6月、7月は手作り好きにとっては、保存食作りのハイシーズンである。その代表が梅酒、梅干しなどを作る梅仕事で、スーパーには青梅、続いて完熟梅が並び、SNSには「今年の梅仕事」の写真が次々と投稿される。
「梅仕事」という言葉は、2010年前後に大正生まれのベテラン料理家、辰巳芳子さんが脚光を浴び、テレビ番組などが鎌倉の自宅で梅仕事に勤しむさまを描いて憧れる人が続出したのか、10年ぐらい前から一般化した。
『きょうの料理』(NHK)でも、毎年6月に梅仕事を特集する。近年では、ポリ袋を使うなど少量で作る梅干しレシピも紹介されるようになった。その傾向はまた、梅干し離れが進む現状も反映している。
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実は梅仕事で盛り上がるのはごく一部で、世の中全般としては梅干しは日常から消えつつあるらしい。いったいなぜ、梅干し離れが進むのだろうか。
今年1月、ツイッターで和歌山県の梅干しメーカー、梅樹園が「倉庫が在庫でパンクする」と悲鳴を上げた投稿がバズリ、梅干し離れについての議論が活発に行われた。その一つ、1月23日配信の『Lmaga.jp』(京阪神エルマガジン社)が、梅樹園に取材している。まず、総務省家計調査で梅干しの年間消費量は2002年がピークで、2021年には当時の6割にまで消費量が減少しているという前提がある。
同社が分析した梅干し離れの要因は、朝食にパンを選ぶ人が増えたこと、梅干しの強い酸味が苦手な若者が増えたこと、ギフト需要が低下傾向にあることである。一方で、報道が広がった結果、実は梅干しが好きという声も同社に集まり始めたという。
産経新聞は、2020年4月8日に『産経WEST』で梅干し離れについて報道していた。世帯主が29歳以下の家庭の消費量は70歳以上の5分の1以下、と世代間の違いがかなり大きいことを明らかにし、「嫌い」、「あまり食べない」という若者の声も紹介。また、和歌山県の田辺市やみなべ町で栽培するブランド梅、南高梅の梅干しは、昭和50年代から塩分が控えめの調味梅が主流になっていた。
調味梅のカツオ梅は今や定番、ハチミツ梅も人気だ。
調味梅の歴史については、朝日新聞2003年6月21日の「オトナの総合学習 梅干し崇拝」が、梅干しの消費量が戦後一貫して増えてきた、と報じていた。この頃、梅干し消費量はピークなので記事のトーンは明るい。
しかし、都内の梅干し専門店の売れ筋は、当時すでに塩分10%前後の調味梅が人気、としている。調味梅が登場したのは1974年で、その商品はカツオ節液に浸したカツオ梅で梅は台湾産だった。
2015年のシリーズ記事「梅干しをたどって」では、12月1日の5回目の記事で、ツイッターで話題になった梅樹園がカツオ梅を発売したのは、1975年と紹介する。
関東地方の梅干しにカツオ節と醤油をかける食べ方がヒントになった、とある。その後、ハチミツ梅を1980年に発売した。
つまり、調味梅は出てからすぐに人気になった。当時すでに、塩分濃度が高い昔ながらの梅干しは、あまり好まれなくなりつつあったのだ。
最近では、塩分濃度を変えた何種類もの梅干しを販売する専門店や、オリーブオイル、トマトエキス、キムチを加えた梅干しなど調味梅のバリエーションはかなり増えた。また、料理メディアは、梅干しを使ったさまざまな料理のレシピも発信している。
調理料として使う場合は、種を抜いて叩く、すりこ木でするなどの下ごしらえが面倒、と思う人がいるかもしれないが、そうした手間を省ける梅肉の商品化はとっくに行われている。
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ショウガやニンニクのすりおろしなどで親しまれているチューブ状の梅肉商品も、おなじみのハウス食品やエスビー食品その他から販売されている。
