2023年に世間を揺るがした“ジャニーズ性加害”問題。昨年12月の時点でもテレビ各局では「旧ジャニーズ事務所とテレビ」について自らを検証する番組が放送されており、年をまたいだ難題として引き続き取り上げられることは間違いない。今も未解決の4つの課題を取り上げてみたい【水島宏明/ジャーナリスト・上智大学文学部新聞学科教授】
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【写真】ジャニー喜多川氏に“最も愛された2人” 経緯を駆け足で振り返っておこう。BBCのドキュメンタリー放送で火がついたのは、昨年3月のことだった。これを受けて4月以降、実名・顔出しで性被害を告発する人が相次ぎ、5月に藤島ジュリー景子前社長が謝罪動画を公表した。国連人権理事会の作業部会や外部の再発防止特別チームによる記者会見、そして2度におよぶ事務所そのものの記者会見で旧ジャニーズ事務所は廃業が決定。その前後で連日、大きなニュースになった。

スマイル社の社長に就いた東山紀之氏 ジャニー喜多川氏による性加害については1970年代からごく一部のメディアが報道し、2004年には最高裁で「真実」として認定されたにもかかわらず、テレビを中心とする「マスメディアの沈黙」があったことでジャニー氏が死去する直前まで新たなる被害者を生み出していたと再発防止特別チームの専門家は指摘している。「今後はメディアとの相互監視、相互牽制により、人権侵害の再発防止をしていく姿勢を示すことが求められる」(再発防止特別チームの報告書)。 ジャニーズ事務所は被害者への補償に専念する「SMILE-UP.(スマイルアップ)」社(以下、スマイル社と表記)と所属タレントのマネジメント業務や育成業務を引き継ぐ新会社「STARTO ENTERTAINMET(スタート・エンターテイメント)」(以下、スタート社と表記)に分かれることになった。 スマイル社の社長にはタレントでもあった東山紀之氏が就任した。被害者に対する補償金の合意と支払いも始まっている。 一方、スタート社の新社長には、コンサルタント会社社長の福田淳氏が就任し、さっそく報道陣の取材に応じたり、木村拓哉を始めとする主要タレントたちと面談したりするなど順調にイメージ回復への道を歩み始めたように見える。 2つの新会社に衣を替えて再スタートを切った旧ジャニーズ事務所だが、2つの会社でしっかりした経営分離が行われることが前提になる。2024年になってからの課題を考えると道のりはけっして平坦ではない。課題その1 各局検証番組で「テレビ局内での性被害」も続出。補償はどこまで可能か 9月11日のNHK「クローズアップ現代」以降、テレビの責任やジャニーズ性加害問題の報道のあり方を検証する番組を各局が打ち出している。その都度、各局はテレビ局の報道局、情報制作局、編成局などの元社員や現役社員らに聞き取りをし、旧ジャニーズ事務所に「忖度」する傾向があったことを認めている。さらに10月9日、NHKはデビューを目指すジャニーズJr.が出演する音楽番組「ザ少年倶楽部」にダンス練習に来た当時高校生の男性が局内トイレでジャニー氏による性被害に複数回遭ったというニュースを報道した。 TBSも検証番組でジャニーズJr.の男性がTBSホールでの非公開オーディションで被害に遭ったことを取り上げたほか、テレビ朝日も旧ジャニーズ「忍者」に所属した志賀泰伸さんがかつてのテレ朝局舎内で性被害を受けたという報道に対し「当時の関わったプロデューサーはじめ関係スタッフの多くは亡くなっており」「事実関係の確認は困難」としながらも「志賀さんの告発は事実」として「被害者救済委員会が迅速かつ適正な救済・補償をおこなうことを望んでおります」と発表した。 ジャニー氏から性加害にあった被害者の補償にあたっての窓口は、元裁判官など3人の弁護士からなる被害者救済委員会だ。