大麻事犯の検挙人員は増加し続けており、とくに若年層の増加は著しく、令和3年は検挙全体の68.0%が30歳未満となった(厚生労働省調べ)。イベントで配られたものによって健康被害が出たことで注目されている、いま流通している「大麻」という名前がついたグミやクッキーなどをめぐって起きている変化は、かつて危険ドラッグによって起きていたことによく似ているとライターの森鷹久氏は指摘する。危険ドラッグと、いわゆる大麻グミはどう似ているのか、森氏がレポートする。
【写真】危険ドラッグ暴走事故現場 * * *「これは8月からダメになっちゃうんで。持ってると捕まっちゃいますから。みんな買いだめしてますよ」 2023年7月下旬、筆者が訪ねたのは東京都内にある「大麻リキッド専門店」をうたう小さな店だった。店内は薄暗く、サイケミュージックと呼ばれるクラブ系の音楽が大音量で流れていた。六本木や渋谷などの小さなクラブを思わせる雰囲気だが、部屋の隅を見ると、そこにいたのは躍っている人ではなく、ぐったりとソファに項垂れる数名の若者だった。横になって動けない人に向かって、異様に高いテンションで「めっちゃキマってんじゃん」と大声で話しかける中年男性もいる。 この店では、主に”大麻リキッド”と呼ばれる商品が販売されており、その派生品としてクッキーやワックス、そして今話題の「グミ」も陳列ケースに並んでいる。その全てに、大麻の成分であるTHC(テトラヒドロカンナビノール)や、話題のグミに添加された大麻草の成分であるカンナビノイドに似せた合成化合物「HHCH(ヘキサヒドロカンナビヘキソール)」などの表記がある。店員は「全て大麻由来」とか「持っていても大丈夫な合法大麻」なのだと筆者に説明する。健康への影響について聞くと「持っていても捕まらないし、体への影響もない。大麻と同じ」と畳み掛けてくる。「大麻グミ」という呼称が正しくない理由 10年ほど前、筆者は世の中に蔓延しつつあった「危険ドラッグ」を取材し、後に拙著『脱法ドラッグの罠』(イースト・プレス)を上梓した。その経験から、報道されている「大麻グミ」や、冒頭で紹介した店舗で売られていたほぼ全ての製品は、呼び名が違うものの「危険ドラッグ」そのものであると警鐘を鳴らしたい。販売される過程も、当局の規制を次々に回避し新たな化学物質が生み出される様子も、そして健康被害が出ている現状も、何もかもが10年前に見た光景と同じなのだ。 危険ドラッグが世に出回り始めた頃は、街の雑貨店などで「合法ハーブ」などの名前で販売され、誰でも簡単に入手することができた。ハーブと名乗るとおり何かの葉を乾燥させた見た目で乾燥大麻によく似ていたが、価格は大麻のおよそ3分の1、さらに大麻よりも強い「効果」が期待できると、アングラな世界で人気を博した。それから間も無く、危険ドラッグ使用者が相次いで救急搬送される事案などが続き、果てには使用者が運転中に意識を失い、女性を轢き殺すという凄惨な事件まで起きた。 当時、筆者が取材しただけでも、危険ドラッグ摂取後にマンションから飛び降りたり、自傷行為をしたりなど、何人もの使用者が命を落としているという実態を確認している。当初「ハーブ」というソフトな響きのために自然由来の何かだという勘違いが広がっていた。だが、その正体は「得体の知れない化学物質」であることが知れ渡ると「危険ドラッグ」という呼称に取って代わり、有害物質だと世間が受け止めるようになった。また、関係当局による指定薬物の「包括規制」などが功を奏し、この危険なブームは収束したのである。 そして、マスコミ報道などでいま、話題になっている、いわゆる「大麻グミ」だが、実際には大麻由来の成分はほとんど含まれていない。そもそも、所持や売買が禁止されている大麻の成分に由来するものが入っていたら、それだけで違法と判じられ摘発や逮捕となる可能性が高い。マスコミは、販売・製造業社の言い分通りに「大麻グミ」という呼称で報じているが、実態としては、危険ドラッグと同様に、大麻の陶酔成分に似た化学物質が添加されたグミに他ならない。ところが、業者側はあくまでも「大麻」のイメージを押し出している。 近年、今回の大麻グミだけでなく、「大麻」を連想させるネーミングやパッケージになってはいるが、実際には規制されている大麻成分とは異なる化学構造を持たせた物質を添加した製品が再び街中で、そしてネット通販でかなり気軽に購入できるようになっている。