迷惑客にうんざりしている店も多いようだが、迷惑行為に着目してみたところ、店全体の改善につながったというケースもあるようだ。「また迷惑客が来た……」と溜め息をつかず、今回紹介する2つの事例のように一度はそのお客の言動を観察してみてもいいかもしれない。 居酒屋で働く篠田日向さん(仮名・女性・28歳)は、呼び鈴を何度も鳴らす70代前後の男性客に頭を痛めていた。そのお客がはじめて来店したのは、篠田さんが正社員として登用された頃。正社員やアルバイトがバタバタと辞め、押し上げられるカタチで正社員になった。
◆1時間の食事で15回も呼び出された
「店長と調理スタッフが1名、そして私とアルバイトが3名のみ。でも全員が勤務するわけではないので、店長と私だけとか、私と調理スタッフだけという日も結構ありました。そんな余裕がないときに限って、来店し、ピンポンピンポン鳴らされるとイラつきます」
その日も、1人のサラリーマン風の男性客が来店。最初は呼び鈴が鳴るたびにテーブルへ駆けつけていた篠田さんだが、それだとホールが1人のときは対応しきれない。しかも大したことない要件がほとんど。
「それでも、お客は呼び鈴を鳴らし続けます。ひどいときは、1時間の食事で15回も呼び出されました。内容は『メニュー表が汚れている』『割り箸が落ちた』『水がなくなった』『注文したものが来ない』、水のピッチャーや新しいおしぼりがほしいなど、いろいろです」
◆「テーブルを拭く布巾がほしい」
イラ立ちがピークに達した篠田さんは、「もう、これ以上呼ぶな」という気持ちを込め、オーダーを聞いてテーブルを離れる際に「ほかにも何かございますか?」と言葉をかけてみた。すると、お客は「お水のピッチャーと、テーブルを拭く布巾がほしいです」と回答。
「水のピッチャーはともかく、おしぼりは水といっしょに提供していたので、『布巾ですか?』と聞き返してみました。するとお客は申し訳なさそうな顔で、テーブルの端を指さしたのです。そこには、ソースのようなものがベットリと付いていました」
それはちょうど、メニュー表に隠れるような場所。しかも黒っぽいソースのため、パッと見ただけでは気づかなかった。本来はメニュー表も持ち上げ、きちんと隅々までテーブルを拭かなければならない。でも先に帰ったアルバイトが、きちんと隅まで拭いていなかったのだ。
◆迷惑客が呼び鈴を鳴らす理由は?
「謝罪してテーブルを拭くと、お客は申し訳なさそうに私を見て、『できたら、調味料類も交換してもらえると嬉しい』と言うのです。調味料には、パッと見ではわからないような液垂れやベトつきがありました。すぐに謝罪し、新しいものと交換。反省しました」
なぜなら、調味料類の補充やチェックはアルバイトに任せきりにしていたから。また、ほかのテーブルも隅々までチェックしてみると、揚げ物の衣カスやベトつきがあり、ハッとする。そして、迷惑客だと思っていた男性客が呼び鈴を鳴らす理由について考えてみた。
「すると、自分たちが至らなかったから呼び鈴を鳴らされていたことに気づいたのです。その男性客は、よく水を飲みます。だから、絶対にピッチャーを頼む。男性客は週に何度も来る常連客だったのに、いつも頼まれてからピッチャーを持って行っていました」
◆店全体の雰囲気も改善された

「すごく反省しました。自分たちが至らないことに気づかず、お客さんを迷惑客よばわりしていたのですから。そこで、掃除や気配りを徹底。テーブルを離れるときには、『ほかにも何かございますか?』『何かあれば、お声かけください』と声をかけるようにしました」
すると、呼び鈴を鳴らす回数が激減。男性客からは「いつも、いろいろと声をかけてくれてありがとう。お陰で、気持ちよく食事ができるよ。この店は料理がおいしいからお気に入りでね。また来るよ」との嬉しい言葉かけもあり、店全体の雰囲気も改善されたという。
◆スーパーにやってくる70代の迷惑客
篠田さんと同じように、迷惑客だと思い込んでいた人の言動がキッカケで自分たちの至らなかった点を反省したというのが、スーパーでパート社員として働く三橋光子さん(仮名・45歳)。
三橋さんが働くスーパーには60~70代と年配のお客が多く、細かいことでもブチブチと文句を言ってくることが多かったとか。少し間違っていただけでもキツい口調で指摘してくるかと思えば、スーパーの透明袋(ミシン目ロールポリ袋)を大量に持って帰る。
「無料の醤油やソースの小袋も取り放題。キツイ口調で注意しても無視。私たち社員は、毎日のように愚痴を言って過ごしました。そんな環境だったため、新しく人が入っても続きません。そんなことが続くなか、高校生の女の子がアルバイトとして新しく入ってきました」
◆女子高校生のアルバイトが次々と改革
どうせすぐに辞めるだろうと社員同士で噂をしていたが、女子高生にその様子はまったくない。それどころか、社員たちがとくに面倒くさいと嫌っている迷惑客と楽しそうに話している姿が見られるようになったのだ。
「社員のひとりが、『よくあんな面倒な人と仲良く話せるね』と言うと、『あのお客さん、耳が遠くて、あまり聞こえないそうです。明るくておしゃべり好きな方ですよ』と笑顔で回答。私たち社員は、返す言葉がなく絶句してしまいました」
女子高生がいなくなると、「エラそうに! 何、あの態度」と舌打ちする社員もいましたが、大半は「耳が遠かったんだね」と後味の悪い雰囲気に。その後も女子高生は、誰も頼んでいないのに次々と改革をおこなっていった。
◆あえて挨拶しないお客さんにも話しかける
「透明の袋を大量に持ち帰らないよう注意喚起する貼り紙をしたり、醤油・ソースなどの調味料の小袋は惣菜1パックにつき1個だと促すPOPを作ったり。私たちが、あえて挨拶をしないようなお客さんにも笑顔で挨拶し、積極的に話しかけていました」
社員のなかにはそんな女子高生を邪険に扱う者もいたが、だんだんと状況が変化。迷惑客たちの態度がやわらいでいくとともに、社員の女子高生やお客に対する態度も徐々に変わっていった。そして、大半の社員が女子高生を見習うようになる。
「どんなお客さんにも自ら進んで挨拶し、調味料の小袋を取り過ぎている人を見たら、見て見ぬフリをせず、『お客様、申し訳ございません。調味料の小袋は、1パックにつき1個になっているんです』と、女子高生が作ったPOPを指し示して伝えるよう心がけました」
◆迷惑客の言動をヒートアップさせていた?
すると、「あら、そうだったの? 知らなくて、ごめんなさい」と言い、次からはルールを守ってくれる人がほとんど。いつの間にか売場の雰囲気は、明るくやわらかいものに変わっていた。迷惑客の言動をヒートアップさせていたのは自分たちかもしれないと、三橋さん。
「因果性のジレンマとして“鶏が先か、卵が先か”という問題が話題になることがありますが、まさに、それ。どちらが先かはわからないけれど、お互いがお互いの言動をヒートアップさせ、雰囲気を最悪なものにしていたのです。深く反省しました」
単に店側やスタッフに迷惑しかかけないお客がいるのも、事実。けれど今回紹介した事例のように、迷惑客の言動には何かのサインが含まれていて、店舗の改善につながるというケースも意外とあるのかもしれない。
<TEXT/夏川夏実>