被害者側が専用フォームから被害の詳細を申告すると救済委員会はスマイル社に在籍の有無を確認し、在籍が確認されればヒアリングを経て、補償額が決まる流れだ。 ところが「在籍確認」ができないケースが相次いでいる。 12月4日の「クローズアップ現代」によると、被害者救済委員会に被害を訴えても「貴殿がジャニーズ事務所に所属されていたことの確認がとれておりません」とされ、「在籍確認資料」を求められるケースがいくつも出ている。 18歳の時にジャニーズ事務所に履歴書を送った男性A氏はジャニー氏から「スタジオ見学に来ないか」と自宅に電話がかかってきて合宿所に誘われ、寝ていたところ性被害にあった。 A氏は救済委員会に申告したが、在籍確認資料がないので委員会ではなく、スマイル社が直接対応するという。A氏の場合、スマイル社に連絡したが1か月半経っても「待ってほしい」というだけで進展はないという。 別のB氏は、高校1年生の時に事務所に履歴書を送付し、ジャニー氏から呼び出されたその日に合宿所で被害に遭ったと証言する。A氏と同じように在籍確認ができないとしてスマイル社との対応を求められている。が、加害者側であるスマイル社との直接やりとりするのに躊躇している。 事務所が管理するジャニーズ名鑑に掲載された、あるいはテレビに出演したとか雑誌に掲載されたりした被害者であれば「在籍確認」は容易にできる。 ところが、「レッスンに通った」「オーディションに参加した」「事務所に履歴書を送って呼び出された」という被害者のケースでは、事務所とのかかわりを証明することが難しい。再発防止特別チームの報告書でも「そもそも誰がジュニアであるかすら把握できていないずさんな管理体制」だったと指摘されている。「他ジャニーズJr.90名」…ずさんな管理体制 NHK内のトイレで複数回性被害に遭った当時高校生の男性も、ジャニーズ事務所に所属していたわけではない。9月に旧ジャニーズ事務所に被害を申告した際、事務所側から1時間あまり質問を受け詳細に回答したが、結果として「更なる確認が必要」だとされて「在籍証明」として認めてもらえなかったという。 被害の舞台となった「ザ少年倶楽部」を制作しているNHKでも、少年の管理体制はずさんそのものだった。有名なジュニア以外は「他ジャニーズJr.90名」などと台本に記され、番組関係者も「ジュニアに誰がいるかはわからないし、いちいち確認していない」と証言する。NHKの番組オーディションなのに、NHKの建物を使いながら事務所関係者だけで運営していた実態も判明した。番組のためのレッスンでもNHK関係者は不在の時間が大半だった。 音楽番組のダンス練習に来ていたとか、オーディションを受けに来たというケースだと、ジャニーズ事務所に「所属」するどころかその前の段階だ。ジャニー氏はそうした高校生など、所属する前の「子ども」に加害行為を頻繁に行っていたことになる。 こうしたケースはいったいどのくらいあるのか。それはわからない。この状態で補償はきちんと進むのだろうか。 昨年9月の旧ジャニーズ事務所の記者会見では「法を超えて救済・補償は必要」「被害者の方に寄り添う形をきちんと作っていきたい」と東山紀之社長が明言した。ところが実際にはまだまだ進まない一面がある。課題その2 止まない誹謗中傷 被害者のケアはどうなる? 昨年10月中旬、「ジャニーズ性加害問題当事者の会」に所属している40代の男性が、大阪・箕面市の山中で自殺しているのが見つかった。遺族は、男性が性加害のトラウマで長く苦しんでいたことや、昨年5月に旧ジャニーズ事務所に連絡してもなしのつぶてだったと説明している。SNSなどネット上での誹謗中傷にも苦しんでいたという。 亡くなった男性は家族のほか、ネット上の誹謗中傷の相談にのるNPOにも相談していた。