ふらりと顔を出し、黙々と長ネギを切り続けていたのは市長だった――。
能登半島地震の被災地支援を巡り、富山県滑川(なめりかわ)市の水野達夫市長(60)がプライベートで炊き出し準備をする姿がSNSで大反響を呼んだ。当の本人はやや困惑気味とのこと。どういうことなのか、理由を水野市長に聞いた。(吉武幸一郎)
今月13日、中滑川複合施設「メリカ」(田中新町)では、民間団体が石川県能登町の避難所で炊き出しをするため、食材の準備を進めていた。この日、休日だった水野市長は散歩に合わせて、ふらりとメリカを訪問。三角巾とエプロンを身につけ、ボランティア約50人に交じり、豚汁に入れる長ネギを2時間かけ、黙々と切り続けた。
メリカを管理運営する一般社団法人「ばいにゃこ村」の樋口幸男代表(44)が翌日、この様子を写真付きで自身のX(旧ツイッター)に投稿。すると、「素晴らしい」「尊敬できる市長だ」などの感想とともにたちまち拡散し、27日現在で閲覧数が492万回を超えた。
投稿を機に、水野市長の元には、知人から100件以上の連絡が寄せられた。市役所にも26日までにメール22件、電話6件、手紙1通の反響が。いずれも「感動した」「頑張ってほしい」といった好意的な内容だ。投稿を見た人物が市にふるさと納税するなど、思わぬ副産物ももたらした。「滑川」という地名のPRにもなり、「なめがわ」や「すべりかわ」と間違えられることが多かった読み方も、「なめりかわ」が全国に浸透した。
◇ ところが、水野市長は狐(きつね)につままれた様子だ。「『手伝って』と言われたから、ネギを切っただけよ。知人の集まりだから、普通は顔を出すでしょう。いつもの日常と変わらないのに、なぜこんなことになったのかな」。テレビや週刊誌の取材も殺到したが、「これを機に、日頃からもっと滑川を取材してほしい」という思いにもなった。
◇ また、すさまじい速度で拡散するSNSに怖さも感じた。個人のアカウントは計1500人ほどフォロワーが増えた。フォロワーが増えるたび、左腕の腕時計型端末「アップルウォッチ」が振動する。そのたびに「また誰かにフォローされたのか――」と、見ず知らずの人間とつながっていくことを実感する。
「これまでSNSは知り合いだけの世界だったが、開かれた世界だったと思い知らされた。ほとぼりが冷めるまで自分も気軽に投稿できない」
樋口代表の投稿に寄せられた反応はほとんどが好意的だったが、一部には思わぬ批判もあったという。「『ネギの切り方が汚い』と書かれた。逆に言えばそこまで見られている証拠。『市長としてほかにやることがあっただろ』とも書かれたが、そう感じる方もいるという証拠だ」と、改めて世の中の多様さを実感した。
一夜にして“時の人”となった水野市長はかみしめるようにこう話す。「SNSは簡単に情報発信でき、ツールとして便利で素晴らしい面がある。一方、今回の経験で今までわからなかった怖さにも気づいた。いい経験だよ」
■投稿者「支援を考えるきっかけに」
投稿者の樋口幸男さんは今回の大反響をどう捉えているのか。本人に聞いた。
――投稿の意図や伝えたかった内容は。
「被災地支援に注目が集まり、『被災地から離れていても、何かできることがある』ということを伝えたかった。今は被災地に目を向けてほしい。何ができるのか、みんなで考えるきっかけにしてほしかった」
――これだけの反響を受けて感じたことは。
「SNSは投稿すると、その先のコントロールが利かない。今回、被災地支援への思いを胸に投稿し、メッセージは確かに伝わった。一方、政治家批判やSNS内で誰かをたたき、対立をあおることに利用された面もあった。それは本望ではない」
――なぜ、投稿が共感を生んだと思うか。
「被災地支援で大切なことは、気配り、思いやり、心配りだと思う。今の時代はこれらがどこか足りない面があり、投稿がそれを感じさせたからこそ、反響を呼んだのではないか」