日曜劇場『VIVANT』(TBS系)では、海外テロ組織への潜入など、堺雅人(49)演じる乃木憂助が所属する「別班」の活躍ぶりが話題を呼んだ。非公然組織ながら、「自衛隊に別班は実在する」という。
【図解】日本の情報機関の組織図 【写真】拉致後にソウルの自宅付近で解放された金大中氏 2013年にその存在をスクープした共同通信編集委員で立命館大学客員教授の石井暁氏が言う。「自衛隊内には首相も防衛相も知らない秘密情報部隊があり、そのメンバーである自衛官は他省庁の職員や商社マンなどになりすまして国内外で情報収集活動を行なっています。その正式名称は『陸上幕僚監部指揮通信システム・情報部(旧運用支援・情報部)別班』。文民統制(シビリアンコントロール)の原則を逸脱していると言える別班の活動実態について、複数の自衛隊幹部らから証言を得ました」

劇中の堺雅人がそうだったように、海外に派遣される別班員は自衛官の籍を抹消されることもあるという。「ただ、ドラマに描かれた海外での破壊工作や現地警察当局との銃撃戦はあり得ません。別班が海外で行なうのはロシア・中国・北朝鮮などの軍事、治安、政治に関する情報収集活動です。軍事がメインで、対象国の軍人の異動情報や部隊の配置、配備された兵器の性能、軍幹部のスキャンダルなど、軍に関するあらゆる情報を現地の協力者を使うなどして集めています」(同前) 別班が仕入れた情報は、どのように扱われるのか。「そもそも別班は非公然組織ですから、別班情報であることを隠されて陸上幕僚長や防衛省情報本部長に上がり、そこから政府のインテリジェンス機関に『防衛省・自衛隊からの情報』として報告されます」(同前)KCIAに依頼された 石井氏が報じる以前にもその存在が指摘されたことはあった。 1978年、日本で初めて別班の組織図や構成員の実名を記した『赤旗』特捜班による『影の軍隊「日本の黒幕」自衛隊秘密グループの巻』が発刊され、物議を呼んだ。 2008年には、陸幕第二部長(情報部長)を務めた塚本勝一氏が『自衛隊の情報戦 陸幕第二部長の回想』(草思社)を著している。 同書によれば、陸自の調査学校で情報分野に興味を示した10数名の要員が、情報収集活動を行なうために陸幕二部の統率下にある部隊に臨時として派遣勤務させられた。ところがそのうち、部外の人を相手に情報収集活動するメンバーたちについては、予算の関係で正規の班にできなかったという。著者の塚本第二部長は、このことを悔やんでいた。「これが“別班”と呼ばれる所以であり、“非公然組織”となった理由」だと石井氏は言う。 その塚本第二部長のもとで北朝鮮情報を担当し、1973年に自衛隊を退官したのが元三等陸佐の坪山晃三氏(故人)だ。退官後、信用調査会社「ミリオン資料サービス」社長だった坪山氏と知り合い、2000年代に取材していたジャーナリストが言う。「取材当時、坪山さんは自ら『別班』とは一言も言いませんでしたが、間違いなくその1人だったと思います。『赤旗』特捜班による『影の軍隊』を、坪山さんから『読みなさい』と渡されたのは、赤旗の徹底的な調査を認めていたからではないか」 同書には、金大中拉致事件(1973年)の実行犯とされているKCIA(韓国の情報機関)工作員・金東雲(表向きは在日韓国大使館一等書記官)と坪山氏との関わりも詳しく書かれている。生前の坪山氏は「金大中の行動を割り出すよう金東雲に依頼されたが、拉致計画が分かった時点で調査を打ち切った」と前出のジャーナリストに語ったという。 韓国大統領選の有力候補者だった金大中氏は、朴正煕・軍事独裁政権の命を受けたKCIAにより監視されていた。1973年8月8日、来日中の金大中氏は、白昼堂々、滞在していた都内のホテルでKCIAに拉致され、船で韓国に連れ戻された。「『影の軍隊』には、KCIAが戸板に縛り付けた金大中を海に投げ込んで暗殺しようとした瞬間、日の丸を付けた飛行機が近づき、暗殺を阻止したと書かれています。拉致を知った米国が複数のルートを通じて『暗殺中止』を求め、米CIAが座間基地(神奈川県)の駐留米軍を通じて自衛隊の哨戒機に出動を依頼した、とも書いている。