顔写真をいじらない「無加工主義」がSNS(交流サイト)上に広がっている。
加工アプリが若者を席巻したこの約7年。巨大な目、細い鼻筋、白肌、小顔…、バーチャル(仮想)な顔を見るたびに違和感を覚えていた大人としては、歓迎すべき潮流だ。背景には、加工機能がない新興のSNSアプリの広がりがある。不特定多数につながる従来型ではなく、友人や恋人など実生活上の仲間限定で写真を送り合う仕組みで、素の日常のシェアが共感されている。画像加工の退潮で「リアルに美しく」の意識が高まると、化粧業界も活気づいている。
思い出も「友達の本当の顔がわからない」
思い出の写真は加工ばかり。「友達の本当の顔がよくわからないまま卒業しちゃった」。そんな後悔が語られ、マスクから解放された今春以降、盛り上がっているSNSのひとつが「TapNow(タップナウ)」だ。昨年4月に始動。ユーザー数が今年に入って倍増し、月間26万人に達している。大半がZ世代(1990年代後半以降に生まれた10~20代)という。
「バーチャル空間に交流を求めざるをえなかったコロナ禍が終息。リアルな交流が活発化するタイミングが追い風になった」と、展開するサンゴテクノロジーズの野間悠磨社長(33)。最小限の大切な人とだけつながれる、新たなネットワークの仕組みを構築した。写真はスマホのホーム画面に表示される。
「素の顔も気心も知れた間柄。何気ない日常を送り合うのに、そもそも加工機能は必要なかった」
従来型では他者に画像が拡散され、炎上や誹謗中傷も起こりえる。「映え」に苦慮したり、他人の評価に精神を消耗したりする?SNS疲れ?も顕著だ。
TapNow開発のきっかけは同齢の妻の「昔みたいに気軽に投稿できるSNSって、ないのかな?」。そんな言葉だった。
「私たちが10代の頃はSNSの黎明期で、食事などのたわいない写真を送り合っていた。しかし社会人となり、仕事関係者はじめ誰の目に触れるか分からないとなると、学生時代のように楽しめなくなっていた」
分別盛りの人々もグローバルに取り込み、現在6言語で展開。海外でもすでに4万人超が利用している。

月間1650万人のアクセスがある日本最大級の美容情報サイト@cosme(アットコスメ)が今月発表した「2023下半期トレンド予測」のキーワードにも、「#無加工主義」が取り上げられていた。
「昨年から自然発生的に『#無加工〇〇』など、ノーマルカメラ撮影を強調するSNS投稿が目につくようになった」と、リサーチプランナーの原田彩子さんが潮目の変化を指摘。「ただし、無加工といってもすっぴんをさらしたいわけでなく、リアルで魅力的な顔に変化できる機能がメイクに求められている」と、同僚のリサーチプランナー、西原羽衣子さんもたたみかけた。今のニーズは「ナチュラルの延長線上の?盛り?」だという。
目鼻口のバランスや骨格を変えてみせるメイクに注目。光と影で立体的な鼻筋を描くノーズシャドウなど「シェーディング」カテゴリー化粧品の売り上げは、昨年の2・5倍(実店舗「@cosme TOKYO」4月時点の比較)。
カネボウ化粧品では脱マスクで切実な「鼻」と「小顔」メイクに期待の新商品、「カネボウ シャドウオンフェース」を8月に発売する。見本品を手に取ると黒いスティック。顔に塗って大丈夫かと思ったが、肌に乗せると透明感がある。鼻の脇や輪郭に陰影を仕込むとあらま、少しシャープな顔立ちに!? まつげの影や涙袋を描けるジェルライナーも同時発売。画力がものをいうようだ。

「写真とはまるで別人だった」。婚活男性から聞いた、ガッカリな話である。
AIなど科学技術の高度化でバーチャルとリアルの境界、情報の真贋(しんがん)に人々は敏感になっている。無加工主義は素朴な「正直さ」への回帰といえるのでは?(重松明子)