「気配り、孫の手介護」施設で女性死亡 遺族「治療不十分で不信感」

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

特別養護老人ホームに入所していた女性がベッドから転落し、6日後に死亡した。「気配り、孫の手介護」をうたう施設に対し、家族は「母は満足な治療を受けられなかった。不信感しかない」と話す。どうすれば本人や家族が最善と思える死を迎えられたのか。ついのすみかで起きた事故を取材した。
介護施設から戻った母が骨折、寝たきりに 娘は法廷へ食事、水分摂取がゼロに 2021年7月、福井美枝(みはる)さんは5年間生活した岡山県の特別養護老人ホームで101歳の生涯を閉じた。事故報告書や介護記録、家族や施設への取材によると、ベッドの転落事故から死亡までの6日間はこうだ。

認知症もあり、日常生活のほぼ全てに介助が必要だった福井さん。7月5日夜、職員によるおむつの交換時に転落し、床で頭を打った。6日、朝に受診した病院では「打撲以外に問題ない」と診断された。ただ、昼には「肩呼吸」がみられ、施設職員の声かけには「右目がうっすら開く程度」。夕方になると37・8度の熱に「冷や汗多量」「肩呼吸増強」となり、呼吸が荒くなった。 7日、施設の嘱託医の判断で点滴と酸素吸入が始まった。「うーうー」と発して肩呼吸が続き、8日には「口から泡沫様唾液あり」となった。事故があってから食事、水分を全く口にしていなかった。 9日、施設は福井さんの家族に「状態悪化」を報告。家族の希望で福井さんは入院したが、医師は「重度の心不全、肺炎。重症でとても厳しい」と説明。11日、福井さんは息を引き取った。死因は肺炎とされた。プリンを食べていた 福井さんの三男、清美さん(70)は施設から連絡を受け、7日に面会に行った。目をつぶった母は、声をかけても反応がなかった。施設から「様子を見る」とだけ言われ、「状態悪化」となるまでは入院か、施設に居続けるかについての意向確認はなかったという。 事故と死の因果関係は分からない。ただ、福井さんは事故前まで3度の食事を口にし、おやつのプリンも食べていた。清美さんは「事故で体調が何らかの理由で悪化したのは明らかだ」と考えている。「もっと早く入院させて本格的な治療を受けていれば、まだ生きられたのではないか」。そんな思いが拭えない。 施設の副施設長は取材に対し、ベッドからの転落について「けがを防げなかったことは問題があった」とした。ただ、すぐに入院させなかったこと、治療方針を家族に確認しなかったことについては「嘱託医に状況を報告し、指示に従って対応した。それ以上、それ以下でもない」と述べた。専門家「信じがたい対応」 「100%の不信感しかない」と話す家族に対し、施設は「我々は利用者さんのことを第一に考えている。軽率な判断はしていない」とし、両者の間には深い溝ができている。 福祉施設での勤務経験もあり介護事故に詳しい松宮良典弁護士(大阪弁護士会)は「施設が家族の意思決定の機会を奪っており、信じがたい対応だ」と疑問を呈す。 昨今、急速な高齢化に伴う多死社会が到来している。厚生労働省によると、2019年の死亡者は約138万人だが、40年には170万人に迫るとされる。厚労省は「人生の最終段階」における医療・ケアの決定プロセスを定めたガイドラインを策定しており、本人や家族らと「十分な話し合いをし、本人にとって最善の方法をとる」ことを基本としている。 福井さんの最期について、松宮弁護士は、事故翌日から翌々日にかけ状態が悪化した時点で「家族に状況を説明し、施設でみとるか、治療体制が整った病院へ搬送するか、選択してもらうべきだったのではないか」と指摘する。他にも女性2人が死亡 母の最期の対応について、家族が不信感を募らせるのは、施設では過去に別の入所者が亡くなる事故が起きていたことも背景にある。 福井さんが亡くなる3カ月前の21年4月、職員がベッドで嘔吐(おうと)している女性(当時96歳)を発見した。呼吸が不自然で顔色も悪かったが、職員は口の中の嘔吐物を吸引するだけで、救急車を呼ばなかった。女性は約15分後に呼吸が止まり、その後、死亡が確認された。副施設長は「職員は最善を尽くしたと思う」としている。 20年10月にも別の女性(当時92歳)が昼食後、ベッドで嘔吐(おうと)した状態で見つかり、その後、死亡した。医師により死因は老衰と判断された。副施設長は「以前から体調が悪く、そうした状況を知っていた医師が老衰と判断した」と説明するが、女性の遺族は「事故ではないのか」と、いぶかる。 介護保険法では福祉施設の運営基準について、利用者の「人格を尊重」し、「健康保持のため適切な措置」を取ることを求めている。ただ、ある介護施設の元職員は「多くの施設は真面目に取り組んでいるが、安全面など介護の質が低い施設があるのも事実」と話す。 運営基準では、施設や事業所から市区町村への事故報告を義務付けている。厚労省は19年の有識者会議で、特別養護老人ホームと介護老人保健施設での事故で17年度に約1500人が死亡したとの数値を示した。だが、後に「事故の基準が明確でない」と判断され、この数値は採用されなかった。自治体には事故件数などの公表義務はなく、国も事故の全国集計は行っていない。【巽賢司】
