「天然記念物の泉にコインを投げ込み…」「民家への不法侵入も」 やりたい放題なインバウンド観光客たち

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日常とともに戻って来た海外インバウンド客。マグマのごとくたまりにたまっていた訪日熱が噴出して列島を包み込み、全国各地の旅行・観光関連業界にうれしい悲鳴があがる一方、耳を疑う本物の悲鳴も。振り返ればコロナ禍の前に、手痛い思いをしたはずだが……。
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【写真を見る】警備員の制止もむなしく… 車道で写真を撮る外国人観光客たち 黄金週間真っ只中、5月4日のみどりの日、神奈川県の湘南エリアを走る江ノ島電鉄の鎌倉駅は、海外からの観光客で文字どおり溢れ返って大混乱。警備員が「最後尾」と書いた看板を手に、サイズの小さな駅ホームに入りきれない彼らの誘導を試みるが、車道まで人がハミ出すありさまだ。

乗車までに要すること30分以上。やっと乗れた車内もすし詰めで、しかも車内放送が日本語のみのため、車庫へ回送される電車から外国人が降りてくれない事態なども発生、混乱に拍車をかけていた。雷門もこの賑わい 鎌倉駅の駅員が、ゲッソリした表情で嘆く。「すごい人でヘトヘトです。利用されるお客様から“設備投資して電車を増やしたらどうか”と言われますが、それもなかなか難しくて。駅員には英語に加えて中国語、韓国語を喋れる者を配置して対応してはいます。でも、ここまでの盛り上がりは4年ぶり。体がついていきません」「敷地の植え込みにおしっこ」 江ノ電の鎌倉高校前駅付近の踏切が人気アニメ「スラムダンク」に登場し、以来、海外のファンに聖地とあがめられ、大勢の人を誘引していることはメディアで報じられてきた。しかし今般、かの地のごった返しぶりは少々常軌を逸している。 江ノ電が踏切を通過する際、逃さず写真を撮ろうとして脇目もふらずに車道を横切り突進する外国人観光客たち。踏切手前で停止した車を彼らが囲み、“写真の邪魔だから早くどけ”とばかりに窓をバシバシたたきまくる場面も。 踏切前のマンションに住む女性が渋面をつくる。「(スラムダンクの)映画がアジア各国でも公開されたためか、今年に入ってまた人が増えた印象です。観光客を運ぶ業者のバンが車道を塞いでいるのが常で、運転の際は邪魔で仕方がありません」 さらに続ける。「韓国や中国系の方が多いようですが、マナーにも頭を悩ませてます。ペットボトルや食べ物のゴミをポイ捨てするだけじゃなく、マンションの敷地の植え込みにおしっこまでするんですよ。管理人も当初は注意していたのですが、最近はすっかり諦め気味です」観光客同士の怒鳴り合い 夜間に中国系と思しき観光客同士が大声で怒鳴り合いを演じることもあるとか。 頼みの警察はというと、「見回りには来るものの、なにも注意せずに立ち去ってしまいます」 現場で孤軍奮闘、警備に当たる男性に聞いた。「鎌倉市から業務委託されて、午前10時から午後6時までの間、ここで立っています。外国語で道を聞かれても、何を言っているのかさっぱり分からない。毎日人数を数えてますが、1日で延べ千人は来てますよ。笛を鳴らして“飛び出さないで”“花壇にのぼらないで”と声をかけてはいますけど、ちっとも聞き入れてなんてもらえません」ここは韓国人ばかり 韓国からきた女性4人組はみな大学生だという。うち一人は明るい声で、「スラムダンクが好きな子がいてここに来ました。江ノ島にも行ったんですけど、お店はどこも行列でお昼ご飯が食べられませんでした。ここは韓国人ばかりなので、道を歩いていても地元にいるみたい!」 続いては、はるばるノルウェーから来たという家族。年若きお嬢さんは、「アニメのオープニングと同じ構図の写真を撮るつもりです。旅行の一番の目的は、やっぱりココと、鎌倉のブッダ(大仏)ね。電車がすごく混んでて驚きました。