「オウム真理教のVHSビデオ」を購入しようとしたジャーナリストを襲う“謎の展開”…「奇妙な女」が自宅を訪れ、「黒ずくめの男」の姿まで

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日本のアニメ産業は1990年代中盤から徐々に世界各地で人気を博すようになり、内閣府によると2021年、日本アニメの海外市場規模は1・3兆円に達した。日本のアニメ文化は海外の人々が日本に興味を示すきっかけにもなっている。(全2回の第1回)【作家・ノンフィクションライター・藤原良】
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【写真を見る】「誰かと思った…!」 “ヒゲ無し”麻原彰晃のレアな姿
アニメを通じて多くの外国人が日本に興味を持つようになったのは、とてもいいことだろう。一方、日本への興味をきっかけとして、私たちの“知られざる部分”にまで好奇心を持つ外国人も増えた。
パリ五輪が話題のフランスでは、2001年に「反セクト法」(アブー・ピカール法=人権及び基本的自由の侵害をもたらすセクト的運動の防止及び取り締まりを強化するための2001年6月12日法律2001-504号)が制定された。
フランスの国会が10の基準でカルト団体と認定した宗教団体は、国内での活動が規制され、場合によっては解散処分も科せられるという厳しい法律だ。制定に際してはフランス国内で大きな議論の対象になったほどだ。
フランスで活動する日本の有名新興宗教の諸団体も認定を受けた(2024年時点で解除されている団体もある)。反セクト法を巡る議論と、日本のアニメ文化ブームが過熱し、毎年パリで「ジャパンエキスポ」が開催されるようになると、フランスのテレビメディアでは「アニメの国、ニッポンの新興宗教と反セクト法」といった内容の番組企画が相次ぐようになった。
フランスで地下鉄サリン事件(1995年)に代表される一連のオウム真理教事件は有名。そうした中、知り合いのフランス人ディレクターから「日本でオウム関連の資料を集めて送ってほしい」と私に依頼があった。
東京で資料集めを開始してから間もない頃、古い付き合いの友人から「オウム真理教の内部教育ビデオの中古品を扱っている販売サイトがある」と教えてもらい、資料集めの一環として早速そのサイトにアクセスをしてみた。
そのサイトは『株式会社み前利』(読み方不明)で、主に化粧品等のコスメ商品を販売しているネットショップだった。
数ある化粧品類のサンプル画像の中に、どういうわけかオウム真理教のVHSビデオが混ざって販売されていた。販売価格は5525円。これといった商品解説はなく、教団設立者である麻原彰晃の顔写真が強調された、オウム真理教のビデオのパッケージ写真が掲載されていた。
ビデオの規格が「VHS」であることが、30年近くも前に世の中を騒然とさせたオウム真理教の歴史を物語っていて、それとなく胸が高鳴った私は、すぐに購入ページに移動して、氏名住所といった個人情報を入力していった……。
株式会社み前利からの返信メールによると「このビデオは山本圭吾という人物の個人出品なので購入代金の支払い方法は、山本圭吾と直接やり取りをして決めてほしい」という。しばらくすると山本から購入代金の振込先として、銀行の口座番号がメールで届いた。
りそな銀行 八王子支店 2389959 グェン カック カイン
この銀行口座名義人の氏名は、カナダでシステムエンジニアとして成功を収めたことで知られるベトナム人のグエン・クオック・カインにどことなく似ていた。またホーチミン市人文社会学大学のグェン・カック・カイン博士とは同姓同名だ。
口座名義の名前だけでもネット詐欺の悪臭を強烈に放っていたが、30年前のオウム真理教の内部教育VHSビデオという商品の希少性から、もしも本当に購入できるのならありがたい。この怪しい銀行口座に商品代金を振り込むと「商品発送までしばらくお待ち下さい」という大手通販サイトで見慣れたメールが届いた。
だが、それから1週間経ってもビデオが配送されて来ることはなかった。山本圭吾に問い合わせメールを送っても返事はなく、株式会社み前利のショップサイトは「悪質なサイトを遮断しました!」というメッセージ画面になるだけで、もう既に閉鎖されていた。
ある程度は予想できていたとはいえ、ネット詐欺にやられたと途方に暮れた。すると、ビデオが送られてくる代わりにサプライズがあった。
自宅に見知らぬ女性が訪ねて来たのだ。女性はキリスト教のプロテスタント系団体の信者だと説明し、「5000円を寄付して欲しい」と要求してきた。勿論、私はこの女性の要求を断った。今時、いきなり見知らぬ人の自宅のピンポンを押して「5000円くれ」なんて活動をしている宗教団体があるはずないだろう。
ネット詐欺や宗教問題に詳しい某探偵によると、