旧ジャニーズ事務所は「心のケア相談窓口」を開設し被害者の心のケアに応じるとも発表していたが、その実態や効果は不明だ。旧ジャニーズ事務所は自殺した男性に「心のケア相談窓口」から2回連絡したというが遺族は確認していない。 性加害のトラウマだけでなく、誹謗中傷の精神的な苦痛が加わることのつらさは、13歳でジャニー喜多川氏から性加害に遭ったことを実名顔出しでメディアで告発し、「当事者の会」の発起人にもなった二本樹顕理さん(40)も11月18日のTBS「報道特集」で「二本樹は大嘘付き」「金と売名以外考えられんだろ!」などという誹謗中傷をされた経験を語っている。その被害は家族にも及んでいるという。「名指しされる感じ。妻の個人情報を勝手にバラされたり……。私自身のSNSの個人アカウントから盗用されている」(番組内での二本樹顕理さんの発言)「家を出るのが怖いと感じる時があります。食事や買い物に行くときに……。こんな生活あなたならどう思いますか」(二本樹さんの妻の発言)「報道特集」では、二本樹さんが自殺した男性と同じくネット上の誹謗中傷に詳しいNPOに相談している場面が放送されたが、一方で旧ジャニーズ事務所の「心の相談窓口」の対応の詳細はよく分からないままだ。課題その3 旧ジャニーズ事務所が持つ「知的財産権 」はどうなる? 旧ジャニーズ事務所の音楽著作権やグッズの商標権などの知的財産権は、スマイル社が継承している。これが被害者への賠償の原資になるが、いずれはスタート社に移すことになるはずだ。そのタイミングはいつになるのか? 課題その1でも触れたように、補償をめぐってまだ解決すべき問題があるなかで見通しは立てにくい。 さらにはビジネスに大きな影響があるファンクラブの運営はどうなるのかという問題も残る。課題その4 芸能事務所にテレビが忖度して「干す」芸能界の文化を克服できるのか? 福田氏がスタート社の社長に就任した背景には、大手芸能事務所を契約問題で退所した後に「干され」ていた俳優のんさんと契約を結ぶなど、タレント自らが仕事を選ぶことができる「エージェント契約」について熟知していることがある。 福田氏自身、これまで芸能界の大手芸能事務所からの移籍制限や移籍した場合にタレントを「干す」文化があること、旧ジャニーズ事務所にも前近代的な文化があるとメディアなどで指摘していた。「干す」文化は大手芸能事務所とテレビ局の両方の関係性で生まれていく。これをなくすためには大手芸能事務所も「干す」という営業妨害をしないようにするだけでなく、テレビの側も意識改革が必要だ。「干す」文化に批判的な福田氏がスタート社の社長に就いたことで、旧ジャニーズ事務所を退所したタレントの活動をスタート社が妨害しようとすることは、もはやありえないとは思う。福田氏が自ら率先し大手芸能事務所とテレビ局などとの緊張感ある適切な関係性を構築する見本を作っていく必要がある。 しかし芸能界全体となると話は別だ。旧ジャニーズ事務所だけの問題ではないからだ。旧ジャニーズがどのように生まれ変わるのかは日本の芸能界全体の試金石になるだろう。 スマイル社について被害者の補償がある程度まで進み、スタート社の「再発防止」策が定着したことがきちんと確認されない限り、旧ジャニーズ事務所を継承するスタート社の所属タレントと改めて契約する大手スポンサーは現れないだろう。昨年末のNHK紅白歌合戦では“ジャニーズゼロ”が注目されたが、スタート社の所属タレントが同番組に出演するまでには時間がかかることだろう。 そのためにテレビを含めたメディア自身が、旧ジャニーズ事務所の現状を厳しく検証していくしかない。だが、同時に自己批判も忘れてはならない。テレビ各局は自社でのヒアリングを通じて「反省」はしたものの、旧ジャニーズ事務所の現状をチェックする報道は今回紹介したNHK「クローズアップ現代」やTBS「報道特集」などまだ多いとはいえない。これでは昨年1年間かけて浮かび上がった課題が克服できるかは心もとない。再発防止特別チームが提言した「メディアとの相互監視、相互牽制により人権侵害の再発を防止していく姿勢」は重要だ。 旧ジャニーズ事務所が生まれ変わることを意識させるスタート社の本格稼働は今年4月に予定されている。水島宏明/ジャーナリスト・上智大学文学部新聞学科教授デイリー新潮編集部
