を選んでおくこと。しかし、厄介なのは、事前知識を全くもたずに介護施設の見学や説明会に参加したところで、実態は何も分からないということです。 どこの施設でもやっている体験入居やショートステイを利用すればミスマッチは防げるのでは、と思う方もいるかもしれません。しかし、体験入居は施設からすれば新規顧客獲得の一大チャンス。通常とは異なる完全VIP待遇で、赤子の手をひねるより簡単に契約書にサインさせられる結果になるでしょう。 主導権を施設側に預けたまま施設選びをすることにならないよう、介護施設で待ち受ける生活がどのようなものか、簡単に紹介してみましょう。これを知っておくことは、認知症で介護施設に入居した際のシミュレーションにもなると思います。 まず、最初に理解しておきたいのは、介護施設での生活リズムというのは、介護職員の勤務体制と切り離して考えることができないということです。例えば、ほとんどの介護施設で、入居者の入浴介助は昼間に設定されています。介護施設では24時間体制で職員が勤務していますが、夜勤は必要最小限の人員で回しますから、入浴介助はどうしても昼間に行わざるを得ないのです。食事時は戦場 それから老人ホームでは朝食の時間が8時前後に、夕食は18時前後に設定されていることが多い。これも職員の出勤時間を考慮してのことです。早番の職員の出勤時刻を朝7時と考えれば、朝食の時間もおのずと8時前後に決まってしまいます。「家では朝6時に朝食を食べていた」とか「自分は夜型だから朝10時くらいまで寝ていたい」といった要望は、施設では通用しないのです。 また、個室介護の老人ホームでも、食事は体調不良等がない限り、基本的には入居者全員が食堂で一斉に取ることになります。食事中の誤飲事故などを防ぐというのが表向きの理由になってはいますが、限られた職員数で全入居者の食事を管理するためには、集団で同じ時間に集中して食べる方法が最も効率的だという理由もあります。 実は、この朝・昼・晩の食事時というのは介護職員にとっては最も気が休まらない時間です。食事時になると、席に着いた入居者の顔を見ながら職員が配膳をしていくのですが、入居者の食事は常食というごく普通の食事形態からソフト食という嚥下障害のある人に向けた形態までさまざま。さらに薬との飲み合わせやアレルギーの問題でメニューが差し替えられている入居者もいれば、本人や家族の希望により提供する個人持ちのメニューが加わる入居者もいるのです。前者はミスがあれば、命に関わりますし、個人持ちのメニューを出し忘れただけで大騒ぎする認知症のお年寄りもいます。食後には多くの入居者が服薬しますが、こちらも命に直結しますから職員はさらに神経をすり減らす。全入居者が一堂に会した食堂は、職員にとっては戦場なのです。職員に悪意があるわけではないが… 老人ホームの介護スケジュールはこの1日3度の食事を軸に回っていると言っても過言ではありません。先ほど配膳ミスで騒ぎを起こすお年寄りがいるという話をしましたが、決まった時間に食事が始まらないと怒りだす入居者は意外に多い。従って、食事の時間は施設の秩序を維持するためにも定時に始まらなければならないのです。 ただ、このことが弊害を生む場合もあります。それが「モーニングケア」です。モーニングケアとはその言葉通りの意味で、自分で朝の支度ができない入居者の着替えや歯磨き、排泄介助を行う介護です。ところが、このモーニングケアを異様に早い時間から行っているホームもあるのです。 私が聞き取りをした限りでは、朝4時からモーニングケアを始めるという施設がありました。モーニングケアは順番に行われますから、5時ごろには身支度が完了し、誰もいない食堂で車いすのまま8時の食事開始まで待たされる入居者もいました。「なんてひどい」と思われる読者もいるかもしれませんが、職員も決して悪意があってやっているわけではないのです。 朝8時から朝食が始まる場合、それまでに全員の身支度を完了させなければなりません。従って、モーニングケアを必要とする入居者が多かったり、人手不足で夜勤の職員が少なかったりすると、朝食の何時間も前からモーニングケアを開始せざるを得なくなります。