前編【母親に無視された「お父さんに会いたい」の気持ち 幼少期の“連れ去り”が40歳男性にどんな悪影響を与えたか】からのつづき
坪井亮輔さん(40歳・仮名=以下同)が、妹とともに母の“連れ去り”にあったのは10歳の時だった。父に会いたいという願いは無視され、母からの「新しいおとうさんがほしいよね」という提案は断固拒否。 高校生になって、ようやく父が親権を取り、妹と3人で生活することが叶った。だが、母の振る舞いによって女性への憎悪、そして女性と深い関係を築けないことから自分自身を呪うようになった、と亮輔さんはいう。
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【写真を見る】「夫が19歳女子大生と外泊報道」で離婚した女優、離婚の際「僕の財産は全部捧げる」と財産贈与した歌手など【「熟年離婚」した芸能人11人】 社会人になってから、自分自身に向かうネガティブな気持ちに耐えられなくなり、彼は「救われたい」と思うようになった。教会に行ったり寺院を巡ったりしてみたが、既存の宗教には救われなかった。そもそも神も仏も信じていないのだから、救われようがないとよくわかったと笑う。「妻を大事にしたいのに、憎しみがわいてきてしまう」と亮輔さんはいう「就職した企業での人間関係は悪くなかったし、仕事も楽しかった。社内で恋愛なんかして嫌な思いをするのは避けたかったから、恋愛はいっさい御法度だと自分に言い聞かせていました」「あなたと結婚したい」 26歳のとき、彼の直属の上司として赴任してきたのが柊子さんだった。6歳年上の彼女は、最初、年下かと思うほど若く見えた。童顔で若く見られると、仕事上、損することが多いんですと、彼女は最初の挨拶で笑いを誘った。「丸顔で元気いっぱい、誰もが『こういう顔の知り合いがいる』というほど親しみやすいタイプ。でも一緒に仕事をするようになったらびっくりしました。それまでの上司とは明らかに違う。なあなあではすませない、思い切ったアイデアを出せと言う。新しいことをしなければ生き残っていけない、萎縮するなと言われ続けました。楽しくなければ仕事じゃないとか、会社の体質を変えようとか、大きなことも平気で言う」 部署の雰囲気が変わり、みんながやる気になっていった。仕事がうまくいけば、さらに大きな仕事をしたくなる。会社も彼らの部署に期待してくれるようになっていた。「2年ほどたったころ、仕事の打ち上げがあったんです。僕、何を思ったのか、柊子のそばに行って、『あなたと結婚したい』と言ってしまった。彼女はじっと僕を見つめて『本気?』と笑った。頷くと、彼女は大きな声で『みんな、私と亮輔くん、結婚しまーす』って。びっくりしましたけど、彼女の性格なら当然だったのかもしれない」 つきあってたの、という声が響く中、柊子さんは「私たち、つきあってません。ふたりきりで飲んだこともない。でも結婚するから」と叫んだ。いきなりの同居にとまどいも 次の週末、彼が彼女の家に引っ越し、婚姻届を書いて友人たちのサインをもらい、翌日には提出した。さすがに同じ部署にいるのはまずいという話になり、彼が別の部署に異動することになった。妻のほうが立場が上なのでしかたがなかった。「僕も公私の区別はつけたかったから、ホッとしました。フロアも違うし、それまでの華やかな部署と違って、地道な業務に就き、それも自分には合っていると思った。結婚生活は、軌道に乗るまで大変でした。僕は家事が一通りできるし、彼女もひとり暮らしが長いからできるんだけど、それまでつきあっていないふたりがいきなり同居ですから、お互いのプライベートなことがまったくわからない。同居していく上で、何を重視するのか、帰ってきたらベタベタしたいのか放っておいてほしいのか。なにもかも手探り、とにかく話し合いながら生活していくしかなかった。遠慮だけはしないようにしようと声をかけあいました」 職場での相手しか知らないのだから、「こういう反応をするだろう」と予測しても、プライベートのときはまったく違う反応をすることもよくあった。それを楽しむしかないねと言いながらの生活だった。「どうしていきなり結婚しようと言ったのと、柊子に聞かれたとき、『あなたのいない人生なんて考えられないと思ったから』と答えました。僕にとってはむしろ、そんな状態でいいよと言った柊子のほうが理解しがたい。すると『おもしろそうだったから』って。ヘンな人だなと思ったけど、柊子にとっては僕のほうがヘンな人だったみたい」性的なことには嫌悪感しかない ところがふたりの結婚生活のもっと「ヘンなところ」は、性的関係がないことだ。彼がなかなかその点を話さなかったので、いろいろ聞いてみて、ようやく判明した。