9年前、長野県で男子中学生が、酒を飲んだ男の運転する車にはねられ、死亡しました。男が事故後に向かったのはコンビニ。目的は口臭防止剤を購入することでした。すぐに救護されていれば、命だけは助かったのでは?両親の闘いを取材しました。
【写真を見る】息子はなぜ死んだのか?飲酒の運転手は事故直後に助けずコンビニへ…両親が問い続けた事故の真相【報道特集】
和田善光さんと真理さん。9年前、長男の樹生さん(当時中学3年)を交通事故で亡くした。
和田善光さん「今年はしっかりと樹生の事件にかたをつけて、必ず良い報告ができるようにするよと」
2人は、運転していた男が息子をすぐに救護していれば、命だけは助かったのではないかと考えている。
事故は3度の刑事裁判が行われる異例の経過をたどり、今は最高裁の判断が待たれている。
和田真理さん「樹生のいない…会えなくなってしまった年数を重ねることの辛さを、新しい年を迎えるときには強く感じます」
2015年3月、事故は長野県佐久市で起きた。
夜10時すぎ。中学3年の樹生さんは、学習塾から帰る途中だった。横断歩道を渡れば、家族の待つマンション。そこに、酒を飲んだ男が運転する速度オーバーの車が突っ込んだ。
真理さん「大きな衝突音を聞いて、いつもよりもちょっと帰りが遅い、外で何か事故があったみたいで気になるので…」
善光さんが外に出ると、40メートル以上飛ばされた樹生さんを何人かが囲んでいた。
酷い傷…だが、まだ息がある。
善光さん「頭から血を流していて、一刻も早く病院に連れて行かなくてはと」
市の中心部なのに、救急車が到着したのは事故から20分以上あとだった。病院で懸命の処置が行われたが、及ばなかった。
真理さん「すぐに樹生だって気が付いて外に出て助けてあげられたら、違っていたかもしれないと思うと、母親なのにすぐに気付いてやれなくて、申し訳ない気持ちでした」
事故から2か月余り経って、両親は長野地検から説明を受けた。
運転していたのは、隣の町に住む、会社役員。捜査では居酒屋で生ビールや焼酎など3杯弱を飲んでいたことが分かった。
両親は刑がより重くなることを期待したが、まず飲酒運転についてはアルコール検査が基準値未満だったため罪には問えないと判断された。
次に、速度に関しては、男の供述や樹生さんが飛ばされた距離から、時速70~80キロとされた。防犯カメラの映像があったものの、捜査では解析されず、スピード違反ではあっても、刑事処分には至らないとされた。
検察はこの結果、「過失運転致死」いわゆる「わき見運転」の罪だけで起訴するとしたのだ。
真理さん「交通死亡事故は、どうしても一方が亡くなっていると、加害者の供述に沿った捜査しか行われないところがあって、こちらが望んでいる捜査はしてもらえなかった」
さらに、両親はこの日、衝撃的な事実を初めて聞かされる。男が事故後、樹生さんを助ける前にコンビニへ行き、口臭防止剤を買っていたというのだ。
2人の妹の面倒をよく見る、優しい兄。スポーツや音楽が得意で、周りから慕われる存在だった。将来は海外で働きたいと、受験勉強に励み、志望校に合格した矢先の事故だった。
真理さん「当日持っていたものなんです。お気に入りのリュックサックで幼稚園のときから使ってたんです。この中に高校の課題で出された作文が入っていたんですけど、高校に行ったら一生付き合える友達をたくさん作って、大学に行きたいと考えているから、しっかり勉強も部活も頑張りたいと…結局入学できなくて、どれだけ悔しかっただろうなといつも思います」
両親が衝撃を受けたのは、男が樹生さんを助ける前にコンビニへ行き、酒の臭いを隠すために口臭防止剤を買って飲んでいたことだ。
真理さん「第一発見者に話を聞いたときに、樹生が目を開けていたと聞いて、最後に何を見たのかなとか、もしかしたらすぐに助けてもらえたら、命だけは助かったかもしれないと思うと…」
道路交通法には、「交通事故があったときは、直ちに車両等の運転を停止して、負傷者を救護しなければならない」という条文がある。
男を、この「救護義務違反」の罪に問いたいと望む両親に対し、検察は…
長野地検「『救護義務違反』を主張した場合、現場に留まっていたと争われる可能性がある。ここで争うと裁判の進行が遅くなる。男の行動の悪質性を主張すれば実刑は取れる」
結局、検察は「救護義務違反」について、起訴を見送った。
真理さん「もう(過失運転致死の罪で)起訴しちゃったから、その一点張りで、面会してちゃんと話を聞いてくださいと言っても、もう刑事裁判に専念したいからと」
その夏に開かれた1回目の刑事裁判。男の手紙が証拠として提出された。
被告「私は警察、検察官の取り調べで全て正直に述べました。近くを探し回っていた時、人が倒れていると聞こえました。直ぐに駆け寄り心臓マッサージをしました」
男は、コンビニへ行ったことを認めたものの、判決は禁錮3年、だが5年の執行猶予がついた。
両親の望んだ実刑にはならなかった。
真理さん「きょうもなんとなく自然に、樹生の好きだったものばかりつくってますね。毎食用意しています。好きそうなものはお皿に載せて」
樹生さんの死に苦しんでいるのは両親だけではない。真理さんは下の妹の日記を、偶然目にしたことがある。
