NHK NEWS WEBは11月29日、「『さすまた』問い合わせ殺到 東京 上野の貴金属店事件受け」との記事を配信した。NHKがメーカーを取材すると、そもそも広域強盗の発生などにより、昨年の秋から注文が増えていたという。
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【写真をみる】「おいおいマジか」“さすまた”を潜り抜けた犯人が刃物で反撃! 衝撃的な一部始終をみる 11月26日、東京・上野の貴金属店に3人組が押し入った事件では、店員が「さすまた」を使って撃退。その動画がニュースなどで繰り返し放送されると、メーカーには注文や問い合わせが殺到した。

屈強な店員がさすまたを手に持って仁王立ちとなり、強盗が慌てて逃げる姿は、確かにインパクトが充分だった。さすまたの売れ行きが好調という報道も当然だろう。さすまたを使ったテロ対処訓練の様子 ところが、護身術の専門家は「一般的なさすまたは問題が多く、できれば使用を控えたほうがいい」と訴える。警鐘を鳴らすのは、田村装備開発で社長を務める田村忠嗣氏だ。 田村氏は埼玉県警の元警察官で、主に警備部門を歩んできた。銃器を所持した凶悪犯への対処などを主な任務とする「埼玉県警察RATS(ラッツ)」のメンバーでもあった。 警備や危機管理についてさらなる知見を得たいと県警を退職。その後、海外などで経験を積み、元陸上自衛官などと共に田村装備開発を創業した。同社は委託を受け、警察や自衛隊で護身術、逮捕術、銃器を活用した制圧訓練などを実施。そのほか、手袋やボディーアーマーなどの装備品も開発し、やはり警察や自衛隊などに納入している。さすまたの欠陥 田村氏は「私が県警に入ると、さすまたを使って犯人を逮捕する訓練を受けました。ところが、使ってもなかなか逮捕できないのです」と振り返る。「それなりに訓練を受けている警察官が複数でチームを組み、さすまたで犯人役の警察官を制圧しようとしても、取り逃がしてしまいます。柔道や剣道の達人という警察官を何人か集めて、ようやく取り押さえられるかどうかという具合でした。プロの警察官が使ってもうまくいくことが少ないのに、使用が想定されている駅員さんや学校の先生、保育士さんなどがさすまたで犯人に立ち向かっても、場合によっては反撃されてケガを負う危険性さえあります」 さすまたの欠陥は何か。田村氏は「江戸時代のさすまたなら、素人でも犯人を取り押さえられる可能性がありました」と言う。「江戸時代のさすまたは、先端にあるU字型の金具にたくさんの棘が付いていました。これを突き出して犯人の体に当てれば、ケガをさせることができます。犯人は痛みで戦意を喪失し、取り押さえることが容易になるでしょう。ところが、現代のさすまたには棘が付いていません。さらに、Uの輪が広い製品も目立ちます。犯人を捕らえようとU字の金具を相手に押し当てても、つるりと滑って犯人は逃げることができます」叩くほうがマシ 先日、田村氏は東京都内の中学校から依頼を受け、教師や保護者、生徒の前で防犯講習を行った。その際、「さすまたがどれほど役に立たないか」を実際にやってみせたという。「その中学校にはさすまたが常備されていたので、2本を使うことにしました。ちょうどPTAの役員に現役の自衛官の方がいらっしゃったので、その方を含めた2名にさすまたを手渡し、私を押さえつけてくださいとお願いしました。まず、U字の金具を体に押し付けられても、痛くもなんともありません。私が暴れると簡単に跳ね除けることができます」 実際に強盗が押し入った時、2人1組のペアを作ることさえ容易ではない。さらに、非力な女性がさすまたを犯人に向かって突き出したとして、押し返すことは簡単だ。仮に屈強な男性が犯人を地面に押さえつけることに成功しても、U字の半円が大きければ抜け出すこともできるという。「護身の基本は、相手の戦意を喪失させるだけの痛みを与えたり、脅威を見せつけることです。そのため、さすまたしかないとしたら、さすまたで犯人を叩くほうがまだマシです。警察官といってもピンキリで、戦闘経験の浅い者は『いくら相手が犯人でも、さすまたで殴ると過剰防衛の危険性がある』と指導するかもしれません。しかし耳を傾ける必要はないでしょう」(同・田村氏) 刃物など凶器を使った犯罪者の攻撃から命を守るため、さすまたで殴ってケガを負わせることで撃退。警察に引き渡したとして、過剰防衛の刑事責任を問われることは、まずないという。「大切なのは、自分、または他人の生命・身体・財産を守るために必要な行為であるか否かです。