母は不倫に走り、父には「お前の顔はガリガリだ」と言われ身体醜形症に…機能不全家族で育った女子高生の今

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※本稿は、中嶋英雄『自分の見た目が許せない人への処方箋』(小学館)の一部を再編集したものです。
なぜ、人は身体醜形症という心の病になってしまうのでしょうか。現状では「これこそが原因である」という根本原因をはっきりと示すことはできません。
ただ、たくさんの患者さんを診るなかで、成り立ちによっていくつかのタイプに分けられることに気づきました。
身体醜形症になりやすい人には次の6つのタイプがあります。
「愛着障害タイプ」「PTSDタイプ」「思春期失調症タイプ」「美容整形がきっかけになるタイプ」「ほかの精神疾患に合併・併存するタイプ」「先天性あるいは病気・外傷による変形の治療後に発症するタイプ」。
タイプがわかったからといって、患者の苦しみを一気に払拭できるわけではありませんが、患者が自分をよく知ることは、苦しみから回復するための大切な一歩につながります。
漠然とただ苦しみを抱えているよりも、「そうか、自分はこういう理由で苦しいんだ」と自分なりの認識を持つことによって、心の痛みはやわらぐものです。
ここでは「愛着障害タイプ」の実例を見ていきましょう。
小学校6年生から中学3年間という、長期間の不登校がつづいているサキさん。
「顔が醜い」とパニックになることが多く、リストカットがやめられず、「死にたい」という考えが頭から離れないという症状を抱えて、母親と一緒に来院しました。
両親はサキさんが6年生の頃、母親の不倫が原因で離婚。親権が父に渡ったため、父の実家で祖父母と父、4歳下の弟との5人暮らしがはじまりました。母親と会えるのは月に1~2度ほど。この頃、サキさんは精神科を受診して身体醜形症の診断を受けています。ただ、医師との相性が悪く、通院にはいたらなかったそうです。
母親も不安障害とパニック障害を抱えて心療内科に通っている人で、父親はとてもキレやすく、定職に就かずに職を転々としている状況で、サキさんの苦悩を聞いてくれる人は誰もいませんでした。
サキさんが「死にたい」などと言えば、父はものすごい剣幕で怒り「お前の顔はガリガリだ」「学校にも行けない女がよくそんな口を叩くものだ」と強い言葉を浴びせられるばかり。その場にいる祖父母も弟も、見て見ぬふりだったといいます。
高校は不登校の生徒向けのフリースクールに入学しますが、初日にクラスメイトにからかわれたため、翌日からはまた行けなくなってしまいます。
私のところへやって来たのはこの頃で、娘の治療費は出したくないという父親の意向で、母親の実家の援助を得ながらオンラインの遠隔診療をスタートしました。
サキさんは顔にとらわれていますが、客観的に見て特別な問題はありません。彼女を苦しませている原因を探ろうとしましたが、過去の話に触れるとサキさんは泣き崩れてモニターから消えてしまったり、母と喧嘩して直前に父の実家に帰ってしまったりと、なかなか対話できないもどかしい状況がつづきました。
そんななかでも、カウンセリングの過程で見せてくれた日記には、こんな内容が書かれていました。
「考えはじめるとどんどん自分がダメだと思い込む麻酔にかかってしまい、悩みにとりつかれる。その瞬間の感情に支配され、暴れて暴言を吐いてしまうけれど、もし感情がなくなったら、私はもっと孤独になるだろう」
「両親のことも理解しなきゃいけないとわかっている。友だちもほしい。小学校3年生頃のうまくやれた自分が懐かしい。あの頃の人との接し方を思い出したいのに、それができなくて悲しい」
サキさんは私に、「本当は通信制高校に転校したいんだ」と打ち明けてくれました。でも、とても親に言い出せる雰囲気ではないのだと。
彼女に必要なのは、「いつでもここにいていい」と感じられる安定した居場所でした。そこで、父の実家ではなく、母の実家で母親と暮らしながら通信制高校に入学し、新しい交友関係をつくっていくことを勧めましたが、今度は母親がそれを拒否。母親はすでに新しい恋人と同居していたために、嫌がったのです。典型的な機能不全家族と言っていいでしょう。
サキさんがアルバイトをはじめたので「本人の進学の気持ちの真剣さを確かめてから判断する」と母親から連絡があり、カウンセリングは中断したままになっています。
次に、顔が気になって仕方ない。とくに目の形と顔の輪郭が気になる。鏡など映るものなら何でも見てしまって、見つづけずにはいられない衝動にかられてしまうと来院したエミさん(18歳)の例を振り返ります。「まずは顔を治さなければ何もできない」という考えで頭がいっぱいで、どうしたらいいかわからないと泣きながらやってきました。
一家の大黒柱として働く看護師の母と、定職に就かない父という両親のもとに生まれたエミさんは、生まれてからずっと母親の実家で暮らしてきました。
しかし母親はなぜかエミさんを疎ましく感じ、祖父母からも「なつかない子だ」と不満を言われて育ちました。
まもなくエミさんに弟が生まれると、母は弟を溺愛するようになりました。