経緯を駆け足で振り返っておこう。BBCのドキュメンタリー放送で火がついたのは、昨年3月のことだった。これを受けて4月以降、実名・顔出しで性被害を告発する人が相次ぎ、5月に藤島ジュリー景子前社長が謝罪動画を公表した。国連人権理事会の作業部会や外部の再発防止特別チームによる記者会見、そして2度におよぶ事務所そのものの記者会見で旧ジャニーズ事務所は廃業が決定。その前後で連日、大きなニュースになった。
ジャニー喜多川氏による性加害については1970年代からごく一部のメディアが報道し、2004年には最高裁で「真実」として認定されたにもかかわらず、テレビを中心とする「マスメディアの沈黙」があったことでジャニー氏が死去する直前まで新たなる被害者を生み出していたと再発防止特別チームの専門家は指摘している。
「今後はメディアとの相互監視、相互牽制により、人権侵害の再発防止をしていく姿勢を示すことが求められる」(再発防止特別チームの報告書)。
ジャニーズ事務所は被害者への補償に専念する「SMILE-UP.(スマイルアップ)」社(以下、スマイル社と表記)と所属タレントのマネジメント業務や育成業務を引き継ぐ新会社「STARTO ENTERTAINMET(スタート・エンターテイメント)」(以下、スタート社と表記)に分かれることになった。
スマイル社の社長にはタレントでもあった東山紀之氏が就任した。被害者に対する補償金の合意と支払いも始まっている。
一方、スタート社の新社長には、コンサルタント会社社長の福田淳氏が就任し、さっそく報道陣の取材に応じたり、木村拓哉を始めとする主要タレントたちと面談したりするなど順調にイメージ回復への道を歩み始めたように見える。
2つの新会社に衣を替えて再スタートを切った旧ジャニーズ事務所だが、2つの会社でしっかりした経営分離が行われることが前提になる。2024年になってからの課題を考えると道のりはけっして平坦ではない。
9月11日のNHK「クローズアップ現代」以降、テレビの責任やジャニーズ性加害問題の報道のあり方を検証する番組を各局が打ち出している。その都度、各局はテレビ局の報道局、情報制作局、編成局などの元社員や現役社員らに聞き取りをし、旧ジャニーズ事務所に「忖度」する傾向があったことを認めている。さらに10月9日、NHKはデビューを目指すジャニーズJr.が出演する音楽番組「ザ少年倶楽部」にダンス練習に来た当時高校生の男性が局内トイレでジャニー氏による性被害に複数回遭ったというニュースを報道した。
TBSも検証番組でジャニーズJr.の男性がTBSホールでの非公開オーディションで被害に遭ったことを取り上げたほか、テレビ朝日も旧ジャニーズ「忍者」に所属した志賀泰伸さんがかつてのテレ朝局舎内で性被害を受けたという報道に対し「当時の関わったプロデューサーはじめ関係スタッフの多くは亡くなっており」「事実関係の確認は困難」としながらも「志賀さんの告発は事実」として「被害者救済委員会が迅速かつ適正な救済・補償をおこなうことを望んでおります」と発表した。
ジャニー氏から性加害にあった被害者の補償にあたっての窓口は、元裁判官など3人の弁護士からなる被害者救済委員会だ。被害者側が専用フォームから被害の詳細を申告すると救済委員会はスマイル社に在籍の有無を確認し、在籍が確認されればヒアリングを経て、補償額が決まる流れだ。
