45歳男性が送る、2人の不倫相手と崩壊した家庭の「三重生活」 そこで浮上する重大な金銭問題

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不倫の恋にどっぷりとハマり、家庭を捨てて相手と一緒になるとすれば、その際には「世間体」とともに「お金」の問題が必ず浮上する。
まず元パートナーに支払う慰謝料の問題がある。明確な基準があるわけではないが、不倫や浮気が原因の離婚の場合、100万円~300万円が相場であるようだ。
加えて、子供がいれば養育費の支払いも生じるだろう。厚生労働省の2016年度調査によると、〈養育費を現在も受けている又は受けたことがある母子世帯〉のうち84.4%が、決められた額を受け取っていると答えている。子ども1人の場合は月に3万8207円、子ども2人だと月に4万8090円が、養育費の平均月額であるという。
『不倫の恋で苦しむ男たち』などの著作があり、男女問題を30年近く取材してきたライターの亀山早苗氏が今回取材したのは、まさに「お金」が、高いハードルになった不倫男性だ。彼は妻に離婚を切り出すも、相場よりかなり高い養育費を要求された。
そして不倫の怖いところは、ハードルを乗り越えて成就したとしても、ふたたび“繰り返す”かもしれないところにある。不倫にまつわる「お金」を考えるにあたり、参考になるレポートといえよう。
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【写真】タモリの“変装姿” メガネを変えて「愛人宅」通い「人には2種類ある。不倫をする人としない人。する人は繰り返す」と言われることがある。真偽のほどは定かではないが、個人的には「条件さえ整えば、誰でもする可能性がある」と感じている。結婚したら生涯、ひとりの人としか関係がもてないというのは、どう考えても生物の原則からはずれているような気がしてならないからだ。もっとも、人間には「理性」が備わっているのだから、恋愛感情を抱いたとしても自制できるはずだと反論を食らうだろう。だが、その理性さえ飛ばしてしまうのが「強い恋愛感情」なのではないだろうか。何度となくそういった恋愛感情に突き動かされてしまう人がいるのも、なんとなく理解はできる。亮一郎さんは「煮ても焼いても食えない男」と著者の亀山氏 広瀬亮一郎さん(45歳・仮名=以下同)は、36歳のときに不倫の恋に落ちた。相手は仕事で知り合った29歳の麻紀子さんで、寝ても覚めても彼女のことしか考えられなかった。結婚して7年目のことだった。 「5歳と2歳、かわいい盛りの子がいるのに僕の心は麻紀子にすべて持っていかれました。妻に非はありません。でも麻紀子に出会って初めて“恋の楽しさと苦しさ”を知ったんです。一緒にいるとこの上なく楽しくて、離れると心にぽっかり穴があく。彼女のために生きたい。そう思ったのがいけなかったんでしょうか」 そして彼は今、またも恋をしているという。麻紀子さんより身も心も合う女性と巡り会ったのだから、どうしようもないのだと振り絞るように言った。 180センチ近い高身長で中肉、やさしげな表情の亮一郎さんはモテるはずだが、本人はそうは認めない。本人が積極的に恋を求めているわけでもなさそうだからこそ、彼に深い興味を抱いた。男手で育った亮一郎さんが出会った、2人の女性 最初の妻・美保さんと知り合ったのは29歳のとき。それまで何度か女性とつきあったことはあるが長続きしなかった。「若いころの恋愛って、あやふやですよね、お互いに。些細なことでケンカになって女性を怒らせて終わっていました」 美保さんとは親戚の紹介で会った。いとこの妻の友人だったのだ。そろそろ家庭をもってもいいころだろと言われた。「僕は男兄弟3人の末っ子なんです。4歳のときに母が亡くなって、それ以来、父と祖父と父の弟、そして兄弟と男ばかりの6人所帯で育った。だから女性のいる環境に慣れていない。でも人一倍、女性への理想は高い。めんどうなヤツだったと思います。いとこの妻の友人である美保は、そんな僕の環境も知った上で会ってくれた。