土曜日の午前11時40分。JR山手線「五反田駅」の西口を出て、目黒方面に徒歩で2分ほど進む。<中華蕎麦 無冠>を訪れると、既に5名が並んでいた。なるほど、行列のできるラーメン屋である。店内に入るまでに要した時間は21分43秒。筆者がドアを開けた時、更に8名が列をなしていた。
筆者撮影
その様子を通行人が目に留め「美味しいんだろうね」とか「今度行ってみたいなぁ」などと言いながら通り過ぎていく。
店内はカウンターのみで、6席。ライスやビールはあるものの、メニューは基本的に「牡蠣塩ラーメン」のみ。午前11時から15時、休憩をはさんで18時から21時を営業時間としている。
同店を双子の弟と共に切り盛りするのは、ボクシングの日本スーパーフライ級チャンピオンの高山涼深(たかやますずみ)だ。所属するワタナベジムのすぐ裏にあるこの店を、居抜きで譲り受け、2023年8月頭にオープンした。
高山涼深氏(筆者撮影)
法政大学入学直後から、埼玉県和光市の実家近くや大学周辺等、複数のラーメン屋で5年ほどアルバイトを経験した高山。中学3年次から、指導を受ける小口忠寛トレーナーが経営する飲食店でも働いて、包丁さばきを身に付けた。
高山は言う。
「小さい頃からラーメンが好きで、バイトしちゃえば賄として食べられるっていう気持ちがありました。気付いたら、どっぷりハマっていた感じです。試合が無い時は、抑えつつも3~4日に1度くらいはラーメンを食べますね。偵察ではないのですが、他所のお店を覗きに行くこともあります。ラーメンも極めたいんですよ。ただ、減量中のボクサーにラーメンってダメですね(笑)」
駿台学園高校、法政大学の先輩でもある小口は、もんじゃ焼き屋、居酒屋、汁なし担々の店などを経営してきた。品川区中延で暖簾を掲げる小口の店、「忠さん劇場 くいしん坊」は今年で8年目を迎え、今日もボクシング好きが集う。
ボクシング界で、ファイトマネーだけで生活していけるのはごく一部の人気選手だけである。日本チャンピオンといっても、アルバイトをしながらリングに上がるケースがほとんどだ。
日本から誕生した世界チャンピオンで「13」の最多防衛記録を持つ、元WBAジュニアフライ(現ライトフライ)級王者の具志堅用高も、5度の防衛を果たすまで、とんかつ屋でアルバイトをしていたのは有名な話だ。
具志堅は、当時の店のオーナーとの出会いを感謝しているが、日本チャンピオンクラスでも食えない選手はごまんといる。また、所属ジムの会長によるファイトマネー未払いに泣いたり、高校時代に全国大会で活躍し、スカウトされたからこそ夢を描いて上京したにも拘わらず、斡旋された職場の給与をピンハネされ続けた、などという話も珍しくない。
ワタナベジムの練習風景(筆者撮影)今日、日本チャンピオンのファイトマネーは最低で100万円。挑戦者は50万円。そのうちの33パーセントを所属ジムが受け取ることになっている。キャッシュで支払われる場合もあるが、「自分で試合のチケットを捌け」と、入場券を渡されて終わり、というジムもある。つまり、たとえチャンピオンであったとしても、営業力が無い場合は、カネに結び付かない者も存する。ボクシングという命を削る競技に身を置きながらも、食べていくのが難しい世界なのだ。小口は話した。「ジムの傍に2号店をオープンし、関東で初めて広島汁なし担々麺を出したんですよ。その時も涼深をバイトで使っていたんです。でも、すぐにコロナに見舞われてしまい、まぁ、あんまり上手くいかなくて…。それで、物件を彼に譲ることにしました。ボクサーとして上を目指すなら、安定した職業に就くべきだという思いがあったし、既にラーメンで当てている僕の友人、小松崎敏から涼深はヒット商品を受け継いでいいってことになって、早速行列ができる店になったという訳です」筆者撮影確かに、営業時間中に列が途切れることはない。