冒頭で筆者が訪れた店にも、若者を中心に多くの来客があり、加熱式タバコのように吸う”大麻リキッド”や”大麻クッキー”、そして当時は新商品とされていた”大麻グミ”など、さまざまな商品が並んでいた。 なぜ、それらの商品を購入するのかと客に聞くと「本当は大麻の方が良いが、ここの商品はパクられない」「大麻よりキマる」と言って憚らない。店員はある商品を指差して「これはかなり(効き目が)強い、吸った後に運転はするな」と、初心者風の客に説明していた。一方で、常連客には「これは来月から規制されるから、買いだめしておいた方が良い」などとアドバイスしていた。やはり10年前に、危険ドラッグ販売店で見た光景と同じである。 筆者は、店で商品を購入した若い男女何人かに声をかけたが、ほとんど全員が「大麻由来の商品」であることを疑わず、自然のものなので「体に悪影響は少ない」とすら考えているようだった。危険ドラッグのときよりも、客側に後ろめたさが感じられない。これは10年前に起きた危険ドラッグにまつわる雰囲気と比較して、販売側が商品に「大麻」のイメージを大いに含ませていることが原因であるように思われる。特に近年、海外で嗜好目的の大麻利用が解禁されるなどして、若者が大麻に抱くイメージは中高年者が抱くものとは全く別物だ。だから若者は、大麻っぽいということで、こうした製品を買っていく傾向にあり、この受け入れられ方はやはり危険ドラッグが広まったときとよく似ている。効果が遅く出る「大麻グミ」は危険「グミやクッキーは、薬物経験がある人でも摂取には気をつけないと危ないです」 こう話すのは、自身も大麻やコカインの所持・使用で逮捕された経験のある都内の会社役員・町田俊平さん(仮名・40代)。問題になっている”大麻グミ”の摂取経験もあるという。「グミの場合、(タバコ状にして)吸引するのと違って、咀嚼して胃に入ってから陶酔成分が効いてくるため、パクッと食べても最初は効果を感じにくい。効果がないと思い、調子に乗って2個も3個も食べていると、そのうちにガツンと効果が現れ、立ち上がることすらできない、意識が無くなるということにつながるんです」(町田さん) 実は町田さん、現在も合法である海外に赴いては大麻を楽しんでいるといい、日本国内外の「大麻解禁論者」とも交流を持つ。そんな町田さんが激怒しているのが“大麻グミ”販売業者と、マスコミの報道姿勢だ。「業者は大麻が好きだとか、大麻文化をとさまざまなところでPRしていますが、大麻を隠れ蓑に危険な物質を日本国中にばら撒いているだけ。大麻解禁論者や一部のミュージシャンが販売業者を擁護していますが、あれを本当に大麻(由来)だと思っているのなら、相当に頭が悪い。マスコミも、やたら“大麻”を連呼しますが、関係のない大麻にネガティブイメージを持たせるための報道ではないかと疑ってしまいます。大麻と違ってどんな成分が入っているかは、業者だって把握できておらず、命を落とす可能性もあるということは、もっときちんと周知されるべき」(町田さん)“大麻グミ”に入っているとされる化学物質「HHCH」は、11月22日付けで「指定薬物」に追加、12月2日には販売や所持・使用が禁止される。販売店では「規制前の買いだめ」をしようと、客がひっきりなしに訪れていると聞くし、業者もSNSなどで「飛ぶように売れている」などとうそぶく。対応が迅速に見えるかもしれないが、実際には業者と当局による「いたちごっこ」は始まっている。今回、禁止に指定されるHHCHは2023年3月に「HHC」という化学物質が規制されて登場した、新たな化学物質なのだ。ひとつ禁止されると、法規制を逃れるために類似した次の化学物質に業者がとびつく、という、ここでも危険ドラッグが増殖した時期とよく似た光景が広がっている。 危険ドラッグが、法規制をかいくぐり様々に化学物質として変化していたとき、摂取して重篤な状態になった人たちの治療方法が分からなかったと言われていた。アルコールや既存の睡眠薬など対応が分かっている物質ではないため、原因を取り除いたり緩和する方法が不明なのだ。それと同じことが「大麻」と名付けられた界隈で起きつつある。大麻は天然のものだから、きっと大丈夫というふわっとしたイメージで得体の知れない物質が取り込まれた人々に、どんな影響を及ぼすか分からない。だが、少なくともそれが「良い影響」ではないだろう。 HHCHに代わる化学物質が何なのか筆者は知る由もないが、このいたちごっこが始まった以上、製品に添加される化学物質は規制のたびに目まぐるしく、製造業者や販売業者が把握できないほどに変わり続け、ますます得体の知れないものに変化していくに違いない。類似成分を含めて包括的に規制することも検討されるというが、危険ドラッグのときを思い返すと、間に合うのか不安になる。世の中に新たな危険ドラッグを蔓延させ、社会不安を呼び込むわけにはいかない。死人が出てからでは遅い。止めるなら、今しかないのだ。
