犬を飼うと、猫にはない「健康長寿」効果が! 目を合わせて遊ぶと「幸せホルモン」が3.5倍に…「介護」「心血管疾患死」リスクも低減

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ありとあらゆる健康情報が溢れる人生100年時代。体にいい食材は何か、どんな運動が効果的か、何時間眠ればいいのか、すなわち“長生き術”の正解はどこにあるのか。答えは意外なところにあるようで……。健康長寿の新常識、科学に基づいた「犬」の効用。
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【写真を見る】茂木教授と愛犬の2ショット 人生100年時代とは、果たしてどんな時代なのだろうか。 男性81.47歳、女性87.57歳。日本人の「平均寿命」は着実に延びている。一方、男性72.68歳、女性75.38歳。日常生活を自立的に過ごせる「健康寿命」は、平均寿命に比べると男性で8.79歳、女性だと12.19歳も短い。つまり私たちは、10年前後は介護などのお世話になりながら“生き続けなければならない”時代にいるのだ。

猫との違い、そして食生活への影響とは 畢竟(ひっきょう)、どうせ長生きするのなら、できるだけ健康寿命を延ばして、ぎりぎりまで自立した生活を送りたいと願うのが我ら衆生の性(さが)である。 そして世には「健康法」が溢れることとなる。いろいろな方法を試してはいるけれど、やや食傷気味……。そんな方に向け、ちょっと“毛色の変わった健康情報”を紹介することにしよう。“幸せ感の共鳴”「人間は家族を最小単位とし、仲間や知り合いなどとコミュニティーを築き、その中で生きていく生き物です。しかし、核家族化や未婚化が進み、また伴侶に先立たれた『おひとりさま』が増えるなど、現代は個々人の分断が進んでいます。そんな時代だからこそ、人間の心身における健康にとって、犬の存在の重要度は増していると感じます」 こう語るのは、麻布大学獣医学部の茂木一孝教授(伴侶動物学)だ。「一般に、ペットを飼うと癒やしの効果があるといわれていますが、こと犬に関して言えば、そうした曖昧なイメージにとどまらない“何か”があるのではないか。人間は単に“アイコン”や“ファッション”として犬を飼っているわけではない。人間と犬の共生の長い歴史には科学的なバックグラウンドがあるに違いない。そう考えて実験を行ったところ、実際に人間と犬の“幸せ感の共鳴”とでもいうべき現象が起きていることが分かったのです」「愛情ホルモン」が3.5倍に その実験結果は米国の科学誌「サイエンス」に掲載された。 具体的には飼い主と犬が会議室で30分間交流した後に、両者がよく見つめ合ったグループと、そうでもなかったグループの、交流前後の尿中の「オキシトシン」というホルモンの濃度を比較。すると、前者の飼い主は3.5倍に上昇したものの、後者では変化は見られなかった。 オキシトシンは別名「愛情ホルモン」、あるいは「絆形成ホルモン」とも呼ばれる。すなわち、犬と戯れることによって、飼い主に安心や信頼がもたらされ、「心の健康度」が上がったと考えられるのだ。犬にできて猫にできないこと「遺伝子的に犬に近いオオカミに関しても同様の実験を行いました。ちなみに、ごく小さい時から人の周りにおくことで、オオカミでもどうにか飼いならすことができます。さて、オオカミに関する実験結果はというと、犬の場合と違ってオキシトシン濃度に変化はなく、そもそもオオカミは飼い主とじゃれはしても、顔を見つめることはありませんでした。このことから分かるように、普段身近な存在であるため気が付きにくいのですが、犬は極めて特殊な動物なのです」(同) それは、犬と同じく私たちの身近にいる猫と比べても指摘できることだという。一般社団法人ペットフード協会の調査によると、2017年から猫の飼育数が犬を逆転し、犬は“劣勢”に立たされているという。しかし、「ペットが、人間が指さした方向にしっかりと反応できるのは当たり前というイメージがあるかもしれません。ところが、実は同じペットでも、犬にはできても基本的に猫を含めた他の動物にこれはできません」(同) なるほど、犬は「単なる一ペット」ではなさそうだ。