例えば学校の先生に武術の達人がいたとして、殴ることなく簡単に犯人を制圧できるのであれば殴る必要はありません。正当防衛はあくまでも防衛に必要な反撃を許すものであって、相手を痛めつける目的であったり、復讐する目的で行ってはなりません。そのポイントさえ間違えなければいいのです」(同・田村氏)逃げることも大切 上野の貴金属店で強盗を撃退した映像を改めて見ると、店員は強盗を取り押さえようとはしていない。むしろ、さすまたでバイクを叩くなどして威嚇していることが分かる。 集英社オンラインが11月29日に配信した記事(註)によると、近隣のショップ店員は撃退した店員について《身長180センチは優に超えてたし、体重も120キロ以上あると思います。30代くらいで元力士だと聞いたことがあります》と証言している。「貴金属店の動画から学ぶべきことは、さすまたが優秀だということではありません。撃退した店員が強かったのです。あれだけ屈強な男性がさすまたを手に持って出てきたことで、犯人側は圧倒されてしまいました。普通の人はあそこまで体格に恵まれていませんし、護身術の知識も持ち合わせていないでしょう。こういう場合、護身術の原点に立ち返る必要があります」(同・田村氏) 大前提として、逃げることを忘れてはいけない。特に1人で犯人からある程度の距離を確保できている場合は、逃げるのが最も適切だという。 強盗に店が襲われた場合も変わらない。まずは逃げて110番するのが基本だ。ケガするだけでも馬鹿馬鹿しいのに、命を落とすようなことになれば元も子もない。致命傷を負わないという鉄則「その上で、もしオフィスや店舗、自宅に護身用具を準備するのなら、さすまたより金属バットやゴルフクラブのほうがお勧めです。どちらも扱いやすいですし、さすまたと違って犯人に打撃を与えることができます。さらに重要なのは、盾になるものも用意しておくことです。刃物を振り回す犯人に立ち向かう際、生身だとびっくりするほどケガを負います。鍋の蓋でもないよりはマシなので、これを利き手とは反対の手で持ち、利き手にバットやゴルフクラブを持つのです」(同・田村氏) 護身用具を準備していない状況で襲われるケースも考えられる。電車の中で刃物を持った男が自分に迫ってきたとか、路上を子供と一緒に歩いているところを襲われ、わが子を守らなければならないという状況だ。「こうした時は、致命傷を負わないことを最優先にしてください。目を刺されるとその奥の脳幹が破壊され即死します。また、身体の正中線や内側、例えばお腹を刺されたり、脇を斬りつけられると重傷を負う危険性があります。一方、前腕の外側は多少切られてもその後に止血すれば簡単には死にません。バファリンなど血をサラサラにする薬を飲んでいる場合は止血が困難であるため注意が必要ですが、カバンを盾にして刃物を持った犯人に突っ込むとしたら、腕にケガを負っても構わず、致命傷となる部分は守るのです。後は犯人をボールペンや傘で突くとか、脱いだ靴のかかとの部分で殴りつけるとか、そんな時間もなければ素手で殴るとか、ありとあらゆる方法で相手を攻撃することが生き残る可能性を高めます」(同・田村氏)シミュレーションの重要性 何よりも重要なのは「犯人に対峙する」という強い意思だという。「刃物を持った犯人は、『武器を持っている自分は強い』と思い込んでいます。ところが、心の奥底では恐怖を感じているのです。そのため、刃物を見せれば言うことを聞くだろうと思っていた相手が躊躇なく全力で立ちむかってきたら、一気に恐怖心が沸き起こります。本来なら犯人が強者のはずですが、力関係が逆転するのです。上野の宝石店で起きたことも同じです。犯人たちは店員が反撃に転じるとは考えていなかったので、誰もが腰砕けになってしまったのです。強い意思を持つためには、日頃から心の準備をしておくことが必要です。『もし電車の中で刃物を持った男が襲いかかってきたら』、『買い物をしているコンビニで強盗が襲ってきたら』といったことを、折に触れて想像するのです」(同・田村氏) かつて日本は「水と安全は無料」と言われた。だが、「今や昔」だという。もし襲われたらという心構えを持ち、強い意思で行動することが求められる時代になったようだ。「現役の警察官と情報交換することは多いのですが、日本の治安悪化を予想する声が圧倒的です。もちろん、1カ月後、1年後はそこまで悪化していないでしょう。しかしながら10年先、20年先となると、今とは変質した日本社会になっている可能性があります。欧米のように治安の良い場所と悪い場所の二極化が進んでいても不思議ではありません。『自分の身は自分で守る』ことが求められていくことになると思います」(同・田村氏)註:〈上野・さすまたで強盗撃退〉「立ち向かった大柄男性は元力士なの?」「そもそもなぜ店に『さすまた』があったのか?」被害店の役員が明かすウワサの真相(集英社オンライン:11月29日)デイリー新潮編集部