妹の日記「この日のことは一生忘れない。というより忘れられない。私の人生が真っ黒になった日。もちろん、犯人はゆるせない。でも、一番は、あのとき寝ていた“自分”が一番許せない」
上の妹は、原因のわからないおう吐が続き、今も入退院を繰り返している。
妹の日記「あの時みたいに毎日笑顔ですごしたい。家族みんなが心から笑えていた あの時みたいに」
諦めきれない両親は、その後も訴えを続けた。
両親の行動を変えたのは、同じ境遇の交通事故遺族との出会いだった。
事故の捜査が十分に行われなかった経験を持つメンバーから、自分たちで調べ直す方法があるとアドバイスを受けた。
2人は、自ら真相を明らかにすることを決意する。警察が、速度の解析に使わなかった防犯カメラの映像を入手。事故のCGを製作した。
善光さん「ここではねられて、最終的に加害者車両がとまったのはここ」
映像の専門家に依頼し、映っていた車やライトの反射、現場の測量から事故の状況を再現。専門家は、捜査では時速70~80キロとされたスピードについて、108キロに達していたと指摘した。
両親は、男が事故直後にコンビニへ行ったことが「救護義務違反」にあたると考え、目撃者からも話を聞いた。
同じマンションに住む内堀秀俊さんは、大きな音を聞いてベランダに出た。
和田さんと同じマンション 内堀秀俊さん「しばらくすると彼は降りてきて、こちらに戻ってきて、横断歩道近辺を何か捜すような感じでした。そのときに前の建物から(年配の)男性が出てきて、何か会話をしていました。たぶん1分くらいだったかな」
会話をした原谷進さんも、男が衝突場所の付近だけに留まっていたと話す。
男と会話した原谷進さん「人をはねちゃったということは言ってました。まずここを見て、こっちの方をうろうろしていたくらいで。たいして動いてないですね」
原谷さんより前に、男と話したという女性はこう証言した。
男を目撃した女性「捜しているというか、横断歩道をのぞき込んでいるだけで、もっといろんなところで普通捜すのかと思ったり。『大丈夫ですか、救急車呼びましたか』と聞いたら、その返事がなかった」
男はその後、現場を離れたという。
和田さんと同じマンション 内堀さん「それで彼は自分の車に戻って、車をどうにかするのではなく、すぐセブンの方に行きました」
心肺停止後の救命率は、1分間に約10パーセント下がるとされている。
両親が調べた、男の行動はこうだ。
午後10時7分ごろ、樹生さんをはねた。およそ100メートル先で車を止めると、1分後には、横断歩道まで戻る。通りかかった女性が「救急車を呼んだのか?」と尋ねるが、応えなかった。3分程度はその場に留まり、近くのマンションから出てきた原谷さんと会話。
事故から4分後には車へ。ハザードランプをつけると、コンビニへ向かった。
最初の119番通報は、事故から10分後、連絡を受け駆け付けた、男の知人からだった。
事故から2年余り、両親は自ら集めた証拠を検察に提出。再捜査の結果、検察は、時速は96キロに達していたとして「スピード違反」の罪で起訴。
2度目の裁判が行われたが、訴えは退けられた。さらに、「救護義務違反」の起訴も見送られ、捜査は終結した。
行き詰ったかにみえた状況を打開する糸口となったのは、刑事裁判と並行して両親が起こしていた民事裁判だった。
2021年、東京高裁は、男がコンビニへ行っていた行動を「不救護・不申告」と結論付け、「救護義務違反」にあたると認めたのだ。
両親はこの判決などをもとに訴えを続け、ついに検察は2人が切望していた「救護義務違反」の罪での起訴に踏み切った。
2022年、同じ事故をめぐっては異例となる3回目の刑事裁判が開かれた。ここでも双方の主張は対立した。
検察「救護よりも飲酒の発覚を隠そうとコンビニで口臭防止剤を買うことを優先させた」
被告「樹生さんを発見してから通報しようと思った。コンビニへ行ってしまったが、すぐに戻って警察官に申告している」
そして判決は…
裁判長「主文、被告に懲役6か月の実刑判決を命じる。『直ちに』とは救助や報告の遅れは許されないと解され、飲酒を隠すために、誰にも断らずにコンビニに行った点は法の趣旨に反する」
事故から7年8か月、男に実刑判決が言い渡された。
真理さん「きょうの判決を聞いて、これまでやってきたことは間違いじゃなかった。これからは妹たちのことを一番に考えてねと、言われたような気がしました」
両親の思いは届いたかと思われたが…男はこの判決を不服として控訴した。2023年9月、東京高裁は、長野地裁の判決を破棄し、逆転の無罪を言い渡したのだ。
判決は、コンビニへ行っていた時間は1分余りで、距離は50メートルほどと短かったと指摘。買い物の間も、樹生さんを救護する意思は持っていたとした。
検察は最高裁に上告した。
両親は、樹生さんが小さいころ一緒に遊んだ実家の庭に、コブシの樹を植えて育てている。
善光さん「一緒に見ていてくれ。ちょっと頼りないところはあるかもしれないけど、できることは最後まであきらめないでやると」
真理さん「助けを求めていた樹生は、すぐに救護してもらえなかったんですけど、そんな思いをする人が1人でも減らせるような、そういうことにつながる判決をいただけるように、最後まで一緒に、樹生に見守っていてほしい」