困ると人の顔を見る さらに、他にもこんな実験報告があると茂木教授が紹介する。「中にエサが入った箱を鼻でつつくと、箱が開いてエサが食べられるようにしておき、その後、鼻でつついても開かないように人間が細工をする。普通の動物は、細工を施(ほどこ)した後も、開くものだと信じ込んで壊れるくらいに延々と箱を足でひっかき回し続けたりするだけなのですが、犬は途中まで開けようと頑張ってダメだと分かると、まるで助けを求めるように近くにいる人間の顔を見る。これも犬にしかできない反応です」 このように、異種であるにもかかわらず「eye to eye」のコミュニケーションが取れる特別な関係の人間と犬。ゆえに、最古の家畜として、両者は“共生”することができてきたのだ。「犬」と「犬以外」を飼う意味は異なる「そもそも、犬に触ることはできますが、猫は嫌がる場合が多い。したがって、犬を飼うのと猫を飼うのとでは、その意味は大きく異なると思います」 と、茂木教授が続ける。「犬の場合、eyeコミュニケーションやボディーコミュニケーションができるパートナーとして飼う面が強く、猫を飼う行為は観賞目的の意味合いが強い。猫の場合は、動物園の動物を見て楽しむのに近いのではないでしょうか。その意味においては猫に限らず、『犬』と『犬以外』の動物を飼うことの意味は大きく異なるといえます。こうした特別な関係の人間と犬が接することで分泌されるオキシトシンには、リラックス効果や痛みの閾値(いきち)を下げる効果もある。やはり、犬を飼うことは人間の心の健康に極めて有効だといえます」 科学的な裏付けを伴った犬による心の面での「癒やし効果」。だが、それだけではない。体の健康、とりわけ高齢者の健康寿命の延伸にも犬は大いに貢献してくれているのだ。「自立喪失」リスクが半減「65歳以上の約6200人を対象に追跡調査を行ったところ、身体機能が衰えるフレイル(虚弱)が発生するリスクが、犬を飼った経験がない人と比べると、飼育している人で2割低減されることが分かりました。他方、猫の場合はリスクは変わらず、フレイルに対する予防効果は見られませんでした」 こう解説するのは、国立環境研究所主任研究員の谷口優氏だ。この研究結果が科学誌に掲載されたのは2019年。そして22年、人と動物の関係を研究する谷口氏らは新たな研究成果を発表した。「フレイルの関連要因である要介護状態や死亡への影響を調査しました。1万人以上の高齢者を対象に2年間の追跡調査を行った結果、犬の飼育による新たな効果が浮き彫りとなったのです」 具体的には、次のような結果が出た。「要介護と死亡をあわせて『自立喪失』と呼びますが、猫の飼育状況と自立喪失との間に明確な関連性はみられませんでした。ところが、犬を飼っている人とそうでない人を比べた場合、後者の自立喪失リスクを『1』とすると、前者の自立喪失リスクは『0.54』で、およそ半減。犬を飼っていることで自立喪失リスクが大きく低減されることが分かったのです」(同)犬の散歩の効能 猫にはない、犬による大きな健康長寿効果。死亡も含めたリスクが下がるというのだから、犬の飼育は「新たな健康長寿法」と言って差し支えなかろう。「さらに今回の調査の特徴は、犬を飼っている人の中でも運動習慣があるか否かを調べたことです。その結果、犬を飼っていても運動習慣がない人の自立喪失リスクは0.85と大きな差はないものの、犬を飼っていて運動習慣がある人のリスクは0.44と大きく下がっていた。つまり犬の散歩などの運動が、健康長寿に貢献しているということです」(同) たかが犬の散歩、されど犬の散歩。恐るべし犬の散歩――。谷口氏らの研究結果を補強するように、海外でも次のような調査結果が存在する。 例えば、スウェーデンの調査では、ひとり暮らしで犬を飼っている人は、ペットを飼っていない人と比べて心血管疾患で死亡するリスクが36%も低減。家族がいる世帯でも15%下がることが判明した。 また、チェコの調査では、犬を飼っている人と、他のペットを飼っている人を比較した場合、犬を飼っている人のほうが身体活動や食事に関するスコアが最適である割合が高いことが分かっている。犬によって人間らしくなれる 再び茂木教授が説明する。