あんなに混んだ列車に乗ったのは人生で初めて」 そう言って目を丸くする。 沿線屈指の景勝地、江ノ島の「弁財天仲見世通り」も大盛況だ。定食屋の話。「ミャンマーやベトナムの人も来るけど、韓国人が一番多いかね。今年は過去最高収益だよ。通りのお店はどこもそんな感じじゃないかなぁ。この3年で閉じた店もあったけど、ようやく盛り返した感じだね。昼時は飲食店の数が足りなくてパンクしてるぐらい」 アロハシャツや雑貨などを売る店も、「円安の影響で一部の商品は3割近く値上げした。それでも韓国人はガンガン買っていってくれるよ。彼らはコロナ明けには真っ先に日本に来たかったってほどの親日家ばかりで、しかも円安もあいまって懐具合がいい。逆に日本人の購買力は、昔に比べると随分落ちたなあって感じますよ」宿泊業界も活況 この日、活況を呈していたのは東京都内・浅草も同じ。東京スカイツリーや雷門を背に写真撮影に興じるインバウンド客の間をすり抜けつつ浅草寺の「仲見世通り」に入ると、向こうがまったく見えないほどの混雑ぶりだ。観光客向けの人力車を運営する「時代屋」の藤原英則社長いわく、「昨年のGWと比べて、今年の人出は4、5割増しくらいではないでしょうか。コロナ前と比べても、2割ほど増えている印象です。利用客が増えているのはありがたいです」 宿泊業界も恩恵に浴しているようだ。浅草のさるホテルの支配人が言う。「2月からほとんど満室の状態です。コロナの時は1名1泊4千円とか、あるいは3千円台まで下げてもお客がなかなか入りませんでした。今は8千円くらいでも埋まるようになってきています」相次ぐ備品の盗難 他方、迷惑顔の人もいる。浅草寺近くの喫茶店店主は、「外国人は増えたけど、あいつら金を全然使わないからね。お店で注文するときも、人数分を頼まない。この前も東南アジア系の8人組が“ミックスサンドは8切れだから、これ一皿を頼んでみんなで食べる”なんて言い出してさ。席はしっかり8人分使っておいて、ふざけんなって話だよ」 ボヤキは止まらない。「今朝一番で入った東南アジア系の2人組は、店内に『撮影禁止』って(貼り紙に)書いてあるのに知らん顔して写真を撮るんだよ。注意しても無視だし。しかも注文された飲み物を出したら、自分たちで持ってきたポテトチップスを食べ始めるんだから。“ノー・イートよ”と言っても、全然聞かないし」 前出のホテル支配人も、こんな一件を“告発”する。「備品を持っていかれてしまうんです。靴ベラやシャンプー、ボディソープのボトルなどです。気付くのはチェックアウトされた後で、追いかけるわけにもいかず、まあしょうがないかな、という感じですね」 難儀なるインバウンド。困ったことにその災厄は目下、列島の北から南までを席巻する勢いなのだ。「踏まれた麦が死んでしまう」 雄大な丘陵を彩る四季折々の景観が魅力の北海道・美瑛(びえい)町で農家を営む大西智貴氏は、「コロナも明けて観光客が戻り、2月から3月にかけては韓国人を乗せたツアーバスが4~6台ほど来ていましたね。1台に40人ぐらい乗ってきて、昼時には飲食店に行列を作ってました。ガイドさんに聞いたところ、真っ白な丘の景色を見に行くツアーが韓国ですごくはやっているみたいです」 が、やはりここでも……。「春先、雪の下では秋に植えた麦の芽が出始めるのですが、畑に入った観光客に踏まれると、麦の上の雪がギュッと締まって下の芽が成長できずに死んでしまう。困りものです」お尻を拭いた紙を 米ニューヨーク・タイムズ紙が今年1月に〈2023年に行くべき52カ所〉のひとつに選んだ岩手・盛岡市にも波は押し寄せる。名所の櫻山神社に尋ねると、「ニューヨーク・タイムズで紹介されてから、外国人の参拝客の方がグンと増えました。英語圏とアジア圏、半々ぐらいでしょうか。とにかく言葉が伝わらないので困っています。例えば神社の歴史や、お守りの効果や由来を説明しようとしても、こちらの拙(つたな)い英語では細かいところが伝えられない。歯がゆい思いをすることが多いですね」 そして、同様の事象が。