11月26日、東京・上野の貴金属店に3人組が押し入った事件では、店員が「さすまた」を使って撃退。その動画がニュースなどで繰り返し放送されると、メーカーには注文や問い合わせが殺到した。
屈強な店員がさすまたを手に持って仁王立ちとなり、強盗が慌てて逃げる姿は、確かにインパクトが充分だった。さすまたの売れ行きが好調という報道も当然だろう。
ところが、護身術の専門家は「一般的なさすまたは問題が多く、できれば使用を控えたほうがいい」と訴える。警鐘を鳴らすのは、田村装備開発で社長を務める田村忠嗣氏だ。
田村氏は埼玉県警の元警察官で、主に警備部門を歩んできた。銃器を所持した凶悪犯への対処などを主な任務とする「埼玉県警察RATS(ラッツ)」のメンバーでもあった。
警備や危機管理についてさらなる知見を得たいと県警を退職。その後、海外などで経験を積み、元陸上自衛官などと共に田村装備開発を創業した。同社は委託を受け、警察や自衛隊で護身術、逮捕術、銃器を活用した制圧訓練などを実施。そのほか、手袋やボディーアーマーなどの装備品も開発し、やはり警察や自衛隊などに納入している。
田村氏は「私が県警に入ると、さすまたを使って犯人を逮捕する訓練を受けました。ところが、使ってもなかなか逮捕できないのです」と振り返る。
「それなりに訓練を受けている警察官が複数でチームを組み、さすまたで犯人役の警察官を制圧しようとしても、取り逃がしてしまいます。柔道や剣道の達人という警察官を何人か集めて、ようやく取り押さえられるかどうかという具合でした。プロの警察官が使ってもうまくいくことが少ないのに、使用が想定されている駅員さんや学校の先生、保育士さんなどがさすまたで犯人に立ち向かっても、場合によっては反撃されてケガを負う危険性さえあります」
さすまたの欠陥は何か。田村氏は「江戸時代のさすまたなら、素人でも犯人を取り押さえられる可能性がありました」と言う。
「江戸時代のさすまたは、先端にあるU字型の金具にたくさんの棘が付いていました。これを突き出して犯人の体に当てれば、ケガをさせることができます。犯人は痛みで戦意を喪失し、取り押さえることが容易になるでしょう。ところが、現代のさすまたには棘が付いていません。さらに、Uの輪が広い製品も目立ちます。犯人を捕らえようとU字の金具を相手に押し当てても、つるりと滑って犯人は逃げることができます」
先日、田村氏は東京都内の中学校から依頼を受け、教師や保護者、生徒の前で防犯講習を行った。その際、「さすまたがどれほど役に立たないか」を実際にやってみせたという。
「その中学校にはさすまたが常備されていたので、2本を使うことにしました。ちょうどPTAの役員に現役の自衛官の方がいらっしゃったので、その方を含めた2名にさすまたを手渡し、私を押さえつけてくださいとお願いしました。まず、U字の金具を体に押し付けられても、痛くもなんともありません。私が暴れると簡単に跳ね除けることができます」
実際に強盗が押し入った時、2人1組のペアを作ることさえ容易ではない。さらに、非力な女性がさすまたを犯人に向かって突き出したとして、押し返すことは簡単だ。仮に屈強な男性が犯人を地面に押さえつけることに成功しても、U字の半円が大きければ抜け出すこともできるという。
「護身の基本は、相手の戦意を喪失させるだけの痛みを与えたり、脅威を見せつけることです。そのため、さすまたしかないとしたら、さすまたで犯人を叩くほうがまだマシです。警察官といってもピンキリで、戦闘経験の浅い者は『いくら相手が犯人でも、さすまたで殴ると過剰防衛の危険性がある』と指導するかもしれません。しかし耳を傾ける必要はないでしょう」(同・田村氏)
刃物など凶器を使った犯罪者の攻撃から命を守るため、さすまたで殴ってケガを負わせることで撃退。警察に引き渡したとして、過剰防衛の刑事責任を問われることは、まずないという。
「大切なのは、自分、または他人の生命・身体・財産を守るために必要な行為であるか否かです。例えば学校の先生に武術の達人がいたとして、殴ることなく簡単に犯人を制圧できるのであれば殴る必要はありません。正当防衛はあくまでも防衛に必要な反撃を許すものであって、相手を痛めつける目的であったり、復讐する目的で行ってはなりません。そのポイントさえ間違えなければいいのです」(同・田村氏)