母親にはエミさんを愛したいという気持ちはあるものの、どうしてもすぐに喧嘩になってしまうというのです。
小学6年生のときに、SNS上で友だちから顔の悪口を言われたことがきっかけで保健室登校になったエミさんは、中学校に入ってからは登校できなくなり、ずっと不登校状態がつづいています。
「顔をどうにかしなくては」という思いが消えず、中学2年生のとき、地元のチェーンの美容外科で一重まぶたを二重にする埋没法(プチ整形)を受けますが、すぐに戻ってしまったので、別の美容外科で切開法を受けました。
高校3年生になってからは鼻尖形成、鼻孔縮小術を受けて鼻を小さくしてみたものの、学校には行けずにいます。
自分を肯定する気持ちがまったく持てないので精神科を受診し、投薬も受けましたが、効果は見られませんでした。エミさんの顔へのこだわりはますます強まり、今度は目尻と下眼瞼を下げる手術とエラ輪郭の手術を切望しています。
エミさんの顔への強いこだわりの背景には、あきらかに愛着の深い傷が見てとれました。無条件に愛されたことがないがために自分を愛せない、強い愛着障害に起因する身体醜形症です。
けれども当時は私が遠隔診療をおこなっておらず、本人が地元の大学病院での認知行動療法を希望したので私の治療にはいたらず、歯がゆい思いの残る症例となりました。
私たちは、まだ物心つくまえから特定の誰かとの深い絆を必要としています。
多くの場合、母親がその最たる対象です。あかちゃんは生まれてすぐに母親を求めます。泣いていても抱っこされれば泣きやんでぎゅっとしがみつき、肌のぬくもりに安心してすやすやと眠りに落ちる――。
母と子は日々互いに触れ合うことによって信頼関係を築き、そこに「基本的信頼」という特別な絆が生まれます。
生後数カ月から約3歳ごろまでのあいだにつくられる、この「特定の人に対する情緒的な絆」を、医学的には“愛着”と呼びますが、そうした絆を乳幼児期に得られず、愛着に傷を抱えているのが愛着障害タイプの人たちです。
愛着障害の問題の中心にあるのは、乳幼少時期の親との関係によって、レジリエンス(回復力)がとても弱いままである、ということです。
レジリエンスが弱いと、さまざまな生きづらさや症状へとつながります。
・親はあなたに無関心だった。・褒められることがほとんどなかった。・つねに「いい子」でいなければならず、感情を自由に表現できなかった。・過保護あるいは過干渉で育てられた。・虐待を受けていた。・親の愚痴を聞かされたり、世話をさせられていた。・いつもほかの兄弟姉妹やほかの子と比べられていた。・しつけが厳格で、甘えることを許されなかった。
こうした生育環境が原因で、患者は「自分には愛される資格がない」「生きる値打ちがない」と感じている可能性があります。
幼い頃に大切な人から充分な愛を受けとれなかったために、「自分はここにいていい存在なんだ」という安心感を得られていないのです。その心の痛みがトラウマとなって、あなたのものごとのとらえ方や感情、対人関係などあらゆる面に影響を与えつづけます。
「自分を認めてほしい」と思うあまり、人に甘えたり頼ったりするのが極端に苦手だったり、「嫌われたくない」と思うために過度に気を使って疲弊してしまったり、人との自然な距離感がわからずに自己アピールしすぎてしまったり、そのせいで人間関係を壊して自己嫌悪に陥ったりしがちです。
大人の愛着障害に関しては研究も少なく、医学的には明確な病気としてはあつかわれていませんが、実際の診療では、心の問題の核心に愛着障害があることが非常に多いと思います。
そして身体醜形症を発症する人の多くもまた、この愛着の傷を抱えています。
「人間関係がうまくいかないのは自分の容姿のせいだ」と愛着の傷を外見の問題に置き換え、自分を嫌っている可能性があります。
愛着障害タイプは、無条件に愛された記憶(体験)がないため、つねに「誰かに必要とされる自分でいなければ」という強迫観念にさいなまれます。生きるには条件が必要だと感じ、「もっと勉強ができるようになりたい」「偉くなりたい」「美しくなりたい」というような動機づけを得て、その願望自体に執拗(しつよう)にとらわれるようになるのです。
さらに、その願望がファンタジー(妄想)の世界を彷徨うようになると、統合失調症へもつながります。
身体醜形症や美容整形依存は、このスペクトラム(=境界が曖昧な連続体)のどこかに位置し、「もっと際限なく美しくなりたい」という、未熟で傷ついた自己愛によるものと考えることもできます。
———-中嶋 英雄(なかじま・ひでお)精神科医、形成外科医1973年慶應義塾大学医学部卒業。1988~2010年慶應義塾大学医学部形成外科学同助教授、准教授を経て、精神科に転科し群馬病院勤務。現在は美容整心メンタル科を掲げ、身体醜形症、不安症などの神経症、整形依存、パーソナリティ障害の治療を行っている。著書に『ほんとうに美しくなるための医学』(アートデイズ出版)。———-
(精神科医、形成外科医 中嶋 英雄)

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