昔ながらの食べものの人気がなくなると、すぐに「現代風のアレンジ料理を出せば」という発想が生まれるが、梅干しに関してはその手の努力が40年来続いてきた。それでもなお、梅干し離れは進んでしまったのだ。
一つは、梅肉商品とその使い方が、チューブニンニク・ショウガほど知られていない可能性があることだ。料理に使えば、酸味もそれほど気にならなくなり味のアクセントとなる場合が多いのだが……。
2021年に『ラクしておいしい令和のごはん革命』(主婦の友社)を作った際、コロナ禍前後の人気レシピ本をたくさん調べたが、時短・簡単を売りにするSNS出身の料理家たちの本では、チューブニンニクやチューブショウガは駆使するが、チューブ梅肉を使ったレシピは見当たらなかった。
改めて考えれば、レシピ本で梅干し、梅肉を使った料理が梅干しの作り方に関係なく登場する頻度はかなり低い印象がある。チューブニンニク・ショウガを常備している人も、チューブ梅肉は使っていないかもしれない。
梅肉を使った一般的な料理といえば、イワシの梅煮などの青魚や鶏肉、豚肉の煮もの、ササミに塗って青ジソ・海苔などを載せて巻いて揚げる・焼くなどの料理や、タケノコの姫皮和えなどで、あまり多いとは言えない。
殺菌力が強いので、梅雨から9月頃にかけての食品が腐りやすい時期に使えば保存性が高まる、体がだるくなりがちな季節に酸味でシャキッとするなどの魅力があるが、調味料として使える、という発想がある人自体あまりいないのだろうか。
ドレッシングにも使える。しかしすっかり定着した青ジソドレッシングほど、梅ドレッシングは一般的ではない。
調べてみるといろいろなメーカーが出しているようだ。やはり、梅干し料理が、6月にしか注目されないことが大きいのではないだろうか。
梅干しにはナトリウムはもちろん、カリウム、カルシウム、マグネシウムなどのミネラルが多く含まれ、クエン酸や希少なビタミンKなども入っている。健康効果は古くから知られ、民間療法でも盛んに使われてきた。
中高年以上には、風邪をひいたときに梅干しを食べさせられた思い出がある人も結構いるのではないか。戦時中の日の丸弁当、武士の糧食などの逸話も多い。『ものと人間の文化史99 梅干』(有岡利幸、法政大学出版局)によると、梅干しは平安時代にはすでに薬用にされていた記録がある。
長い歴史にあるにも関わらず、梅干し離れが進んでいるのは、実は梅干しにとどまらない和食文化全体の衰退が背景にある。食トレンドは次々と主役が交代するが、流行している食の多くは外国にルーツがある。
最近ではハリッサなどの中東料理から来たもの、タコスなどの中南米料理なども人気だ。ラーメンやカレーは目先を変えた流行が頻繁に起こるが、日本食として外国人から注目されるこれらの料理も、外国ルーツである。
もしかすると、梅干しが割高なことに問題があるのかもしれない。
無添加の梅干しには、3粒1000円などの高級梅干しが珍しくないし、チューブ梅肉も割高。エスビー食品の「ねり梅」はアマゾンで検索すると、310グラム750円で、「おろし生にんにく」290グラム441円、「おろし生しょうが」270グラム457円よりかなり高い。梅干しの製造に時間がかかることを考えれば、当然の価格差ではあるが。
最近は、食のセレクトショップなどに行くと、さまざまな種類の合わせ調味料が売られている。もしかすると、梅干しもそうした「これ一つで味が決まる」合わせ調味料のアクセントとして使う程度にしか生き残れないかもしれない。
味噌汁はまだ定番料理として生き残っているが、味噌の消費量も、味噌作り教室の人気と裏腹に減り続けている。梅仕事も味噌作りも趣味である。趣味となっている時点で、もうその作業もその食品も、当たり前ではなくなっているのだ。
日本の食文化を生き延びさせるアレンジその他の提案も大事だが、すでにそうした格闘をして半世紀近い梅干しの不人気は、すっかり変容してしまった日本人の食文化を、是とするか非とするかの議論を始めるきっかけにしたほうがよいかもしれない。