「試合前はお休みを頂いていますが、極力、店には立っています。一日平均、80人のお客さんが来てくださいます。1ヵ月の売り上げはおよそ200万円くらいでしょうか。行列の要因は、第一に小松崎敏さんがヒットさせた味っていうのがあると思います。僕自身、小松崎さんの下で修業させてもらいましたし、牡蠣塩ラーメン1品に絞っている点も強みじゃないですかね。牡蠣が得意でない人でも、食べて頂けたら、印象が変わるかな、と感じます。是非、一度、お試しください。写真で見るよりもさっぱりしていますよ。また、弊店は接客にも自信を持っています」(高山)日本スーパーフライ級チャンプの目下の悩みは、アルバイトスタッフの育成だ。「人を使うって難しいですよね。なので、ボクサーとしての僕を支えて下さっている社長さん等に、人材教育について話を聞かせて頂いたりしています。6人のお客様に対して2名のスタッフで回していますが、人を育てることに関する悩みは尽きませんね」高山氏(筆者撮影)ボクシングにも真摯に取り組む法政大学4年次の2月26日にプロデビューした高山は、3戦目で日本ユースタイトルを獲得するも、コロナの影響を受け、組まれた試合が3度もキャンセルされた。また、高山自身も右足第5中足骨を骨折するなど、ケガに苦しむ。2019年10月19日から、2021年7月21日まで、そして2021年10月31日から2023年6月12日までと、ブランクを余儀なくされた。今年6月、日本スーパーフライ級王座決定戦を4回で、9月22日の同初防衛戦では8ラウンドで共にKO勝ちを収め、高山は来る12月14日に2度目の防衛戦のリングに上がる。今回がプロでの8戦目となる。目下の戦績は7戦全勝6KO。2人目の挑戦者は、21戦12勝(9KO)7敗2分の中村祐斗だ。日々の練習メニューを組む小口は話した。「このところ涼深は、ディフェンスが疎かになるきらいがありました。今回は徹底して、相手のパンチを躱しながら、倒すことを課題としています。攻撃力はありますから、とにかく貰わないことをテーマに練習中です」トレーナーの小口氏と高山氏(筆者撮影)高校、大学時代の高山は、部活動での練習が終わった後にジムにやって来て、更にトレーニングを重ねた。少年だった高山を日本王座に就かせた渡辺均・ワタナベジム会長は、こう評した。「いつ見てもお客さんが並んでいますよね。五反田のラーメン屋で一番流行っている店じゃないですか。どの選手も仕事を持ちながらやるのが当たり前の世界ですが、涼深はビジネスを成功させています。巡り合わせも良かったでしょうし、それに踏み切った彼の判断も良かった。家族がお店をサポートしている点も本人にとっては心強いでしょう。現役時代に、こういった形でボクシングに集中できる環境を作れたというのは非常にいい傾向です。私は、チャンピオンを作るのが仕事ですから、涼深も上を目指させたいですね」牡蠣塩ラーメン(1100円)は、牡蠣のアヒージョがメインイベンターだった。それにスープと、ネギ、卵、ハム、メンマ、岩海苔が絶妙のハーモニーを奏でていた。珍しい食感が、人気の秘訣なことは食べ始めて数分で理解した。牡蠣塩ラーメン(筆者撮影)高山涼深は、小松崎敏からヒット商品を継承した。今後、経営者として何を付け加えていくのか。そして、ボクサーとして、どのようにキャリアを彩っていくのか。まずは12月14日に後楽園ホールで行われる防衛戦に注目だ。<中華蕎麦 無冠 五反田>X(旧Twitter)アカウント:@mukan1123店主アカウント:@boxing_suzumi※休みは不定期なので、お店のX(Twitter)とインスタグラム(@mukangotanda1123)で確認してください。
