ホテル業界は今、外国人観光客等の増加で賑わいを見せている。都内一等地にそびえ立つ大手外資系ホテルに勤務するAさんによると、昨今、「ホテルと外国人宿泊客、そしてフードデリバリーサービス業者による、三つ巴のトラブルが急増中」なのだという。【藤原良/作家・ノンフィクションライター】
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【写真をみる】「意外と知らない」そもそもホテルで“Uber”を注文したらどうなる? Uber Eatsに代表されるフードデリバリーサービスは、公式サイトや専用アプリで注文を受け付け、提携先の飲食店が調理した料理を筆頭にドリンクや生鮮食料品、雑貨などの商品を配達する。

会計は現金とクレジットカード決済を選べるが、現金不可という提携店は珍しくなく、さらに還元サービスなどの特典が用意されているためクレジット決済のほうが多いようだ。外国人観光客の増加でフードデリバリーサービスのトラブルが多発中(※写真はイメージ) 結果、フードデリバリーサービスはキャッシュレス社会を代表する“社会インフラ”に成長した。多くの人がパソコンやスマホを操作して注文。配達員は会計の終わった料理を飲食店で受け取り、バイクや自転車などで指定された場所に届ける。 その配達先として、最近はホテルが増えている。背景にあるのは、外国人観光客の増加だ。しかし、ホテルに注文品を届ける際は、住宅やオフィスとは違い、ホテル側の「宿泊規約」「利用規約」「入館規則」を遵守しなければならない。これを知らない外国人宿泊客と配達員が多いことから、ホテルでのトラブルが急増しているのだ。 現在、ほとんどのホテルでは、セキュリティ優先の観点から、宿泊客以外の者が宿泊フロアに立ち入ることを制限している。融通が効くビジネスホテルや庶民的な旅館などはその限りではないが、いわゆるラグジュアリーホテルや大手チェーンのシティホテル、リゾートホテルなどでは、宿泊客だけに渡されたカードキーがなければエレベーターのドアさえ開かない。高級ホテルでの“ラグビー” 要するにホテル側は、配達員が宿泊客の部屋を訪れることを実質的に禁止している。だが、宿泊客はパソコンやスマホを使ってフードデリバリーサービスにアクセスすると、部屋番号も伝えて注文し、クレジットカード決済を完了させてしまう。 配達員はホテルの規則を知らないまま、部屋まで届けようとする。ところが、エントランスやロビー付近で、ホテルスタッフによって制止されてしまう。ここで「トラブル発生!」となるわけだ。 もう決済は終わっている。その責任を感じている配達員は、依頼通り客室へ商品を届けたい。一方のホテルスタッフは、規約や規則に明記されているのだから、配達員の“無断侵入”を許すわけにはいかない。高級ホテルの静寂なエントランスやロビーで、さながらバスケットやラグビーのような「突破と阻止」が繰り広げられていることも珍しくない。 そして堪忍袋の緒が切れた配達員が、特にホテルスタッフが若い女性の場合、「どけっ、コラァ!」「テメェに責任が取れるのかッ!」「オマエらの客が注文したから来たんだぞ!」と大声で罵声を浴びせることもよくある光景だという。 とあるフードデリバリーサービスでは、玄関先に商品を置く「置き配」が選択されていない限り、指定された建物に到着して10分以内に商品を手渡せないと自動キャンセルになってしまう。ホテルスタッフが制止しても、配達員は必死になって突破を試みる。「クレーム客より恐ろしい」配達員 こんなバトルが毎週、少なくとも数回は起きる。多い時は一日に何度も起きる。配達員は「ホテルの規約や規則には欠陥がある」ことを訴えようとして怒鳴っているのかもしれないが、スタッフのAさんにとっては単なる修羅場でしかない。 やはり大手外資系ホテルに勤務しているBさんは、「スタッフの間では、クレーム客よりも配達員のほうが恐ろしいと感じている人も増えた」とのことだ。 配達員から幾度となく大声で怒鳴られ続けた若い女性スタッフが、精神的に参ってしまい、そのまま退職してしまうこともある。 ホテル業界も昨今の各業界同様、人手不足の問題を抱えており、乱暴な配達員とのトラブルで退職するスタッフが急増していることに頭を悩ませている。 もちろん配達員の誰もが乱暴な性格であるはずもなく、冷静に状況を解決しようとする者もいる。ホテルのエントランスやロビーから、注文者である外国人宿泊客にスマホで連絡するわけだ。