職場の実情は、実際に働いてみないとわからないもの。外野からは雰囲気が良さそうに見えても、その内実はブラック企業だった……なんてことは良くある話だろう。 食品メーカーで営業職をしている安藤拓海さん(仮名・32歳)がかつて勤めていた会社もそうだった。本来の業務とは関係がない用途で“召使いのように”こき使われた経験があるのだとか。
◆飲み会でのふとした一言がきっかけで…
「得意先回りが中心のルート営業だったんですが、人と打ち解けるのはわりと得意なので、仕事は苦じゃありませんでした。ノルマもキツくないし、残業も1日1時間ぐらい。仕事自体はわりとラクに感じていました」
入社5年目の頃に、安藤さんは北関東の営業所に配属になった。のんびりした営業所で、ノルマは下がり、メンバーの人柄も良かった。だが、飲み会の席で掛けられたある言葉をきっかけに、その状況は変化していくことになった。
「所長に『最近、身体動かしてるか?』と聞かれたんです。大学まで野球に打ち込んでいたものの、働き出してからは運動する機会があまりなくなっていたので、『このところめっきりなので、なにか(スポーツを)やりたいですね』と答えました。すると、前のめりで『ロードバイクをやらないか?』と誘われたんです」
◆「根性があるな」と褒められたが…
営業所のトップである所長からの誘いということもあり、その話を快諾することにした。
「自転車は所長が貸してくれて、2人でツーリングに出ました。いきなり50km走ることになって、正直めちゃくちゃキツかったですが、所長に良いところを見せようと思い、必死に食らいついて完走しました。その甲斐もあって、『おまえは根性があるな』と褒められました」
◆「実質週休1日」の生活で心身がすり減っていく
しかし、良かれと思って気に入られたのに、思わぬ弊害が降りかかる。
「それから、毎週のように所長から声がかかることになったんです。ツーリングはまだしも、所長の息子が所属するソフトボールチームのコーチ、所長の親戚の引越しの手伝いや、所長が地元でたびたび行うBBQの買い出しから後片付けの担当まで。なかでもキツいのがソフトボールのコーチでした。1日の練習を終えた後に、所長から教え方についてのダメ出しをされて、子供たちの成長について、成果を出すよう求められるんです」
正直、余暇時間が奪われるづけるのが嫌でたまらなかったが、なかなか断れなかったのだという。
「優先的に良い顧客を回してくれたり、仕事でも目をかけてくれるようになっていたので、言い出せなくて……。毎週土日のどちらかを所長のために使っている状態だったので実質週休1日でしたね……。ある時に『予定があるのですみません』と断ったんですが、その週はやたらと当たりがキツくて、ミスしたわけでもないのに朝礼で名指しで批判されたりと態度が豹変してしまって……」
◆昇格するも先輩から反感を買い…
それから1年半ほど経ったころ、安藤さんの立場に変化があった。
「係長だった上司が転勤になって、ポジションが空いたんです。そこに自分が抜擢されることになりました。明らかに“休日呼び出し”に応えていることへのご褒美的な処遇でした」
最初はよろこんだ安藤さんだが、むしろ自分の立場が悪くなったことを知ることになる。
「自分よりも社歴の長い社員を出し抜く形での出世だったので、先輩社員2人の反感を買ったんです。それまでは協力しあって仕事をしていたのに、急に冷たくなりました。お客さんから営業所に入った自分宛の連絡を伝えてもらえず、お客さんから『いつになったら対応してくれるんだ』と怒られるなど、嫌がらせもされるようになったんです」
◆今では「休日に接触することは絶対にしない」
陰で「所長の召使い」と呼ばれるようにもなったという。
「立場的に、先輩社員を注意せざるを得ない場面があったんです。その後しばらくして、本社の人事に呼び出されました。何かと思ったら、してもいないパワハラで通報されていたんです。人事からしつこく事情聴取されて大変でしたよ」
それでも、先輩社員たちのことを所長に相談したりはできなかった。
「関係が余計にこじれることになると思ったからです。先輩社員たちが、散々自分の悪評をばら撒いたので、居心地の良かった営業所は激変して、事務の女性社員でさえ敵な状態でした。精神的に疲弊して、毎日飲まないとやってられず、アル中一歩手前ぐらいまでいきました。本部にこっそり出した転勤願いが受理されるまでの1年間は、平日も休日もツラくて、本当に地獄でした」
安藤さんはその後、上司とも部下とも、休日に接触することは絶対にしないようにしているという。
<TEXT/和泉太郎>