ワタナベジムの練習風景(筆者撮影)
今日、日本チャンピオンのファイトマネーは最低で100万円。挑戦者は50万円。そのうちの33パーセントを所属ジムが受け取ることになっている。キャッシュで支払われる場合もあるが、「自分で試合のチケットを捌け」と、入場券を渡されて終わり、というジムもある。つまり、たとえチャンピオンであったとしても、営業力が無い場合は、カネに結び付かない者も存する。
ボクシングという命を削る競技に身を置きながらも、食べていくのが難しい世界なのだ。
小口は話した。
「ジムの傍に2号店をオープンし、関東で初めて広島汁なし担々麺を出したんですよ。その時も涼深をバイトで使っていたんです。でも、すぐにコロナに見舞われてしまい、まぁ、あんまり上手くいかなくて…。それで、物件を彼に譲ることにしました。
ボクサーとして上を目指すなら、安定した職業に就くべきだという思いがあったし、既にラーメンで当てている僕の友人、小松崎敏から涼深はヒット商品を受け継いでいいってことになって、早速行列ができる店になったという訳です」
筆者撮影
確かに、営業時間中に列が途切れることはない。
「試合前はお休みを頂いていますが、極力、店には立っています。一日平均、80人のお客さんが来てくださいます。1ヵ月の売り上げはおよそ200万円くらいでしょうか。行列の要因は、第一に小松崎敏さんがヒットさせた味っていうのがあると思います。
僕自身、小松崎さんの下で修業させてもらいましたし、牡蠣塩ラーメン1品に絞っている点も強みじゃないですかね。牡蠣が得意でない人でも、食べて頂けたら、印象が変わるかな、と感じます。是非、一度、お試しください。写真で見るよりもさっぱりしていますよ。また、弊店は接客にも自信を持っています」(高山)
日本スーパーフライ級チャンプの目下の悩みは、アルバイトスタッフの育成だ。
「人を使うって難しいですよね。なので、ボクサーとしての僕を支えて下さっている社長さん等に、人材教育について話を聞かせて頂いたりしています。6人のお客様に対して2名のスタッフで回していますが、人を育てることに関する悩みは尽きませんね」
高山氏(筆者撮影)ボクシングにも真摯に取り組む法政大学4年次の2月26日にプロデビューした高山は、3戦目で日本ユースタイトルを獲得するも、コロナの影響を受け、組まれた試合が3度もキャンセルされた。また、高山自身も右足第5中足骨を骨折するなど、ケガに苦しむ。2019年10月19日から、2021年7月21日まで、そして2021年10月31日から2023年6月12日までと、ブランクを余儀なくされた。今年6月、日本スーパーフライ級王座決定戦を4回で、9月22日の同初防衛戦では8ラウンドで共にKO勝ちを収め、高山は来る12月14日に2度目の防衛戦のリングに上がる。今回がプロでの8戦目となる。目下の戦績は7戦全勝6KO。2人目の挑戦者は、21戦12勝(9KO)7敗2分の中村祐斗だ。日々の練習メニューを組む小口は話した。「このところ涼深は、ディフェンスが疎かになるきらいがありました。今回は徹底して、相手のパンチを躱しながら、倒すことを課題としています。攻撃力はありますから、とにかく貰わないことをテーマに練習中です」トレーナーの小口氏と高山氏(筆者撮影)高校、大学時代の高山は、部活動での練習が終わった後にジムにやって来て、更にトレーニングを重ねた。少年だった高山を日本王座に就かせた渡辺均・ワタナベジム会長は、こう評した。「いつ見てもお客さんが並んでいますよね。五反田のラーメン屋で一番流行っている店じゃないですか。どの選手も仕事を持ちながらやるのが当たり前の世界ですが、涼深はビジネスを成功させています。巡り合わせも良かったでしょうし、それに踏み切った彼の判断も良かった。