老人ホームの良しあしとは? このように、介護施設には殺人的に忙しい時間帯が一日に何度か存在します。逆に言えば「忙しい時の介護がどうなっているか」にその老人ホームの「地金」が出るともいえる。従って、もし可能であれば見学などは朝食や夕食時、または夜勤帯に行うことがホームの実態を理解するためには最も効果的でしょう。ちなみに、昼食時は職員の配置が比較的手厚く、昼食付見学会などを開催しているホームも多いです。その場合は、入居者と同じテーブルで食事することを希望してみるといいでしょう。このような見学を快く受け入れてくれるホームは介護のクオリティーにかなり自信があるのだと思います。仮に見学がかなわなくとも、食事時の体制がどうなっているかは質問してみてください。 ここまで説明してきたことからも分かると思いますが、老人ホームの運営は全体最適を最優先して行われるため、利用者個人の都合や嗜好は捨て置かれることも珍しくありません。この事実を無視して介護施設選びをしてしまうと、老人ホームでの生活は「我慢」の連続になってしまいます。 老人ホームの良しあしというのは、実はほぼこの点に集約されます。つまり自分にとって我慢することが多い老人ホームは良くないホームであり、我慢することが少なければ良いホームということになる。介護職員の「流派」と「流儀」 私は老人ホームやそこで働く介護職員には介護の「流派」や「流儀」があるという話をよくします。簡単に言えば、介護をするにあたって何に重きを置くかというこだわりです。 この「流派」「流儀」の一つに「自立支援」というものがあります。 例えば、お年寄りがシャツを着るのを介護職員が誰も手伝わず、そのお年寄りが苦労して着替えをしていたとします。あなたはそれを見て「なんて不親切な施設でしょう」と思われるかもしれませんが、介護のプロから見ればこれは立派な自立支援です。入居者の生活を何でもかんでも職員がやってしまうと、その入居者はすぐに能力が退化して何もできなくなってしまう。ただ、冒頭の「動物園」の例ではありませんが、80代後半や90代の認知症が重度に進行したお年寄りにこの「自立支援」が絶対に必要かといえば、そうとは限らないでしょう。高齢者介護を得意とするか、認知症高齢者の介護を得意とするか「流派」「流儀」は介護のいろいろなシーンで登場します。私の知っている施設では認知症の夜間徘徊対策に徹底的に取り組んでいましたが、これも立派な「流派」「流儀」です。認知症の徘徊は生活上の不快や違和感が原因になっていることも多いといわれますが、その施設では日中の運動不足や便秘など原因となるさまざまな要素を一つずつつぶして入居者の徘徊に向き合っていました。 もちろん職員個人にも「流派」「流儀」があります。一番分かりやすい例は、自立した生活を行える高齢者介護を得意とするか、身の回りのことができなくなった認知症高齢者の介護を得意とするか、というものでしょう。老人ホームでは自立型高齢者の居室と認知症高齢者の居室をフロアで分けているところも多いですが、そういった施設では担当職員も分けられています。 認知症の場合、老人ホームに入居するのは主に在宅介護で限界を迎えた人たちです。従って、介護にも難しい技術が要求され、往々にして職員のスキルも高い。認知症で将来を悲観される方も多いと思いますが、そういう職員の胸を借りるつもりで施設に飛び込んでみれば、意外に快適な老人ホームライフを送れるかもしれません。小嶋勝利(こじまかつとし)老人ホームコンサルタント。1965年生まれ。不動産開発会社勤務を経て、介護付き有料老人ホームで介護職、施設開発企画業務、施設長を経験。2006年に有料老人ホームコンサルティング会社を設立。『間違いだらけの老人ホーム選び』『もはや老人はいらない!』『老人ホームのお金と探し方』等、著書多数。「週刊新潮」2023年8月31日号 掲載
認知症と老人ホームは、切っても切れない関係にあります。
そんなことは当たり前だろうと思われるかもしれませんが、老人ホームには、明らかに一般社会における割合以上の認知症患者が入居しているんです。
日本では65歳以上の高齢者のうち、認知症患者は全体の2割弱といわれます。しかし、ある調査によれば、介護付き有料老人ホームや特別養護老人ホームなどのいわゆる「老人ホーム」に入居するお年寄りのうち、認知症患者が占める割合は実に8割を超えているというのです。
