大津市本丸町の膳所城跡近くで84年にわたり、地元に愛されたすし店「つる家」が4月中旬に店をたたんだ。
店先に貼り出した閉店を知らせる紙に常連客らが「母との思い出の味でした」「真心のこもった美味(おい)しいお料理を長年ありがとうございました」などと次々に書き込み、感謝を伝える寄せ書きのようになっている。(林華代)
店は、琵琶湖岸の膳所城跡公園から5分ほど入った旧東海道沿いの膳所商店街にある。仕出し用の軽乗用車が店先に止まり、メニューの見本を並べたガラスケースに貼り紙がしてあった。
「閉店のお知らせ 諸般の事情により つる家を閉店することになりました。永年(ながねん)にわたりご愛顧賜りましたお客様各位に、厚く御礼申しあげます。店主」
よく見ると、余白に小さな文字で10ほどの書き込みがある。「おいしいお料理、ありがとうございました。母もつる家が好きでした。感謝を込めて」「母と子供が赤ちゃんの頃、良くごちそうになりました。母との思い出の味でした」――。世代を超えて愛されていたことが伝わる内容だった。
1939年1月創業。父の後を継いだ2代目の沢常次さん(80)と妻八重子さん(78)が切り盛りしてきた。八重子さんがすしを握り、常次さんがそれ以外の料理を担当。1階にはカウンター席と四つのテーブル席があり、2階では30人規模で宴会ができた。
昼のサービスメニューは6種類あり、揚げたての天ぷら、酢の物、だし巻き、小鉢など8品目の本丸弁当セット(990円)や、盛り合わせずし、小鉢などがついた「寿(す)しセット」(880円)など。どれも手作りの温かみが感じられ、あっさりした優しい味が好評だった。
ふぐ調理師免許を持つ常次さんは、冬は「てっさ」や「てっちり」も出していた。ダイダイの香りが利いた自家製ポン酢は人気で、販売もしていた。
3月16日に常次さんが病に倒れて入院。リハビリを続けてきたが、年齢も考慮し、店をたたむ決断をした。
祭りやお食い初めのハレの日、法事などに、仕出しやすしは欠かせない。毎年5月3日の「膳所五社まつり」では、さばずしや巻きずしの注文をよく受けたという。寄せ書きには「お祭りのおいしいお寿司、今年はどうしたら…」と、突然の閉店に戸惑う書き込みもあった。
「本当はもう少し、続けたかったけれど……」と、八重子さんは言う。そして、これまでを振り返り、「節分の恵方巻きの時は、少し小さめのパリッとした焼きのりを使ってね。丸かじりするから、かみ切りやすいように工夫していたのよ」と、小さな心くばりを語ってくれた。
常連客たちの<つる家愛>にあふれる寄せ書きに、八重子さんは「私たちの財産にしたい。長い間ごひいきにしていただき、ありがたい」とかみしめる。
常連客の男性は「古い街並みの中で、膳所の顔のようなお料理屋さんだった。おじいちゃん、おばあちゃんの優しい笑顔が印象的で、店がなくなるのはとても惜しい」と残念そうに語った。