「どんな高齢の人でも、犬を飼っていれば大抵は外に散歩に連れていくことになります。運動効果はもちろん、外の空気を吸うことでリラックスできますし、また、散歩に連れていくという習慣を半ば強制されることによって、結果的にそれが規則正しい生活にもつながる。日々のリズムが整えば、食生活も乱れないという好循環が生み出されるのだと思います」 そして、犬によって私たちは「人間らしさ」まで取り戻すことができるという。「先ほど説明したように、人と犬は異種でありながら例外的に共鳴することができます。だからこそ、私たちは犬に話しかける。ひとりで散歩するよりも、犬に話しかけながら散歩するほうが人間らしいですよね」(同)人と人のコミュニティーも広げてくれる さらに見過ごせないのが、“コミュニケーションの潤滑油”としての犬の役割だ。「最近、人間の世界ではプライバシー意識が一段と強まっています。我が子、我が孫に関してですら、他人に軽々に話すことははばかられる状況です。対して、さすがに“我が犬”について話すのに気を使う必要はありません。犬の存在が話の接ぎ穂となるわけです」(茂木教授) 互いに犬オーナーであればもちろんのこと、そうでなくても犬は力を発揮する。「公園で見ず知らずの高齢者がすれ違っても、いきなり話しかけるのはかなりハードルが高い。しかし、そこでどちらかが犬を連れていれば、もう一方が犬を飼っていないとしても、その犬の存在をきっかけに話しかけやすくなりますよね。犬は、人と共鳴できる疑似家族のような例外的動物である上に、人と人とのコミュニティーまで広げてくれるわけです」(同)高齢者が安心して犬を飼える仕組みを たしかにフレイルは、体力の低下とともに社会とのつながりの欠如によっても促進されてしまう。やはり、犬は「抗フレイル」に大きく貢献してくれるといえそうだ。しかし、課題がないわけではない。 谷口氏が指摘する。「近年、外出自粛に伴い自宅で過ごす時間が増加したことから動物飼育への関心が高まっています。一方で、終生飼養の観点から、高齢者の犬猫飼育には消極的な意見も少なくありません。動物飼育は健康長寿に大きな効果が期待できることから、高齢者が安心して動物を飼育し続けるための仕組みを官民が連携して構築することを期待しています」 茂木教授が後を受ける。「高齢者が犬を飼うのは体力的に大変かもしれません。しかし、高齢者には高齢者に合った犬がいます。例えば高齢犬を飼えば、若い犬に比べて運動量は少ないのでゆったりとした散歩ができる。その人、その世代に合った犬は必ず存在します」 無論、ただ飼えばいいというわけではない。「自分にもしものことが起きた場合に犬をどうするかはしっかりと考えておかなければいけませんが、犬を飼うことで生活に張りができるのは間違いありません。例えば、今、増えている高齢者のおひとりさまにとって、犬は健康長寿を支えてくれる格好の存在といえるでしょう。70歳、80歳になって妻や夫を失い、新たな伴侶を探すのはなかなか難しい。そうであれば、犬を飼うことで新たなパートナーとするほうが、現実的な『老後対策』といえるのではないでしょうか」(同)目が合うと、犬も幸せホルモンを分泌 偉大なる犬による健康長寿効果。だが、昨今は「愛玩動物批判」が高まり、ペットを飼うという行為そのものが問題視される傾向もあるが……。「太古の昔から、番犬や猟犬として基本的に犬は人間とともにありました。野良犬といっても、もとをただせばほとんどは人間が飼っていた犬です」 として、茂木教授がこう締めくくる。「つまり、犬は常に人間の近くにいた。犬も人間を必要としてきたのです。先に紹介したオキシトシンに関する実験がそれを証明しています。なぜなら、見つめ合った結果、オキシトシン濃度が上がったのは人間だけではありませんでした。犬も上がった。犬も幸せホルモンを分泌していたのです。すなわち、犬も人間の近くにいることで幸福感を得ている。ですから、私に言わせれば、犬を飼うことに対する愛玩動物批判は……ナンセンスですね」茂木一孝(もぎかずたか)麻布大学獣医学部教授(伴侶動物学)。1972年生まれ。東京農工大学農学部獣医学科卒業、東京大学大学院農学生命科学研究科修了。横浜市立大学医学部助手などを経て、2020年より麻布大学獣医学部教授に就任。人間と、その伴侶としての動物について研究を続けている。谷口 優(たにぐちゆう)国立環境研究所主任研究員。1983年生まれ。秋田大学大学院医学系研究科修了。医学博士。2012年より東京都健康長寿医療センターで認知症予防に関する研究に従事。19年より国立環境研究所主任研究員に。『認知症の始まりは歩幅でわかる ちょこちょこ歩きは危険信号』等の著書がある。「週刊新潮」2022年12月22日号 掲載