この数字だけを見て、
「ボケて家族に見捨てられたのね」「自由を奪われてかわいそうに」
などと悲観的に考える人もいるかもしれません。でもこのような見方は、半分当たっていますが、半分は外れています。
もう少し丁寧に言えば、認知症になって右も左も分からなくなり、家族から「うば捨て山」同然に施設に入れられた高齢者は、確かに悲劇的です。ですが、認知症を発症する前やまだ軽度のうちに、きちっと準備をして、しかるべきタイミングで施設に入居した人は、必ずしも「かわいそうな存在」とは限りません。
かつて私の知り合いの介護職員が、こんな例え話をしていたことがありました。在宅と施設の認知症患者を比べて、それぞれの置かれた状況が「野生」と「動物園」くらい違って見えると言うのです。
彼の意見はこうです。
老人ホームでは24時間365日、万全の体制で入居者を管理しています。規則正しい生活のために朝になれば起床を促し、排泄、食事、お風呂、掃除はもちろん、適度な運動、場合によっては日光浴まで職員のコントロールのもと完璧に行われる。
在宅の認知症患者は、こうはいきません。時間感覚がずれたり、食事を何度も取ってしまったり、さらに事故やトラブルに遭遇する可能性も低くはない。ただ、この職員いわく、在宅の認知症患者は自由でアクティブに見えるというのです。一方、施設に入居した認知症患者はまるで動物園の展示動物だと。けがをする可能性も外敵に狙われる恐れも少ない代わりに、自由がないと言うのです。
彼は明らかに施設の認知症患者の方がかわいそうだという文脈で、この例え話をしていました。ですが、本当にそうでしょうか。
確かにこれが40代、50代の脂が乗りきった壮年期であれば「かわいそう」という指摘も当たっているかもしれません。しかし、80代や90代の認知症患者なら事情は違います。人生のゴール目前まで走り切った彼らにとって、イレギュラーのない管理された生活の方が快適だったとしても驚く人は少ないと思います。
「何歳になろうと、どんな状態になっていようと、他人に干渉されず自由に生きていきたい」。そう考えている人にとっては、老人ホームの個室は動物園の「檻」にしか見えないでしょう。しかし「全てやり切った。ボケた後くらい安寧な時間を過ごしたい」と考えている人にとって、老人ホームは極上のホテル生活のようになる可能性を秘めているのです。
実は、老人ホームというのは一事が万事この調子。つまり、施設の評価は、個人の好みや置かれた状況に大きく左右されるのです。
施設に入居する必要が生じたときに深く考えることなく施設を選んではいけないのは、そのためです。家を買うときも、借りるときにも、普通は事前に条件をしっかり調べ、入念な準備をしてから契約書にサインするはずです。その家に実際に住みもしない、離れて暮らす家族に丸投げすることなど、まずあり得ないのではないでしょうか。ところが、人生最後の数年を過ごす介護施設となった途端、みんなその“当たり前”を忘れてしまうのです。
例えば、認知症になった親や配偶者を施設に入れる決断をするきっかけでよくあるのは、一人でトイレができなくなるなどの排泄障害です。このような場合、認知症はすでに中等度程度に進行していることが多いですから、コミュニケーションもスムーズにはいきません。私が見てきた限り、意思疎通ができるお年寄りを施設に入れる場合、家族は自分の生活圏の近くの施設を探すことが多い。今後の方針など、本人と相談すべきことがまだまだ残っているからでしょう。しかし、認知症でコミュニケーションが取れなくなったケースでは、自分の家の近くという条件すら外してしまうことが多々あります。これには、会話もできなくなった以上、頻繁に会いに行く必要もないという深層心理が働いているように思えてなりません。このような場合、施設のランクも、必要最低限の経費で済むところを探すことが多いようです。こうなれば、実態はいよいよ「うば捨て山」に近づきます。