「盛岡市内では昔から地元の方がやっていた小さな料理屋などに観光客が押しかけ、キャパオーバーになる店も多いみたいで」(同) 富士山麓の湧水池で天然記念物として有名な山梨・忍野(おしの)八海のケースは、まったくしゃれになっていない。 観光案内所の関係者談。「民家に外国の観光客が入って行ってしまうので困っています。近隣には昔から暮らしている方の家も多く、日本家屋が珍しいようで、庭や軒先にズカズカ入って行ってしまう。チェーンを張ったり注意書きで促したりしても、さほど効果がありません」 立派な住居侵入である。「それに彼らは願いをかなえたいのか、泉に硬貨を投げ込んでしまうんです。これはEU圏の方が多い。硬貨をすくい上げる作業にだって税金がかかりますし、放置するとコインによって泉の水質が少し変わることがあるとも聞きました」 トドメはこれだ。「トイレの文化がインドなどあちらの国とは違うのか、お尻を拭いた紙を流さずにゴミ箱や生理用品入れに捨てられてしまうことも。流してくれと書いてあるのですが、こればっかりは文化の違いですかね……」深刻な人手不足 しかし、事態をより深刻化させているのは、受け入れる日本側の人手不足という問題である。 はとバス関係者に聞くと、「バスガイドを中心に、人手は足りていません。コロナのときに辞めていった乗務員が結構いて、以前150人くらいだったのに、今は100人ほどで回しています」 先の人力車屋さん「時代屋」の藤原社長も、「コロナ中にスタッフが減って、お客様をさばききれていない面はあります。休業手当を払って雇用は維持していたのですが、出番がない時期が続き、転職などで辞めていく従業員も少なくなかった。今はコロナ前の7割くらいの人員です」 前出・浅草のホテル支配人も悩みを吐露する。「今はアルバイトがメインの働き手になっていて、労働力が不足しているのが実情。バイトも時給でいうと1200円くらいだったところを1300円まで上げていますが、それでも人は来ません」 当然、それによる“実害”は避けられない。「清掃スタッフが足りておらず、部屋が空いていても清掃が追い付かずにお客様をお迎えできないこともありますね」(京都市内のホテル関係者)沖縄ではイモ不足? 一方、沖縄の土産屋が呻くのは、ヒトならぬイモ不足の現状である。「ウチは紅芋タルトが一番の人気商品。今年に入って観光客が爆発的に増えたので、在庫が全く足りていません。今は1日千箱、おひとり様3箱まででお願いしているのですが、すぐに売り切れてしまいます」 インバウンド客が溢れて観光地に害をもたらすオーバーツーリズム、そして人手不足にイモ不足。この点、日本一の観光都市、京都は祇園町南側地区協議会の代表幹事・太田磯一氏の話は示唆に富む。「今の祇園は以前ほどひどい状態ではありません。トラブルや迷惑行為などの大半は中国人の団体客によるものでしたが、中国ではコロナによる移動制限がかけられ、その方々がまだあまり来日していませんので」 もちろん、以前はやはり大変だったという。「舞妓さんを深夜に付け回したり、着物の袖を引っ張って破いてしまったり。喫茶店のテーブルの上で子供のオムツを替えたり、なんていう事例もありました」 そう指摘したうえで、「これらの迷惑行為が中国からの団体客によるものだったと考えれば、これからまた中国からのお客さんが増えたら、同じようなことが起こる可能性は否定できませんよね」 要はコロナ禍による“無風”の間に、いずれまた暴風が襲い来る可能性を想定し、対策を考えなかったことが問題なのだ。 周知の通り、国際社会に向けた日本政府の観光振興策が功を奏し、訪日客は激増。2013年に1千万人を超え、19年にはじつに3200万人に届こうとしていた。その際、オーバーツーリズム状態は顕在化していたはずなのに、コロナ禍にあっては客数減に直面した旅行・観光業界を金で救おうとしただけで、問題の改善に向けた将来への備えに投資しなかった。 