人生100年時代とは、果たしてどんな時代なのだろうか。
男性81.47歳、女性87.57歳。日本人の「平均寿命」は着実に延びている。一方、男性72.68歳、女性75.38歳。日常生活を自立的に過ごせる「健康寿命」は、平均寿命に比べると男性で8.79歳、女性だと12.19歳も短い。つまり私たちは、10年前後は介護などのお世話になりながら“生き続けなければならない”時代にいるのだ。
畢竟(ひっきょう)、どうせ長生きするのなら、できるだけ健康寿命を延ばして、ぎりぎりまで自立した生活を送りたいと願うのが我ら衆生の性(さが)である。
そして世には「健康法」が溢れることとなる。いろいろな方法を試してはいるけれど、やや食傷気味……。そんな方に向け、ちょっと“毛色の変わった健康情報”を紹介することにしよう。
「人間は家族を最小単位とし、仲間や知り合いなどとコミュニティーを築き、その中で生きていく生き物です。しかし、核家族化や未婚化が進み、また伴侶に先立たれた『おひとりさま』が増えるなど、現代は個々人の分断が進んでいます。そんな時代だからこそ、人間の心身における健康にとって、犬の存在の重要度は増していると感じます」
こう語るのは、麻布大学獣医学部の茂木一孝教授(伴侶動物学)だ。
「一般に、ペットを飼うと癒やしの効果があるといわれていますが、こと犬に関して言えば、そうした曖昧なイメージにとどまらない“何か”があるのではないか。人間は単に“アイコン”や“ファッション”として犬を飼っているわけではない。人間と犬の共生の長い歴史には科学的なバックグラウンドがあるに違いない。そう考えて実験を行ったところ、実際に人間と犬の“幸せ感の共鳴”とでもいうべき現象が起きていることが分かったのです」
その実験結果は米国の科学誌「サイエンス」に掲載された。
具体的には飼い主と犬が会議室で30分間交流した後に、両者がよく見つめ合ったグループと、そうでもなかったグループの、交流前後の尿中の「オキシトシン」というホルモンの濃度を比較。すると、前者の飼い主は3.5倍に上昇したものの、後者では変化は見られなかった。
オキシトシンは別名「愛情ホルモン」、あるいは「絆形成ホルモン」とも呼ばれる。すなわち、犬と戯れることによって、飼い主に安心や信頼がもたらされ、「心の健康度」が上がったと考えられるのだ。
「遺伝子的に犬に近いオオカミに関しても同様の実験を行いました。ちなみに、ごく小さい時から人の周りにおくことで、オオカミでもどうにか飼いならすことができます。さて、オオカミに関する実験結果はというと、犬の場合と違ってオキシトシン濃度に変化はなく、そもそもオオカミは飼い主とじゃれはしても、顔を見つめることはありませんでした。このことから分かるように、普段身近な存在であるため気が付きにくいのですが、犬は極めて特殊な動物なのです」(同)
それは、犬と同じく私たちの身近にいる猫と比べても指摘できることだという。一般社団法人ペットフード協会の調査によると、2017年から猫の飼育数が犬を逆転し、犬は“劣勢”に立たされているという。しかし、
「ペットが、人間が指さした方向にしっかりと反応できるのは当たり前というイメージがあるかもしれません。ところが、実は同じペットでも、犬にはできても基本的に猫を含めた他の動物にこれはできません」(同)
なるほど、犬は「単なる一ペット」ではなさそうだ。
さらに、他にもこんな実験報告があると茂木教授が紹介する。
「中にエサが入った箱を鼻でつつくと、箱が開いてエサが食べられるようにしておき、その後、鼻でつついても開かないように人間が細工をする。普通の動物は、細工を施(ほどこ)した後も、開くものだと信じ込んで壊れるくらいに延々と箱を足でひっかき回し続けたりするだけなのですが、犬は途中まで開けようと頑張ってダメだと分かると、まるで助けを求めるように近くにいる人間の顔を見る。これも犬にしかできない反応です」
