「介護に疲れ、耐えられなかった」――。80歳の夫はなぜ、長年連れ添った85歳の妻をみずからの手で殺めたのか。悲劇の背景を取材すると、認知症の妻を献身的に支える孤独な“エンドレス介護”の実態と、妻への隠せぬ深い愛情の痕跡が見えてきた。
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【写真を見る】いまも残る…事件直後の「容疑者宅」ドアに貼られた区からの“悲痛”なメッセージ 10月3日、警視庁成城署は都内世田谷区に住む吉田友貞容疑者(80)を殺人容疑で逮捕。1日の夜11時頃、自宅アパートの寝室で、妻(85)の首を電源コードなどで絞めて殺害した疑いだった。

「吉田容疑者は取り調べに対し、『手とコードで首を絞めて殺しました』と容疑を認めています。理由については『介護中に妻が暴れ、おとなしくならなかった。“浮気している”などと繰り返し言われ、耐えられなかった』と供述しています」(全国紙社会部記者) 離れて暮らす吉田容疑者の妹から「兄と連絡が取れない」と警察に通報があったのは2日の夜。実はその日、吉田容疑者は区の支援センター職員と会う予定だったといい、突然、容疑者と連絡が取れなくなったことに不安を抱いた職員が妹に相談し、事件は発覚した。悲劇の現場「通報を受け、駆け付けた警察官がベッドの上で亡くなっている妻を発見。自宅にいた吉田容疑者に事情を聞くと、『殺すつもりで首を絞めた』と話したということです。吉田容疑者は殺害後、自宅で妻の遺体とともに生活していたことになりますが、捜査関係者の一人は“発見が遅れていたら、容疑者も自殺していたかもしれない”と洩らしていた」(同)「食事をつくるのが大変」 吉田容疑者が妻と2人で暮らしていたアパートは公営住宅で、家賃の平均は月4~5万円台という。同じアパートに住む住人の一人が沈鬱な面持ちでこう話す。「吉田さん夫婦が越してきたのは8年ほど前のこと。その当時から奥さんは目が悪く、定期的に目の治療のために通院していました。視力はかすかに見える程度だったそうで、奥さんは(視覚障害者用の)白杖を携帯。そのため旦那さんは通院時の付き添いだけでなく、生活全般において甲斐甲斐しく世話していましたが、3年ほど前に奥さんが認知症を発症したことで、旦那さんの負担が一気に増えてしまった」 それまでも妻のために毎日3度の食事をつくり、入浴などの世話も一人でこなしていたという吉田容疑者。しかし妻が認知症となってからは「(妻のために)食事をつくるのが大変だ」とコボすことが何度かあったという。「介護サービスはほとんど使っておらず、週に1回・1時間だけ、奥さんを散歩させるためにヘルパーを呼ぶ程度でした。奥さんが他人の手を借りることを嫌がったのか、生真面目な性格だった旦那さんが“できるだけ人様に迷惑をかけたくない”と考えていたのか……、理由はいまもわかりません。でも旦那さんが奥さんに献身的に尽くしていたことは事実で、こんなことがありました。アパート前のスロープには落ち葉などがよく溜まるのですが、旦那さんはそのたびに一人でこまめに掃除していた。ある時、理由を訊ねると『妻が転ぶと危険なので』と笑って答えました」(同)「妻に足湯」 複数の近隣住人が語るには、吉田容疑者はもともと都内のデパートに長く勤めていたといい、経歴どおり「折り目正しく穏やかな性格」の人物だったという。年金だけでは妻の目の治療費まで賄えなかったのか、現場となったアパートに越してきて以降、シルバー人材センターを介して週3回、公園の清掃業務に就いていたという。 自治会関係者が言う。「認知症の発症以降、奥さんが徘徊したり、“財布がなくなった”などと言ってはヨソの部屋のインターフォンを鳴らすなどの奇行も増えたといいます。ある時、吉田さんが『妻に足湯をさせてあげようと思ったら、準備している間にいなくなった』と慌てた様子で言うので、一緒に周辺を探したこともあった。いよいよ見つからなくて“警察を呼ぼう”となった時、奥さんがフラっと帰ってきて、事なきを得た。吉田さんは胸を撫で下ろしていましたが、正直、奥さんの世話を一人で抱え込むには限界があると感じました。結婚している娘さんが一人いるそうですが、状況をどこまで正確に伝えていたのか……。結局、子供には最後まで頼らなかったようです」「施設が見つかりそう」 容疑者と親交のあった住人が明かす。「実は事件の1週間前に会った際、吉田さんは『ケアマネージャーに(妻を介護してくれる)施設を探してもらっているんだ』と、少しだけ肩の荷が下りたような表情で話していた。その矢先に今回の事件が起き、本当に悔やんでも悔やみきれない思いです。事件の2~3週間前から急に認知症が悪化し始めたようで、奥さんの大きな声が部屋の外にまで聞こえてくる時もあった。その頃から吉田さんも塞ぎ込みがちになり、事件の数日前からは清掃の仕事も休んで、部屋から一歩も出てくることがなくなった」 殺害翌日の区職員との面談予定も、妻の施設入所に関するものだった可能性が高いという。“あと少し”で事態は好転したかもしれず、その希望すら見失い、コードを手にした瞬間、容疑者の胸に去来したものは何だったのか。デイリー新潮編集部