その果てに今や、手をこまねいて思案投げ首の態なのだ。各地独自の取り組みも されど人手不足を嘆いている場合ではない。考えるべきは打つ手である。「とにかく多くの人に来てもらうという方針を見直して、訪日観光者の人数を抑制することです」 とは、交通政策・観光政策を専門とする、桜美林大学の戸崎肇教授だ。「観光税を導入するのも一つの案です。来日のハードルが少し上がり、訪日客も抑制されるでしょう」 それは人手不足の解消にもつながるという。「観光税による収入をもとに、例えば観光客が優先で乗れるようなバスを税金で運営することもできます。バスの運転手不足が深刻な状況にあることに鑑み、税収から補助金を業者に助成して、運転手の待遇好転につなげることも可能です」 お上の対応を待ってはいられないとばかりに、事業者も独自の取り組みに乗り出している。全国にその名を知られる沖縄の「美(ちゅ)ら海水族館」の話。「観光客の増加に備えて、アルバイトを増やしました。駐車場の収容台数増も実施して、レンタカー利用の人が困らないようにしたところ、周辺の混雑が比較的スッキリしましたね。飲食店に人が入り切らないこともあったため、キッチンカーを入れて対応しています」 さらに、こんなことも。「言葉の心配についても、今は通訳サービスへの外部委託で対応中です。外国語を喋れるスタッフがいなかった際、そこに連絡すれば、そちらのスタッフが電話越しに通訳してくれます」“薄利多売”を見直す時期に 冒頭に紹介した江ノ島でも、住民に一筋の光明が。「改札を優先的に抜けられるパスを地元の方々に出す取り組みを、鎌倉市さんの方で始めています。ちょっと買い物に行くのに30分待ちなんていうことが回避できます」(江ノ電の駅員) 先の戸崎教授が総括する。「日本の旅行産業は今なお“薄利多売”という考え方が主流です。しかし、本当に価値のあるものに適切な対価を払ってもらうという、本来あるべき旅行産業のあり方へと舵を切っていく必要があるでしょう。中国人観光客が増えるのはこれからですし、旅行への渇望感が弾ける形で間違いなく訪日観光客は増えていく。これらは国や自治体、観光業界だけでなく、日本全体で考えていかなければいけない課題だと思います」 対策はお盆までに、年末年始までに、と悠長なことは言っていられない。外国人は今日も明日も、日本を目指し大挙してやってくる。「週刊新潮」2023年5月18日号 掲載
黄金週間真っ只中、5月4日のみどりの日、神奈川県の湘南エリアを走る江ノ島電鉄の鎌倉駅は、海外からの観光客で文字どおり溢れ返って大混乱。警備員が「最後尾」と書いた看板を手に、サイズの小さな駅ホームに入りきれない彼らの誘導を試みるが、車道まで人がハミ出すありさまだ。
乗車までに要すること30分以上。やっと乗れた車内もすし詰めで、しかも車内放送が日本語のみのため、車庫へ回送される電車から外国人が降りてくれない事態なども発生、混乱に拍車をかけていた。
鎌倉駅の駅員が、ゲッソリした表情で嘆く。
「すごい人でヘトヘトです。利用されるお客様から“設備投資して電車を増やしたらどうか”と言われますが、それもなかなか難しくて。駅員には英語に加えて中国語、韓国語を喋れる者を配置して対応してはいます。でも、ここまでの盛り上がりは4年ぶり。体がついていきません」
江ノ電の鎌倉高校前駅付近の踏切が人気アニメ「スラムダンク」に登場し、以来、海外のファンに聖地とあがめられ、大勢の人を誘引していることはメディアで報じられてきた。しかし今般、かの地のごった返しぶりは少々常軌を逸している。
江ノ電が踏切を通過する際、逃さず写真を撮ろうとして脇目もふらずに車道を横切り突進する外国人観光客たち。踏切手前で停止した車を彼らが囲み、“写真の邪魔だから早くどけ”とばかりに窓をバシバシたたきまくる場面も。
踏切前のマンションに住む女性が渋面をつくる。
「(スラムダンクの)映画がアジア各国でも公開されたためか、今年に入ってまた人が増えた印象です。観光客を運ぶ業者のバンが車道を塞いでいるのが常で、運転の際は邪魔で仕方がありません」
