「瑠奈容疑者が来店した時に“恐怖体験”が…」 札幌・首切り殺人事件、ススキノの街で容疑者が見せていた“異常”な素顔

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札幌・ススキノのホテルで男性(62)が殺害され、頭部が切断された遺体で見つかった事件。北海道警は死体遺棄などの疑いで、田村瑠奈容疑者(29)と父親で精神科医の修容疑者(59)、母親の浩子容疑者(60)の一家三人を逮捕した。瑠奈容疑者を知る飲食店店長が事件前に経験していた”恐怖体験”とは――
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【写真を見る】セクシーなポーズを決める女装姿の被害者・Aさん一家を支配した狂気 一家を支配した狂気。その元凶は、被害者から瑠奈容疑者が性的な暴行を受けたことがきっかけだったとも報じられたが、仮に復讐のために殺害したとしても、首を切断して家で保管するという行為は理解に苦しむ。憎むべき相手の顔など金輪際見たくない、というのが普通であろう。

田村瑠奈容疑者(小学校の卒業アルバムより) 捜査関係者が言う。「取り調べで瑠奈容疑者は、“私と別の人格を持った人間がやった”などと、精神障害であることを匂わせ、供述内容が二転三転しているそうです。父親も精神科医として娘の症状を把握していたようですが、精神鑑定が行われて責任能力ナシとなれば、罪に問われない可能性もあります」 瑠奈容疑者の主張通りだとすれば、その道の専門家である父は、凶行に走った娘を救うどころか軍門に下ったことになってしまう。「ご両親は娘さんを大切にして、愛情を注がれているのがよく分かりました」 と話すのは、容疑者一家が常連だったというレストランの店主だ。「お母さんがウチの子は働いておらず、手先が器用なので家でお人形さん作りに精を出していると話していましてね。今はまだいいけど、結婚せず定職にも就かないままでは、近い将来私たちが亡くなったらどうなるんだろうと不安を口にしながらも、とにかく“娘のやりたいことをやらしてあげたい”と言っていました」ゴスロリファンションを愛好 瑠奈容疑者は小学校時代から不登校となり、徐々に周囲に壁を作りつつあった。 卒業アルバムの文集では修学旅行の思い出について、〈女子で木刀を買ったのが私だけだったのは、ちょっと意外でした〉と、刀剣に飽くなき執着を見せたり、黒色や退廃的なモチーフを多用する「ゴスロリファッション」を愛好。その世界ではカリスマとされるデザイナーの片腕になることが夢だとつづっている。 社会部デスクに聞くと、「瑠奈容疑者と被害者が初めて出会ったのは5月下旬。ススキノにあるディスコでしたが、それを機に二人は複数回、同様の店で会う中でトラブルが起きた。逮捕された母親がそのように供述しているようです」 本誌(「週刊新潮」)8月3日号では、被害者が女性との肉体関係を目当てに“危険な夜遊び”を繰り返していたことを紹介したが、瑠奈容疑者もまた夜の街を闊歩していたのだ。“一杯飲めませんか”「瑠奈容疑者が何度か来店したのですが、その時にちょっとした“恐怖体験”がありまして……」 そう明かすのは、容疑者宅近隣にある飲食店の店長だ。「決まって深夜1時とか2時、閉店した後に“一杯飲めませんか”って来るんですけどね。私が片付けを終えてトイレから出たら、薄暗いカウンターに座っていて、本当に驚いて声を上げそうになった。“ごめんね、今日はおしまいなんだよ”って断っても、“分かりました。じゃあ、居てもいいですか”とカウンターに居座って、スマホをいじるでもなく黙ったまま動かない。酔っ払っているわけでもなく10分くらいそのままなんです。“タクシー呼ぼうか”と声をかけたら、“近所なんで大丈夫です”と帰って行く。不思議な子だったんで、よく覚えていますよ」 容疑者宅の最寄り駅近くにある居酒屋の店主は、「瑠奈容疑者が予約の電話をかけてくるんですが、いつも人数は2人だったので“テーブルかカウンターになります”って説明すると、決まって“座敷は空いてないんですか”と。ウチは団体さんも来るので、4人以上じゃないとダメだと説明しても、彼女は“座敷にしてください”と、キツい口調で譲らない。それで仕方なく来店時に“大勢のお客さんが来たら、席を替わってもらいます”と言っても納得いかない様子で感じが悪かった。毎回、同年代の子たちといわゆる女子会をしていましたが、どちらかというと、彼女は料理よりも日本酒を頼んだり、お酒が好きでしたね」 ちなみに彼女は小学校の卒業アルバムに掲載された写真の面影を残し、整った顔立ちで目を引く存在だったという。紅灯の巷を徘徊し、出会った人々の心の中に強烈な印象を残していたのである。「お祝いに万年筆を」 今後、捜査が進み起訴となれば、公判の中で事件の全体像が示されていくことになる。瑠奈容疑者が抱える心の闇、それに翻弄され続けた両親の胸の内はどこまで解明されるのか。 修容疑者の兄に聞くと、「(瑠奈容疑者と)最後に言葉を交わしたのは、高校に入る時です。私がお祝いに万年筆を贈ったら、お礼の電話がかかってきた。弟とも10年ほど前の母の三周忌で会ったのが最後ですからね。私は今回の事件で報道されていることについて否定も肯定もできません。少なくとも、自分が知っているのは普通の一家だったということだけです」 こなた被害者の遺族であるAさんの叔父は、「なんでこんなことになったのか。先週、亡くなったAの姉に電話したら、“びっくり仰天。なんで巻き込まれたのか考えられない”と戸惑っていましたよ……」 遺された人々の困惑は深まるばかりである。 コンビニで氷を買い占めるなど、事件後に容疑者一家が見せていた異常な行動については、前編を読む。「週刊新潮」2023年8月10日号 掲載
