海外記者が見た「日本のジャニーズ報道の異常さ」

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ジャニーズ事務所と日本のメディアの”歪んだ関係”については、2000年にニューヨーク・タイムズ紙も詳細に報じていた(写真:REUTERS/Kim Kyung-Hoon)
温泉のお湯を6カ月間入れ替えなかったことと、50年間何百人もの子どもたちを触ったり、口腔性交したり、肛門性交を強要すること、どちらが重大な罪だろうか。日本のメディアにとって答えは明白のようだ。
日本のテレビ局の幹部らは、今すぐ自分の名刺にこう刷るべきだろう。「弱きを挫き、強きを助ける」。
テレビ局に対して長きにわたって娯楽を提供してきたジャニー喜多川という男が、世界最悪級の連続児童性加害者の1人であったということに対して、日本のジャーナリズムはことごとく「無力」だった。人的、財務的、物質的資源が豊富にあるにもかかわらず。
海外のテレビ局が日本のテレビ局についてつねに驚くのは、日本の同業者がヘリコプターを惜しげもなく使うことだ。東京都庁前での50人規模の東京オリンピックに対する反対デモや、各大臣の靖国神社参拝、カルロス・ゴーンの釈放などを撮影するためにヘリコプターを使う。だが、ジャニー喜多川の被害者には金を使って取材をしようともしない。
昨年、福岡の温泉経営者である山田真は、半年間ホテルのお湯を入れ替えず、温泉の衛生記録を改ざんしていたとして摘発された。テレビカメラは、まるで彼が麻薬組織のリーダーであるかのように、段ボール箱の撤去を伴う警察の家宅捜索を取材した。この国民的嫌がらせ(コクハラと言っていい)、緩慢な大衆リンチは、山田が自ら命を絶った時ようやく収まった。
すぐさま、メディアは次のターゲットを見つけた。それは、寿司をなめる自分の姿を愚かにも撮影したティーンエイジャーだ。メディアは彼を赤軍の一員であるかのように「寿司テロリスト」とのレッテルを貼った。次のターゲットは誰だろう? 仕事中に同僚の運転手に「こんにちは」と言ったバスの運転手? 鼻に指を突っ込んだ少年?
いずれにせよ、次なるジャニー喜多川や、統一教会の創始者、文鮮明ではないだろう。メディアは不倫をした有名人を容赦なく攻撃する。それなのに、有名人が何百人もの子どもに対して性加害したことはスルーするのか。
発展途上国においては報道の自由が保障されていなかったり報道の質が高くなかったりするために、自国の出来事を理解するために先進国のメディアに頼らざるを得ないことが多い。
これと同じことが日本でも起きた。3月にイギリスのBBCのドキュメンタリー番組で日本語を話せないイギリス人ジャーナリストがジャニー喜多川の行為を暴露したことで、多くの人がようやく実態を把握し、目を背けることができなくなったのだ。
今回、林眞琴氏率いるジャニーズの再発防止特別チームが、報告書でジャニー喜多川の60年にわたる性加害の実態を最も生々しい形で暴露したことは評価されるべきである。下は8歳から14、15歳の少年たちが触られたり、肛門性交を促されたりしたことは地獄の旅としか言いようがない。
だが、報告書では”喜多川システム”が完全に解明されることはなかった。つまり、誰が彼に少年たちを提供したのか? 誰が被害者を黙らせたのか? 誰が? 誰が? メディア業界でこのことを知っていて、しかも、報じずに無視したのは誰なのか? 子どもたちの魂が殺され、夢が打ち砕かれたにもかかわらず、国民全体が見て見ぬふりをできたのはなぜか? こうした疑問は未解決のままである。
今回の報告書は、イギリスの連続性犯罪者ジミー・サヴィルを想起させる。サヴィルは、喜多川とほぼ同時期に何百人もの人々に性的暴行を加えた人気司会者である。2022年の『ガーディアン』紙の記事で、元BBC記者のマーク・ローソンは、サヴィルの疑惑に対してイギリスのメディアと権力が消極的だったことを認めている。
「本当の物語は、彼の被害者たち、そしてBBC、保健省、保守党、カトリック教会、警察、地方議会、名誉毀損法がいかに被害者らを失望させたかである。(中略)政治、王室、放送、教会、医療、慈善など、イギリスの体制がまばゆいばかりの盾を提供した怪物だったのだ」。同じことが、今日の日本のメディアや社会全体にも言える。
2011年に84歳で死去したジミー・サヴィルは死後、少年や少女への性的虐待が明らかになった(写真:Press Association/アフロ)
日本でも以前から勇気を持ってジャニー喜多川の行為の暴露を試みた人や、メディアがあった。『週刊文春』は、雑誌の評判と財務を危険にさらして喜多川の行為を報じ続けた。この時、文春の報道や、日本のメディアの姿勢について報じているのがアメリカのニューヨーク・タイムズ紙だ。
同紙は2000年1月30日付の記事で、文春の報道にもかかわらず、日本のメディアが同件を扱っていない理由を報じている。同記事では日本の芸能記者が、「ジャニーズ事務所に従わないと、ジャニーズの人気タレントを番組に出させてもらえず、バラエティ番組の視聴率が下がる」「出版社も同じだ」と語っている。