このように、異種であるにもかかわらず「eye to eye」のコミュニケーションが取れる特別な関係の人間と犬。ゆえに、最古の家畜として、両者は“共生”することができてきたのだ。
「そもそも、犬に触ることはできますが、猫は嫌がる場合が多い。したがって、犬を飼うのと猫を飼うのとでは、その意味は大きく異なると思います」
と、茂木教授が続ける。
「犬の場合、eyeコミュニケーションやボディーコミュニケーションができるパートナーとして飼う面が強く、猫を飼う行為は観賞目的の意味合いが強い。猫の場合は、動物園の動物を見て楽しむのに近いのではないでしょうか。その意味においては猫に限らず、『犬』と『犬以外』の動物を飼うことの意味は大きく異なるといえます。こうした特別な関係の人間と犬が接することで分泌されるオキシトシンには、リラックス効果や痛みの閾値(いきち)を下げる効果もある。やはり、犬を飼うことは人間の心の健康に極めて有効だといえます」
科学的な裏付けを伴った犬による心の面での「癒やし効果」。だが、それだけではない。体の健康、とりわけ高齢者の健康寿命の延伸にも犬は大いに貢献してくれているのだ。
「65歳以上の約6200人を対象に追跡調査を行ったところ、身体機能が衰えるフレイル(虚弱)が発生するリスクが、犬を飼った経験がない人と比べると、飼育している人で2割低減されることが分かりました。他方、猫の場合はリスクは変わらず、フレイルに対する予防効果は見られませんでした」
こう解説するのは、国立環境研究所主任研究員の谷口優氏だ。この研究結果が科学誌に掲載されたのは2019年。そして22年、人と動物の関係を研究する谷口氏らは新たな研究成果を発表した。
「フレイルの関連要因である要介護状態や死亡への影響を調査しました。1万人以上の高齢者を対象に2年間の追跡調査を行った結果、犬の飼育による新たな効果が浮き彫りとなったのです」
具体的には、次のような結果が出た。
「要介護と死亡をあわせて『自立喪失』と呼びますが、猫の飼育状況と自立喪失との間に明確な関連性はみられませんでした。ところが、犬を飼っている人とそうでない人を比べた場合、後者の自立喪失リスクを『1』とすると、前者の自立喪失リスクは『0.54』で、およそ半減。犬を飼っていることで自立喪失リスクが大きく低減されることが分かったのです」(同)
猫にはない、犬による大きな健康長寿効果。死亡も含めたリスクが下がるというのだから、犬の飼育は「新たな健康長寿法」と言って差し支えなかろう。
「さらに今回の調査の特徴は、犬を飼っている人の中でも運動習慣があるか否かを調べたことです。その結果、犬を飼っていても運動習慣がない人の自立喪失リスクは0.85と大きな差はないものの、犬を飼っていて運動習慣がある人のリスクは0.44と大きく下がっていた。つまり犬の散歩などの運動が、健康長寿に貢献しているということです」(同)
たかが犬の散歩、されど犬の散歩。恐るべし犬の散歩――。谷口氏らの研究結果を補強するように、海外でも次のような調査結果が存在する。
例えば、スウェーデンの調査では、ひとり暮らしで犬を飼っている人は、ペットを飼っていない人と比べて心血管疾患で死亡するリスクが36%も低減。家族がいる世帯でも15%下がることが判明した。
また、チェコの調査では、犬を飼っている人と、他のペットを飼っている人を比較した場合、犬を飼っている人のほうが身体活動や食事に関するスコアが最適である割合が高いことが分かっている。
再び茂木教授が説明する。
「どんな高齢の人でも、犬を飼っていれば大抵は外に散歩に連れていくことになります。運動効果はもちろん、外の空気を吸うことでリラックスできますし、また、散歩に連れていくという習慣を半ば強制されることによって、結果的にそれが規則正しい生活にもつながる。日々のリズムが整えば、食生活も乱れないという好循環が生み出されるのだと思います」
そして、犬によって私たちは「人間らしさ」まで取り戻すことができるという。