持ち家もある。預金口座にはそれなりの資産も残してある。ボケた後は子どもがよろしくやってくれるだろう――。そう思っている人もいるかもしれませんが、残念ながら老人ホームを巡る親と子どもの利害は往々にして対立します。お金をかければかけるほど親は快適になりますが、それに反比例して子どもは将来の相続分が減っていく。ましてや親が右も左も分からない認知症であれば、子どもが極力費用を抑えようとするのは当然です。
施設をうば捨て山にしないためにも、必要なのは頭と体がしっかりしているうちに時間をかけて施設を選んでおくこと。しかし、厄介なのは、事前知識を全くもたずに介護施設の見学や説明会に参加したところで、実態は何も分からないということです。
どこの施設でもやっている体験入居やショートステイを利用すればミスマッチは防げるのでは、と思う方もいるかもしれません。しかし、体験入居は施設からすれば新規顧客獲得の一大チャンス。通常とは異なる完全VIP待遇で、赤子の手をひねるより簡単に契約書にサインさせられる結果になるでしょう。
主導権を施設側に預けたまま施設選びをすることにならないよう、介護施設で待ち受ける生活がどのようなものか、簡単に紹介してみましょう。これを知っておくことは、認知症で介護施設に入居した際のシミュレーションにもなると思います。
まず、最初に理解しておきたいのは、介護施設での生活リズムというのは、介護職員の勤務体制と切り離して考えることができないということです。例えば、ほとんどの介護施設で、入居者の入浴介助は昼間に設定されています。介護施設では24時間体制で職員が勤務していますが、夜勤は必要最小限の人員で回しますから、入浴介助はどうしても昼間に行わざるを得ないのです。
それから老人ホームでは朝食の時間が8時前後に、夕食は18時前後に設定されていることが多い。これも職員の出勤時間を考慮してのことです。早番の職員の出勤時刻を朝7時と考えれば、朝食の時間もおのずと8時前後に決まってしまいます。「家では朝6時に朝食を食べていた」とか「自分は夜型だから朝10時くらいまで寝ていたい」といった要望は、施設では通用しないのです。
また、個室介護の老人ホームでも、食事は体調不良等がない限り、基本的には入居者全員が食堂で一斉に取ることになります。食事中の誤飲事故などを防ぐというのが表向きの理由になってはいますが、限られた職員数で全入居者の食事を管理するためには、集団で同じ時間に集中して食べる方法が最も効率的だという理由もあります。
実は、この朝・昼・晩の食事時というのは介護職員にとっては最も気が休まらない時間です。食事時になると、席に着いた入居者の顔を見ながら職員が配膳をしていくのですが、入居者の食事は常食というごく普通の食事形態からソフト食という嚥下障害のある人に向けた形態までさまざま。さらに薬との飲み合わせやアレルギーの問題でメニューが差し替えられている入居者もいれば、本人や家族の希望により提供する個人持ちのメニューが加わる入居者もいるのです。前者はミスがあれば、命に関わりますし、個人持ちのメニューを出し忘れただけで大騒ぎする認知症のお年寄りもいます。食後には多くの入居者が服薬しますが、こちらも命に直結しますから職員はさらに神経をすり減らす。全入居者が一堂に会した食堂は、職員にとっては戦場なのです。
老人ホームの介護スケジュールはこの1日3度の食事を軸に回っていると言っても過言ではありません。先ほど配膳ミスで騒ぎを起こすお年寄りがいるという話をしましたが、決まった時間に食事が始まらないと怒りだす入居者は意外に多い。従って、食事の時間は施設の秩序を維持するためにも定時に始まらなければならないのです。
ただ、このことが弊害を生む場合もあります。それが「モーニングケア」です。モーニングケアとはその言葉通りの意味で、自分で朝の支度ができない入居者の着替えや歯磨き、排泄介助を行う介護です。ところが、このモーニングケアを異様に早い時間から行っているホームもあるのです。
私が聞き取りをした限りでは、朝4時からモーニングケアを始めるという施設がありました。モーニングケアは順番に行われますから、5時ごろには身支度が完了し、誰もいない食堂で車いすのまま8時の食事開始まで待たされる入居者もいました。「なんてひどい」と思われる読者もいるかもしれませんが、職員も決して悪意があってやっているわけではないのです。