出会って感じがよかったので、すぐに結婚を決めたんです」 彼女はいるのかとか、結婚はどうするんだとか、職場の人に尋ねられるのもめんどうになっていた。「2歳年下の美保は常識的なタイプ。僕は自分が母親のいない状態で育ったから、子どもができたら仕事をやめてほしかったけど、美保は、『ふたりで稼いでふたりで家事育児をやったほうが効率的だと思う』と。今になって思うけど、彼女は家事が大嫌いだった。料理もほとんど作れない。代わりに妻の母がよく自宅に来てくれましたが、僕は口うるさいこの人が苦手で……。僕が家事や育児にかかわろうとすると『男所帯で育った人は不器用でダメね』と言ったりする。せっかくかわいい子どもたちがいるのに、家が楽しくなくなっていきました」 そんなとき麻紀子さんと出会った。8歳年下 で独身の彼女は、常に生き生きとしていた。年下なのに彼を“亮ちゃん”と呼び、屈託なく明るい女性だったから、亮一郎さんは惹きつけられた。 「なかなか恋愛関係にはなりませんでした。僕からも言えませんしね。仕事にかこつけて、たまに会って食事をして別れる。そんな友人のような関係が2年ほど続きました。彼女には恋人がいたようだから、僕は友人として存在できればよかった。あるとき一緒に食事をしていたら、彼女が『フラれた』と泣き出したんです。ただひたすら話を聞きました。朝近くなってようやく彼女は少しだけ笑顔を見せた。送って行って、僕はそのまま出社しました」 数日後、麻紀子さんから連絡があった。「あの日はごめんなさい。すっかり落ち着いた」という報告だった。ご飯でもと言われ、指定された場所に行くと、麻紀子さんの自宅だった。 「手料理をごちそうしてくれたんです。戸惑いましたが、彼女の気持ちを無碍にするわけにはいかない。料理はおいしかった。素人とは思えない味でした。聞けば彼女の父親が洋食屋さんを営んでいるんだそう。高校時代から店でアルバイトをしていて、味つけも盗み見て覚えたと。『跡取りがいない状態だから、私がやってもいいかなとは考えている』とも言っていました。話を聞くと、両親と妹の4人家族で、両親ともに店で忙しかったけど愛情たっぷりに育ててくれたと笑顔になって。それでこんな明るい女性ができあがるんだなあと感心したのを覚えています」 食事が終わると亮一郎さんは食器を洗った。そんな彼を麻紀子さんが後ろから抱きしめてきた。ダメだよと振り向いたところをキスされた。完全に彼女主導で、彼にとって新鮮だった 。「それがきっかけとなって、彼女にはまっていった」 離婚するつもりなどなかった。彼女も「結婚したい」とは言わなかった。だが麻紀子さんに会って家に帰ると、自宅が色褪せて見えた。亮一郎さんは「子どもに会えるなら、この家庭はなくてもいいかもしれない」と思うようになっていく。 「言質をとるのは卑怯だと思うけど、もし僕が離婚したら一緒になってくれるかなと麻紀子に言ったんです。深いつきあいになって1年近くたったころです。彼女は、『このままでもいいし、半同棲でもいいし、同居でもいいし、結婚でもいい。あなたと別れないでいいならどんな方法でもかまわない』と。僕、それを聞いて涙が出ました。麻紀子のためにも離婚しなければと思うようになりました」 40歳を前にして、自分の人生を歩もうと彼は決めた。もちろん、子どもたちとは今まで以上に緊密な関係を作らなければならない。離婚届を差し出すと、妻は 彼の40歳の誕生日、妻と9歳と6歳になった子どもたちが祝ってくれた。買ってきたお寿司と妻の母が作ったらしい煮物がテーブルの上にあった。ケーキは妻が予約し、上の子が引き取ってきてくれたそうだ。 「相変わらず妻の母は出入りしていましたが、僕とは会わないようにしていましたね。料理を作ってくれるのはありがたいんだけど、味が今ひとつ。そういうことも長い期間に及ぶと、じわじわと不快になっていく。それでも誕生日を祝おうという妻の気持ちはありがたかったから、その日はつとめて笑顔を保ちました」 子どもたちが寝静まったあと、彼は妻に「ありがとう」とお礼を言った。妻は「プレゼントを買い損なったの。何かほしいものある?」と尋ねてきた。「これにサインしてくれたらうれしいんだけど」 彼は離婚届を出した。