* * *「これは8月からダメになっちゃうんで。持ってると捕まっちゃいますから。みんな買いだめしてますよ」
2023年7月下旬、筆者が訪ねたのは東京都内にある「大麻リキッド専門店」をうたう小さな店だった。店内は薄暗く、サイケミュージックと呼ばれるクラブ系の音楽が大音量で流れていた。六本木や渋谷などの小さなクラブを思わせる雰囲気だが、部屋の隅を見ると、そこにいたのは躍っている人ではなく、ぐったりとソファに項垂れる数名の若者だった。横になって動けない人に向かって、異様に高いテンションで「めっちゃキマってんじゃん」と大声で話しかける中年男性もいる。
この店では、主に”大麻リキッド”と呼ばれる商品が販売されており、その派生品としてクッキーやワックス、そして今話題の「グミ」も陳列ケースに並んでいる。その全てに、大麻の成分であるTHC(テトラヒドロカンナビノール)や、話題のグミに添加された大麻草の成分であるカンナビノイドに似せた合成化合物「HHCH(ヘキサヒドロカンナビヘキソール)」などの表記がある。店員は「全て大麻由来」とか「持っていても大丈夫な合法大麻」なのだと筆者に説明する。健康への影響について聞くと「持っていても捕まらないし、体への影響もない。大麻と同じ」と畳み掛けてくる。
10年ほど前、筆者は世の中に蔓延しつつあった「危険ドラッグ」を取材し、後に拙著『脱法ドラッグの罠』(イースト・プレス)を上梓した。その経験から、報道されている「大麻グミ」や、冒頭で紹介した店舗で売られていたほぼ全ての製品は、呼び名が違うものの「危険ドラッグ」そのものであると警鐘を鳴らしたい。販売される過程も、当局の規制を次々に回避し新たな化学物質が生み出される様子も、そして健康被害が出ている現状も、何もかもが10年前に見た光景と同じなのだ。
危険ドラッグが世に出回り始めた頃は、街の雑貨店などで「合法ハーブ」などの名前で販売され、誰でも簡単に入手することができた。ハーブと名乗るとおり何かの葉を乾燥させた見た目で乾燥大麻によく似ていたが、価格は大麻のおよそ3分の1、さらに大麻よりも強い「効果」が期待できると、アングラな世界で人気を博した。それから間も無く、危険ドラッグ使用者が相次いで救急搬送される事案などが続き、果てには使用者が運転中に意識を失い、女性を轢き殺すという凄惨な事件まで起きた。
当時、筆者が取材しただけでも、危険ドラッグ摂取後にマンションから飛び降りたり、自傷行為をしたりなど、何人もの使用者が命を落としているという実態を確認している。当初「ハーブ」というソフトな響きのために自然由来の何かだという勘違いが広がっていた。だが、その正体は「得体の知れない化学物質」であることが知れ渡ると「危険ドラッグ」という呼称に取って代わり、有害物質だと世間が受け止めるようになった。また、関係当局による指定薬物の「包括規制」などが功を奏し、この危険なブームは収束したのである。
そして、マスコミ報道などでいま、話題になっている、いわゆる「大麻グミ」だが、実際には大麻由来の成分はほとんど含まれていない。そもそも、所持や売買が禁止されている大麻の成分に由来するものが入っていたら、それだけで違法と判じられ摘発や逮捕となる可能性が高い。マスコミは、販売・製造業社の言い分通りに「大麻グミ」という呼称で報じているが、実態としては、危険ドラッグと同様に、大麻の陶酔成分に似た化学物質が添加されたグミに他ならない。ところが、業者側はあくまでも「大麻」のイメージを押し出している。
近年、今回の大麻グミだけでなく、「大麻」を連想させるネーミングやパッケージになってはいるが、実際には規制されている大麻成分とは異なる化学構造を持たせた物質を添加した製品が再び街中で、そしてネット通販でかなり気軽に購入できるようになっている。冒頭で筆者が訪れた店にも、若者を中心に多くの来客があり、加熱式タバコのように吸う”大麻リキッド”や”大麻クッキー”、そして当時は新商品とされていた”大麻グミ”など、さまざまな商品が並んでいた。
