日本人は「空気」に流されやすいといわれる。ライターの宮添優氏が、選択自由になったことで、別の厄介さが浮上している現実についてレポートする。
【写真】高校球児だったときの原辰徳 * * * 4年ぶりに観客有り、応援有りの完璧な形で開催された2023年夏の高校野球甲子園大会。優勝チームが文武両道の私学であったことや、上位校の複数チームの選手が「坊主頭ではない」ことが大きな話題になったことも記憶に新しいが、こうしたグラウンド外での反応が、全国の球児達に影響を及ぼしていることは見逃せない。

「だって坊主が楽なんですよ」「坊主がダサいとか、かっこ悪いというのは、野球をやったことがない人たちの意見だと思います。どんな髪型であっても、野球に真剣に取り組む姿勢が大切だと思います」 千葉県の私立高校2年で野球部に所属する丸尾駿太さん(仮名)は、今年の夏の県大会予選前夜、自身に「気合い」を入れるためにと、父親にお願いをして自宅浴室で丸刈りにした。丸尾さんの所属するチームメイトのうち、ほとんどが長髪ではあるが、丸尾さんはあえて坊主を選択したのだ。「野球経験者ならわかると思いますが、やっぱり坊主が楽だし、すぐに汗も拭けるし衛生的な気がします。あと、やっぱり気合いが入るってのはありますね」(丸尾さん) 思春期まっただ中の高校球児。髪型やファッションにも一番気を遣う時期ではあるから、かつて「坊主が当たり前」だった野球は「若者に人気が無い」と言われ、坊主頭を強制するような学生野球の雰囲気こそが、若者の「野球離れ」の原因とも評されることもあった。 筆者はあえて坊主頭を選択した丸尾さんに、それは「逆張り」ではないか、周囲に流されないと見せたいだけではないのか?と意地悪な質問をぶつけてみたが、やはり自らの意志であることを強調し、こう訴える。「なんか……今では逆に、坊主にすることが悪い、というような風潮さえ生まれているような気がします。坊主じゃなくても良い、から、いつの間にか坊主はダメ、という雰囲気がある」(丸尾さん) チーム内でも「坊主がいたら古いチームだと笑われる」と言われたこともあったが、丸尾さんは「だって坊主が楽なんですよ」と複雑な表情を浮かべる。坊主頭は選手の忖度だと思い込む外部からの苦情 都内の公立高校野球部監督・重田淳さん(仮名・50代)は、チームの生徒達に「丸刈りじゃなくて良い」と伝えて、かれこれ10年以上が経過した。ほとんどの生徒が、スポーツ刈りや流行の短髪スタイルだが、やはり、大きな大会の前には一部の生徒が「気合いを入れる」為に頭を刈り上げてくると言う。そんな様子を見ていた観客が、重田さんにこう話しかけてきたという。「お宅は未だに坊主強制で考え方が古い、指導が昭和的だと言われたことがありました。髪型は自由なんです、と説明しても生徒が”忖度している”とまで仰る。そこは生徒の自由なんですがね、今年は甲子園でも長髪選手が目立ち、そう思い込んでしまわれる外部の方も少なくない」(重田さん) 長らく高校野球における髪型の「自由」が求められていたが、それが実現の過程に移行すると、今度は「坊主頭」へのネガティブな風潮が広がっているというのだ。髪型の自由を認めるのであれば、その選択肢には坊主というヘアスタイルも加わってよいはずなのに、「坊主頭にする自由」を生徒自身が選択しづらくなっていると話す。「以前は、全員坊主頭のチームは強豪、強いというイメージもあったと思います。ただ、最近では”古くさい”とか”監督が厳しそう”と指摘されることも増えてきた。もちろん、長髪の生徒に”坊主にしてこい”などと、外野からヤジが飛んでくることもある。あくまでも、実際に野球をしている生徒の自由だということを、もっと多くの人に理解してほしいです」(重田さん) 今年の甲子園大会を眺めていると、長髪選手が本当に増えた印象だ。また、流行のフェードカットやツーブロックなど、選手達がそれぞれオシャレに決めているのも、特筆すべき流れだろう。高校球児が使用する野球用の練習着、そしてバッグなどの服飾品も、以前とは比較にならないほど、ファッショナブルになった。 練習はキツいし、泥だらけで汚い、坊主でダサいという高校野球のイメージは、確かに変わりつつある。 当然、坊主頭で野球をしてもいいわけで、坊主頭が悪いということではない。坊主頭を強制するような雰囲気がなくなった、というだけなのだが、なぜか「坊主は悪い」という風潮に振れすぎてしまう。新たな価値観の台頭は結構だが、そこに生まれる弊害に悩む生徒はすこし気の毒でもある。何より、生徒達が「自由に野球を楽しめる」環境こそが大切なのだ。