さらに続ける。
「韓国や中国系の方が多いようですが、マナーにも頭を悩ませてます。ペットボトルや食べ物のゴミをポイ捨てするだけじゃなく、マンションの敷地の植え込みにおしっこまでするんですよ。管理人も当初は注意していたのですが、最近はすっかり諦め気味です」
夜間に中国系と思しき観光客同士が大声で怒鳴り合いを演じることもあるとか。
頼みの警察はというと、
「見回りには来るものの、なにも注意せずに立ち去ってしまいます」
現場で孤軍奮闘、警備に当たる男性に聞いた。
「鎌倉市から業務委託されて、午前10時から午後6時までの間、ここで立っています。外国語で道を聞かれても、何を言っているのかさっぱり分からない。毎日人数を数えてますが、1日で延べ千人は来てますよ。笛を鳴らして“飛び出さないで”“花壇にのぼらないで”と声をかけてはいますけど、ちっとも聞き入れてなんてもらえません」
韓国からきた女性4人組はみな大学生だという。うち一人は明るい声で、
「スラムダンクが好きな子がいてここに来ました。江ノ島にも行ったんですけど、お店はどこも行列でお昼ご飯が食べられませんでした。ここは韓国人ばかりなので、道を歩いていても地元にいるみたい!」
続いては、はるばるノルウェーから来たという家族。年若きお嬢さんは、
「アニメのオープニングと同じ構図の写真を撮るつもりです。旅行の一番の目的は、やっぱりココと、鎌倉のブッダ(大仏)ね。電車がすごく混んでて驚きました。あんなに混んだ列車に乗ったのは人生で初めて」
そう言って目を丸くする。
沿線屈指の景勝地、江ノ島の「弁財天仲見世通り」も大盛況だ。定食屋の話。
「ミャンマーやベトナムの人も来るけど、韓国人が一番多いかね。今年は過去最高収益だよ。通りのお店はどこもそんな感じじゃないかなぁ。この3年で閉じた店もあったけど、ようやく盛り返した感じだね。昼時は飲食店の数が足りなくてパンクしてるぐらい」
アロハシャツや雑貨などを売る店も、
「円安の影響で一部の商品は3割近く値上げした。それでも韓国人はガンガン買っていってくれるよ。彼らはコロナ明けには真っ先に日本に来たかったってほどの親日家ばかりで、しかも円安もあいまって懐具合がいい。逆に日本人の購買力は、昔に比べると随分落ちたなあって感じますよ」
この日、活況を呈していたのは東京都内・浅草も同じ。東京スカイツリーや雷門を背に写真撮影に興じるインバウンド客の間をすり抜けつつ浅草寺の「仲見世通り」に入ると、向こうがまったく見えないほどの混雑ぶりだ。観光客向けの人力車を運営する「時代屋」の藤原英則社長いわく、
「昨年のGWと比べて、今年の人出は4、5割増しくらいではないでしょうか。コロナ前と比べても、2割ほど増えている印象です。利用客が増えているのはありがたいです」
宿泊業界も恩恵に浴しているようだ。浅草のさるホテルの支配人が言う。
「2月からほとんど満室の状態です。コロナの時は1名1泊4千円とか、あるいは3千円台まで下げてもお客がなかなか入りませんでした。今は8千円くらいでも埋まるようになってきています」
他方、迷惑顔の人もいる。浅草寺近くの喫茶店店主は、
「外国人は増えたけど、あいつら金を全然使わないからね。お店で注文するときも、人数分を頼まない。この前も東南アジア系の8人組が“ミックスサンドは8切れだから、これ一皿を頼んでみんなで食べる”なんて言い出してさ。席はしっかり8人分使っておいて、ふざけんなって話だよ」
ボヤキは止まらない。
「今朝一番で入った東南アジア系の2人組は、店内に『撮影禁止』って(貼り紙に)書いてあるのに知らん顔して写真を撮るんだよ。注意しても無視だし。しかも注文された飲み物を出したら、自分たちで持ってきたポテトチップスを食べ始めるんだから。“ノー・イートよ”と言っても、全然聞かないし」
前出のホテル支配人も、こんな一件を“告発”する。