なぜ、それらの商品を購入するのかと客に聞くと「本当は大麻の方が良いが、ここの商品はパクられない」「大麻よりキマる」と言って憚らない。店員はある商品を指差して「これはかなり(効き目が)強い、吸った後に運転はするな」と、初心者風の客に説明していた。一方で、常連客には「これは来月から規制されるから、買いだめしておいた方が良い」などとアドバイスしていた。やはり10年前に、危険ドラッグ販売店で見た光景と同じである。
筆者は、店で商品を購入した若い男女何人かに声をかけたが、ほとんど全員が「大麻由来の商品」であることを疑わず、自然のものなので「体に悪影響は少ない」とすら考えているようだった。危険ドラッグのときよりも、客側に後ろめたさが感じられない。これは10年前に起きた危険ドラッグにまつわる雰囲気と比較して、販売側が商品に「大麻」のイメージを大いに含ませていることが原因であるように思われる。特に近年、海外で嗜好目的の大麻利用が解禁されるなどして、若者が大麻に抱くイメージは中高年者が抱くものとは全く別物だ。だから若者は、大麻っぽいということで、こうした製品を買っていく傾向にあり、この受け入れられ方はやはり危険ドラッグが広まったときとよく似ている。
「グミやクッキーは、薬物経験がある人でも摂取には気をつけないと危ないです」
こう話すのは、自身も大麻やコカインの所持・使用で逮捕された経験のある都内の会社役員・町田俊平さん(仮名・40代)。問題になっている”大麻グミ”の摂取経験もあるという。
「グミの場合、(タバコ状にして)吸引するのと違って、咀嚼して胃に入ってから陶酔成分が効いてくるため、パクッと食べても最初は効果を感じにくい。効果がないと思い、調子に乗って2個も3個も食べていると、そのうちにガツンと効果が現れ、立ち上がることすらできない、意識が無くなるということにつながるんです」(町田さん)
実は町田さん、現在も合法である海外に赴いては大麻を楽しんでいるといい、日本国内外の「大麻解禁論者」とも交流を持つ。そんな町田さんが激怒しているのが“大麻グミ”販売業者と、マスコミの報道姿勢だ。
「業者は大麻が好きだとか、大麻文化をとさまざまなところでPRしていますが、大麻を隠れ蓑に危険な物質を日本国中にばら撒いているだけ。大麻解禁論者や一部のミュージシャンが販売業者を擁護していますが、あれを本当に大麻(由来)だと思っているのなら、相当に頭が悪い。マスコミも、やたら“大麻”を連呼しますが、関係のない大麻にネガティブイメージを持たせるための報道ではないかと疑ってしまいます。大麻と違ってどんな成分が入っているかは、業者だって把握できておらず、命を落とす可能性もあるということは、もっときちんと周知されるべき」(町田さん)
“大麻グミ”に入っているとされる化学物質「HHCH」は、11月22日付けで「指定薬物」に追加、12月2日には販売や所持・使用が禁止される。販売店では「規制前の買いだめ」をしようと、客がひっきりなしに訪れていると聞くし、業者もSNSなどで「飛ぶように売れている」などとうそぶく。対応が迅速に見えるかもしれないが、実際には業者と当局による「いたちごっこ」は始まっている。今回、禁止に指定されるHHCHは2023年3月に「HHC」という化学物質が規制されて登場した、新たな化学物質なのだ。ひとつ禁止されると、法規制を逃れるために類似した次の化学物質に業者がとびつく、という、ここでも危険ドラッグが増殖した時期とよく似た光景が広がっている。
危険ドラッグが、法規制をかいくぐり様々に化学物質として変化していたとき、摂取して重篤な状態になった人たちの治療方法が分からなかったと言われていた。アルコールや既存の睡眠薬など対応が分かっている物質ではないため、原因を取り除いたり緩和する方法が不明なのだ。それと同じことが「大麻」と名付けられた界隈で起きつつある。大麻は天然のものだから、きっと大丈夫というふわっとしたイメージで得体の知れない物質が取り込まれた人々に、どんな影響を及ぼすか分からない。だが、少なくともそれが「良い影響」ではないだろう。
HHCHに代わる化学物質が何なのか筆者は知る由もないが、このいたちごっこが始まった以上、製品に添加される化学物質は規制のたびに目まぐるしく、製造業者や販売業者が把握できないほどに変わり続け、ますます得体の知れないものに変化していくに違いない。類似成分を含めて包括的に規制することも検討されるというが、危険ドラッグのときを思い返すと、間に合うのか不安になる。世の中に新たな危険ドラッグを蔓延させ、社会不安を呼び込むわけにはいかない。死人が出てからでは遅い。止めるなら、今しかないのだ。