ところが、ここでも「トラブル発生!」となるケースが少なくない。 宿泊客が配達員の電話に応じれば、どこで受け渡しをするか決めることができる。ところが、電話に出ない外国人は珍しくない。配達員が電話をかけた瞬間から、自動キャンセルの条件である10分間のカウントは始まってしまう。「荷物は預かるじゃないかッ!」 こういう場合、大抵の外国人宿泊客は外出しているという。何をしているのかは不明だが、配達員が何度も電話をかけても一切出ないそうだ。 外国人宿泊客も、やむを得ず急に予定を変更する必要が生じたのかもしれない。ひょっとすると、知らない番号には出ない主義なのかもしれない。とはいえ、常識ある大人なら、配達員の到着時間は把握しているだろう。その際に電話がかかってきたのだから、出てくれてもいいのではないか。もしくは外出する際、サービスセンターにキャンセルを通知してくれればよかったのに──これが配達員の本音だ。 配達員は商品を抱えて途方に暮れる。まさに放置プレイ。ひょっとすると宿泊客は、「どうせ10分が経過すると自動キャンセルになる」と判断し、スマホに着信が表示されてもスルーしたのかもしれない。 ホテルスタッフの目の前で、配達員はキャンセル処理をしなければならない。その姿に心を打たれ、謝罪するスタッフもいるという。もちろんホテル側に非はない。それでも宿泊客の代わりに配達員に謝るのだ。 だが、その際に「ホテルで預かってくれないか?」と言い出す配達員がいるという。ホテルには「食べ物は衛生上の理由から預からない」という大原則がある。スタッフが事情を説明して拒否すると、ここで怒鳴る配達員もいる。「ゴルフバックや荷物は預かるじゃないかッ!」と食い下がるのだ。言葉の壁 またもや配達員とホテルスタッフの間でバトルが勃発してしまう。少なからぬスタッフが「規則やルールは一体、何のために存在しているのか?」と悩む。そもそも注文した外国人宿泊客のマナーに問題があるとは分かっていても、配達員との間で頻発するバトルで激しく疲弊してしまう。 ひと昔前なら、こんなトラブルは起きなかった。宅配業者が入れ替わり立ち替わりホテルに配達に来ることなどなかった。そのためフードデリバリーサービスのキャンセル事案について、対応マニュアルもなければ、研修も行われていない。ホテルスタッフは配達員と宿泊客の板挟みとなり、日々の対応に苦しんでいる。 またトラブルが頻発する背景として、言葉の問題もあるようだ。中国人観光客を多く見てきたツアーコンダクターのCさんは「外国人宿泊客が配達員からの電話に出ないのは、彼らの多くは日本語が分からないからです。また外国語を流暢に話す配達員も少ないでしょう」と指摘する。 一流ホテルは外国語を話すスタッフも多く、無料の通訳サービスも行っている。だが、活用する外国人宿泊客は稀だという。多くは「無料の通訳」という概念に乏しく、日本人との会話に尻込みする。観光で日本を訪れておきながら、日本語を徹底的に避けるのだ。横行する不法投棄 フードデリバリーサービスでは既にクレジット決済が行われている注文が多いので、業者側の売上が悪化することはない。中国人を筆頭とする外国人宿泊客は「料金は払っているし、業者も儲けているんだから問題ないだろう」と考えているのかもしれない。 ちなみに、注文がキャンセルになると、料理なら配達員が食べても構わない。だが、ホテルの敷地内に捨ててしまう配達員もいるという。エントランスの植え込みや駐車場の陰に置いていくのだ。これは不法投棄であることは言うまでもない。そのため一部のホテルでは、捨てられた商品を見つけて処分するためスタッフが敷地内をパトロールするようになったそうだ。 配達員にも事情がある。キャンセルとなった料理は食べられるとはいえ、一日に何度も中華料理を口にするのは不可能だ。何とか処分しなければならないが、公共のゴミ箱を探す手間をかけてはいられない。配達員は配達ごとに報酬を受け取る契約だ。キャンセル商品の処分に時間を費やす暇はなく、不法投棄して次の仕事を探すほうが合理的だ。 その結果、ホテルの敷地内にはフードデリバリーサービスの商品が常に捨てられるようになってしまった。人手不足に悩むホテルにとって、パトロールの負担は大きい。投棄物を探すという新しい業務に従事することで通常業務に支障が出る。欧米人観光客は激怒 だが、「エントランスにハンバーガーや中華料理が捨てられている」という事態を一流ホテルが許すわけにはいかない。