妻は一瞥して、大きなため息をついた。 「やっぱり誰かいるのね。最近、おかしいと思ってたと。自分では以前と同じように振る舞っているつもりだったけど、はたから見たらやはり挙動不審だったようです。好きな人がいるのかと聞かれて頷きました。浮気で終わる予定はないのかと、妻はさらに尋ねてくる。『いや、最初で最後の恋だと思う』と言ったら、『ふうん』と。でも妻は、そのまま寝てしまったんです。話し合いにもならなかった。僕が本気だと思わなかったのか、僕の言うことなどどうでもいいと思っていたのかわかりませんが」 いつの間にか、家庭は妻と子どもたちだけで完結しているような気がしてならなかったと亮一郎さんは言う。自分がいてもいなくても、この3人のありようは変わらないのではないか。父親たちが陥る「家庭に居場所がない」という落とし穴なのかもしれない。美保さんは、子どもたちにとって母であり父であった。日常的には、美保さんの母が家庭の中で大きな存在になってもいた。彼だけが存在感を示せないまま、家庭という枠からこぼれ落ちてしまった。彼自身はそう感じていた。二重生活 亮一郎さんはその日、リビングで寝た。翌朝は土曜日だった。彼が目を覚ますと妻はまだ起きていない。隣のベッドに自分がいないことを妻はわかっているのだろうかと不安になった。 「そのまま起きて食事の用意をしました。週末はだいたい僕が作っていたんです。子どもたちが起きてきたので食べさせていると、妻が起きてきた。『今日はみんなで公園に行こうか』と妻が言って子どもたちは大喜び。僕も行きましたが、妻は僕とは目を合わせない。会話もほとんどなかった。帰り際、『あなたは家族をどう思っているの? この子たちを捨てるの?』と痛烈な一言が飛んできました。すぐには答えられなかった」 離婚はむずかしいかもしれない。亮一郎さんはそう思った。だが、麻紀子さんと別れることは「魂が死ぬことだと」思ったそうだ。 「思い切って、次の金曜の夜、麻紀子のところに泊まりました。土曜の朝、早く帰ってきて朝食を作る。つまり金曜の夜、僕は自宅にいない。そういう既成事実を作った。でも妻は何も言わなかった。土日は食事を作ったり、たまっていた洗濯物を片づけたりと、以前と同じように家事もこなしました」 麻紀子さんには「離婚の下準備をしている」とすべて率直に打ち明けた。そうまでしなくてもいいのにと彼女はつぶやきながら彼に抱きついた。 平日夜も週に1度くらいは麻紀子さんの自宅に寄ってから帰宅した。いつか妻が怒ってたたき出してくれればいいと思っていたが、妻は平然としていた。だが亮一郎さんとはいっさい口をきかなくなっていった。用があるときはSNSのメッセージを使い、急ぐときは子どもたちに代弁させた。 そういうことも淡々と麻紀子さんに報告した。彼女は何も言わなかったが、それだけに彼は麻紀子さんに申し訳ない気持ちが強くなっていく。 「2年間、そんな生活が続きました。だんだん苦しくなってきたので、『もう限界だよ』と妻に告げました。するとその週末、朝から僕の親戚や兄弟、妻の両親までやってきて、大騒動になりました。みんなに責められ、最終的には妻が『出ていくなら家はもらう、ローンはひとりで払え、養育料は月10万』と宣言。家のローンと合わせて20万が消えていく。それでは僕は生活できません」 結論は出ないまま親戚たちは三々五々、帰っていった。親戚が見てくれていた子どもたちが帰ってくる前、美保さんは「もういいわ、好きにして。その代わり、離婚届けにサインはしません」と言い放った。 「平日は麻紀子のところで、週末だけ自宅に戻るようになりました。変則的な生活だけど、子どもたちには平日は仕事だからと言い訳にならない言い訳でごまかしました」 麻紀子さんは、そんな彼を受け入れてくれた。ギリギリのところで聞き分けのいい女性たちに救われたかっこうだ。「ただ、麻紀子の無言の圧が少しずつ強まっていくのを感じていました。そりゃそうですよね。離婚もしないで転がり込んでいるんですから。生活費としていくらか渡してはいましたが微々たるもの。週末は自宅に戻る。こんな男をよく置いてくれたと思います」 自虐的な言葉が増えていく亮一郎さん。