大手の求人広告から応募した「海外での高級腕時計の買い付け」のバイト(バイヤー)を行い、被害に遭うケースはこれまでに何度も発生しています。昨年春頃に、その種の求人広告がみられるとの情報があり、コロナ禍があけて海外に旅行する人も多くなるなか、注意喚起が必要と考えて、その求人募集をする会社の面接を受けた方の記事も書きました。
昨年末、突然、この会社からの入金がストップして多額の負債を背負ったという報告が次々に寄せられました。バイヤーをして、2500万円以上と、約1800万円もの被害に遭ったお二人に話を聞くと、過去の事件との共通点も多くあることがわかってきました。この他にも1000万円以上の被害も複数寄せられており、東南アジアを舞台にした今回のケースは氷山の一角である可能性があり、億単位の巨額な被害に上る恐れがあります。
50代女性の田川さん(仮名)は22年頃に、知人の紹介をきっかけに、この仕事を始めて、2500万円以上の被害に遭っています。
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「私は海外旅行が趣味で、海外に行きながら楽しく仕事をしながら稼ぐこともできるとのことで始めてみました」
田川さんが最初に会社の指示をうけて赴いたのがタイでした。
「現地に着くと、会社の実質的な運営をしているA男から指示をうけて、数人のバイヤーらとともに、ゴールド(金)を買うお店に行くようにいわれました。私自身のクレジットカード数枚を使ってゴールドを買い、その場で買い取ってもらう形で700万分のタイバーツにしました。さらにそのタイバーツを持って両替所で日本円に換金しました。そのお金は、ロレックスが一番集まる香港で時計を買い付けるための資金にするということでした」
この他にも、田川さんは、タイのバンコクの正規店の時計屋さんで600万円ほどの高級腕時計も買い、帰国しています。購入した時計は「成田につくと、A男が空港にきて、時計を引き取りました」と話します。過去に、A男からの指示でバイヤー自身の腕に時計をはめて、不正な手段で国内に持ち込もうとして税関で捕まった人もいましたが、この点について尋ねると、今回は「きちんと税関に申告をして日本に持ち帰りました」ということです。報酬は金や時計を購入した代金の5%です。たとえば、600万円分の時計の購入などをすると、その場で30万円ほどの報酬が空港で手渡されました。
田川さんは2回目も同じようにタイに行き、帰国後に報酬を受け取ります。その後は、月に1回ぐらいのペースで1年ほど香港などの海外にもいきました。クレジットの代金に関しては、会社の支払い担当者に利用明細を写真に撮ってLINEで送ると、決済日の2日前ぐらいに入金されてきたそうです。しかし、突然、昨年末に入金が止まりました。
「約1年間、しっかりと代金も報酬も払われていたので、すっかり信じこんでしまいました」と、悔しさをにじませて話します。
長期にわたり、クレジットの代金と報酬も支払われたのですから、疑念を抱かないのも、仕方ないかもしれません。毎回、時計を買い付けた現金や時計は、A男が実質的に主導する会社に渡してしまうので、現物は手元にはなく、田川さんは2500万円以上の借金を背負うことになりました。
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筆者が「どんなゴールドをクレジットで買ったのでしょうか?」と尋ねると、田川さんは「板みたいなものですね。金額分の板を、お店の人は、目の前にボンボンと置いていきます。しかし私は目の前にあるゴールドに一切、触れることはありませんでした。これがあなたの700万円で買ったゴールドだよと、お店の方はいいます。そして、その場で3%の手数料引いた金額でタイバーツを渡してくれる。クレジットカードでの現金化が、その場でできるお店のようなんです」
最初にこれを知った時に、田川さんは驚き、A男に聞きましたが「タイでゴールドを買い、その場で換金するは合法だから問題ない」と言われています。その時、他のメンバーと合わせて2000万円ほどの円に換金したそうです。
「多額のお金は、A男からの指示で、私たちバイヤーをアテンドしてくれた30代の日本人女性に預けました。それを日本に持って帰るということでした」
指示自体は、バイヤーらのLINEのグループラインにて、指示をうけていたといいますので、A男を指示役とした非常に組織行為といえます。
30代女性の西田さん(仮名)は、大手のネットの求人広告から、22年の末頃、応募して都内のシェアオフィスのようなところで、B男から面接をうけました。