* * * 4年ぶりに観客有り、応援有りの完璧な形で開催された2023年夏の高校野球甲子園大会。優勝チームが文武両道の私学であったことや、上位校の複数チームの選手が「坊主頭ではない」ことが大きな話題になったことも記憶に新しいが、こうしたグラウンド外での反応が、全国の球児達に影響を及ぼしていることは見逃せない。
「坊主がダサいとか、かっこ悪いというのは、野球をやったことがない人たちの意見だと思います。どんな髪型であっても、野球に真剣に取り組む姿勢が大切だと思います」
千葉県の私立高校2年で野球部に所属する丸尾駿太さん(仮名)は、今年の夏の県大会予選前夜、自身に「気合い」を入れるためにと、父親にお願いをして自宅浴室で丸刈りにした。丸尾さんの所属するチームメイトのうち、ほとんどが長髪ではあるが、丸尾さんはあえて坊主を選択したのだ。
「野球経験者ならわかると思いますが、やっぱり坊主が楽だし、すぐに汗も拭けるし衛生的な気がします。あと、やっぱり気合いが入るってのはありますね」(丸尾さん)
思春期まっただ中の高校球児。髪型やファッションにも一番気を遣う時期ではあるから、かつて「坊主が当たり前」だった野球は「若者に人気が無い」と言われ、坊主頭を強制するような学生野球の雰囲気こそが、若者の「野球離れ」の原因とも評されることもあった。
筆者はあえて坊主頭を選択した丸尾さんに、それは「逆張り」ではないか、周囲に流されないと見せたいだけではないのか?と意地悪な質問をぶつけてみたが、やはり自らの意志であることを強調し、こう訴える。
「なんか……今では逆に、坊主にすることが悪い、というような風潮さえ生まれているような気がします。坊主じゃなくても良い、から、いつの間にか坊主はダメ、という雰囲気がある」(丸尾さん)
チーム内でも「坊主がいたら古いチームだと笑われる」と言われたこともあったが、丸尾さんは「だって坊主が楽なんですよ」と複雑な表情を浮かべる。
都内の公立高校野球部監督・重田淳さん(仮名・50代)は、チームの生徒達に「丸刈りじゃなくて良い」と伝えて、かれこれ10年以上が経過した。ほとんどの生徒が、スポーツ刈りや流行の短髪スタイルだが、やはり、大きな大会の前には一部の生徒が「気合いを入れる」為に頭を刈り上げてくると言う。そんな様子を見ていた観客が、重田さんにこう話しかけてきたという。
「お宅は未だに坊主強制で考え方が古い、指導が昭和的だと言われたことがありました。髪型は自由なんです、と説明しても生徒が”忖度している”とまで仰る。そこは生徒の自由なんですがね、今年は甲子園でも長髪選手が目立ち、そう思い込んでしまわれる外部の方も少なくない」(重田さん)
長らく高校野球における髪型の「自由」が求められていたが、それが実現の過程に移行すると、今度は「坊主頭」へのネガティブな風潮が広がっているというのだ。髪型の自由を認めるのであれば、その選択肢には坊主というヘアスタイルも加わってよいはずなのに、「坊主頭にする自由」を生徒自身が選択しづらくなっていると話す。
「以前は、全員坊主頭のチームは強豪、強いというイメージもあったと思います。ただ、最近では”古くさい”とか”監督が厳しそう”と指摘されることも増えてきた。もちろん、長髪の生徒に”坊主にしてこい”などと、外野からヤジが飛んでくることもある。あくまでも、実際に野球をしている生徒の自由だということを、もっと多くの人に理解してほしいです」(重田さん)
今年の甲子園大会を眺めていると、長髪選手が本当に増えた印象だ。また、流行のフェードカットやツーブロックなど、選手達がそれぞれオシャレに決めているのも、特筆すべき流れだろう。高校球児が使用する野球用の練習着、そしてバッグなどの服飾品も、以前とは比較にならないほど、ファッショナブルになった。 練習はキツいし、泥だらけで汚い、坊主でダサいという高校野球のイメージは、確かに変わりつつある。
当然、坊主頭で野球をしてもいいわけで、坊主頭が悪いということではない。坊主頭を強制するような雰囲気がなくなった、というだけなのだが、なぜか「坊主は悪い」という風潮に振れすぎてしまう。新たな価値観の台頭は結構だが、そこに生まれる弊害に悩む生徒はすこし気の毒でもある。何より、生徒達が「自由に野球を楽しめる」環境こそが大切なのだ。