でかいだけでなく「厚い」鰻。吉野家が誇る、いぶし銀メニューを取材します(筆者撮影)/配信先サイトでは画像をすべて見られない場合があります。本サイト(東洋経済オンライン)内でご覧ください
「このメニュー、そこまで有名ではないけど自分は好きだなあ」「定番や看板ではないかもしれないけど、好きな人は結構多いと思うんだよな……」──外食チェーンに足を運ぶと、そう思ってしまうメニューが少なからずあります。店側はどんな思いで開発し、提供しているのでしょうか。
人気外食チェーン店のすごさを「いぶし銀メニュー」から見る連載。今回は牛丼チェーン・吉野家の「鰻重」を取り上げます。
飲食チェーンには「代名詞」「定番」というべきメニュー以外にも、知られざる企業努力・工夫を凝らしたものが数多く存在します。本連載では、そうした各チェーンで定番に隠れがちながら、根強い人気のある“いぶし銀”のようなメニューを紹介していきます。
今回のテーマは、吉野家の「鰻重」です。松屋・すき家と合わせて「牛丼御三家」の一角を担う吉野家ですが、現時点で3社のうち唯一、鰻メニューを通年で展開しています。
牛丼チェーンとして老舗の吉野家。鰻メニューを通年で提供しています(筆者撮影)
鰻重(一枚盛り1207円)を筆頭に、「鰻皿」(同1108円)、「鰻重牛小鉢セット」(同1524円)をラインアップする吉野家。一方で、一番人気のメニューはやはり牛丼です。豊富なサイズ展開やトッピングメニューを展開しており、絶対王者ともいうべき立ち位置を築いています。
牛丼に次ぐ人気を誇るのが、から揚げ。牛丼に次ぐ第2の柱となるべく注力しているメニューでもあり、順調に人気を広げているようです。そのほか、週4日以上もリピートする人が多いという朝食メニューや季節限定の「牛すき鍋膳」など、脇を固めるメニュー群も豊富な点が特徴といえるでしょう。鰻重も、その1つです。
圧倒的人気の「牛丼」。一方で、新鋭のから揚げなども人気とのこと(提供:吉野家ホールディングス)
実際に鰻重を食べてみました。注文したのは、鰻とともに吉野家の代名詞である牛肉も楽しめる鰻重牛小鉢セットです。店舗を訪問したのは午後1時ごろ。店内はテークアウトの受け取り待ちをする人や、店内飲食の人でほぼ満席でしたが、5分ほどで提供されました。
まず目を引くのが、お重の上にドンと乗った鰻の大きさ。鰻重や鰻重牛小鉢セットには一枚盛りだけでなく二枚盛りもありますが、一枚盛りでも十分お腹いっぱいになりそうな大きさです。箸で持ち上げて一口食べると、断面の大きさにも驚かされます。平面のサイズだけでなく、しっかりとした厚みもある鰻でした。
鰻と牛が楽しめる鰻重牛小鉢セット。とにかく鰻がでかい(筆者撮影)
箸を入れたときの柔らかさはありますが、身持ちが悪いことはまったくありません。関東風の蒸し焼きで、ふっくらと仕上がっています。タレもよくなじんでおり、どんどんとご飯が進みます。気づけば鰻を残してあっという間にご飯がなくなっていました。
鰻重を食べる機会はそう多くありませんが、ご飯が余ることこそあれ、鰻が余ることはなかなか珍しいのではないでしょうか。1000円少々で、これほど大きな鰻を食べられることに衝撃を覚えました。
でかいだけでなく「厚い」鰻。吉野家としては「高め」なメニューですが、それでも1000円ほどでこのクオリティのものが食べられるとは…と驚きでした(筆者撮影)
ここであらためて、吉野家の紹介です。吉野家の創業は1899年までさかのぼり、牛丼御三家の中では最古参といえます。魚河岸があった東京・日本橋で創業し、関東大震災で魚市場が築地へ移転するとともに、吉野家も築地へと場所を移しました。
チェーン展開を始めたのは、1960年代の後半からでした。1968年に2号店の新橋店、翌1969年には3号店として神田店をオープン。吉野家のキャッチフレーズとして親しまれてきた「早い、うまい、安い」もこの時期から登場しました。ちなみに現在では「うまい、やすい、はやい」へと順番が入れ替わっています。
築地に店を構え、人気を確立してきた吉野家(提供:吉野家ホールディングス)
2007年にホールディングス化を行い、現在は吉野家ホールディングスの主力ブランドとして営業している吉野家。2023年10月時点で国内に1225店舗を展開しています。これまでの客層は、男性がメインでした。その比率は9割を超えるほどだったそうですが、ここ10年で女性客の比率も増えています。店内飲食のうち3割ほど、テークアウトではほぼ半数を占めているそうです。
その大きなきっかけとなったのが、2013年に発売した牛すき鍋膳。コストパフォーマンスとともに五徳に鍋を乗せて提供するスタイルが受け、男性層が家族を連れてきて客層が広がっていきました。
