今年5月に新型コロナウイルスが「5類感染症」に移行されるまで、まるで諸悪の根源、クラスターの温床のように扱われてきたカラオケボックスが、以前の活況を取り戻している。
FRIDAY記者が都内のカラオケ店を訪れたのは平日午後7時、まだ宵の口だった。
案内された部屋に向かう途中、ドリンクバーでウーロン茶をグラス一杯に溜め込む男性客の姿があった。個室に入り、リクエスト曲を入れるまでの静寂の時間を経て、隣の部屋から、Vaundyの『怪獣の花唄』を熱唱する若者の歌声が聞こえてきた。FRIDAY記者とともにカラオケボックスを訪れた、カラオケ評論家の唯野奈津実氏が話す。
「コロナショックはカラオケ業界にとって、かつてないほどの大打撃でした。本来、カラオケボックスは建築基準法上で強力な換気設備が求められる施設です。しかしながら、密室で、かつ大声でマイクを使いまわしながらワイワイ歌っているイメージが強く、カラオケは敬遠されてしまったんです」
全国カラオケ事業者協会が公開している『カラオケ白書』によると、カラオケ参加者人口は’01年以降、4600万~4800万人で推移していた。ところが、’20年には2000万人台と半減したが――。
「年間200店舗以上を訪れる私の肌感覚では、客入りはコロナ前の8~9割くらいに戻っています」(同前)
ただ、依然として業界全体の課題は残っている。株式アナリストの鈴木一之氏が解説する。
「お昼は客足が遠のいたまま。サラリーマンは二次会で切り上げて終電で帰るので、オールで朝まで歌う、とはならない。コロナ禍を機に、『カラオケで歌う』という行為そのものが問い直されています。
そこで各社は、『カラオケ以外』での反転攻勢を目指している。たとえば私は、『ビッグエコー』をワーキングルームとして使っています。テレワークプランを利用すると3時間で1200円、Wi-Fiが使えてドリンクも飲み放題。私のようなビジネス利用の客は実は多くて、歌声はあまり聞こえてきませんね」
全国に452店舗を構えるビッグエコーを運営するのは第一興商だ。同社は「カラオケCLUB DAM」や「カラオケメガビッグ」を運営、「カラオケマック」を傘下に持っており、総店舗数は550を超える。自社製品である業務用通信カラオケシステムの「DAM」を持っているのが何よりの強みだ。カラオケボックスの入店時に、「DAMとJOYSOUND、どちらになさいますか?」と聞かれた記憶のある方も多いだろう。
「ビッグエコーはカラオケボックスの王道を歩んでいる印象です。他社の店舗は内装が少し古びているところが珍しくありませんが、ビッグエコーはほぼ全ての店舗が美麗で清潔な部屋を提供できている。フードメニューも充実しており、カラオケも食事も楽しみたい客層に対応できています」(前出・唯野氏)
FRIDAY記者が訪れた店舗でも、たこ焼きや唐揚げ、ポテト、枝豆などが載った「パーティープレート」(1859円)など、友人や仕事仲間と歌いながら摘まむのに最適な料理が楽しめた。
全国に202店舗を展開する「カラオケ館」のフードも充実している。見た目のインパクトと食べ応えが充分な「イカリングツリー」(950円)やイチ推しデザートの「チョコレートパフェ」(825円)など、食事のためだけに行く価値のある味と品揃えを誇っている。また、「カラオケ館はスピーカーのメンテナンスが行き届いていて歌い心地がいい」と唯野氏は話す。
「フードに力を入れている店といえば、『コート・ダジュール』を忘れてはいけません。ピザ専用石窯オーブンで焼き上げた専門店顔負けのピザが食べられます。店名は地中海のリゾート地に由来し、欧州のイメージを打ち出しています」(同前)
オリジナル生地を使用したマルゲリータピザ(1190円)はたしかに、同価格帯のレストランにも引けを取らない味の良さ。FRIDAY記者も歌うことを忘れて舌鼓を打った。フードのクオリティはコート・ダジュールが抜きんでている。
東京や大阪の都心部に展開する「パセラ」は、ロードサイド店との差別化を図り、都心型の高級路線を打ち出している。
「南国リゾートのような内装で、パーティールームやプライベートルームとしても利用可能。ハニートーストが女性客に人気で、女子会などでよく頼まれる」(流通ジャーナリストの長浜淳之介氏)
ビッグエコーを筆頭に、サービスで業界の覇権を狙う店舗が増える中、「激安路線」で対抗して業界トップの606店舗にまで上り詰めたのが、コシダカが運営する王者・「まねきねこ」だ。
「24時間営業で、画期的だったのは飲食物が持ち込み自由だということ。調理にかかる人件費を節約し、料金を安くしているわけです。高校生グループの室料を無料にする『ZEROカラ』や、午前11時より前の入店なら昼の12時まで誰でも室料が30分55円になる『朝うた』といった″ほぼ無料″キャンペーンが人気で、全室禁煙にするなど学生や若者をターゲットにした戦略が功を奏しています」(同前)
’13年には、自社開発のカラオケ機器「すきっと」を提供。DAMとJOYSOUNDを使用する店との差別化を図ったが、やはりこの二者の牙城を崩すことは叶わず、’19年にサービスを終了した。
「まねきねこは、大きな画面にパソコンをつなぎ、コンサートやスポーツイベントを友人と楽しむことを推奨。パーティー空間を提供するという、歌うこと以外の利用方法を打ち出してヒットしています」(前出・鈴木氏)
そんなまねきねこよりも、さらに低価格で勝負するのが、「歌広場」だ。
「まねきねこは持ち込み自由ですが、基本的に1オーダー制。歌広場はソフトドリンクバー代込みでの廉価設定なので、総額はまねきねこよりも安く収まることが多い」(前出・唯野氏)
実際、まねきねこの客単価が1200~1300円ほどであるのに対し、歌広場を平日の夜にサラリーマンが1時間利用した場合、990円ほどですむ。
アイデア勝負で支持されている「ジャンカラ」は、関西を中心に172店舗を展開。関東ではまだ馴染みがないが、ユニークな取り組みが人気を博している。
「京都市中京区の河原町本店には『スケルトンルーム』が設置されています。その名の通り透明のカラオケルームで、外から丸見えなだけでなく、室内でスピーカーを調整して外に歌声を流すことができる。歌自慢や目立ちたがりの若者の支持を得ています。
また、京都大学近くに出店した同社の新ブランド『ジャジャーンカラ』京大BOX店は、サイバーパンクをテーマにした『サイバースペースルーム』や、学生運動の雰囲気を感じられる『熱烈!集会ルーム』があり、その場にいるだけで楽しい」(同前)
価格、フード、音響、内装……。客のニーズを正しく読み取った店のみが、コロナ後の世界を生き抜くことができるのだ。
『FRIDAY』2023年8月11日号より