「結婚してすぐ、僕としてはごく普通に彼女と同じベッドに入ろうとしたんです。そうしたらごめん、今日は疲れてるからと言われて。僕の部屋となった場所で寝ました。でもいつまでたっても彼女はしようとしない。どういうことなのと何度も聞いたら、性的なことには嫌悪感しかないと。話せるだけ話してみると言ってくれたんですが、そのときの苦痛に満ちた表情が忘れられないんです」 彼女は幼いころから性被害にあっていたようだ。相手はおそらく実父。柊子さんは妹に被害が及ぶのを恐れて、誰にも言えなかった。誰かに助けを求めるほど大人にもなっていなかったのだ。「彼女は感情を排して事実を話すと言ってくれたけど、途中で詰まってしまった。もういい、それ以上話さなくていい。もしいつか話したほうが気が楽になるのなら聞く。僕がそう言って制すると、彼女は『まだパンドラの筺を開けるときではないのかも』と。つらそうでした。職場でのあの笑顔とはまったく違う彼女を見て、僕自身も気持ちが動転してしまいました。彼女が恋愛を排して結婚しようと思った理由は、そこにあったんでしょうね」 彼の家族関係について、妻に詳細は話していない。話してどうなるのかと彼はいつも思っていた。だからこそ、柊子さんが話せないことをあえて聞き出そうとはしなかった。「柊子がごめんねと言ったんです。彼女が悪いわけではない。抱きしめようとしたら彼女が体を引きました。そういえば僕ら、そういう身体的な接触もなかったんです。でも柊子が体を寄せてきたので、抱きしめて背中をポンポンと叩いたら、号泣していました。泣きながら眠った妻の顔を見て、せつなくてやるせなくて……」「オレを騙して結婚した」 時間がたつにつれ、性的なこと以外はうまく歯車がかみ合うようになっていった。ふたりで出かけたり、友人夫婦と食事をしたりと、今まで亮輔さんが味わったことのない楽しみもあった。「でもそのうち、やはり物足りなくなっていった。柊子を大事にしたいと思っているのに、心のどこかでオレを騙して結婚したという憎しみがわいてきてしまって。どうして僕は女性を愛すると、それと同じだけの憎悪もわいてくるのか……。原因は母にあるとわかっていたし、それを越えなければいけないのも承知していたんです、当然。なのに克服できない。このままだと柊子を傷つけそうで怖かった」 彼は彼の苦しみの中でのたうち回っていたのだ。肌のぬくもりがあれば少しは慰められたかもしれないが、妻に対してそれを要求はできない。人肌でしか解決できない痛みもあるのにと彼は思っていた。元カノと関係をもつように… 結婚して5年たったころ、学生時代に短期間つきあったことのある瑠璃さんとばったり再会した。彼女は離婚したばかりだと笑った。「結婚なんてこりごりよと言う彼女と飲みに行ったら、すごく楽しかったんですよ。彼女、ベロベロに酔っていたので送っていったら、そういう関係になっちゃって。実はレスでさと正直に話してしまったんです。すると彼女、『恋人は重いけど、友だち以上恋人未満っていうのもいいかもね』って。それで彼女との関係が始まったんです」 つかず離れずで3年がたったころ、彼女から「ごめん、再婚するわ」と突然言われてフラれてしまった。「妻を傷つけてはいけないと思って、ビクビクしながらつきあって。でも瑠璃とは性的な目的だけでつきあっていたわけじゃない。それは瑠璃もわかっていると思う。3年たつころには、離婚してほしいと言われていたんです。でもそれだけはできなかった。そうしたらフラれたんです。その後、共通の友人に聞いたら、瑠璃は再婚してないという。僕に愛想をつかしたのか、あるいは僕のためを思ってくれたのか、それはわからないけど。何やってるんだろうな、オレはと思いました」 そして、柊子さんはおそらく彼の裏切りを知っている。そんな気がすると亮輔さんは言った。だが彼女には負い目があるのだろう。だから責めるような発言はしない。「瑠璃にフラれた直後、柊子が抱きしめてくれたことがあるんです。そのとき、僕は初めて母のことを話しました。聞き終わったとき、柊子は泣いていた。僕は聞いてもらって少しすっきりしたんだけど、彼女は『私もあなたを苦しめているのかもしれない』って。そんなことないよと言ったんだけど、彼女は寂しそうな顔をしていましたね」 このまま一緒にいたほうがいいのかどうか、わからないまままた数年がたった。彼にはまた、気になる女性ができつつある。いっそ、離婚したほうが妻のためなのか、あるいは自分がすべての欲望を断つしかないのか、あるいはごまかしつつこの生活を続けたほうがいいのか、彼にはわからなくなっているという。 柊子さんとは表面上、ごく普通に暮らしている。彼女の仕事での評価はさらに上がっているという。だが本当にこれでいいのか。亮輔さんの混沌とした思いは消えない。そして女性を愛しつつ憎んでしまう彼の心も、まだ解決されてはいないようだ。前編【母親に無視された「お父さんに会いたい」の気持ち 幼少期の“連れ去り”が40歳男性にどんな悪影響を与えたか】からのつづき亀山早苗(かめやま・さなえ)フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。デイリー新潮編集部