女性の社会進出が当たり前になり、外食する機会が増えたことも影響していそうです。メニューのラインアップだけでなく、テーブル席やドリンクバーなどを備える「クッキング&コンフォート」と呼ぶスタイルの店舗も全体の4分の1ほどに拡充するなど、さまざまな取り組みで女性客の取り込みを図ってきました。
吉野家ホールディングスの羽鳥純さん(商品開発部)によると、鰻重が吉野家のメニューとして初登場したのは2007年。当時は現在のような通年で提供するレギュラーメニューではなく、期間限定で、「鰻重」ではなく「鰻丼」でした。単品で490円と、値上げラッシュが続く今では信じられないような低価格で提供していました。
「鰻丼」当時の写真(提供:吉野家ホールディングス)
以降は土用の丑の日があり、鰻の時期として知られる夏季限定で販売していましたが、年間を通して食べたいという声を受け、2015年から通年で提供することになりました。通年で提供するようになったタイミングで、丼から重へとリニューアルするとともに鰻のサイズも見直し。従来比で1割ほど大きくなりました。さらにその後、2022年に再度大きな従来比1.5倍のサイズへと変更をしています。
サイズだけでなく、タレもいくつかの変遷をたどってきました。鰻の専門店や老舗は継ぎ足しのタレを使うことが多い一方、チェーン店で提供するうえでは衛生面から難しいと判断。
そこで、現地調査などを通して鰻の頭を焼き、旨みを抽出してタレに使っています。「発売当初は甘めのタレだったのですが、有名店を調査する中で甘みがくどくならず、キレが良いという特徴があることに気づき、徐々に近付けてきました」と羽鳥さんは話します。フードロス削減にも目を向けた工夫です。ちなみに吉野家の商品開発部には日本料理専門家が常駐していて、アドバイスを受けながら企画をしているとのこと。
吉野家といえば、牛丼に有田焼の器を使用していることでも知られます。鰻重の器には、何か工夫があるのでしょうか。羽鳥さんに聞いたところ、ポイントは四隅が直角ではなく、やや丸みを帯びていること。ご飯をかきこみやすく、洗い残しが少ないことから衛生面にもメリットがあるそうです。
製法では、「焼き」にこだわりを持っています。工場で白焼き、蒸しを経てタレをつけながら4度焼きをしているそうです。そのほか、鰻の泥抜きを2日間にわたって行うなど、随所に細かな工夫がうかがえます。
一方で、鰻丼として登場した当初は500円未満だった価格は、現在1000円超に値上がりしています。「うまい、やすい、はやい」として知られる吉野家にとって、ほかのメニューと毛色が違うようにも感じます。この点についてはどう考えているのでしょうか。
「吉野家では『日常食』をキーワードに、毎日の生活の中で楽しめる商品バラエティーをそろえることを意識しています。すき焼きや鰻といった通常であれば高級な食事であっても、手に取りやすいメニューとして提供できるように工夫を重ねています」(羽鳥さん)
昨今は鰻の減少が話題になることもあります。通年で鰻メニューを提供する吉野家では、仕入れ・加工の年間計画を立て、サプライヤーと綿密に調整することで安定供給を実現しているとのこと。バイヤーが定期的に味・品質を確認してフィードバックすることで、「日常食」としての鰻を提供できています。
吉野家の鰻は4度焼き。写真は3度目の焼き工程(提供:吉野家ホールディングス)
今回は、吉野家の鰻重をテーマにしました。昨今はインバウンド客からの人気も高いといい、とくにアジア圏からの観光客がよく注文しているそうです。通常店舗でもQRコードを読み取ることで外国語メニューを閲覧できますが、浅草・有楽町などインバウンド客が多い約100店舗では専用のメニューを用意するなど、対応に力を割いています。
インバウンドメニューの一例(提供:吉野家ホールディングス)
さらに、社内からの人気も高いとか。羽鳥さん自身、店舗で働いていたころにまかないとして食べており、まかない人気が高すぎて「禁止令」が出たほどだと笑いながら振り返りました。
筆者個人としては、骨が目立たず食べやすい点もすばらしいと感じました。余談ですが筆者は、学生の頃に鰻の骨が喉に刺さり、大きな病院で鼻から内視鏡を入れて除去してもらった経験があります。それから何となく鰻に対しては恐怖があったのですが、今回は安心して食べられました。吉野家にとって珍しい「うまい、たかい、はやい」メニューですが、それでも納得できるこだわりと品質が感じられた一品です。
画像をクリックすると連載一覧にジャンプします
(鬼頭 勇大 : フリーライター・編集者)