確かに客観的に見れば、「なかなかのクズっぷり」と言われてもしかたがない。だが彼も引くに引けなくなっていたのだろう。 そんな生活が続き、彼は少しずつ疲弊していった。そしてさらに責められてもしかたのない事態に自分を追い込んでしまうのだ。「なにをどうやって整理したらいいのか…」 それは学生時代につきあっていた元カノの恭子さんとの偶然の再会だった。フラれたことだけ覚えていたが、彼女は「素敵なキャリアウーマン」になっていた。 「取引先の会長が亡くなってお別れ会が開かれた。そこで再会したんです。彼女は大手企業の管理職となっていて、地味なスーツを着ていても華やかなオーラがにじみ出ていました。そんなに出世しているなんて知らなかった。僕を認めると、彼女のほうから近づいてきました」 お別れ会のあと、ふたりで会場となったホテルのバーへ行った。日常に疲れきっていた彼は、そこで酔って彼女に愚痴をこぼした。オレは男として最低だ、生きていてもしかたがないとこぼし続けた。「いろいろな意味で自信喪失していたんだと思う。男としての自分が元カノのメガネに叶うのかどうか試したかったのかもしれない」 恭子さんは、「ダメ男かどうか試してみよう」と言い出した。「とんでもなく最高の一夜でした。恭子のおかげで僕はよみがえったような気がした。朝方、麻紀子のところに帰ると、彼女は一睡もせずに待っていた。とたんに申し訳ないことをしたと思い、どこに泊まったのかと聞かれて、学生時代の友だちと再会して飲み明かしてしまったと答えました。もちろん、相手が女性だとは言っていません」 麻紀子さんは「女でしょ」とつぶやいて泣き崩れた。自分は一生懸命がんばってきたのに、彼は離婚もしない、あげく他にも女性を作った。そう感じたのだろう。「私はこんなにもあなたを受け入れてきたのに、あなたは私をも傷つけるのねと怒鳴られ、ひたすら謝りました。会社に着くと妻からサイン済みの離婚届が郵送されてきた。恭子からは、『私たち、運命の再会だったね』とメッセージがきた。なにをどうやって整理したらいいのかわからなくなりました」 恭子さんには家庭がある。夫との間にすでに成人した息子がひとりいると話していた。彼女とは最後の恋になるのだろうと彼は漠然と予感していた。「人は自分のソウルメイトを探して生きているんじゃないでしょうか。より合う人を見つけたらそちらになびくのはしかたがないと思う。とはいえ、子どもには迷惑をかけたくないし、麻紀子を傷つけたくないし」「煮ても焼いても食えない男」 麻紀子さんには妻が離婚する気になったことを告げていない。これから財産分与の協議をしなければならないのだが、美保さんはなかなか対面の時間をとろうとしない。まだなんら決着はついていないのだ。もちろん、恭子さんとの再会も知らせてはいけない。内緒ごとが増えていく。嘘をつけば当然、そういうことになる。 「生活の軸は麻紀子だけど、今はもう心身共に恭子に傾いています。恭子は忙しいので、僕は基本的に連絡待ち。麻紀子は疑いながらも、その疑惑を口には出しません。彼女はほんと、無言で圧をかけてくるタイプなんですよね。妻より怖いかもしれない」 怖いと思うと気持ちが少しずつ離れていくと亮一郎さんは言う。だが今のところ、生活は麻紀子さんとしながら、たまに自宅に戻って子どもたちに会っている。心の軸は恭子さんのもとにある。 なんとも複雑な生活を送りながらも、なぜか亮一郎さんはニヤニヤしている。恭子さんのことを思うだけでうれしくなるそうだ。「煮ても焼いても食えない男」 そんな言葉が脳裏に浮かんだ。煮ても焼いても食えないからこそ、しっかり者の女性たちが執着してしまう。そんなタイプの男性なのかもしれない。本人自身が、「僕がしっかりしなければと思うのだけど、その思いがことごとくうまくいかない」と苦笑していた。 *** 結局、亮一郎さんの妻は離婚を決断した。「出ていくなら家はもらう、ローンはひとりで払え、養育料は月10万」という主張がどう落ち着くのか定かではないが、亮一郎さんにとって決して安くはない代償が待ち受けていることになりそうだ。 それだけではない。「微々たるもの」とはいうものの、麻紀子さんに渡している生活費がまずある。