社会人になってから、自分自身に向かうネガティブな気持ちに耐えられなくなり、彼は「救われたい」と思うようになった。教会に行ったり寺院を巡ったりしてみたが、既存の宗教には救われなかった。そもそも神も仏も信じていないのだから、救われようがないとよくわかったと笑う。
「就職した企業での人間関係は悪くなかったし、仕事も楽しかった。社内で恋愛なんかして嫌な思いをするのは避けたかったから、恋愛はいっさい御法度だと自分に言い聞かせていました」
26歳のとき、彼の直属の上司として赴任してきたのが柊子さんだった。6歳年上の彼女は、最初、年下かと思うほど若く見えた。童顔で若く見られると、仕事上、損することが多いんですと、彼女は最初の挨拶で笑いを誘った。
「丸顔で元気いっぱい、誰もが『こういう顔の知り合いがいる』というほど親しみやすいタイプ。でも一緒に仕事をするようになったらびっくりしました。それまでの上司とは明らかに違う。なあなあではすませない、思い切ったアイデアを出せと言う。新しいことをしなければ生き残っていけない、萎縮するなと言われ続けました。楽しくなければ仕事じゃないとか、会社の体質を変えようとか、大きなことも平気で言う」
部署の雰囲気が変わり、みんながやる気になっていった。仕事がうまくいけば、さらに大きな仕事をしたくなる。会社も彼らの部署に期待してくれるようになっていた。
「2年ほどたったころ、仕事の打ち上げがあったんです。僕、何を思ったのか、柊子のそばに行って、『あなたと結婚したい』と言ってしまった。彼女はじっと僕を見つめて『本気?』と笑った。頷くと、彼女は大きな声で『みんな、私と亮輔くん、結婚しまーす』って。びっくりしましたけど、彼女の性格なら当然だったのかもしれない」
つきあってたの、という声が響く中、柊子さんは「私たち、つきあってません。ふたりきりで飲んだこともない。でも結婚するから」と叫んだ。
次の週末、彼が彼女の家に引っ越し、婚姻届を書いて友人たちのサインをもらい、翌日には提出した。さすがに同じ部署にいるのはまずいという話になり、彼が別の部署に異動することになった。妻のほうが立場が上なのでしかたがなかった。
「僕も公私の区別はつけたかったから、ホッとしました。フロアも違うし、それまでの華やかな部署と違って、地道な業務に就き、それも自分には合っていると思った。結婚生活は、軌道に乗るまで大変でした。僕は家事が一通りできるし、彼女もひとり暮らしが長いからできるんだけど、それまでつきあっていないふたりがいきなり同居ですから、お互いのプライベートなことがまったくわからない。同居していく上で、何を重視するのか、帰ってきたらベタベタしたいのか放っておいてほしいのか。なにもかも手探り、とにかく話し合いながら生活していくしかなかった。遠慮だけはしないようにしようと声をかけあいました」
職場での相手しか知らないのだから、「こういう反応をするだろう」と予測しても、プライベートのときはまったく違う反応をすることもよくあった。それを楽しむしかないねと言いながらの生活だった。
「どうしていきなり結婚しようと言ったのと、柊子に聞かれたとき、『あなたのいない人生なんて考えられないと思ったから』と答えました。僕にとってはむしろ、そんな状態でいいよと言った柊子のほうが理解しがたい。すると『おもしろそうだったから』って。ヘンな人だなと思ったけど、柊子にとっては僕のほうがヘンな人だったみたい」
ところがふたりの結婚生活のもっと「ヘンなところ」は、性的関係がないことだ。彼がなかなかその点を話さなかったので、いろいろ聞いてみて、ようやく判明した。
「結婚してすぐ、僕としてはごく普通に彼女と同じベッドに入ろうとしたんです。そうしたらごめん、今日は疲れてるからと言われて。僕の部屋となった場所で寝ました。でもいつまでたっても彼女はしようとしない。どういうことなのと何度も聞いたら、性的なことには嫌悪感しかないと。話せるだけ話してみると言ってくれたんですが、そのときの苦痛に満ちた表情が忘れられないんです」