上野の貴金属店で強盗を撃退した映像を改めて見ると、店員は強盗を取り押さえようとはしていない。むしろ、さすまたでバイクを叩くなどして威嚇していることが分かる。
集英社オンラインが11月29日に配信した記事(註)によると、近隣のショップ店員は撃退した店員について《身長180センチは優に超えてたし、体重も120キロ以上あると思います。30代くらいで元力士だと聞いたことがあります》と証言している。
「貴金属店の動画から学ぶべきことは、さすまたが優秀だということではありません。撃退した店員が強かったのです。あれだけ屈強な男性がさすまたを手に持って出てきたことで、犯人側は圧倒されてしまいました。普通の人はあそこまで体格に恵まれていませんし、護身術の知識も持ち合わせていないでしょう。こういう場合、護身術の原点に立ち返る必要があります」(同・田村氏)
大前提として、逃げることを忘れてはいけない。特に1人で犯人からある程度の距離を確保できている場合は、逃げるのが最も適切だという。
強盗に店が襲われた場合も変わらない。まずは逃げて110番するのが基本だ。ケガするだけでも馬鹿馬鹿しいのに、命を落とすようなことになれば元も子もない。
「その上で、もしオフィスや店舗、自宅に護身用具を準備するのなら、さすまたより金属バットやゴルフクラブのほうがお勧めです。どちらも扱いやすいですし、さすまたと違って犯人に打撃を与えることができます。さらに重要なのは、盾になるものも用意しておくことです。刃物を振り回す犯人に立ち向かう際、生身だとびっくりするほどケガを負います。鍋の蓋でもないよりはマシなので、これを利き手とは反対の手で持ち、利き手にバットやゴルフクラブを持つのです」(同・田村氏)
護身用具を準備していない状況で襲われるケースも考えられる。電車の中で刃物を持った男が自分に迫ってきたとか、路上を子供と一緒に歩いているところを襲われ、わが子を守らなければならないという状況だ。
「こうした時は、致命傷を負わないことを最優先にしてください。目を刺されるとその奥の脳幹が破壊され即死します。また、身体の正中線や内側、例えばお腹を刺されたり、脇を斬りつけられると重傷を負う危険性があります。一方、前腕の外側は多少切られてもその後に止血すれば簡単には死にません。バファリンなど血をサラサラにする薬を飲んでいる場合は止血が困難であるため注意が必要ですが、カバンを盾にして刃物を持った犯人に突っ込むとしたら、腕にケガを負っても構わず、致命傷となる部分は守るのです。後は犯人をボールペンや傘で突くとか、脱いだ靴のかかとの部分で殴りつけるとか、そんな時間もなければ素手で殴るとか、ありとあらゆる方法で相手を攻撃することが生き残る可能性を高めます」(同・田村氏)
何よりも重要なのは「犯人に対峙する」という強い意思だという。
「刃物を持った犯人は、『武器を持っている自分は強い』と思い込んでいます。ところが、心の奥底では恐怖を感じているのです。そのため、刃物を見せれば言うことを聞くだろうと思っていた相手が躊躇なく全力で立ちむかってきたら、一気に恐怖心が沸き起こります。本来なら犯人が強者のはずですが、力関係が逆転するのです。上野の宝石店で起きたことも同じです。犯人たちは店員が反撃に転じるとは考えていなかったので、誰もが腰砕けになってしまったのです。強い意思を持つためには、日頃から心の準備をしておくことが必要です。『もし電車の中で刃物を持った男が襲いかかってきたら』、『買い物をしているコンビニで強盗が襲ってきたら』といったことを、折に触れて想像するのです」(同・田村氏)
かつて日本は「水と安全は無料」と言われた。だが、「今や昔」だという。もし襲われたらという心構えを持ち、強い意思で行動することが求められる時代になったようだ。
「現役の警察官と情報交換することは多いのですが、日本の治安悪化を予想する声が圧倒的です。もちろん、1カ月後、1年後はそこまで悪化していないでしょう。しかしながら10年先、20年先となると、今とは変質した日本社会になっている可能性があります。欧米のように治安の良い場所と悪い場所の二極化が進んでいても不思議ではありません。『自分の身は自分で守る』ことが求められていくことになると思います」(同・田村氏)
註:〈上野・さすまたで強盗撃退〉「立ち向かった大柄男性は元力士なの?」「そもそもなぜ店に『さすまた』があったのか?」被害店の役員が明かすウワサの真相(集英社オンライン:11月29日)
デイリー新潮編集部