恭子さんに心が傾いたいま、亮一郎さんにしてみれば、恋に燃えていたかつてのように喜んで差し出す金銭ではなくなっているはずだ。 また亮一郎さんの夫婦関係は、彼と麻紀子さんとの浮気が原因で破綻したといえる。その場合は妻から麻紀子さんへの慰謝料の請求もありえる。麻紀子さんにだけ支払わせるというわけにはいかないだろう。 さらに、恭子さんには家庭がある。仮に彼女の夫に関係がばれた場合には、亮一郎さんは夫から慰謝料が請求される ことだってありえるのだ。 亮一郎さんの三重生活は、金銭面でも、危ういバランスの上で今のところは成り立っているといえる。亀山早苗(かめやま・さなえ)フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。デイリー新潮編集部
「人には2種類ある。不倫をする人としない人。する人は繰り返す」と言われることがある。真偽のほどは定かではないが、個人的には「条件さえ整えば、誰でもする可能性がある」と感じている。結婚したら生涯、ひとりの人としか関係がもてないというのは、どう考えても生物の原則からはずれているような気がしてならないからだ。もっとも、人間には「理性」が備わっているのだから、恋愛感情を抱いたとしても自制できるはずだと反論を食らうだろう。だが、その理性さえ飛ばしてしまうのが「強い恋愛感情」なのではないだろうか。何度となくそういった恋愛感情に突き動かされてしまう人がいるのも、なんとなく理解はできる。
広瀬亮一郎さん(45歳・仮名=以下同)は、36歳のときに不倫の恋に落ちた。相手は仕事で知り合った29歳の麻紀子さんで、寝ても覚めても彼女のことしか考えられなかった。結婚して7年目のことだった。
「5歳と2歳、かわいい盛りの子がいるのに僕の心は麻紀子にすべて持っていかれました。妻に非はありません。でも麻紀子に出会って初めて“恋の楽しさと苦しさ”を知ったんです。一緒にいるとこの上なく楽しくて、離れると心にぽっかり穴があく。彼女のために生きたい。そう思ったのがいけなかったんでしょうか」
そして彼は今、またも恋をしているという。麻紀子さんより身も心も合う女性と巡り会ったのだから、どうしようもないのだと振り絞るように言った。
180センチ近い高身長で中肉、やさしげな表情の亮一郎さんはモテるはずだが、本人はそうは認めない。本人が積極的に恋を求めているわけでもなさそうだからこそ、彼に深い興味を抱いた。
最初の妻・美保さんと知り合ったのは29歳のとき。それまで何度か女性とつきあったことはあるが長続きしなかった。
「若いころの恋愛って、あやふやですよね、お互いに。些細なことでケンカになって女性を怒らせて終わっていました」
美保さんとは親戚の紹介で会った。いとこの妻の友人だったのだ。そろそろ家庭をもってもいいころだろと言われた。
「僕は男兄弟3人の末っ子なんです。4歳のときに母が亡くなって、それ以来、父と祖父と父の弟、そして兄弟と男ばかりの6人所帯で育った。だから女性のいる環境に慣れていない。でも人一倍、女性への理想は高い。めんどうなヤツだったと思います。いとこの妻の友人である美保は、そんな僕の環境も知った上で会ってくれた。出会って感じがよかったので、すぐに結婚を決めたんです」
彼女はいるのかとか、結婚はどうするんだとか、職場の人に尋ねられるのもめんどうになっていた。
「2歳年下の美保は常識的なタイプ。僕は自分が母親のいない状態で育ったから、子どもができたら仕事をやめてほしかったけど、美保は、『ふたりで稼いでふたりで家事育児をやったほうが効率的だと思う』と。今になって思うけど、彼女は家事が大嫌いだった。料理もほとんど作れない。代わりに妻の母がよく自宅に来てくれましたが、僕は口うるさいこの人が苦手で……。僕が家事や育児にかかわろうとすると『男所帯で育った人は不器用でダメね』と言ったりする。せっかくかわいい子どもたちがいるのに、家が楽しくなくなっていきました」
そんなとき麻紀子さんと出会った。8歳年下 で独身の彼女は、常に生き生きとしていた。年下なのに彼を“亮ちゃん”と呼び、屈託なく明るい女性だったから、亮一郎さんは惹きつけられた。