「そもそもオウム真理教のビデオを欲しがるような人は、たとえ詐欺にあっても警察に駆け込むようなことはしません。もし警察に行けば、刑事相手に事情を説明している最中に何度も『オウム真理教のビデオを買いたかったから』と言うしかない。ハッキリ言ってそんなの気まずいでしょう。自宅に来て5000円を要求した女性が何者かは分からないけど、よくあるパターンだと、悪質な新興宗教団体が信者獲得の勧誘作戦としてネットサイトで宗教系グッズを販売し、購入メールを送って来た買い手の個人情報を見て勧誘に訪れるパターンがあります」
「もうひとつはトクリュウ(匿名・流動型犯罪グループ)のやり方で、今回みたいに警察に相談しにくい商品をショップサイトで販売します。バイブレーターとかSMグッズなどの商品で釣り、購入手続きの際に入手した氏名・住所・連絡先をもとに自宅までやって来て金品を要求するパターンがありますね。まだあまり事件化してないみたいですけど」
とのことで、この某探偵の案内で警察に相談する運びとなった。
警察の方では「あぁ、これはもうほぼ間違いないですよ」とネット詐欺、フィッシング詐欺の疑いがあると説明された。
だが、肝心の捜査については、
「こういうのは、もうやりようがないんですよ。捜査しても、またやられて、を繰り返すばかりでイタチごっこと言いますか、『これからはこういう怪しいサイトで買い物しないでくださいね』とご指導するしかないんですよ。被害届については、銀行も被害届を出さないと捜査になりません。詐欺の犯人に銀行も被害を受けていますから。でも、銀行が被害届を出してくることはほぼないですから」
と、全くもって手詰まりの様子だった。そして、私が今回の振り込みに使用した某大手銀行の相談窓口を案内された。「一応、この手の話は銀行の専用相談窓口でやってくれますから。うち(警察)に相談したって言ってもらうと話がスムーズですから」と……。
さっそく専用相談窓口に連絡すると、「振込明細用紙など、振り込みを証明できるものが手元に残っていれば手続きができます」という条件付きの相談対応だった。
振込明細用紙などがあれば、被害者リストに登録される。その後、銀行の判断で、今回の詐欺事件で使用されたグェン・カック・カインの口座を凍結する。それから半年後に、この口座に残金があれば、被害回復給付金支給制度によって被害者リストに登録されている人たちの頭数で割った金額だけが戻ってくるとのことだった。
担当者の話によると、経験上では凍結した銀行口座に残金があることはほとんどなく、もし残っていても数百円程度が関の山とのことだった。
銀行の言い分は理解できる。だが実際の被害金額は別として、私が振り込みの際に支払った振込手数料は即時返金しなければ、銀行も詐欺グループと利益供与関係になってしまうのではないかという大きな疑問が残った。
ネット詐欺やフィッシング詐欺の被害報告件数はどれくらいなのか。警察庁によると、フィッシング詐欺だけでも2023年で119万件。その振り込みの際に発生した振込手数料の総額も相当な金額になっているはずだ。
私の一件だけで述べるのは実例が足りないかもしれないが、振り込みの際に支払った手数料が銀行から返金されるという説明は一切なく、いまだに返金されたこともない。もし全国の銀行が同じ対応に終始しているのであれば、銀行はネット詐欺やフィッシング詐欺の被害者の振込手数料のおかげで莫大な利益を得ていることになるだろう。
とりあえず警察と某銀行による公的な対応とその手続きはこれだけであり、銀行に支払った振込手数料と商品代金の5525円を失ったようなものだった。また、振り込み後に自宅にやって来て5000円の寄付を要求してきた謎の女性については、現段階で警察は不介入とのことだった。
もし日本にもフランスの反セクト法のような法律があれば、自宅に突然やって来て金品を要求するような宗教団体は間違いなく捜査及び規制の対象となる。ただひとつ深読みすれば、この不審女性は宗教団体の信者ではなくトクリュウのメンバーである可能性もある。
私から搾取した個人情報をもとにして金品を奪いにやって来たのかもしれない。たとえ1件から5000円しか獲れなくても1日に10件から寄付金を獲れれば5万円を手にすることができる。それを20日間やれば100万円になってしまう。決して安い儲けではないはずだ。
場合によっては住居確認をしたうえで、その家の住人が定期的に留守にしており、その時間も長いと分かれば、空き巣に入るかもしれない。ちなみに私の場合は不審な女性が去った後の深夜、「上下黒い服装で黒い目指し帽を被った不審者が近隣をうろついているのでご注意下さい」と近隣住民パトロールの方々から教えられた。
この不審者が今回の件と関係しているかどうかは分からないが、時期的に重なっていたのは事実だった。
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藤原良(ふじわら・りょう)作家・ノンフィクションライター。週刊誌や月刊誌等で、マンガ原作やアウトロー記事を多数執筆。万物斉同の精神で取材や執筆にあたり、主にアウトロー分野のライターとして定評がある。著書に『山口組対山口組』、『M資金 欲望の地下資産』、『山口組東京進出第一号 「西」からひとりで来た男』(以上、太田出版)など。
デイリー新潮編集部

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