また、同記事ではニューヨーク・タイムズ紙の記者が、文春の記者帯同のもと、被害を訴える1人のほか、喜多川の弁護士、矢田次男にも取材(ジャニー喜多川にも取材依頼をしたが断られている)。この時矢田は、依頼人に対する性的虐待疑惑は「完全なでっち上げ」であり、「ジャニー喜多川氏は素晴らしい評判を持つ善良な人物であり、誰も掲載された嘘を信じていない」と語っている。
今回、改めて矢田に報告書についてコメントを求めたところ、「(コメント)できない」と回答。ニューヨーク・タイムズ紙による取材は覚えていないが、「当時そう答えたならそう考えていた」とするが、現在については「答えられない」と話した。
ニューヨーク・タイムズ紙は同年4月1日に、自民党の阪上善秀議員(当時)が、「少年問題に関する特別委員会」で喜多川に関する性的虐待に対して厚生労働省などに意見を求めたことを報じている。
同紙によれば、阪上議員が「児童から信頼を受け、児童に対して一定の権力を持っている人物が、その児童に対して性的な行為を強要する。もしこれが事実とすれば、これは児童虐待に当たるのではないか」と質問したのに対して、厚労省の担当者は「性的な行為を強要した人物がこの手引き(「子ども虐待対応の手引き」)に言う親または親にかわる保護者などに該当するわけではないので、手引で言うところの児童虐待には当たらないというふうに考えている」と回答している。
ニューヨーク・タイムズ紙は阪上議員が本件を取り上げたことについて「主要メディアがこの特別委員会や調査について取り上げるか定かでない中でのギャンブル」と書いている。「この委員会がメディアで取り上げられることは、小渕首相(当時)の心臓麻痺よりショッキングなことだろう」。
サヴィルの場合、彼の死後に疑惑が浮上すると、イギリスメディアは複数のドキュメンタリー番組を制作した。BBCは現在、彼のドラマシリーズを準備中である。
当局の対応については、ロンドン警視庁(MPS)が小児性愛者や重大犯罪捜査の経験を持つ警官30人を動員し、児童保護チャリティーの大手NSPCC(全英児童虐待防止協会)と連携して、独立した透明性の高い報告書を発表した。
「当然のことながら、ジミー・サヴィルが死んだ以上、彼に対する刑事訴追は不可能であり、被害者の証言は法廷で争うことができないという問題が提起されている。しかし、MPSとNSPCCが、我々の共同報告書に含まれる情報を公開すべきだという見解を示したのは、このような刑事訴訟の欠如、そして被害者のための正義の欠如のためである」と報告書は述べている。
報告書はサヴィルが単独で犯した犯罪、サヴィルの周囲の人々が関与した犯罪、サヴィルに関する公表の結果、名乗り出た人々への犯罪という3つの柱に焦点を当てた。
「最も早く報告された事件は1955年のマンチェスターで、最後に報告された犯罪は2009年である(中略)。名乗り出た被害者の年齢層は、8歳から47歳(虐待当時)」と報告書は記している。600人が名乗り出た。
一方、今回再発防止特別チームの報告書がヒアリングをしたのは23人だけだった。そもそも、ジャニーズ事務所が調査員を人選しているような組織をどれだけ信用できるのだろうか。同組織は藤島ジュリー社長にジャニーズの代表を辞任するよう勧告したが、100%株主である同氏がこのまま辞任したとて、同じような権力構造は残るだろう。
日本のメディアはイギリスのメディアのように責任を取らない。テレビ局はChatGPTを使って声明を書いているのだろうか? 報告書が出された翌日、各局は同時に同じような薄い水割りのような空文を発表した。
よく「日本のBBC 」と表現されるNHKはこう書いている。「『人権、人格を尊重する放送を行うこと』を定めており、性暴力について、『決して許されるものではない』という毅然とした態度でこれまで臨んできたところであり、今後もその姿勢にいささかの変更もありません」。
では、5冊の著書、国会傍聴、そして文春の度重なる報道にもかかわらず、なぜジャニー喜多川の破滅的な性犯罪をもっと取り上げないのだろうか?
一方、テレビ朝日はこう書いている。「テレビ朝日グループでは従前より、人権尊重を明確に掲げて事業活動を行っておりますが、調査報告書に盛り込まれたマスメディアに対する指摘を重く受け止め、今後ともかかる取り組みを真撃に続けてまいります」。
現在、テレビ朝日では毎週土曜日午後4時から、子を持つ親なら誰もが戦慄する『裸の少年』というタイトルの番組を放映している。テレビ局はすっかり鈍感になってしまったのだろうか? 子どもたちが目の前で性的虐待をされないと行動を起こさないのだろうか? この国には親はいないのか?
「私を含むマスメディアが、特に最初に本が出た時、被害者の訴えについてかなり前からきちんと調査をしていれば、他の少年が性的被害に遭うことを避けられたかもしれない」と、2000年にニューヨーク・タイムズ紙にコメントしている前述の芸能記者は語っている。今から23年の前ことである。
今に至っても薄っぺらな反応しか示さないことで、日本のテレビ局はジャニー喜多川のような人物を守る沈黙の陰謀に加担しているのだ。ここでメディアが変われない限り、日本の芸能界が、彼のような怪物にとって理想的な遊び場であり続けることは間違いない。
(敬称略)
(レジス・アルノー : 『フランス・ジャポン・エコー』編集長、仏フィガロ東京特派員)

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