「なかなか恋愛関係にはなりませんでした。僕からも言えませんしね。仕事にかこつけて、たまに会って食事をして別れる。そんな友人のような関係が2年ほど続きました。彼女には恋人がいたようだから、僕は友人として存在できればよかった。あるとき一緒に食事をしていたら、彼女が『フラれた』と泣き出したんです。ただひたすら話を聞きました。朝近くなってようやく彼女は少しだけ笑顔を見せた。送って行って、僕はそのまま出社しました」
数日後、麻紀子さんから連絡があった。「あの日はごめんなさい。すっかり落ち着いた」という報告だった。ご飯でもと言われ、指定された場所に行くと、麻紀子さんの自宅だった。
「手料理をごちそうしてくれたんです。戸惑いましたが、彼女の気持ちを無碍にするわけにはいかない。料理はおいしかった。素人とは思えない味でした。聞けば彼女の父親が洋食屋さんを営んでいるんだそう。高校時代から店でアルバイトをしていて、味つけも盗み見て覚えたと。『跡取りがいない状態だから、私がやってもいいかなとは考えている』とも言っていました。話を聞くと、両親と妹の4人家族で、両親ともに店で忙しかったけど愛情たっぷりに育ててくれたと笑顔になって。それでこんな明るい女性ができあがるんだなあと感心したのを覚えています」
食事が終わると亮一郎さんは食器を洗った。そんな彼を麻紀子さんが後ろから抱きしめてきた。ダメだよと振り向いたところをキスされた。完全に彼女主導で、彼にとって新鮮だった 。
「それがきっかけとなって、彼女にはまっていった」
離婚するつもりなどなかった。彼女も「結婚したい」とは言わなかった。だが麻紀子さんに会って家に帰ると、自宅が色褪せて見えた。亮一郎さんは「子どもに会えるなら、この家庭はなくてもいいかもしれない」と思うようになっていく。
「言質をとるのは卑怯だと思うけど、もし僕が離婚したら一緒になってくれるかなと麻紀子に言ったんです。深いつきあいになって1年近くたったころです。彼女は、『このままでもいいし、半同棲でもいいし、同居でもいいし、結婚でもいい。あなたと別れないでいいならどんな方法でもかまわない』と。僕、それを聞いて涙が出ました。麻紀子のためにも離婚しなければと思うようになりました」
40歳を前にして、自分の人生を歩もうと彼は決めた。もちろん、子どもたちとは今まで以上に緊密な関係を作らなければならない。
彼の40歳の誕生日、妻と9歳と6歳になった子どもたちが祝ってくれた。買ってきたお寿司と妻の母が作ったらしい煮物がテーブルの上にあった。ケーキは妻が予約し、上の子が引き取ってきてくれたそうだ。
「相変わらず妻の母は出入りしていましたが、僕とは会わないようにしていましたね。料理を作ってくれるのはありがたいんだけど、味が今ひとつ。そういうことも長い期間に及ぶと、じわじわと不快になっていく。それでも誕生日を祝おうという妻の気持ちはありがたかったから、その日はつとめて笑顔を保ちました」
子どもたちが寝静まったあと、彼は妻に「ありがとう」とお礼を言った。妻は「プレゼントを買い損なったの。何かほしいものある?」と尋ねてきた。
「これにサインしてくれたらうれしいんだけど」
彼は離婚届を出した。妻は一瞥して、大きなため息をついた。
「やっぱり誰かいるのね。最近、おかしいと思ってたと。自分では以前と同じように振る舞っているつもりだったけど、はたから見たらやはり挙動不審だったようです。好きな人がいるのかと聞かれて頷きました。浮気で終わる予定はないのかと、妻はさらに尋ねてくる。『いや、最初で最後の恋だと思う』と言ったら、『ふうん』と。でも妻は、そのまま寝てしまったんです。話し合いにもならなかった。僕が本気だと思わなかったのか、僕の言うことなどどうでもいいと思っていたのかわかりませんが」
いつの間にか、家庭は妻と子どもたちだけで完結しているような気がしてならなかったと亮一郎さんは言う。自分がいてもいなくても、この3人のありようは変わらないのではないか。父親たちが陥る「家庭に居場所がない」という落とし穴なのかもしれない。美保さんは、子どもたちにとって母であり父であった。日常的には、美保さんの母が家庭の中で大きな存在になってもいた。彼だけが存在感を示せないまま、家庭という枠からこぼれ落ちてしまった。彼自身はそう感じていた。