パトロールは強化せざるを得ず、そのために宿泊客へのサービスが滞ってしまうことすら珍しくないという。 ちなみに、フードデリバリーサービスを注文した日本人の宿泊客にこうした事情を説明すると、即座に理解してくれることが多いそうだ。規則に従い、エントランスやロビーで配達員と会って商品を受け取る。ところが、ほとんどの外国人宿泊客は、何度説明しても納得してくれない。「客に指図するつもりか」と取り合わない者も多いという。 とある欧米系の宿泊客は、とりあえずロビーでの受け取りに同意はしてくれた。だが、通訳として側にいたホテルスタッフに「どうして部屋まで届けさせないんだ!? 俺がOKなんだから持ってこさせたらいいだろう!」とひたすら抗議を繰り返した。それも上品な英語ではなく、罵り言葉を連発するような英語だったという。 外資系のホテルだったため、経営幹部は全員が欧米系。欧米人の常識や感覚を重視した営業方針なのだが、来日した欧米人宿泊客とミスマッチが起きることはある。スタッフたちは肉体的にも精神的にも疲れ果ててしまう。伝わらないプロ意識 一流ホテルともなると、複数の飲食店が常設されている。だが、大抵の外国人宿泊客は、それなりの日数をホテルで過ごす。数日のうちにホテルのレストランには飽きてしまい、フードデリバリーサービスに頼るようになる。 ホテルの本音としては、宿泊客が自室に飲食物を持ち込むのと同じように、フードデリバリーサービスの利用を歓迎してはいない。しかし、時代の流れに逆らうわけにもいかない。レストラン部門の売上に悪影響が出るのは分かっていても、宿泊客のサービス利用を容認している。 お客さまにはできる限りのサービスを行いたいというプロ意識もある。同じ理由から、配達員にも可能な限り寛大な対応を取っている。だが、そうした想いはなかなか伝わらない。結果、全国のホテルでは類似のトラブルが多発し、スタッフは振り回されている。 もちろん、ホテルの宿泊規約などを抜本的に見直す必要はあるだろう。だが、それは経営陣が考えることであり、スタッフに非は全くない。配達員と外国人宿泊客のバトルに巻き込まれ、毎日のように修羅場を経験している彼らは気の毒としか言いようがない。藤原良(ふじわら・りょう)作家・ノンフィクションライター。週刊誌や月刊誌等で、マンガ原作やアウトロー記事を多数執筆。万物斉同の精神で取材や執筆にあたり、主にアウトロー分野のライターとして定評がある。著書に『菱の血判 山口組に隠された最大禁忌』(サイゾー)、『山口組対山口組』、『M資金 欲望の地下資産』(以上、太田出版)など。デイリー新潮編集部
Uber Eatsに代表されるフードデリバリーサービスは、公式サイトや専用アプリで注文を受け付け、提携先の飲食店が調理した料理を筆頭にドリンクや生鮮食料品、雑貨などの商品を配達する。
会計は現金とクレジットカード決済を選べるが、現金不可という提携店は珍しくなく、さらに還元サービスなどの特典が用意されているためクレジット決済のほうが多いようだ。
結果、フードデリバリーサービスはキャッシュレス社会を代表する“社会インフラ”に成長した。多くの人がパソコンやスマホを操作して注文。配達員は会計の終わった料理を飲食店で受け取り、バイクや自転車などで指定された場所に届ける。
その配達先として、最近はホテルが増えている。背景にあるのは、外国人観光客の増加だ。しかし、ホテルに注文品を届ける際は、住宅やオフィスとは違い、ホテル側の「宿泊規約」「利用規約」「入館規則」を遵守しなければならない。これを知らない外国人宿泊客と配達員が多いことから、ホテルでのトラブルが急増しているのだ。
現在、ほとんどのホテルでは、セキュリティ優先の観点から、宿泊客以外の者が宿泊フロアに立ち入ることを制限している。融通が効くビジネスホテルや庶民的な旅館などはその限りではないが、いわゆるラグジュアリーホテルや大手チェーンのシティホテル、リゾートホテルなどでは、宿泊客だけに渡されたカードキーがなければエレベーターのドアさえ開かない。
要するにホテル側は、配達員が宿泊客の部屋を訪れることを実質的に禁止している。だが、宿泊客はパソコンやスマホを使ってフードデリバリーサービスにアクセスすると、部屋番号も伝えて注文し、クレジットカード決済を完了させてしまう。
配達員はホテルの規則を知らないまま、部屋まで届けようとする。ところが、エントランスやロビー付近で、ホテルスタッフによって制止されてしまう。ここで「トラブル発生!」となるわけだ。