ところが「在籍確認」ができないケースが相次いでいる。
12月4日の「クローズアップ現代」によると、被害者救済委員会に被害を訴えても「貴殿がジャニーズ事務所に所属されていたことの確認がとれておりません」とされ、「在籍確認資料」を求められるケースがいくつも出ている。
18歳の時にジャニーズ事務所に履歴書を送った男性A氏はジャニー氏から「スタジオ見学に来ないか」と自宅に電話がかかってきて合宿所に誘われ、寝ていたところ性被害にあった。
A氏は救済委員会に申告したが、在籍確認資料がないので委員会ではなく、スマイル社が直接対応するという。A氏の場合、スマイル社に連絡したが1か月半経っても「待ってほしい」というだけで進展はないという。
別のB氏は、高校1年生の時に事務所に履歴書を送付し、ジャニー氏から呼び出されたその日に合宿所で被害に遭ったと証言する。A氏と同じように在籍確認ができないとしてスマイル社との対応を求められている。が、加害者側であるスマイル社との直接やりとりするのに躊躇している。
事務所が管理するジャニーズ名鑑に掲載された、あるいはテレビに出演したとか雑誌に掲載されたりした被害者であれば「在籍確認」は容易にできる。
ところが、「レッスンに通った」「オーディションに参加した」「事務所に履歴書を送って呼び出された」という被害者のケースでは、事務所とのかかわりを証明することが難しい。再発防止特別チームの報告書でも「そもそも誰がジュニアであるかすら把握できていないずさんな管理体制」だったと指摘されている。
NHK内のトイレで複数回性被害に遭った当時高校生の男性も、ジャニーズ事務所に所属していたわけではない。9月に旧ジャニーズ事務所に被害を申告した際、事務所側から1時間あまり質問を受け詳細に回答したが、結果として「更なる確認が必要」だとされて「在籍証明」として認めてもらえなかったという。
被害の舞台となった「ザ少年倶楽部」を制作しているNHKでも、少年の管理体制はずさんそのものだった。有名なジュニア以外は「他ジャニーズJr.90名」などと台本に記され、番組関係者も「ジュニアに誰がいるかはわからないし、いちいち確認していない」と証言する。NHKの番組オーディションなのに、NHKの建物を使いながら事務所関係者だけで運営していた実態も判明した。番組のためのレッスンでもNHK関係者は不在の時間が大半だった。
音楽番組のダンス練習に来ていたとか、オーディションを受けに来たというケースだと、ジャニーズ事務所に「所属」するどころかその前の段階だ。ジャニー氏はそうした高校生など、所属する前の「子ども」に加害行為を頻繁に行っていたことになる。
こうしたケースはいったいどのくらいあるのか。それはわからない。この状態で補償はきちんと進むのだろうか。
昨年9月の旧ジャニーズ事務所の記者会見では「法を超えて救済・補償は必要」「被害者の方に寄り添う形をきちんと作っていきたい」と東山紀之社長が明言した。ところが実際にはまだまだ進まない一面がある。
昨年10月中旬、「ジャニーズ性加害問題当事者の会」に所属している40代の男性が、大阪・箕面市の山中で自殺しているのが見つかった。遺族は、男性が性加害のトラウマで長く苦しんでいたことや、昨年5月に旧ジャニーズ事務所に連絡してもなしのつぶてだったと説明している。SNSなどネット上での誹謗中傷にも苦しんでいたという。
亡くなった男性は家族のほか、ネット上の誹謗中傷の相談にのるNPOにも相談していた。旧ジャニーズ事務所は「心のケア相談窓口」を開設し被害者の心のケアに応じるとも発表していたが、その実態や効果は不明だ。旧ジャニーズ事務所は自殺した男性に「心のケア相談窓口」から2回連絡したというが遺族は確認していない。