彼女は幼いころから性被害にあっていたようだ。相手はおそらく実父。柊子さんは妹に被害が及ぶのを恐れて、誰にも言えなかった。誰かに助けを求めるほど大人にもなっていなかったのだ。
「彼女は感情を排して事実を話すと言ってくれたけど、途中で詰まってしまった。もういい、それ以上話さなくていい。もしいつか話したほうが気が楽になるのなら聞く。僕がそう言って制すると、彼女は『まだパンドラの筺を開けるときではないのかも』と。つらそうでした。職場でのあの笑顔とはまったく違う彼女を見て、僕自身も気持ちが動転してしまいました。彼女が恋愛を排して結婚しようと思った理由は、そこにあったんでしょうね」
彼の家族関係について、妻に詳細は話していない。話してどうなるのかと彼はいつも思っていた。だからこそ、柊子さんが話せないことをあえて聞き出そうとはしなかった。
「柊子がごめんねと言ったんです。彼女が悪いわけではない。抱きしめようとしたら彼女が体を引きました。そういえば僕ら、そういう身体的な接触もなかったんです。でも柊子が体を寄せてきたので、抱きしめて背中をポンポンと叩いたら、号泣していました。泣きながら眠った妻の顔を見て、せつなくてやるせなくて……」
時間がたつにつれ、性的なこと以外はうまく歯車がかみ合うようになっていった。ふたりで出かけたり、友人夫婦と食事をしたりと、今まで亮輔さんが味わったことのない楽しみもあった。
「でもそのうち、やはり物足りなくなっていった。柊子を大事にしたいと思っているのに、心のどこかでオレを騙して結婚したという憎しみがわいてきてしまって。どうして僕は女性を愛すると、それと同じだけの憎悪もわいてくるのか……。原因は母にあるとわかっていたし、それを越えなければいけないのも承知していたんです、当然。なのに克服できない。このままだと柊子を傷つけそうで怖かった」
彼は彼の苦しみの中でのたうち回っていたのだ。肌のぬくもりがあれば少しは慰められたかもしれないが、妻に対してそれを要求はできない。人肌でしか解決できない痛みもあるのにと彼は思っていた。
結婚して5年たったころ、学生時代に短期間つきあったことのある瑠璃さんとばったり再会した。彼女は離婚したばかりだと笑った。
「結婚なんてこりごりよと言う彼女と飲みに行ったら、すごく楽しかったんですよ。彼女、ベロベロに酔っていたので送っていったら、そういう関係になっちゃって。実はレスでさと正直に話してしまったんです。すると彼女、『恋人は重いけど、友だち以上恋人未満っていうのもいいかもね』って。それで彼女との関係が始まったんです」
つかず離れずで3年がたったころ、彼女から「ごめん、再婚するわ」と突然言われてフラれてしまった。
「妻を傷つけてはいけないと思って、ビクビクしながらつきあって。でも瑠璃とは性的な目的だけでつきあっていたわけじゃない。それは瑠璃もわかっていると思う。3年たつころには、離婚してほしいと言われていたんです。でもそれだけはできなかった。そうしたらフラれたんです。その後、共通の友人に聞いたら、瑠璃は再婚してないという。僕に愛想をつかしたのか、あるいは僕のためを思ってくれたのか、それはわからないけど。何やってるんだろうな、オレはと思いました」
そして、柊子さんはおそらく彼の裏切りを知っている。そんな気がすると亮輔さんは言った。だが彼女には負い目があるのだろう。だから責めるような発言はしない。
「瑠璃にフラれた直後、柊子が抱きしめてくれたことがあるんです。そのとき、僕は初めて母のことを話しました。聞き終わったとき、柊子は泣いていた。僕は聞いてもらって少しすっきりしたんだけど、彼女は『私もあなたを苦しめているのかもしれない』って。そんなことないよと言ったんだけど、彼女は寂しそうな顔をしていましたね」
このまま一緒にいたほうがいいのかどうか、わからないまままた数年がたった。彼にはまた、気になる女性ができつつある。いっそ、離婚したほうが妻のためなのか、あるいは自分がすべての欲望を断つしかないのか、あるいはごまかしつつこの生活を続けたほうがいいのか、彼にはわからなくなっているという。
柊子さんとは表面上、ごく普通に暮らしている。彼女の仕事での評価はさらに上がっているという。だが本当にこれでいいのか。亮輔さんの混沌とした思いは消えない。そして女性を愛しつつ憎んでしまう彼の心も、まだ解決されてはいないようだ。
前編【母親に無視された「お父さんに会いたい」の気持ち 幼少期の“連れ去り”が40歳男性にどんな悪影響を与えたか】からのつづき
亀山早苗(かめやま・さなえ)フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。
デイリー新潮編集部