「ネットの恋人」と聞いて、どのような存在を思い描くだろうか。
近年、若者の間では、ネットの中でのみ完結する恋愛が珍しくなくなっている。出会いだけでなく、告白からデートまで一貫してオンラインで済ませる人が増えているのだという。
都内の高校に勤める先生は言う。
「うちの高校は東京にあるのですが、オンライン上だけで付き合っている恋人がいると話す生徒がクラスに必ず1人はいます。やり取りはすべてオンラインのメッセージだけで、実際に会うことはない。相手の住まいはいろいろで、中には九州や北海道に『ネットの恋人』がいるという生徒もいます。この現象だけ見れば、交際の概念や方法が変わったというだけの話なのですが、実はこれによっていろんなトラブルが起きているのです」
先生によれば、特にコロナ禍によって若い人の恋愛観が大きく変わったという。そこで起きる新たなトラブルとは一体何なのか。
近著『ルポ スマホ育児が子どもを壊す』(新潮社)は、保育園から大学まで、200人以上の教育関係者に取材し、現代社会の新たな環境が子どもたちに与える影響を浮き彫りにしたノンフィクションだ。本書の中から、現在の若者たちの間で起きている、ネットと恋人の関係性とトラブルについて紹介したい。
現在は、大人でも5人に1人がマッチングアプリで知り合った相手と結婚しているとされている。大人の場合は、アプリで知り合い、何度かメッセージを交換して、実際に会って……というプロセスで恋愛が行われる。
これに対して、現在の中高生のネットでの出会い方は少々異なるらしい。彼らはマッチングアプリを使うことはあまりない。ネットでの出会いは、SNSのプロフィールやアップされた画像を見て気に入った人をフォローしたり、ダイレクトメールを送ったりすることで行われる。
コミュニケーションツールがSNSに取って代わられた時代では自然のことだろう。ただ、学校の先生方が戸惑っているのは、その先にある「ネットの恋人」という存在だ。
本書で取材した高校の先生は言う。
「今の生徒の中には、一度も会ったことがない相手に対しても『恋人』と言い切る子がいます。遠距離恋愛なら分かるのですが、会おうと思えば会える範囲に住んでいるのに、ネットだけでやり取りしている場合がある。聞いてみると『デート代がかからないから』『実際に会って嫌われたくないから』などと言います。直接会うことによるわずらわしさを回避できると考えて、付き合いをネットだけに限定しているようなのです」
たしかにスマホで交流しているぶんには、さほど金銭はかからないし、都合の悪いことを見たり見られたりせずに済む。つまり、コスパ、タイパはいい。それゆえ、SNS上だけでのつながりで「付き合う」ということをするのだという。
親世代からすれば、「会わないと本当の人となりは分からない」と苦言を呈したくなるかもしれない。だが、幼い頃からスマホで育った若者たちが、そちらのほうをコスパが良く、利便性が高いと考えるのは必然だ。
とはいえ、先生方が懸念しているのは、ここから引き起こされる別の問題だ。特に性の問題である。
次は愛知県の高校の先生の話である。
「愛知県では、高校生に性に関する大規模アンケートを行っているのです。その中で、驚いたことがありました。高校生に対して、最初に会ってからどれくらいで男女の関係を持ったかという質問項目があったのですが、『1ヵ月以内』などの4項目に限って言えば、『会ったその日』が一番多かったのです」
詳しいデータについては、『ルポ スマホ育児が子どもを壊す』を参照していただきたいが、「会ってからどれくらいの期間で男女の関係になったか」という問いに対する回答は次である(「高校生の性に関する調査2019年度」)。
・会ったその日=男性14.3%、女性17.7%
・1週間以内=男性9.6%、女性4.4%
・1~2週間以内=男性8.5%、女性5.8%
・1~2ヵ月以内=男性11.2%、女性13%
このように見てみると、「会ったその日」が群を抜いて多いのが分かるだろう。
リアルな関係性に苦手意識を抱くことが多い若者の間で、なぜこうしたことが起きているのか。本書で取材した先生の言葉をそのまま引用したい。
「聞いてみたところ、高校生たちはネットで相手と知り合って、ネットで告白して、ネットで付き合っていることが明らかになりました。ネットの中で数ヵ月かけて関係性を深めていく。でも、男女の関係になるには、リアルで対面しなければなりませんよね。
そこで初めて実際に外で会おうということになり、会ってすぐにホテルなどへ行って行為をする。だから、アンケートの中で『会ったその日』という回答が多くなったようなのです。彼らの主張でいえば、実際に顔を見たのは初めてだけど、それまでSNSでずっと付き合ってきたということなのですが……」
つまり、出会い、告白、デートまではオンラインで済ませ、その先の関係については会わないとできないので、会ったその日に行うということだ。
これはコロナ禍前の調査なので、現在はこの傾向が高まっているのは自明だ、と同先生は語っていた。
もちろん、そのようにして出会った相手が、信頼に足る人物なら何の問題もないだろう。ただし、高校生にはそこまで人を見抜く力は乏しく、ここから生じるトラブルも数えきれないそうだ。
兵庫県の高校の先生は言う。
「うちの生徒たちは『実際に会ってみたところ騙された』という表現をよく口にします。それまで異性とネットでしかやり取りしていないので、外で本当に会ってみたら、想像と違うことが見えてきた。そのことを『相手に騙された』『裏切られた』と表現するのです。普通に考えれば、それは騙されたのではなく、その子が軽率なだけなのですが……。
とにかく、相手の顔や性格が想像と異なっていたといったことくらいならさほど大きなことではないのですが、悪質なケースだと、金銭を求められるとか、暴力を振るわれるといったことにつながりかねません。特に女子生徒の場合は、年上の異性に誘い出される機会が多く、被害も深刻になりやすいのです」
この先生の高校では、女子生徒がネットの出会いによって犯罪に巻き込まれたケースもあったそうだ。
実際に、ネットを介したトラブルは年々増加しており、警察庁の「令和5年の犯罪情勢」によれば、SNSに起因する事犯で被害に遭った未成年は、判明しているだけで1663人に上る。むろん、これが氷山の一角にすぎないことは明らかだろう。
では、こうした若者の誤解は、どういうところから生じるのか。引き続き【後編:中高生の恋愛「ソフレ」「ビリフレ」…細かく関係分類の背景】で詳しく見ていきたい。
取材・文:石井光太’77年、東京都生まれ。ノンフィクション作家。国内外の文化、歴史、医療などをテーマに取材、執筆活動を行っている。著書に『絶対貧困』『遺体』『「鬼畜」の家』『43回の殺意』『本当の貧困の話をしよう』『格差と分断の社会地図』『ルポ 誰が国語力を殺すのか』などがある。