「備品を持っていかれてしまうんです。靴ベラやシャンプー、ボディソープのボトルなどです。気付くのはチェックアウトされた後で、追いかけるわけにもいかず、まあしょうがないかな、という感じですね」
難儀なるインバウンド。困ったことにその災厄は目下、列島の北から南までを席巻する勢いなのだ。
雄大な丘陵を彩る四季折々の景観が魅力の北海道・美瑛(びえい)町で農家を営む大西智貴氏は、
「コロナも明けて観光客が戻り、2月から3月にかけては韓国人を乗せたツアーバスが4~6台ほど来ていましたね。1台に40人ぐらい乗ってきて、昼時には飲食店に行列を作ってました。ガイドさんに聞いたところ、真っ白な丘の景色を見に行くツアーが韓国ですごくはやっているみたいです」
が、やはりここでも……。
「春先、雪の下では秋に植えた麦の芽が出始めるのですが、畑に入った観光客に踏まれると、麦の上の雪がギュッと締まって下の芽が成長できずに死んでしまう。困りものです」
米ニューヨーク・タイムズ紙が今年1月に〈2023年に行くべき52カ所〉のひとつに選んだ岩手・盛岡市にも波は押し寄せる。名所の櫻山神社に尋ねると、
「ニューヨーク・タイムズで紹介されてから、外国人の参拝客の方がグンと増えました。英語圏とアジア圏、半々ぐらいでしょうか。とにかく言葉が伝わらないので困っています。例えば神社の歴史や、お守りの効果や由来を説明しようとしても、こちらの拙(つたな)い英語では細かいところが伝えられない。歯がゆい思いをすることが多いですね」
そして、同様の事象が。
「盛岡市内では昔から地元の方がやっていた小さな料理屋などに観光客が押しかけ、キャパオーバーになる店も多いみたいで」(同)
富士山麓の湧水池で天然記念物として有名な山梨・忍野(おしの)八海のケースは、まったくしゃれになっていない。
観光案内所の関係者談。
「民家に外国の観光客が入って行ってしまうので困っています。近隣には昔から暮らしている方の家も多く、日本家屋が珍しいようで、庭や軒先にズカズカ入って行ってしまう。チェーンを張ったり注意書きで促したりしても、さほど効果がありません」
立派な住居侵入である。
「それに彼らは願いをかなえたいのか、泉に硬貨を投げ込んでしまうんです。これはEU圏の方が多い。硬貨をすくい上げる作業にだって税金がかかりますし、放置するとコインによって泉の水質が少し変わることがあるとも聞きました」
トドメはこれだ。
「トイレの文化がインドなどあちらの国とは違うのか、お尻を拭いた紙を流さずにゴミ箱や生理用品入れに捨てられてしまうことも。流してくれと書いてあるのですが、こればっかりは文化の違いですかね……」
しかし、事態をより深刻化させているのは、受け入れる日本側の人手不足という問題である。
はとバス関係者に聞くと、
「バスガイドを中心に、人手は足りていません。コロナのときに辞めていった乗務員が結構いて、以前150人くらいだったのに、今は100人ほどで回しています」
先の人力車屋さん「時代屋」の藤原社長も、
「コロナ中にスタッフが減って、お客様をさばききれていない面はあります。休業手当を払って雇用は維持していたのですが、出番がない時期が続き、転職などで辞めていく従業員も少なくなかった。今はコロナ前の7割くらいの人員です」
前出・浅草のホテル支配人も悩みを吐露する。
「今はアルバイトがメインの働き手になっていて、労働力が不足しているのが実情。バイトも時給でいうと1200円くらいだったところを1300円まで上げていますが、それでも人は来ません」
当然、それによる“実害”は避けられない。
「清掃スタッフが足りておらず、部屋が空いていても清掃が追い付かずにお客様をお迎えできないこともありますね」(京都市内のホテル関係者)
一方、沖縄の土産屋が呻くのは、ヒトならぬイモ不足の現状である。
「ウチは紅芋タルトが一番の人気商品。今年に入って観光客が爆発的に増えたので、在庫が全く足りていません。今は1日千箱、おひとり様3箱まででお願いしているのですが、すぐに売り切れてしまいます」