家族がお店をサポートしている点も本人にとっては心強いでしょう。現役時代に、こういった形でボクシングに集中できる環境を作れたというのは非常にいい傾向です。私は、チャンピオンを作るのが仕事ですから、涼深も上を目指させたいですね」牡蠣塩ラーメン(1100円)は、牡蠣のアヒージョがメインイベンターだった。それにスープと、ネギ、卵、ハム、メンマ、岩海苔が絶妙のハーモニーを奏でていた。珍しい食感が、人気の秘訣なことは食べ始めて数分で理解した。牡蠣塩ラーメン(筆者撮影)高山涼深は、小松崎敏からヒット商品を継承した。今後、経営者として何を付け加えていくのか。そして、ボクサーとして、どのようにキャリアを彩っていくのか。まずは12月14日に後楽園ホールで行われる防衛戦に注目だ。<中華蕎麦 無冠 五反田>X(旧Twitter)アカウント:@mukan1123店主アカウント:@boxing_suzumi※休みは不定期なので、お店のX(Twitter)とインスタグラム(@mukangotanda1123)で確認してください。
高山氏(筆者撮影)
法政大学4年次の2月26日にプロデビューした高山は、3戦目で日本ユースタイトルを獲得するも、コロナの影響を受け、組まれた試合が3度もキャンセルされた。また、高山自身も右足第5中足骨を骨折するなど、ケガに苦しむ。2019年10月19日から、2021年7月21日まで、そして2021年10月31日から2023年6月12日までと、ブランクを余儀なくされた。
今年6月、日本スーパーフライ級王座決定戦を4回で、9月22日の同初防衛戦では8ラウンドで共にKO勝ちを収め、高山は来る12月14日に2度目の防衛戦のリングに上がる。今回がプロでの8戦目となる。目下の戦績は7戦全勝6KO。2人目の挑戦者は、21戦12勝(9KO)7敗2分の中村祐斗だ。
日々の練習メニューを組む小口は話した。
「このところ涼深は、ディフェンスが疎かになるきらいがありました。今回は徹底して、相手のパンチを躱しながら、倒すことを課題としています。攻撃力はありますから、とにかく貰わないことをテーマに練習中です」
トレーナーの小口氏と高山氏(筆者撮影)
高校、大学時代の高山は、部活動での練習が終わった後にジムにやって来て、更にトレーニングを重ねた。少年だった高山を日本王座に就かせた渡辺均・ワタナベジム会長は、こう評した。
「いつ見てもお客さんが並んでいますよね。五反田のラーメン屋で一番流行っている店じゃないですか。どの選手も仕事を持ちながらやるのが当たり前の世界ですが、涼深はビジネスを成功させています。巡り合わせも良かったでしょうし、それに踏み切った彼の判断も良かった。家族がお店をサポートしている点も本人にとっては心強いでしょう。
現役時代に、こういった形でボクシングに集中できる環境を作れたというのは非常にいい傾向です。私は、チャンピオンを作るのが仕事ですから、涼深も上を目指させたいですね」
牡蠣塩ラーメン(1100円)は、牡蠣のアヒージョがメインイベンターだった。それにスープと、ネギ、卵、ハム、メンマ、岩海苔が絶妙のハーモニーを奏でていた。珍しい食感が、人気の秘訣なことは食べ始めて数分で理解した。
牡蠣塩ラーメン(筆者撮影)
高山涼深は、小松崎敏からヒット商品を継承した。今後、経営者として何を付け加えていくのか。そして、ボクサーとして、どのようにキャリアを彩っていくのか。まずは12月14日に後楽園ホールで行われる防衛戦に注目だ。
<中華蕎麦 無冠 五反田>X(旧Twitter)アカウント:@mukan1123店主アカウント:@boxing_suzumi※休みは不定期なので、お店のX(Twitter)とインスタグラム(@mukangotanda1123)で確認してください。