一回目に訪れたのはタイで、前出の田川さんと同じように、ゴールドをクレジットカードで買って、タイバーツにしたといいます。
「500万円くらいのゴールドをクレジットで購入し換金した後に、時計屋で150万円分のロレックスの時計を一緒にいった人たちとクレジットで購入しました。B男が現地にいたので、現金を渡しました」
西田さんは「最初は、薬物などの輸入禁止物を持ち帰らされたり、違法な事をさせられないかを心配していましたが、空港で購入した時計の消費税還付の手続きをして、個人輸入としての税金が振り込まれていたので、違法なものではなく正式な輸入のアルバイトだと思いました。何回かこれを繰り返されて、安心しきっていました」
現在、A男とは連絡がとれない状況です。
「当時、A男に対して質問を送るとしっかりと回答してくれて、密にコミュニケーションを取ってくれていたので、突然連絡が取れなくなることが想像できなかった」と、約1800万円の被害を前にした時の愕然(がくぜん)とした思いを語ります。
西田さんも田川さん、お二人ともタイに数回行った後に、香港にも買い付けにいっています。
筆者が「マカオのカジノに行くように指示されていないですか?」と尋ねると、「行くようにいわれました」と答えます。
ここでの手口は、5年ほど前に起きた、高級腕時計の海外買い付けバイトによる被害事例と共通しているところがたぶんにありました。
「香港に着くと、すぐマカオに行きます。『マカオのカジノでクレジットカードを切ってください。現金を作ってください』とA男から指示をうけます」(西田さん)
「カジノで使うチップを買うのではありませんか?」と、筆者が尋ねると、「はい、その通りです。カジノをせずに、買ったチップをすぐに現金に換えます」と、田川さんも答えます。さらに「多い時だと300万円分をクレジットで切るように指示されて、そのお金はA男が香港の時計屋で待っているので渡します。『ほしい時計があった時に、この現金を使う』といっていました。また彼がいない時には、いつもの時計屋さんに行き、直接現金を渡すこともありました。『時計屋の主人が全部熟知している。いい時計があったらその代金に使うっていう名目でちゃんとストックしてくれてるから』(A男)と、いわれたこともあります」といいます。
ここからみえてくるのは、時計屋とA男の密接な関係です。数百万円を超える多額の現金を毎回、預けることができるほど、A男と時計屋の主人の信頼関係があることは明らかですので、この時計屋が、今回の被害をもたらしたスキームの重要なカギを握っているといえるかもしれません。
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現在、お二人とも被害届を出すために奔走していますが、「近くの警察署に被害届を出そうとしたんですけども、相談レベルで終わってしまって」と話します。
これまでの話を聞く限り、香港でのカジノでチップをクレジットカードで切らせて現金化させるなど、5年ほど前に起きた買い付けバイトによる手口とほぼ同じです。当時もA男が主導していたとの証言を得ています。そして今回と同じように、突然に腕時計の購入代金の支払いをしなくなります。会社の代表はA男ではない人物になっていて、被害者らが返金をもとめても、代表者は経営には携わっておらず、名前だけを貸している人物になっている点もよく似ています。私の知る限り、前回の被害でA男が逮捕された話も聞きません。数年経って、繰り返しこの同じ行動をしているとすれば、この手口による被害を食い止めるためにも、今後、本格的な捜査が必要になると考えています。被害者のなかには、昨年末にバイヤーの仕事を始めて、借金だけを背負わされて、一度も報酬を受けとっていない方もいます。
何より、今は東南アジアを舞台とした詐欺などの犯罪が横行しています。ルフィーを名乗り、フィリピンから指示を出して強盗を行わせていたとされる犯罪グループや、カンボジアなどを拠点にして特殊詐欺をしていたグループなどが次々に逮捕されており、東南アジアを舞台にした詐欺事件が多く起きています。その被害に遭うのは、国内に住む日本人です。この種の犯罪を許さないためにも、今後、さらに日本の警察と海外警察との強い連携が必要になってきています。
最近の詐欺の傾向として、いったんお金を手にさせ信頼を構築して、多額のお金を出させた後に、お金を戻さない手口が多くみられます。被害に遭わないためには、こうした手口が横行していることを知り、自分からお金を持ち出す仕事はとても危険と心得てください。何より仕事を始める前には、過去の被害事例を調べることが大事になります。