食事、水分摂取がゼロに
2021年7月、福井美枝(みはる)さんは5年間生活した岡山県の特別養護老人ホームで101歳の生涯を閉じた。事故報告書や介護記録、家族や施設への取材によると、ベッドの転落事故から死亡までの6日間はこうだ。
認知症もあり、日常生活のほぼ全てに介助が必要だった福井さん。7月5日夜、職員によるおむつの交換時に転落し、床で頭を打った。6日、朝に受診した病院では「打撲以外に問題ない」と診断された。ただ、昼には「肩呼吸」がみられ、施設職員の声かけには「右目がうっすら開く程度」。夕方になると37・8度の熱に「冷や汗多量」「肩呼吸増強」となり、呼吸が荒くなった。
7日、施設の嘱託医の判断で点滴と酸素吸入が始まった。「うーうー」と発して肩呼吸が続き、8日には「口から泡沫様唾液あり」となった。事故があってから食事、水分を全く口にしていなかった。
9日、施設は福井さんの家族に「状態悪化」を報告。家族の希望で福井さんは入院したが、医師は「重度の心不全、肺炎。重症でとても厳しい」と説明。11日、福井さんは息を引き取った。死因は肺炎とされた。
プリンを食べていた
福井さんの三男、清美さん(70)は施設から連絡を受け、7日に面会に行った。目をつぶった母は、声をかけても反応がなかった。施設から「様子を見る」とだけ言われ、「状態悪化」となるまでは入院か、施設に居続けるかについての意向確認はなかったという。
事故と死の因果関係は分からない。ただ、福井さんは事故前まで3度の食事を口にし、おやつのプリンも食べていた。清美さんは「事故で体調が何らかの理由で悪化したのは明らかだ」と考えている。「もっと早く入院させて本格的な治療を受けていれば、まだ生きられたのではないか」。そんな思いが拭えない。
施設の副施設長は取材に対し、ベッドからの転落について「けがを防げなかったことは問題があった」とした。ただ、すぐに入院させなかったこと、治療方針を家族に確認しなかったことについては「嘱託医に状況を報告し、指示に従って対応した。それ以上、それ以下でもない」と述べた。
専門家「信じがたい対応」
「100%の不信感しかない」と話す家族に対し、施設は「我々は利用者さんのことを第一に考えている。軽率な判断はしていない」とし、両者の間には深い溝ができている。
福祉施設での勤務経験もあり介護事故に詳しい松宮良典弁護士(大阪弁護士会)は「施設が家族の意思決定の機会を奪っており、信じがたい対応だ」と疑問を呈す。
昨今、急速な高齢化に伴う多死社会が到来している。厚生労働省によると、2019年の死亡者は約138万人だが、40年には170万人に迫るとされる。厚労省は「人生の最終段階」における医療・ケアの決定プロセスを定めたガイドラインを策定しており、本人や家族らと「十分な話し合いをし、本人にとって最善の方法をとる」ことを基本としている。
福井さんの最期について、松宮弁護士は、事故翌日から翌々日にかけ状態が悪化した時点で「家族に状況を説明し、施設でみとるか、治療体制が整った病院へ搬送するか、選択してもらうべきだったのではないか」と指摘する。
他にも女性2人が死亡
母の最期の対応について、家族が不信感を募らせるのは、施設では過去に別の入所者が亡くなる事故が起きていたことも背景にある。
福井さんが亡くなる3カ月前の21年4月、職員がベッドで嘔吐(おうと)している女性(当時96歳)を発見した。呼吸が不自然で顔色も悪かったが、職員は口の中の嘔吐物を吸引するだけで、救急車を呼ばなかった。女性は約15分後に呼吸が止まり、その後、死亡が確認された。副施設長は「職員は最善を尽くしたと思う」としている。
20年10月にも別の女性(当時92歳)が昼食後、ベッドで嘔吐(おうと)した状態で見つかり、その後、死亡した。医師により死因は老衰と判断された。副施設長は「以前から体調が悪く、そうした状況を知っていた医師が老衰と判断した」と説明するが、女性の遺族は「事故ではないのか」と、いぶかる。
介護保険法では福祉施設の運営基準について、利用者の「人格を尊重」し、「健康保持のため適切な措置」を取ることを求めている。ただ、ある介護施設の元職員は「多くの施設は真面目に取り組んでいるが、安全面など介護の質が低い施設があるのも事実」と話す。
運営基準では、施設や事業所から市区町村への事故報告を義務付けている。厚労省は19年の有識者会議で、特別養護老人ホームと介護老人保健施設での事故で17年度に約1500人が死亡したとの数値を示した。だが、後に「事故の基準が明確でない」と判断され、この数値は採用されなかった。自治体には事故件数などの公表義務はなく、国も事故の全国集計は行っていない。【巽賢司】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

SNSでもご購読できます。