一家を支配した狂気。その元凶は、被害者から瑠奈容疑者が性的な暴行を受けたことがきっかけだったとも報じられたが、仮に復讐のために殺害したとしても、首を切断して家で保管するという行為は理解に苦しむ。憎むべき相手の顔など金輪際見たくない、というのが普通であろう。
捜査関係者が言う。
「取り調べで瑠奈容疑者は、“私と別の人格を持った人間がやった”などと、精神障害であることを匂わせ、供述内容が二転三転しているそうです。父親も精神科医として娘の症状を把握していたようですが、精神鑑定が行われて責任能力ナシとなれば、罪に問われない可能性もあります」
瑠奈容疑者の主張通りだとすれば、その道の専門家である父は、凶行に走った娘を救うどころか軍門に下ったことになってしまう。
「ご両親は娘さんを大切にして、愛情を注がれているのがよく分かりました」
と話すのは、容疑者一家が常連だったというレストランの店主だ。
「お母さんがウチの子は働いておらず、手先が器用なので家でお人形さん作りに精を出していると話していましてね。今はまだいいけど、結婚せず定職にも就かないままでは、近い将来私たちが亡くなったらどうなるんだろうと不安を口にしながらも、とにかく“娘のやりたいことをやらしてあげたい”と言っていました」
瑠奈容疑者は小学校時代から不登校となり、徐々に周囲に壁を作りつつあった。
卒業アルバムの文集では修学旅行の思い出について、
〈女子で木刀を買ったのが私だけだったのは、ちょっと意外でした〉と、刀剣に飽くなき執着を見せたり、黒色や退廃的なモチーフを多用する「ゴスロリファッション」を愛好。その世界ではカリスマとされるデザイナーの片腕になることが夢だとつづっている。
社会部デスクに聞くと、
「瑠奈容疑者と被害者が初めて出会ったのは5月下旬。ススキノにあるディスコでしたが、それを機に二人は複数回、同様の店で会う中でトラブルが起きた。逮捕された母親がそのように供述しているようです」
本誌(「週刊新潮」)8月3日号では、被害者が女性との肉体関係を目当てに“危険な夜遊び”を繰り返していたことを紹介したが、瑠奈容疑者もまた夜の街を闊歩していたのだ。
「瑠奈容疑者が何度か来店したのですが、その時にちょっとした“恐怖体験”がありまして……」
そう明かすのは、容疑者宅近隣にある飲食店の店長だ。
「決まって深夜1時とか2時、閉店した後に“一杯飲めませんか”って来るんですけどね。私が片付けを終えてトイレから出たら、薄暗いカウンターに座っていて、本当に驚いて声を上げそうになった。“ごめんね、今日はおしまいなんだよ”って断っても、“分かりました。じゃあ、居てもいいですか”とカウンターに居座って、スマホをいじるでもなく黙ったまま動かない。酔っ払っているわけでもなく10分くらいそのままなんです。“タクシー呼ぼうか”と声をかけたら、“近所なんで大丈夫です”と帰って行く。不思議な子だったんで、よく覚えていますよ」
容疑者宅の最寄り駅近くにある居酒屋の店主は、
「瑠奈容疑者が予約の電話をかけてくるんですが、いつも人数は2人だったので“テーブルかカウンターになります”って説明すると、決まって“座敷は空いてないんですか”と。ウチは団体さんも来るので、4人以上じゃないとダメだと説明しても、彼女は“座敷にしてください”と、キツい口調で譲らない。それで仕方なく来店時に“大勢のお客さんが来たら、席を替わってもらいます”と言っても納得いかない様子で感じが悪かった。毎回、同年代の子たちといわゆる女子会をしていましたが、どちらかというと、彼女は料理よりも日本酒を頼んだり、お酒が好きでしたね」
ちなみに彼女は小学校の卒業アルバムに掲載された写真の面影を残し、整った顔立ちで目を引く存在だったという。紅灯の巷を徘徊し、出会った人々の心の中に強烈な印象を残していたのである。
今後、捜査が進み起訴となれば、公判の中で事件の全体像が示されていくことになる。瑠奈容疑者が抱える心の闇、それに翻弄され続けた両親の胸の内はどこまで解明されるのか。
修容疑者の兄に聞くと、
「(瑠奈容疑者と)最後に言葉を交わしたのは、高校に入る時です。私がお祝いに万年筆を贈ったら、お礼の電話がかかってきた。弟とも10年ほど前の母の三周忌で会ったのが最後ですからね。私は今回の事件で報道されていることについて否定も肯定もできません。少なくとも、自分が知っているのは普通の一家だったということだけです」
こなた被害者の遺族であるAさんの叔父は、
「なんでこんなことになったのか。先週、亡くなったAの姉に電話したら、“びっくり仰天。なんで巻き込まれたのか考えられない”と戸惑っていましたよ……」
遺された人々の困惑は深まるばかりである。
コンビニで氷を買い占めるなど、事件後に容疑者一家が見せていた異常な行動については、前編を読む。
「週刊新潮」2023年8月10日号 掲載

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