日の丸を付けた飛行機について、政府は『特定するに至っていない』と答弁しましたが、同書は『座間基地には別班の班長が通勤しており、拉致を事前に知り得たはず』と推測しています」(同前) 事実であれば、「政敵抹殺をも厭わない韓国軍事政権の暴走を日米の連携で食い止めた」(同前)ということになる。「坪山さんは事件後、当時の後藤田正晴・官房副長官に『警視庁と公安調査庁が網を張っているから、姿を隠してくれ』と言われたそうです。なぜ、民間企業の社長が官房副長官からそんな指示を受けるのか。『影の軍隊』には坪山さんの会社に自衛隊や外務省の人間が出入りしていると書かれており、坪山さんの会社が情報組織だったことは否めないでしょう」(同前) 推測の域を出ないが、自衛隊退職後の坪山氏は表向きは会社経営者として、実態は別班として活動した可能性がある。「秘密部隊の話は承知している」 本誌・週刊ポストが複数の元自衛官らに「別班」について聞いたところ、「金大中事件で活動はあったろうが、具体的な内容は都市伝説の域を出ない」、「陸幕二部にはそれほど予算がつかず、精鋭が集まる部署でもない」などの声が寄せられた。 元航空自衛隊三佐で軍事評論家の潮匡人氏は「ケーブル1本にも会計検査院のチェックが入る防衛省・自衛隊に、大規模な秘密の部隊が作れるわけがない」と指摘する一方、元陸将で韓国防衛駐在官、陸幕調査第二課長を歴任した福山隆氏は「現在も守秘義務があるので、別班については『肯定も否定もできない』としか答えられません」と含みを持たせた。 自衛隊を管轄する歴代の防衛大臣経験者たちは別班をどう見ているのだろうか。 小野寺五典氏、久間章生氏は本誌の取材に「全く知らない」と答えたが、石破茂氏の回答はやや趣が異なる。「そういう秘密部隊があるという“話”は承知しているが、私自身が報告を受けたことはなく、部隊もメンバーも見たことはない。しかしながら、ヒューミントを行なう別班のような対外情報機関はどの国にもあり、専守防衛に徹する日本にこそ必要。問題は、その組織をどうコントロールするかだが、それは立法府が担うべきと考えます」 いつか存在が明かされる日は来るのか。※週刊ポスト2023年10月20日号
2013年にその存在をスクープした共同通信編集委員で立命館大学客員教授の石井暁氏が言う。
「自衛隊内には首相も防衛相も知らない秘密情報部隊があり、そのメンバーである自衛官は他省庁の職員や商社マンなどになりすまして国内外で情報収集活動を行なっています。その正式名称は『陸上幕僚監部指揮通信システム・情報部(旧運用支援・情報部)別班』。文民統制(シビリアンコントロール)の原則を逸脱していると言える別班の活動実態について、複数の自衛隊幹部らから証言を得ました」
劇中の堺雅人がそうだったように、海外に派遣される別班員は自衛官の籍を抹消されることもあるという。
「ただ、ドラマに描かれた海外での破壊工作や現地警察当局との銃撃戦はあり得ません。別班が海外で行なうのはロシア・中国・北朝鮮などの軍事、治安、政治に関する情報収集活動です。軍事がメインで、対象国の軍人の異動情報や部隊の配置、配備された兵器の性能、軍幹部のスキャンダルなど、軍に関するあらゆる情報を現地の協力者を使うなどして集めています」(同前)
別班が仕入れた情報は、どのように扱われるのか。
「そもそも別班は非公然組織ですから、別班情報であることを隠されて陸上幕僚長や防衛省情報本部長に上がり、そこから政府のインテリジェンス機関に『防衛省・自衛隊からの情報』として報告されます」(同前)
石井氏が報じる以前にもその存在が指摘されたことはあった。
1978年、日本で初めて別班の組織図や構成員の実名を記した『赤旗』特捜班による『影の軍隊「日本の黒幕」自衛隊秘密グループの巻』が発刊され、物議を呼んだ。
2008年には、陸幕第二部長(情報部長)を務めた塚本勝一氏が『自衛隊の情報戦 陸幕第二部長の回想』(草思社)を著している。
