東京都内の通信制高校で学ぶA子さんは、小学校時代の担任教諭(30代)の発言や行為で、性的羞恥心による精神的苦痛を受けたなどとして、千代田区や担任教諭らに対して損害賠償を求める訴訟を起こした。訴訟が始まった時A子さんは小学6年生で、賠償額は1円だった。
【画像】現在は通信制の高校に通うA子さん
第一審、第二審ではA子さんの訴えは認められず、最高裁でも今年2月14日に上告が棄却されたことで、敗訴が確定した。A子さんはなぜ賠償額1円の訴訟を起こしたのか、そしてなぜ最高裁まで戦ったのか。A子さんの自宅で話を聞いた。

A子さんが訴えたのは、小学校5年生の時に担任教諭Bから受けた「ねえ、今先生が考えていることわかる?」「かわいいんだからこっち向いて」などの発言がセクハラであり、教育的指導とは言えず不法行為だというもの。
また、A子さんが運動会の応援団セットを紛失した際、他の児童たちの前で「ロッカーから消えただと!」「いいや、お前がなくしたんだ」と怒号を浴びせたことなどが、教育的指導と言えないとした。
「担任が私に構うようになったのは2017年4月でした。授業中にこめかみや顔を触られ、とても気持ちが悪くて、吐きそうになるのを一生懸命、我慢しました。学校にいる間は『また触られるのではないか?』と、嫌な気持ちと恐ろしさが消えず、苦痛の時間でした。クラスメイトに気づかれたら変な噂になるかもしれない、私の被害を一緒に怒ってくれるんだろうか? と色々なことを心配し、悩みながら学校生活を送っていました。
授業中に提出物を先生に渡すときに、担任が他の子に聞こえるように突然『A子さん、かわいいですね』と言ったんです。そういうことが続いて、クラスメイトも『A子ちゃんがひいきされてる』『A子だけかわいいって言われる』と噂するようになりました。そしてだんだんひそひそ話や無視が始まりました」
A子さんはその後ストレスで神経性胃炎と不眠症を患い、通院と投薬を余儀なくされたという。
「考えてみれば、学年が始まる前にBが児童たちに接する際のことを聞き、『あの先生には気をつけなよ』と言われていました。その先生じゃないといいな、と話していたんですが、担任になってしまいました」
写真はイメージです AFLO
これらの訴えを裁判所はどう判断したのか。
判決によると、教員が特定の児童に対して注意を促す場合、こめかみ辺りをつつくという行為を採ることは必ずしも不適切とは言えず、性的な意味合いがあることを窺わせる特段の事情を認めるに足りる証拠もないとした。つまりセクハラ行為は認められなかった。
また、授業中に「かわいいですね」などと声をかけたことは事実であるか確認ができないとしてセクハラ被害を認めなかった。
裁判で担任教諭Bは、A子さんに対して「オレンジの皮を口で挟んでニッてやって」「今考えていることわかる?」「背が伸びましたね。コブ(髪の毛をゴムで縛った丸い部分)も伸びましたね」と発言したことは認めた。しかし裁判所は「不適切だとしてもオレンジの皮を口に挟む行為を強要したとまでは認められず、違法とは言えない」としている。
A子さんは4月に始まった担任とのトラブルを、学校にも相談している。しかし反応は芳しいものではなかった。
「6月頃に副校長のところへ行き、担任のセクハラ行為が『嫌だ』と訴えました。すると、『よく話してくれたね。大丈夫。A子のことは、先生が守るから心配いらないよ』と言ってくれました。しかし、特に何の対応も取られず、教室での担任の行動も変わりませんでした。その後、母が神田警察署の生活安全課へ相談に行き、警察官が学校へ来てくれるようになり、やっと少し安心することができました」

さらに9月になると、他の教師からも嫌がらせと感じる言動をされたというのだ。
「9月8日に、ランドセルから健康記録カードが無くなり、ロッカーに入れておいたはずの運動会の応援団セットもなくなりました。担任と応援団の担当教員に『ロッカーから消えた』と訴えたのに、私がなくしたことにされました。その後は毎日、どこをどう探したのかを2人の教員に報告しなければなりませんでした。すると応援団担当教員に『毎回「見つかりません」だけ言うな』『お前は卑怯者だ』と、鬼のような顔つきで大きな声で怒鳴られました。担任はニヤついた顔をして、『まだ見つかりませんか? 困りましたね』言っていました」
A子さんは学校でのストレスを募らせ、小学5年生の冬に自宅のマンションから飛び降りようとしたことがあるという。
「自分ではリアルには覚えてないけど、そんな出来事があったなってふんわり覚えてるくらいです。自分が飛び降りようとしたのですが、他人事みたいな感じです。そんなことをしたんだなって。多分、限界だったんでしょうね。二度目に自殺を試みたときは夜でした。担任のニヤついた顔つきと、頭や顔を触られた気持ち悪さ、髪の毛をつかまれたことが蘇って、疲れてしまって部屋にあった電気コードで首を絞めました。ただ、親の顔が浮かんで締めるのをやめました」
小学校を卒業してトラブルのあった教諭たちとは離れることができたが、中学校に入ってもA子さんは精神的なストレスに苦しみ続けていた。そして裁判を決意したが、賠償額は異例の1円。なぜそんな裁判を提起しようと思ったのだろう。
「お金というよりも、ただ謝ってほしかったんです。ただ謝ってもらったところで、裁判を始めちゃったので学校とはもう険悪ですし、裁判をしていることで普通の学校生活も送るのが難しかったです」
一審、二審では訴えが認められず、最高裁でも棄却されたことで約5年にわたる裁判は終わった。
「裁判所に行くたびに嫌でも過去のことを思い出さなきゃいけないのできつかったです。提訴したのは小6なので、時期的にも私立中学の受験期間とかぶっていたので、気分が落ち込むことが多かったです。今でも小学生高学年くらいの子を見ると思い出してしまいます。不登校になり、その後転校するのですが、もし学校に行っていたらこういう感じだったのかなって。裁判は正直途中から諦めかけてはいたんですが、もう取り返せるものでもないから、高校に入学してからはもう前に進むしかないって思ってます。最高裁で『棄却』なので、結果は良かったとは言えないんですけど、終わったという意味ではほっとしました。これで一区切りにできると思います」
結局、裁判では学校側や教師側の落ち度は認められなかった。
「学校や裁判所に言ったところでどうにもならないってことが、小学校のあの時点でわかっていたら……と想像してしまうんです。担任も謝らず、教育委員会もきちんと対応せず、裁判も負ける、というのが分かっている状態で5年生の時に戻っていたら、たぶん黙っていたと思います」

裁判を経て、大人や教師に対する信頼感は変わったのだろうか。
「先生に裏切られたという気持ちはもちろんありました。学校や裁判所も助けてくれなかった、という気持ちもあります。今通っている通信制の高校だと、教師に会うのもスクーリングの時だけ。それに、別に私の顔を覚えてくれなくていいやと思っています。学校さえ終えれば、もう別に教師っていう人たちと会うこともないですから」
最後に、裁判を終えた今、Aさんはこう思っている。
「将来絶対ならないのは、教師です。もしなるとしても、色々な社会経験を経た上で教師になったほうが嫌な人間にならずに済みそうかなって。すごい偏見ですけど、今の教師はたぶん学校で辛い思いをしたことがない人がなるんだと思うんですよ。だから人の気持ちなんて多分わかんないんだろうなって。私は教師には絶対なりたくはないです」
(渋井 哲也)