もう決済は終わっている。その責任を感じている配達員は、依頼通り客室へ商品を届けたい。一方のホテルスタッフは、規約や規則に明記されているのだから、配達員の“無断侵入”を許すわけにはいかない。高級ホテルの静寂なエントランスやロビーで、さながらバスケットやラグビーのような「突破と阻止」が繰り広げられていることも珍しくない。
そして堪忍袋の緒が切れた配達員が、特にホテルスタッフが若い女性の場合、「どけっ、コラァ!」「テメェに責任が取れるのかッ!」「オマエらの客が注文したから来たんだぞ!」と大声で罵声を浴びせることもよくある光景だという。
とあるフードデリバリーサービスでは、玄関先に商品を置く「置き配」が選択されていない限り、指定された建物に到着して10分以内に商品を手渡せないと自動キャンセルになってしまう。ホテルスタッフが制止しても、配達員は必死になって突破を試みる。
こんなバトルが毎週、少なくとも数回は起きる。多い時は一日に何度も起きる。配達員は「ホテルの規約や規則には欠陥がある」ことを訴えようとして怒鳴っているのかもしれないが、スタッフのAさんにとっては単なる修羅場でしかない。
やはり大手外資系ホテルに勤務しているBさんは、「スタッフの間では、クレーム客よりも配達員のほうが恐ろしいと感じている人も増えた」とのことだ。
配達員から幾度となく大声で怒鳴られ続けた若い女性スタッフが、精神的に参ってしまい、そのまま退職してしまうこともある。
ホテル業界も昨今の各業界同様、人手不足の問題を抱えており、乱暴な配達員とのトラブルで退職するスタッフが急増していることに頭を悩ませている。
もちろん配達員の誰もが乱暴な性格であるはずもなく、冷静に状況を解決しようとする者もいる。ホテルのエントランスやロビーから、注文者である外国人宿泊客にスマホで連絡するわけだ。ところが、ここでも「トラブル発生!」となるケースが少なくない。
宿泊客が配達員の電話に応じれば、どこで受け渡しをするか決めることができる。ところが、電話に出ない外国人は珍しくない。配達員が電話をかけた瞬間から、自動キャンセルの条件である10分間のカウントは始まってしまう。
こういう場合、大抵の外国人宿泊客は外出しているという。何をしているのかは不明だが、配達員が何度も電話をかけても一切出ないそうだ。
外国人宿泊客も、やむを得ず急に予定を変更する必要が生じたのかもしれない。ひょっとすると、知らない番号には出ない主義なのかもしれない。とはいえ、常識ある大人なら、配達員の到着時間は把握しているだろう。その際に電話がかかってきたのだから、出てくれてもいいのではないか。もしくは外出する際、サービスセンターにキャンセルを通知してくれればよかったのに──これが配達員の本音だ。
配達員は商品を抱えて途方に暮れる。まさに放置プレイ。ひょっとすると宿泊客は、「どうせ10分が経過すると自動キャンセルになる」と判断し、スマホに着信が表示されてもスルーしたのかもしれない。
ホテルスタッフの目の前で、配達員はキャンセル処理をしなければならない。その姿に心を打たれ、謝罪するスタッフもいるという。もちろんホテル側に非はない。それでも宿泊客の代わりに配達員に謝るのだ。
だが、その際に「ホテルで預かってくれないか?」と言い出す配達員がいるという。ホテルには「食べ物は衛生上の理由から預からない」という大原則がある。スタッフが事情を説明して拒否すると、ここで怒鳴る配達員もいる。「ゴルフバックや荷物は預かるじゃないかッ!」と食い下がるのだ。
またもや配達員とホテルスタッフの間でバトルが勃発してしまう。少なからぬスタッフが「規則やルールは一体、何のために存在しているのか?」と悩む。そもそも注文した外国人宿泊客のマナーに問題があるとは分かっていても、配達員との間で頻発するバトルで激しく疲弊してしまう。
ひと昔前なら、こんなトラブルは起きなかった。宅配業者が入れ替わり立ち替わりホテルに配達に来ることなどなかった。そのためフードデリバリーサービスのキャンセル事案について、対応マニュアルもなければ、研修も行われていない。ホテルスタッフは配達員と宿泊客の板挟みとなり、日々の対応に苦しんでいる。
またトラブルが頻発する背景として、言葉の問題もあるようだ。中国人観光客を多く見てきたツアーコンダクターのCさんは「外国人宿泊客が配達員からの電話に出ないのは、彼らの多くは日本語が分からないからです。また外国語を流暢に話す配達員も少ないでしょう」と指摘する。