朝8時から朝食が始まる場合、それまでに全員の身支度を完了させなければなりません。従って、モーニングケアを必要とする入居者が多かったり、人手不足で夜勤の職員が少なかったりすると、朝食の何時間も前からモーニングケアを開始せざるを得なくなります。
このように、介護施設には殺人的に忙しい時間帯が一日に何度か存在します。逆に言えば「忙しい時の介護がどうなっているか」にその老人ホームの「地金」が出るともいえる。従って、もし可能であれば見学などは朝食や夕食時、または夜勤帯に行うことがホームの実態を理解するためには最も効果的でしょう。ちなみに、昼食時は職員の配置が比較的手厚く、昼食付見学会などを開催しているホームも多いです。その場合は、入居者と同じテーブルで食事することを希望してみるといいでしょう。このような見学を快く受け入れてくれるホームは介護のクオリティーにかなり自信があるのだと思います。仮に見学がかなわなくとも、食事時の体制がどうなっているかは質問してみてください。
ここまで説明してきたことからも分かると思いますが、老人ホームの運営は全体最適を最優先して行われるため、利用者個人の都合や嗜好は捨て置かれることも珍しくありません。この事実を無視して介護施設選びをしてしまうと、老人ホームでの生活は「我慢」の連続になってしまいます。
老人ホームの良しあしというのは、実はほぼこの点に集約されます。つまり自分にとって我慢することが多い老人ホームは良くないホームであり、我慢することが少なければ良いホームということになる。
私は老人ホームやそこで働く介護職員には介護の「流派」や「流儀」があるという話をよくします。簡単に言えば、介護をするにあたって何に重きを置くかというこだわりです。
この「流派」「流儀」の一つに「自立支援」というものがあります。
例えば、お年寄りがシャツを着るのを介護職員が誰も手伝わず、そのお年寄りが苦労して着替えをしていたとします。あなたはそれを見て「なんて不親切な施設でしょう」と思われるかもしれませんが、介護のプロから見ればこれは立派な自立支援です。入居者の生活を何でもかんでも職員がやってしまうと、その入居者はすぐに能力が退化して何もできなくなってしまう。ただ、冒頭の「動物園」の例ではありませんが、80代後半や90代の認知症が重度に進行したお年寄りにこの「自立支援」が絶対に必要かといえば、そうとは限らないでしょう。
「流派」「流儀」は介護のいろいろなシーンで登場します。私の知っている施設では認知症の夜間徘徊対策に徹底的に取り組んでいましたが、これも立派な「流派」「流儀」です。認知症の徘徊は生活上の不快や違和感が原因になっていることも多いといわれますが、その施設では日中の運動不足や便秘など原因となるさまざまな要素を一つずつつぶして入居者の徘徊に向き合っていました。
もちろん職員個人にも「流派」「流儀」があります。一番分かりやすい例は、自立した生活を行える高齢者介護を得意とするか、身の回りのことができなくなった認知症高齢者の介護を得意とするか、というものでしょう。老人ホームでは自立型高齢者の居室と認知症高齢者の居室をフロアで分けているところも多いですが、そういった施設では担当職員も分けられています。
認知症の場合、老人ホームに入居するのは主に在宅介護で限界を迎えた人たちです。従って、介護にも難しい技術が要求され、往々にして職員のスキルも高い。認知症で将来を悲観される方も多いと思いますが、そういう職員の胸を借りるつもりで施設に飛び込んでみれば、意外に快適な老人ホームライフを送れるかもしれません。
小嶋勝利(こじまかつとし)老人ホームコンサルタント。1965年生まれ。不動産開発会社勤務を経て、介護付き有料老人ホームで介護職、施設開発企画業務、施設長を経験。2006年に有料老人ホームコンサルティング会社を設立。『間違いだらけの老人ホーム選び』『もはや老人はいらない!』『老人ホームのお金と探し方』等、著書多数。
「週刊新潮」2023年8月31日号 掲載

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