自民党県議団が提出した埼玉県虐待禁止条例の改正案は、委員会可決の4日後に白紙撤回が決まる異例の事態になった。
緊急の会議で取り下げを決定した10日、田村琢実団長は険しい表情で記者会見に臨み、禁止事項として想定した子どもの「放置」事例に批判が相次いだ理由を「言葉足らず」「説明不足」だったと繰り返した。
強く批判されたのは、子どもだけで留守番をさせることや、子どもだけの登下校といった、禁止事項の事例だった。これらは改正案には明記されておらず、自民が想定したものだ。
一方、現行条例はすでに、子どもの養護者の安全配慮義務を規定している。これを踏まえれば、登下校中の子どもに防犯ブザーを持たせるなどの配慮をした場合、保護者の同行がなくても「放置」に該当しない。
改正案は4日に提出され、6日には福祉保健医療委員会で可決された。しかし、自民側は安全配慮義務が前提になっているという説明を怠り、どういうケースが禁止事項にあたるかの例示に終始した。その結果、大きな反発を招いた。
田村団長は、「言葉足らずだった」と繰り返し、「猛省している」と陳謝した。一方、子育て家庭を支援する体制整備が先決だとする指摘には、「それでは改正まで何年かかるかわからない。改正案で加速度的に支援できればと考えた」と述べ、改正案の内容自体に欠陥はなかったと主張した。
県議会事務局によると、議員提出の条例(改正)案が撤回されるのは、知事提案内容との重複が理由だった2008年以来。委員会通過後の撤回は記録がないという。
■想定した「禁止事項」に多くの批判
自民が想定した禁止事項は多くの批判を浴びた。
妻と共働きで4歳と7歳の兄弟を育児中という川越市の自営業男性(48)は、「子どもを守るという理念は理解できるが、短時間の買い物なら留守番をさせることもある。それが子育ての現実なのに……」と首をかしげた。入間市で乳幼児の一時預かりや子ども食堂の運営を担うNPO法人「AIKURU」の村野裕子理事(51)は「一人で通ってくる子どもは多い。それも通報すべきなのか。安心できる居場所という子ども食堂の意義が薄れる」と憤慨していた。
首長も反対の声を上げた。
県町村会長の井上健次・毛呂山町長は、「現場を預かる町村に意見聴取もなかった。現実的な取り組みの方向性が見いだせない」とし、改正案撤回を含めた再検討を自民に要望していた。元自民県議団長の奥ノ木信夫・川口市長も取材に対し、「仕方なく子ども一人の時間ができるというのは放置とは違う。(自民の想定は)少し行きすぎ」と苦言を呈した。
禁止事項が明文化されていない点も問題視された。早稲田大の稲継裕昭教授(行政学)は「どんなケースが虐待に該当するのかは、明確にする必要がある。ぼんやりした内容では、条例の順守義務を負う県民が判断に迷う」と指摘した。
■県民に理解してもらう努力の欠如、反省を
委員会可決後の撤回ではあったが、自民党県議団が多くの批判を受け止め、方針を180度転換したことは評価できる。ただ、県には10日午後2時までに1007件の意見が寄せられ、賛成は2件のみだった。県民に理解してもらう努力が決定的に欠けていたことは大きな反省点だ。
自民が6月にまとめた改正案の素案には「安全確保に必要な措置を取らずに放置してはならない」と明記されていた。だが、提出後は「虐待は安全配慮がない場合に限る」との説明が省かれた。これでは改正条例の姿が見えにくい。パブリックコメント(意見公募)の結果が非公表だったことも、「県民の声をどう受け止めて決定したか、検証できないのはどうか」(大野知事)と指摘されている。
自民は今回、〈1〉追加説明後に改正案を可決〈2〉改正案を修正〈3〉白紙撤回――の三つを検討し、〈3〉を選択した。改正案の再提出は「ゼロベース」(田村団長)とするが、今回の反省を生かせなければ、議員提案そのものの信頼性が低下する。(伊賀幸太)