亮一郎さんはその日、リビングで寝た。翌朝は土曜日だった。彼が目を覚ますと妻はまだ起きていない。隣のベッドに自分がいないことを妻はわかっているのだろうかと不安になった。
「そのまま起きて食事の用意をしました。週末はだいたい僕が作っていたんです。子どもたちが起きてきたので食べさせていると、妻が起きてきた。『今日はみんなで公園に行こうか』と妻が言って子どもたちは大喜び。僕も行きましたが、妻は僕とは目を合わせない。会話もほとんどなかった。帰り際、『あなたは家族をどう思っているの? この子たちを捨てるの?』と痛烈な一言が飛んできました。すぐには答えられなかった」
離婚はむずかしいかもしれない。亮一郎さんはそう思った。だが、麻紀子さんと別れることは「魂が死ぬことだと」思ったそうだ。
「思い切って、次の金曜の夜、麻紀子のところに泊まりました。土曜の朝、早く帰ってきて朝食を作る。つまり金曜の夜、僕は自宅にいない。そういう既成事実を作った。でも妻は何も言わなかった。土日は食事を作ったり、たまっていた洗濯物を片づけたりと、以前と同じように家事もこなしました」
麻紀子さんには「離婚の下準備をしている」とすべて率直に打ち明けた。そうまでしなくてもいいのにと彼女はつぶやきながら彼に抱きついた。
平日夜も週に1度くらいは麻紀子さんの自宅に寄ってから帰宅した。いつか妻が怒ってたたき出してくれればいいと思っていたが、妻は平然としていた。だが亮一郎さんとはいっさい口をきかなくなっていった。用があるときはSNSのメッセージを使い、急ぐときは子どもたちに代弁させた。
そういうことも淡々と麻紀子さんに報告した。彼女は何も言わなかったが、それだけに彼は麻紀子さんに申し訳ない気持ちが強くなっていく。
「2年間、そんな生活が続きました。だんだん苦しくなってきたので、『もう限界だよ』と妻に告げました。するとその週末、朝から僕の親戚や兄弟、妻の両親までやってきて、大騒動になりました。みんなに責められ、最終的には妻が『出ていくなら家はもらう、ローンはひとりで払え、養育料は月10万』と宣言。家のローンと合わせて20万が消えていく。それでは僕は生活できません」
結論は出ないまま親戚たちは三々五々、帰っていった。親戚が見てくれていた子どもたちが帰ってくる前、美保さんは「もういいわ、好きにして。その代わり、離婚届けにサインはしません」と言い放った。
「平日は麻紀子のところで、週末だけ自宅に戻るようになりました。変則的な生活だけど、子どもたちには平日は仕事だからと言い訳にならない言い訳でごまかしました」
麻紀子さんは、そんな彼を受け入れてくれた。ギリギリのところで聞き分けのいい女性たちに救われたかっこうだ。
「ただ、麻紀子の無言の圧が少しずつ強まっていくのを感じていました。そりゃそうですよね。離婚もしないで転がり込んでいるんですから。生活費としていくらか渡してはいましたが微々たるもの。週末は自宅に戻る。こんな男をよく置いてくれたと思います」
自虐的な言葉が増えていく亮一郎さん。確かに客観的に見れば、「なかなかのクズっぷり」と言われてもしかたがない。だが彼も引くに引けなくなっていたのだろう。
そんな生活が続き、彼は少しずつ疲弊していった。そしてさらに責められてもしかたのない事態に自分を追い込んでしまうのだ。
それは学生時代につきあっていた元カノの恭子さんとの偶然の再会だった。フラれたことだけ覚えていたが、彼女は「素敵なキャリアウーマン」になっていた。
「取引先の会長が亡くなってお別れ会が開かれた。そこで再会したんです。彼女は大手企業の管理職となっていて、地味なスーツを着ていても華やかなオーラがにじみ出ていました。そんなに出世しているなんて知らなかった。僕を認めると、彼女のほうから近づいてきました」
お別れ会のあと、ふたりで会場となったホテルのバーへ行った。日常に疲れきっていた彼は、そこで酔って彼女に愚痴をこぼした。オレは男として最低だ、生きていてもしかたがないとこぼし続けた。