性加害のトラウマだけでなく、誹謗中傷の精神的な苦痛が加わることのつらさは、13歳でジャニー喜多川氏から性加害に遭ったことを実名顔出しでメディアで告発し、「当事者の会」の発起人にもなった二本樹顕理さん(40)も11月18日のTBS「報道特集」で「二本樹は大嘘付き」「金と売名以外考えられんだろ!」などという誹謗中傷をされた経験を語っている。その被害は家族にも及んでいるという。
「名指しされる感じ。妻の個人情報を勝手にバラされたり……。私自身のSNSの個人アカウントから盗用されている」(番組内での二本樹顕理さんの発言)
「家を出るのが怖いと感じる時があります。食事や買い物に行くときに……。こんな生活あなたならどう思いますか」(二本樹さんの妻の発言)
「報道特集」では、二本樹さんが自殺した男性と同じくネット上の誹謗中傷に詳しいNPOに相談している場面が放送されたが、一方で旧ジャニーズ事務所の「心の相談窓口」の対応の詳細はよく分からないままだ。
旧ジャニーズ事務所の音楽著作権やグッズの商標権などの知的財産権は、スマイル社が継承している。これが被害者への賠償の原資になるが、いずれはスタート社に移すことになるはずだ。そのタイミングはいつになるのか?
課題その1でも触れたように、補償をめぐってまだ解決すべき問題があるなかで見通しは立てにくい。 さらにはビジネスに大きな影響があるファンクラブの運営はどうなるのかという問題も残る。
福田氏がスタート社の社長に就任した背景には、大手芸能事務所を契約問題で退所した後に「干され」ていた俳優のんさんと契約を結ぶなど、タレント自らが仕事を選ぶことができる「エージェント契約」について熟知していることがある。
福田氏自身、これまで芸能界の大手芸能事務所からの移籍制限や移籍した場合にタレントを「干す」文化があること、旧ジャニーズ事務所にも前近代的な文化があるとメディアなどで指摘していた。「干す」文化は大手芸能事務所とテレビ局の両方の関係性で生まれていく。これをなくすためには大手芸能事務所も「干す」という営業妨害をしないようにするだけでなく、テレビの側も意識改革が必要だ。
「干す」文化に批判的な福田氏がスタート社の社長に就いたことで、旧ジャニーズ事務所を退所したタレントの活動をスタート社が妨害しようとすることは、もはやありえないとは思う。福田氏が自ら率先し大手芸能事務所とテレビ局などとの緊張感ある適切な関係性を構築する見本を作っていく必要がある。
しかし芸能界全体となると話は別だ。旧ジャニーズ事務所だけの問題ではないからだ。旧ジャニーズがどのように生まれ変わるのかは日本の芸能界全体の試金石になるだろう。
スマイル社について被害者の補償がある程度まで進み、スタート社の「再発防止」策が定着したことがきちんと確認されない限り、旧ジャニーズ事務所を継承するスタート社の所属タレントと改めて契約する大手スポンサーは現れないだろう。昨年末のNHK紅白歌合戦では“ジャニーズゼロ”が注目されたが、スタート社の所属タレントが同番組に出演するまでには時間がかかることだろう。
そのためにテレビを含めたメディア自身が、旧ジャニーズ事務所の現状を厳しく検証していくしかない。だが、同時に自己批判も忘れてはならない。テレビ各局は自社でのヒアリングを通じて「反省」はしたものの、旧ジャニーズ事務所の現状をチェックする報道は今回紹介したNHK「クローズアップ現代」やTBS「報道特集」などまだ多いとはいえない。これでは昨年1年間かけて浮かび上がった課題が克服できるかは心もとない。再発防止特別チームが提言した「メディアとの相互監視、相互牽制により人権侵害の再発を防止していく姿勢」は重要だ。
旧ジャニーズ事務所が生まれ変わることを意識させるスタート社の本格稼働は今年4月に予定されている。
水島宏明/ジャーナリスト・上智大学文学部新聞学科教授
デイリー新潮編集部