一流ホテルは外国語を話すスタッフも多く、無料の通訳サービスも行っている。だが、活用する外国人宿泊客は稀だという。多くは「無料の通訳」という概念に乏しく、日本人との会話に尻込みする。観光で日本を訪れておきながら、日本語を徹底的に避けるのだ。
フードデリバリーサービスでは既にクレジット決済が行われている注文が多いので、業者側の売上が悪化することはない。中国人を筆頭とする外国人宿泊客は「料金は払っているし、業者も儲けているんだから問題ないだろう」と考えているのかもしれない。
ちなみに、注文がキャンセルになると、料理なら配達員が食べても構わない。だが、ホテルの敷地内に捨ててしまう配達員もいるという。エントランスの植え込みや駐車場の陰に置いていくのだ。これは不法投棄であることは言うまでもない。そのため一部のホテルでは、捨てられた商品を見つけて処分するためスタッフが敷地内をパトロールするようになったそうだ。
配達員にも事情がある。キャンセルとなった料理は食べられるとはいえ、一日に何度も中華料理を口にするのは不可能だ。何とか処分しなければならないが、公共のゴミ箱を探す手間をかけてはいられない。配達員は配達ごとに報酬を受け取る契約だ。キャンセル商品の処分に時間を費やす暇はなく、不法投棄して次の仕事を探すほうが合理的だ。
その結果、ホテルの敷地内にはフードデリバリーサービスの商品が常に捨てられるようになってしまった。人手不足に悩むホテルにとって、パトロールの負担は大きい。投棄物を探すという新しい業務に従事することで通常業務に支障が出る。
だが、「エントランスにハンバーガーや中華料理が捨てられている」という事態を一流ホテルが許すわけにはいかない。パトロールは強化せざるを得ず、そのために宿泊客へのサービスが滞ってしまうことすら珍しくないという。
ちなみに、フードデリバリーサービスを注文した日本人の宿泊客にこうした事情を説明すると、即座に理解してくれることが多いそうだ。規則に従い、エントランスやロビーで配達員と会って商品を受け取る。ところが、ほとんどの外国人宿泊客は、何度説明しても納得してくれない。「客に指図するつもりか」と取り合わない者も多いという。
とある欧米系の宿泊客は、とりあえずロビーでの受け取りに同意はしてくれた。だが、通訳として側にいたホテルスタッフに「どうして部屋まで届けさせないんだ!? 俺がOKなんだから持ってこさせたらいいだろう!」とひたすら抗議を繰り返した。それも上品な英語ではなく、罵り言葉を連発するような英語だったという。
外資系のホテルだったため、経営幹部は全員が欧米系。欧米人の常識や感覚を重視した営業方針なのだが、来日した欧米人宿泊客とミスマッチが起きることはある。スタッフたちは肉体的にも精神的にも疲れ果ててしまう。
一流ホテルともなると、複数の飲食店が常設されている。だが、大抵の外国人宿泊客は、それなりの日数をホテルで過ごす。数日のうちにホテルのレストランには飽きてしまい、フードデリバリーサービスに頼るようになる。
ホテルの本音としては、宿泊客が自室に飲食物を持ち込むのと同じように、フードデリバリーサービスの利用を歓迎してはいない。しかし、時代の流れに逆らうわけにもいかない。レストラン部門の売上に悪影響が出るのは分かっていても、宿泊客のサービス利用を容認している。
お客さまにはできる限りのサービスを行いたいというプロ意識もある。同じ理由から、配達員にも可能な限り寛大な対応を取っている。だが、そうした想いはなかなか伝わらない。結果、全国のホテルでは類似のトラブルが多発し、スタッフは振り回されている。
もちろん、ホテルの宿泊規約などを抜本的に見直す必要はあるだろう。だが、それは経営陣が考えることであり、スタッフに非は全くない。配達員と外国人宿泊客のバトルに巻き込まれ、毎日のように修羅場を経験している彼らは気の毒としか言いようがない。
藤原良(ふじわら・りょう)作家・ノンフィクションライター。週刊誌や月刊誌等で、マンガ原作やアウトロー記事を多数執筆。万物斉同の精神で取材や執筆にあたり、主にアウトロー分野のライターとして定評がある。著書に『菱の血判 山口組に隠された最大禁忌』(サイゾー)、『山口組対山口組』、『M資金 欲望の地下資産』(以上、太田出版)など。
デイリー新潮編集部