「先ほど説明したように、人と犬は異種でありながら例外的に共鳴することができます。だからこそ、私たちは犬に話しかける。ひとりで散歩するよりも、犬に話しかけながら散歩するほうが人間らしいですよね」(同)
さらに見過ごせないのが、“コミュニケーションの潤滑油”としての犬の役割だ。
「最近、人間の世界ではプライバシー意識が一段と強まっています。我が子、我が孫に関してですら、他人に軽々に話すことははばかられる状況です。対して、さすがに“我が犬”について話すのに気を使う必要はありません。犬の存在が話の接ぎ穂となるわけです」(茂木教授)
互いに犬オーナーであればもちろんのこと、そうでなくても犬は力を発揮する。
「公園で見ず知らずの高齢者がすれ違っても、いきなり話しかけるのはかなりハードルが高い。しかし、そこでどちらかが犬を連れていれば、もう一方が犬を飼っていないとしても、その犬の存在をきっかけに話しかけやすくなりますよね。犬は、人と共鳴できる疑似家族のような例外的動物である上に、人と人とのコミュニティーまで広げてくれるわけです」(同)
たしかにフレイルは、体力の低下とともに社会とのつながりの欠如によっても促進されてしまう。やはり、犬は「抗フレイル」に大きく貢献してくれるといえそうだ。しかし、課題がないわけではない。
谷口氏が指摘する。
「近年、外出自粛に伴い自宅で過ごす時間が増加したことから動物飼育への関心が高まっています。一方で、終生飼養の観点から、高齢者の犬猫飼育には消極的な意見も少なくありません。動物飼育は健康長寿に大きな効果が期待できることから、高齢者が安心して動物を飼育し続けるための仕組みを官民が連携して構築することを期待しています」
茂木教授が後を受ける。
「高齢者が犬を飼うのは体力的に大変かもしれません。しかし、高齢者には高齢者に合った犬がいます。例えば高齢犬を飼えば、若い犬に比べて運動量は少ないのでゆったりとした散歩ができる。その人、その世代に合った犬は必ず存在します」
無論、ただ飼えばいいというわけではない。
「自分にもしものことが起きた場合に犬をどうするかはしっかりと考えておかなければいけませんが、犬を飼うことで生活に張りができるのは間違いありません。例えば、今、増えている高齢者のおひとりさまにとって、犬は健康長寿を支えてくれる格好の存在といえるでしょう。70歳、80歳になって妻や夫を失い、新たな伴侶を探すのはなかなか難しい。そうであれば、犬を飼うことで新たなパートナーとするほうが、現実的な『老後対策』といえるのではないでしょうか」(同)
偉大なる犬による健康長寿効果。だが、昨今は「愛玩動物批判」が高まり、ペットを飼うという行為そのものが問題視される傾向もあるが……。
「太古の昔から、番犬や猟犬として基本的に犬は人間とともにありました。野良犬といっても、もとをただせばほとんどは人間が飼っていた犬です」
として、茂木教授がこう締めくくる。
「つまり、犬は常に人間の近くにいた。犬も人間を必要としてきたのです。先に紹介したオキシトシンに関する実験がそれを証明しています。なぜなら、見つめ合った結果、オキシトシン濃度が上がったのは人間だけではありませんでした。犬も上がった。犬も幸せホルモンを分泌していたのです。すなわち、犬も人間の近くにいることで幸福感を得ている。ですから、私に言わせれば、犬を飼うことに対する愛玩動物批判は……ナンセンスですね」
茂木一孝(もぎかずたか)麻布大学獣医学部教授(伴侶動物学)。1972年生まれ。東京農工大学農学部獣医学科卒業、東京大学大学院農学生命科学研究科修了。横浜市立大学医学部助手などを経て、2020年より麻布大学獣医学部教授に就任。人間と、その伴侶としての動物について研究を続けている。
谷口 優(たにぐちゆう)国立環境研究所主任研究員。1983年生まれ。秋田大学大学院医学系研究科修了。医学博士。2012年より東京都健康長寿医療センターで認知症予防に関する研究に従事。19年より国立環境研究所主任研究員に。『認知症の始まりは歩幅でわかる ちょこちょこ歩きは危険信号』等の著書がある。
「週刊新潮」2022年12月22日号 掲載

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