インバウンド客が溢れて観光地に害をもたらすオーバーツーリズム、そして人手不足にイモ不足。この点、日本一の観光都市、京都は祇園町南側地区協議会の代表幹事・太田磯一氏の話は示唆に富む。
「今の祇園は以前ほどひどい状態ではありません。トラブルや迷惑行為などの大半は中国人の団体客によるものでしたが、中国ではコロナによる移動制限がかけられ、その方々がまだあまり来日していませんので」
もちろん、以前はやはり大変だったという。
「舞妓さんを深夜に付け回したり、着物の袖を引っ張って破いてしまったり。喫茶店のテーブルの上で子供のオムツを替えたり、なんていう事例もありました」
そう指摘したうえで、
「これらの迷惑行為が中国からの団体客によるものだったと考えれば、これからまた中国からのお客さんが増えたら、同じようなことが起こる可能性は否定できませんよね」
要はコロナ禍による“無風”の間に、いずれまた暴風が襲い来る可能性を想定し、対策を考えなかったことが問題なのだ。
周知の通り、国際社会に向けた日本政府の観光振興策が功を奏し、訪日客は激増。2013年に1千万人を超え、19年にはじつに3200万人に届こうとしていた。その際、オーバーツーリズム状態は顕在化していたはずなのに、コロナ禍にあっては客数減に直面した旅行・観光業界を金で救おうとしただけで、問題の改善に向けた将来への備えに投資しなかった。
その果てに今や、手をこまねいて思案投げ首の態なのだ。
されど人手不足を嘆いている場合ではない。考えるべきは打つ手である。
「とにかく多くの人に来てもらうという方針を見直して、訪日観光者の人数を抑制することです」
とは、交通政策・観光政策を専門とする、桜美林大学の戸崎肇教授だ。
「観光税を導入するのも一つの案です。来日のハードルが少し上がり、訪日客も抑制されるでしょう」
それは人手不足の解消にもつながるという。
「観光税による収入をもとに、例えば観光客が優先で乗れるようなバスを税金で運営することもできます。バスの運転手不足が深刻な状況にあることに鑑み、税収から補助金を業者に助成して、運転手の待遇好転につなげることも可能です」
お上の対応を待ってはいられないとばかりに、事業者も独自の取り組みに乗り出している。全国にその名を知られる沖縄の「美(ちゅ)ら海水族館」の話。
「観光客の増加に備えて、アルバイトを増やしました。駐車場の収容台数増も実施して、レンタカー利用の人が困らないようにしたところ、周辺の混雑が比較的スッキリしましたね。飲食店に人が入り切らないこともあったため、キッチンカーを入れて対応しています」
さらに、こんなことも。
「言葉の心配についても、今は通訳サービスへの外部委託で対応中です。外国語を喋れるスタッフがいなかった際、そこに連絡すれば、そちらのスタッフが電話越しに通訳してくれます」
冒頭に紹介した江ノ島でも、住民に一筋の光明が。
「改札を優先的に抜けられるパスを地元の方々に出す取り組みを、鎌倉市さんの方で始めています。ちょっと買い物に行くのに30分待ちなんていうことが回避できます」(江ノ電の駅員)
先の戸崎教授が総括する。
「日本の旅行産業は今なお“薄利多売”という考え方が主流です。しかし、本当に価値のあるものに適切な対価を払ってもらうという、本来あるべき旅行産業のあり方へと舵を切っていく必要があるでしょう。中国人観光客が増えるのはこれからですし、旅行への渇望感が弾ける形で間違いなく訪日観光客は増えていく。これらは国や自治体、観光業界だけでなく、日本全体で考えていかなければいけない課題だと思います」
対策はお盆までに、年末年始までに、と悠長なことは言っていられない。外国人は今日も明日も、日本を目指し大挙してやってくる。
「週刊新潮」2023年5月18日号 掲載

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