「いろいろな意味で自信喪失していたんだと思う。男としての自分が元カノのメガネに叶うのかどうか試したかったのかもしれない」
恭子さんは、「ダメ男かどうか試してみよう」と言い出した。
「とんでもなく最高の一夜でした。恭子のおかげで僕はよみがえったような気がした。朝方、麻紀子のところに帰ると、彼女は一睡もせずに待っていた。とたんに申し訳ないことをしたと思い、どこに泊まったのかと聞かれて、学生時代の友だちと再会して飲み明かしてしまったと答えました。もちろん、相手が女性だとは言っていません」
麻紀子さんは「女でしょ」とつぶやいて泣き崩れた。自分は一生懸命がんばってきたのに、彼は離婚もしない、あげく他にも女性を作った。そう感じたのだろう。
「私はこんなにもあなたを受け入れてきたのに、あなたは私をも傷つけるのねと怒鳴られ、ひたすら謝りました。会社に着くと妻からサイン済みの離婚届が郵送されてきた。恭子からは、『私たち、運命の再会だったね』とメッセージがきた。なにをどうやって整理したらいいのかわからなくなりました」
恭子さんには家庭がある。夫との間にすでに成人した息子がひとりいると話していた。彼女とは最後の恋になるのだろうと彼は漠然と予感していた。
「人は自分のソウルメイトを探して生きているんじゃないでしょうか。より合う人を見つけたらそちらになびくのはしかたがないと思う。とはいえ、子どもには迷惑をかけたくないし、麻紀子を傷つけたくないし」
麻紀子さんには妻が離婚する気になったことを告げていない。これから財産分与の協議をしなければならないのだが、美保さんはなかなか対面の時間をとろうとしない。まだなんら決着はついていないのだ。もちろん、恭子さんとの再会も知らせてはいけない。内緒ごとが増えていく。嘘をつけば当然、そういうことになる。
「生活の軸は麻紀子だけど、今はもう心身共に恭子に傾いています。恭子は忙しいので、僕は基本的に連絡待ち。麻紀子は疑いながらも、その疑惑を口には出しません。彼女はほんと、無言で圧をかけてくるタイプなんですよね。妻より怖いかもしれない」
怖いと思うと気持ちが少しずつ離れていくと亮一郎さんは言う。だが今のところ、生活は麻紀子さんとしながら、たまに自宅に戻って子どもたちに会っている。心の軸は恭子さんのもとにある。
なんとも複雑な生活を送りながらも、なぜか亮一郎さんはニヤニヤしている。恭子さんのことを思うだけでうれしくなるそうだ。
「煮ても焼いても食えない男」
そんな言葉が脳裏に浮かんだ。煮ても焼いても食えないからこそ、しっかり者の女性たちが執着してしまう。そんなタイプの男性なのかもしれない。本人自身が、「僕がしっかりしなければと思うのだけど、その思いがことごとくうまくいかない」と苦笑していた。
***
結局、亮一郎さんの妻は離婚を決断した。「出ていくなら家はもらう、ローンはひとりで払え、養育料は月10万」という主張がどう落ち着くのか定かではないが、亮一郎さんにとって決して安くはない代償が待ち受けていることになりそうだ。
それだけではない。
「微々たるもの」とはいうものの、麻紀子さんに渡している生活費がまずある。恭子さんに心が傾いたいま、亮一郎さんにしてみれば、恋に燃えていたかつてのように喜んで差し出す金銭ではなくなっているはずだ。
また亮一郎さんの夫婦関係は、彼と麻紀子さんとの浮気が原因で破綻したといえる。その場合は妻から麻紀子さんへの慰謝料の請求もありえる。麻紀子さんにだけ支払わせるというわけにはいかないだろう。
さらに、恭子さんには家庭がある。仮に彼女の夫に関係がばれた場合には、亮一郎さんは夫から慰謝料が請求される ことだってありえるのだ。
亮一郎さんの三重生活は、金銭面でも、危ういバランスの上で今のところは成り立っているといえる。
亀山早苗(かめやま・さなえ)フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。
デイリー新潮編集部

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