同書によれば、陸自の調査学校で情報分野に興味を示した10数名の要員が、情報収集活動を行なうために陸幕二部の統率下にある部隊に臨時として派遣勤務させられた。ところがそのうち、部外の人を相手に情報収集活動するメンバーたちについては、予算の関係で正規の班にできなかったという。著者の塚本第二部長は、このことを悔やんでいた。
「これが“別班”と呼ばれる所以であり、“非公然組織”となった理由」だと石井氏は言う。
その塚本第二部長のもとで北朝鮮情報を担当し、1973年に自衛隊を退官したのが元三等陸佐の坪山晃三氏(故人)だ。退官後、信用調査会社「ミリオン資料サービス」社長だった坪山氏と知り合い、2000年代に取材していたジャーナリストが言う。
「取材当時、坪山さんは自ら『別班』とは一言も言いませんでしたが、間違いなくその1人だったと思います。『赤旗』特捜班による『影の軍隊』を、坪山さんから『読みなさい』と渡されたのは、赤旗の徹底的な調査を認めていたからではないか」
同書には、金大中拉致事件(1973年)の実行犯とされているKCIA(韓国の情報機関)工作員・金東雲(表向きは在日韓国大使館一等書記官)と坪山氏との関わりも詳しく書かれている。生前の坪山氏は「金大中の行動を割り出すよう金東雲に依頼されたが、拉致計画が分かった時点で調査を打ち切った」と前出のジャーナリストに語ったという。
韓国大統領選の有力候補者だった金大中氏は、朴正煕・軍事独裁政権の命を受けたKCIAにより監視されていた。1973年8月8日、来日中の金大中氏は、白昼堂々、滞在していた都内のホテルでKCIAに拉致され、船で韓国に連れ戻された。
「『影の軍隊』には、KCIAが戸板に縛り付けた金大中を海に投げ込んで暗殺しようとした瞬間、日の丸を付けた飛行機が近づき、暗殺を阻止したと書かれています。拉致を知った米国が複数のルートを通じて『暗殺中止』を求め、米CIAが座間基地(神奈川県)の駐留米軍を通じて自衛隊の哨戒機に出動を依頼した、とも書いている。日の丸を付けた飛行機について、政府は『特定するに至っていない』と答弁しましたが、同書は『座間基地には別班の班長が通勤しており、拉致を事前に知り得たはず』と推測しています」(同前)
事実であれば、「政敵抹殺をも厭わない韓国軍事政権の暴走を日米の連携で食い止めた」(同前)ということになる。
「坪山さんは事件後、当時の後藤田正晴・官房副長官に『警視庁と公安調査庁が網を張っているから、姿を隠してくれ』と言われたそうです。なぜ、民間企業の社長が官房副長官からそんな指示を受けるのか。『影の軍隊』には坪山さんの会社に自衛隊や外務省の人間が出入りしていると書かれており、坪山さんの会社が情報組織だったことは否めないでしょう」(同前)
推測の域を出ないが、自衛隊退職後の坪山氏は表向きは会社経営者として、実態は別班として活動した可能性がある。
本誌・週刊ポストが複数の元自衛官らに「別班」について聞いたところ、「金大中事件で活動はあったろうが、具体的な内容は都市伝説の域を出ない」、「陸幕二部にはそれほど予算がつかず、精鋭が集まる部署でもない」などの声が寄せられた。
元航空自衛隊三佐で軍事評論家の潮匡人氏は「ケーブル1本にも会計検査院のチェックが入る防衛省・自衛隊に、大規模な秘密の部隊が作れるわけがない」と指摘する一方、元陸将で韓国防衛駐在官、陸幕調査第二課長を歴任した福山隆氏は「現在も守秘義務があるので、別班については『肯定も否定もできない』としか答えられません」と含みを持たせた。
自衛隊を管轄する歴代の防衛大臣経験者たちは別班をどう見ているのだろうか。
小野寺五典氏、久間章生氏は本誌の取材に「全く知らない」と答えたが、石破茂氏の回答はやや趣が異なる。
「そういう秘密部隊があるという“話”は承知しているが、私自身が報告を受けたことはなく、部隊もメンバーも見たことはない。しかしながら、ヒューミントを行なう別班のような対外情報機関はどの国にもあり、専守防衛に徹する日本にこそ必要。問題は、その組織をどうコントロールするかだが、それは立法府が担うべきと考えます」
いつか存在が明かされる日は来るのか。
※週刊ポスト2023年10月20日号