10月3日、警視庁成城署は都内世田谷区に住む吉田友貞容疑者(80)を殺人容疑で逮捕。1日の夜11時頃、自宅アパートの寝室で、妻(85)の首を電源コードなどで絞めて殺害した疑いだった。
「吉田容疑者は取り調べに対し、『手とコードで首を絞めて殺しました』と容疑を認めています。理由については『介護中に妻が暴れ、おとなしくならなかった。“浮気している”などと繰り返し言われ、耐えられなかった』と供述しています」(全国紙社会部記者)
離れて暮らす吉田容疑者の妹から「兄と連絡が取れない」と警察に通報があったのは2日の夜。実はその日、吉田容疑者は区の支援センター職員と会う予定だったといい、突然、容疑者と連絡が取れなくなったことに不安を抱いた職員が妹に相談し、事件は発覚した。
「通報を受け、駆け付けた警察官がベッドの上で亡くなっている妻を発見。自宅にいた吉田容疑者に事情を聞くと、『殺すつもりで首を絞めた』と話したということです。吉田容疑者は殺害後、自宅で妻の遺体とともに生活していたことになりますが、捜査関係者の一人は“発見が遅れていたら、容疑者も自殺していたかもしれない”と洩らしていた」(同)
吉田容疑者が妻と2人で暮らしていたアパートは公営住宅で、家賃の平均は月4~5万円台という。同じアパートに住む住人の一人が沈鬱な面持ちでこう話す。
「吉田さん夫婦が越してきたのは8年ほど前のこと。その当時から奥さんは目が悪く、定期的に目の治療のために通院していました。視力はかすかに見える程度だったそうで、奥さんは(視覚障害者用の)白杖を携帯。そのため旦那さんは通院時の付き添いだけでなく、生活全般において甲斐甲斐しく世話していましたが、3年ほど前に奥さんが認知症を発症したことで、旦那さんの負担が一気に増えてしまった」
それまでも妻のために毎日3度の食事をつくり、入浴などの世話も一人でこなしていたという吉田容疑者。しかし妻が認知症となってからは「(妻のために)食事をつくるのが大変だ」とコボすことが何度かあったという。
「介護サービスはほとんど使っておらず、週に1回・1時間だけ、奥さんを散歩させるためにヘルパーを呼ぶ程度でした。奥さんが他人の手を借りることを嫌がったのか、生真面目な性格だった旦那さんが“できるだけ人様に迷惑をかけたくない”と考えていたのか……、理由はいまもわかりません。でも旦那さんが奥さんに献身的に尽くしていたことは事実で、こんなことがありました。アパート前のスロープには落ち葉などがよく溜まるのですが、旦那さんはそのたびに一人でこまめに掃除していた。ある時、理由を訊ねると『妻が転ぶと危険なので』と笑って答えました」(同)
複数の近隣住人が語るには、吉田容疑者はもともと都内のデパートに長く勤めていたといい、経歴どおり「折り目正しく穏やかな性格」の人物だったという。年金だけでは妻の目の治療費まで賄えなかったのか、現場となったアパートに越してきて以降、シルバー人材センターを介して週3回、公園の清掃業務に就いていたという。
自治会関係者が言う。
「認知症の発症以降、奥さんが徘徊したり、“財布がなくなった”などと言ってはヨソの部屋のインターフォンを鳴らすなどの奇行も増えたといいます。ある時、吉田さんが『妻に足湯をさせてあげようと思ったら、準備している間にいなくなった』と慌てた様子で言うので、一緒に周辺を探したこともあった。いよいよ見つからなくて“警察を呼ぼう”となった時、奥さんがフラっと帰ってきて、事なきを得た。吉田さんは胸を撫で下ろしていましたが、正直、奥さんの世話を一人で抱え込むには限界があると感じました。結婚している娘さんが一人いるそうですが、状況をどこまで正確に伝えていたのか……。結局、子供には最後まで頼らなかったようです」
容疑者と親交のあった住人が明かす。
「実は事件の1週間前に会った際、吉田さんは『ケアマネージャーに(妻を介護してくれる)施設を探してもらっているんだ』と、少しだけ肩の荷が下りたような表情で話していた。その矢先に今回の事件が起き、本当に悔やんでも悔やみきれない思いです。事件の2~3週間前から急に認知症が悪化し始めたようで、奥さんの大きな声が部屋の外にまで聞こえてくる時もあった。その頃から吉田さんも塞ぎ込みがちになり、事件の数日前からは清掃の仕事も休んで、部屋から一歩も出てくることがなくなった」
殺害翌日の区職員との面談予定も、妻の施設入所に関するものだった可能性が高いという。“あと少し”で事態は好転したかもしれず、その希望すら見失い、コードを手にした瞬間、容疑者の胸に去来したものは何だったのか。
デイリー新潮編集部